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起業家から投資家に希望バリュエーションを伝えるべきか?

エクイティによる資金調達のニュース記事ではあまり出てくる数字ではありませんが、資金調達のラウンドに際して重要な数字として、そのラウンドの合計調達金額のほかに、その会社の評価額であるバリュエーションがあります。

例えば5,000万円を調達するとき、資金調達後のバリュエーションが5億円であれば10%の株式を投資家などに引き受けてもらうということになります。これが同じ5,000万円の調達額であってもバリュエーションが3億円であれば、16%の放出となり、全く意味が異なります。仮に創業者が100%の株式を所有してスタートを切っているとすると、それぞれ持ち分が90%に減るか、84%に減るかという話になります。

バリュエーションは「会社の値段」とも言えますから、高く値付けして、それから投資してもらうのが創業メンバーにとっては有利です。実態にそぐわず高すぎるバリュエーションで調達することにはリスクもあると、以前Coral Capital創業パートナーCEOのJames Rineyが記事にしていますが、基本的な前提としてはバリュエーションは3億円より5億円のほうが起業家には良いわけです。

では、高めの数字を言うべきか?

上記と逆にVCの立場から書くと、VCにはバリュエーションを低く抑えたいというインセンティブがあります。単純化して言えば、出資するVC側は少しでも安く買いたいし、出資を受ける起業家は少しでも高く買ってもらいたい、という関係にあります。

であれば、起業家は投資家に対して希望バリュエーションとして高めの数字を伝えるべきでしょうか? しかし、これは問いの立て方が間違っていて、そもそもどのくらいが高くてどのくらいが適正か、1回目の起業をする起業家にとって分からないことの方が多いのではないでしょうか。

むしろ、シード調達で初めてVCまわりをする起業家であれば、バリュエーションを自分から口にしてしまうことで返って状況が悪くなるかもしれない。最近、Coral Capital創業パートナーCEOのJames Rineyとそんな話をしました。

こう書くと、情報強者のVCが自分に有利な条件を押し付けようとしていると警戒される方もいると思います。もしくは情報の非対称性を逆手に、起業家を不利な立場に置こうとしていると感じて憤慨される方もいらっしゃるかもしれません。実は私も「自分から自分の会社に値段を付けて何が悪いんだ!」と思っていたフシがあります。

しかし、考えてみると、あえて自分から言わないことにも一定の合理性がありそうです。

そもそも相場が非常に分かりにくい

世の中にある、ほとんどのモノやサービスの値段が市場で決まるのと同様に、スタートアップの資金調達におけるバリュエーションも株主や投資家で構成される市場で決まります。ただ、機密性が高く、トランザクションの数も少ないため、あまり表に相場や算定基準は出ていません。そうした状況を変えるべく、Coral Capital創業パートナーの澤山陽平は毎年、スタートアップ企業の登記簿謄本をたくさん取り寄せて統計情報をレポートとして公開しています。

VCごとに算定基準は当然ありますが、基本的には個々の相対取引の交渉の結果として相場が緩やかに形成されています。つまり多数の起業家が、これまた多数の投資家と繰り返し会話や交渉をしていく中で相場らしきものが見えてくるというのが実態です。イグジット時に想定されるリターンや市況、特定の技術トレンドの流行など、マクロな動きでも相場は変動しています。

シード期のVC側のバリュエーションの算定基準としては、例えばローンチ前か後かということがあります。無事にローンチしてユーザーが付き始めていれば、当然バリュエーションは高くなりますし、すでに一部ユーザーが課金しているとなれば、さらに評価は上がります。逆にローンチ前で、まだプロトタイプがなく、エンジニアも口説いている最中ということであれば、そもそもローンチに漕ぎ着けない可能性も否定できないため、バリュエーションが低めになるといった具合です。

初めてVC回りをする起業家の方を見ていて、調達タイミングが早すぎてもったいないと感じることもあります。緻密で検証済みの事業プランで、実装力もあり、すでにローンチ直前にまでこぎつけているようなケースです。シードVCの立場で言えば、コンタクトは早ければ早いほど良いのですが、「創業者から見ると焦って調達するのはもったいないかもしれませんよ」とお伝えすることがあります。もしローンチして仮説どおりにトラクションが出れば、その実績値をもってバリュエーションが上がると考えられるからです。

ともあれ、本業として日々バリュエーションについて議論・検討し、業界全体の情報を多く持っているVCは、明確な算定基準や相場観を持っています。これに対して、1度目の起業、初めてのシード調達の方々は持っていないことが多いと思います。

自らバリュエーションを口にすると、高すぎても低すぎても不利

こうした情報の非対称性があると仮定したとき合理的な行動はどうなるでしょうか?

私はメルカリでモノを売るときは相場から1〜2割くらい高くして徐々に値段を下げていきます。しかし、この手法は、(1)簡単に相場が分かる、(2)一物一価の相場がある程度形成されている、(3)焦る必要がない、(4)価格編集を繰り返す手間が見合う、(5)買い手は誰でも同じという5つの前提があります。

スタートアップのシード資金調達で1度目の起業の方だと、上に挙げた条件のどれも当てはまらないかと思います。まず自社に関する評価基準や、エコシステムでの今の相場観が分からないので、自分からバリュエーションを口にすると相場から大きく上振れしたり、下振れしている可能性があります。

上振れや下振れした数字を口にすると不利になります。Jamesが投資先によくアドバイスするのは以下の通りです。

下振れしたバリュエーションを先に自ら言うことにメリットがないのは自明かと思います。VC側が「5億円が適正かな?」と内心思っているところに「バリュエーションは3億円を想定しています」と伝えたとき、「いや、安すぎます。5億円が適正でしょう」とVC側から言うインセンティブはないからです。

では、上振れは、どうでしょうか。VC側が4〜5億円を考えているケースに対して起業家側から「10億円を想定しています」と伝えた場合です。例外はありますが、VCが想定したバリュエーションより大きく上振れしている場合には「スコープ外」ということで一気にテンションが下がって検討の優先順位が下がるようなことが起こります。中にはVC側が想定する3〜5倍のバリュエーションという「ハイボール」を投げてくる方もいます。とりあえず高めの数字を口にして下げていく交渉はビジネスでは珍しくありませんが、VCとのバリュエーション交渉で、こうしたアプローチは逆効果かもしれません。

想定するバリュエーションの数字は、あらかじめ起業家仲間や先輩起業家に聞いて持っておけるのであれば、持っておいたほうがいいと思います。ただ、敢えて自分から口にせず、むしろVCに言わせるのが交渉上良いのではないかと思います。複数VCからタームシートをもらい、その数字を並べて検討や個別交渉を開始するほうが合理的だと思います。今の日本のスタートアップエコシステムではVCも選ばれる立場です。ですから、情報に非対称があるといっても複数のVCからオファーがもらえるのであれば、それが相場に近いと考えられます。

起業家から見てバリュエーションに加えて検討すべき重要なことは、その投資家やVCと一緒に向こう5年とか10年一緒に仕事をしたいと思えるかということです。そうした検討をすることによって起業家から見た個々のVCの評価も、バリュエーションの相場に影響を与えているはずです。他より安いバリュエーションでも投資を受けたいと思うのか、同じバリュエーションであれば、どのVCから投資を受けたいと思うのか、といったことです。

複数VCからタームシートをもらう場合であっても、バリュエーションの最大化のためだけに必要以上に多くの投資家を回るのは、上記の条件4と5から考えて、やはりあまり合理的に思えません。この辺りの機微については、30年以上もVCを続けているUnion Square VenturesパートナーのFred Wilson氏の「バリュエーション交渉」という記事も参考にしていただけると良いのではないかと思います。

念のために付け加えておきますが、バリュエーション交渉にまつわるこうした機微について、私たちのようなVCから出てくる情報だけに頼るのは間違いです。より多くの人が納得できるフェアなバリュエーション相場の形成には、立場の異なるプレイヤー間での情報の流通が何よりも欠かせません。より多くのバリュエーションの議論や会話がエコシステム内で起こることを願っています。

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Partner @ Coral Capital

Ken Nishimura

Partner @ Coral Capital

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