スタートアップコミュニティーは実績がない起業家を持ち上げすぎではないか、という指摘をときどき耳にします。起業家を取り上げるメディアやソーシャル上の賛辞を指しての指摘かと思います。私は立場上もあって、もっと称賛したほうが良いと思っています。以下、その理由を書いてみたいと思います。
誰かが称賛されるとき、その理由として、実績や才能、人格や取り組みの真摯さ、高潔さなど、色々なものがあると思いますが、起業家については称賛の裏付けにあるものは実績ということで良いかと思います。起業家の実績は、顧客やユーザーを通して世の中に価値を提供することで、その指標として分かりやすいのは売上です。売上が全てとは言いませんが、利益を上げること、そのためにプロダクトを作り、ビジネスを作り、そして組織を作ることです。継続して事業を生み育て、人や組織を育てることで成長率を保ち、時価総額を大きくしていく。これは目に見える実績です。スモールビジネスでも社会的に重要でインパクトの大きな仕事はありますから、時価総額の大小が全てなどというつもりは、もちろんありませんが。
上記の仮定を置いたとき、まだ利益を出したことがない起業家をメディアがインタビューなどで華々しく取り上げることに対して違和感を覚えるという意見はもっともな面があります。だから真摯で真面目な起業家の中には、メディアのインタビューを断り続ける人たちもいます。自分は何者でもなく、まだ実績も何もないのだから、と。
メディアには称賛するインセンティブがある
メディア側には起業家を称賛するインセンティブがあります。「天才起業家が現われた」「日本を代表する若手の注目株」……、いろいろな称号が飛び交います。メディアはアテンションを集めることが重要ですし、起業家精神こそ社会のなかで最も希少なリソースであるという認識がベースにあるからだと思います。特にその事業領域が注目だったり、社会的に課題感が大きかったりすれば、なおさらです。
ただ、メディアの称賛はインフレが起こりやすいのも事実です。どんどん称賛の粒度も細分化して、「世界を代表する20代の起業家30人」だったはずが、「アジアを代表する25歳から27歳までの若手D2C起業家50人（東南アジア版）」のように、通貨発行をやめられなくなった財政難国家のように、どんどん新しい称賛トークンが生まれているようにも見えます。
通貨のインフレと同じで、発行量が増えると称賛トークンの価値は下落します。こうしたとき、学生や経験の浅い若手の方々は実績と称賛の乖離に気づきづらい構図もあります。いつの間にか称賛トークンが実績と読み替えられてしまうこともあると思います。
分かっている人は分かっている
ただ、こうした構図は「分かっている人たち」は、みんな分かっています。同じスタートアップの起業家でもイグジット経験があるかないかでは実績として全く意味が違いますし、イグジットした事業が、その後何年にもわたって価値を生み続けているかどうかといったことでも実績の重みは違います。何十億円でイグジットしていても、最終的に買収額が全額減損処理され、組織も事業も残らなかったケースと、その後に買収側企業の売上に大きく貢献して伸びるケースでは全く違うレベルの実績です。
ソーシャル上で聞こえてくる称賛は、こうした違いをあまり区別していないように見えるかもしれません。でも、実際には、そんなことはありません。多くの大人は、いちいち声に出して言わないだけなのだと思います。それに、もし乖離があるとしたら、何よりも当の起業家がいちばんそのことを分かっているのではないでしょうか。
「実績がないのに、なぜ称賛するのか？」ということに対する私なりの答えは、起業家・ビジネスのコミュニティーの人たちは、客観的指標に基づいた称賛以外に対しては、それに気付いていながらも、それでも応援する気持ちで黙っているのだということです。いちいち称賛と実績の乖離をパブリックに指摘するようなことをしません。結果、称賛しすぎているように見えることがあるのではないでしょうか。
スタートアップの起業家は、より大きな実績やインパクトを目指して前進しようとしているケースがほとんどでしょう。だから、信頼関係にあるメンター・メンティーの関係でもない限り、実績と称賛が乖離しているのではないか、などと指摘して起業家の気持ちをくじくことこそ、もっとも慎むべき行為だと私は思うのです。スタートアップは成功への道が険しいので、たとえ走り出したばかりでも応援したり、道半ばで終わることがあっても「ナイストライだったね」と声をかけることのほうが、はるかに重要だと思うのです。
Partner @ Coral Capital
