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アメリカの健康保険とスタートアップ:【中編】ヘルステック2大スタートアップ統合

健康保険とスタートアップ

前回、アメリカのデジタルヘルス市場の盛り上がりの背景としてある、健康保険が抱える医療費増大の課題と、これに予防というアプローチで取り組む企業についてご紹介しました。しかしながら、アメリカの健康保険者(健康保険の運営組織)や雇用主が取り組む医療費抑制策としては、必ずしも予防だけではありません。今回は、①適切な医療へのナビゲーション、②業務効率化についてご紹介します。

①適切な医療へ導く、ナビゲーションサービス

患者が傷病時に最適な医療機関を自身で選ぶのは難しく、専門知識が求められます。診療所にすべきか病院にすべきかは、患者の状況や、最適な医療が何であるかによって選択しなくてはいけません。加えてアメリカの場合には、加入する健康保険ごとに適応される医療機関や診療内容が異なるため、患者にとってはより複雑な制約があります。適切な医療にアクセスできない場合、余計なコストや時間がかかってしまうため、患者だけでなく、保険者やその費用を負担している雇用主からしても、患者が迅速に質の良い医療にリーチできることは非常に重要な課題です。

この課題に対し、2007年にローンチしたZocDocは、クリニックの口コミ・予約サービスとして患者が医療機関を探すサービスを提供しています。患者は立地や自らの保険、口コミを元にクリニックを検索し、予約することができます。このモデルはクリニックからの固定費と患者の送客手数料をとっており、クリニック向けのマーケティング支援ソリューションと言えるでしょう。現在では同社は、オンライン診療を含めた、検索プラットフォームとしてサービスを展開しています。

ZocDocの次の世代のサービスは、より踏み込んだ形で課題を解決します。患者主導で選ぶだけでなく、提案やガイドを行うことで、より最適な医療を選べるよう支援するものです。その多くが医療機関からの課金だけではなく、医療費の支払いに関わる雇用主や健康保険者からの課金も期待できるのが特徴です。

InsureTechのユニコーン企業、Grand Rounds Healthは雇用主や健康保険向けに、従業員や被保険者向けのパーソナルヘルスアシスタントサービスを提供しています。従業員や被保険者が医療を必要とする際に、独自のアルゴリズムにより最適な医療機関を提案したり、専門医によるオンライン診断を行うことで、従来よりも医療費を抑制することを価値としています。昨年からはコロナの影響を受け、オンライン医療相談と診療ニーズが急増し、2020年9月にはカーライルから13.4億ドルの評価額で、1.7億ドルを調達しました。さらに、2021年3月には、大手のオンライン診療プラットフォーマーDoctor On Demandとの合併計画を発表し、ナビゲーションサービスとオンライン診療サービスを統合することになります。Doctor On Demand自体、元々複数の民間健康保険会社向けに、B2B2Cモデルでオンライン診療サービスを提供しており、2019年にはHumanaと共同で、オンライン診療を活用した安価な健康保険プランOnHandを発表しています。この2社の統合により、健康保険者が被保険者向けのナビゲーション+オンライン診療を包括的にカバーできることになります。

GoogleのCVCが出資する、Aminoは医療費や健康保険料の一部を負担する雇用主向けに、従業員向けの医療ナビゲーションアプリを提供しています。既存の医療機関だけでなく、複数のオンライン診療を統合しています。同社は従業員への健康投資のROIを高めることを目指しています。

また、AIを活用したトリアージとその後の医療の提案を行うBuoy Healthは、昨年の11月に米大手健康保険であるCignaとHumanaらから3,800万ドルを調達しました。同社のサービスは患者の症状と加入する保険や位置情報ごとに、緊急性と重症度を判定し、どのくらいの期間に、救急外来なのかクリニックやオンライン診療にかかるべきか提案します。現在では、Buoy Assistantと呼ばれるコロナの評価ツールを提供しており、100万人以上がこれまでにこの評価を利用したと発表しています。コロナ禍の中では、健康保険会社が、顧客企業の感染の可能性がある患者の相談の窓口になっており、今回の健康保険会社からの調達でこの窓口の効率化を目指しています。

制度上異なる部分も多いですが、「フリーアクセス」と言われる日本もまた違った形で課題を抱えています。私たちは病気や怪我の際に、病院やクリニックを自由に選んで利用できます。かつ保険診療であれば、診療報酬という一律の換算方法で医療費が決まります。これは日本に暮らしていると当然と思うかもしれませんが、米国などと異なる日本固有の制度です。この仕組みにより、地域や貧富の差に関わらず全国民が医療を受けることができるよう目指す素晴らしい仕組みである一方で、どこにでもアクセスできる分、適切に選ばなければ社会全体としては過剰医療費になるといった課題があります。そう言った意味では適切なガイドにニーズは、行政や健保にはあると考えられます。

②業務効率化

コロナへの対応だけでなく、米国の健康保険は営利組織として運営されていることからも、DXへの取り組みも活発になっています。

a) マーケットプレイス、デジタルブローカー
雇用形態やその雇用主によって加入する健康保険が自動的に決まる日本と異なり、アメリカでは、雇用主や個人が多くの健康保険の中から適切な保険を選ぶ必要があります。保険者もまた、競争の激しい中で自社の保険商品にあったユーザーを獲得する必要があります。このマッチングを支援するのがブローカー・コンサルタントと呼ばれる専門職で、保険の選択や契約を支援しています。このブローカーが重要な役割を果たしており、周辺のオンライン化やDXが進んでいます。

保険ブローカーのDXのきっかけは2010年に制定された、医療保険制度改革法(PatientProtection and Affordable Care Act、通称オバマケア)です。オバマケアでは健康保険の選択や取引をオンラインで支援する仕組みを整えることで、健康保険加入者を増やすことを目指しています。連邦政府が立ち上げたHealthCare.govでは、自分や法人に最適な健康保険を探したり、居住エリアで対応しているブローカーを探せるプラットフォームとして保険選びと契約を支援しています。

2020年7月にナスダックに上場したGoHealthは、公的な高齢者向けの医療保険メディケアにプラスされる任意の民間の健康保険プログラムであるメディケア・アドバンテージなどを取り扱っている、健保のマーケットプレイスを展開しています。個人やその家族、中小企業などが、GoHealth上で自分にあった健康保険を選び加入できるサービスです。2013年にはオバマケアに基づき、政府承認のプラットフォームと承認されたことで、ユーザーが政府運営のHealthCare.govと同様に税控除を受けることができるようになりました。個人の健康保険だけでなく、中小企業向けにも展開しています。2001年に創業した同社は、元々はブローカー向けのCRM管理ソリューションを提供するところから始まっています。

Googleに会社を売却した経験を持つ連続起業家のMunjal Shah氏が立ち上げたHealth IQは、デジタルブローカーとして、メディケア・アドバンテージや生命保険の加入をサポートしています。最大の特徴は、ユーザーの健康に関する知識をチェックするクイズの回答に基づいて、割引を提案することです。保険者としても、Health IQ経由の加入者がより健康であることはメリットが大きく、割引を提供できます。これまでに100万人以上が同社のクイズを受けているとのことです。

b) VBHC導入支援
2006年に、治療の有効性や改善効果に基づく新たな医療費償還制度であるバリューベース・ヘルスケア(VBHC:Value-based Health Care)という概念が発表されました。その支払い方法は、従来の処置プロセスに対する償還と比べ、効率的な疾患コントロールと医療コストの最適化が可能になると保険者に期待されていると同時に、患者にとっても大きなメリットがあると注目されています。アメリカにおいては、2016年には診察や治療の品質を評価する基準が整備されたほか、2018年には、メディケアの支払いの9割が品質評価と結び付けられるようになりました(参考)。

一方で、実際の運用においてはアウトカムの定義や測定方法、品質の評価方法といった難しさがあり、プロセスに対する一律の支払いと比べると、医療機関と保険者の両方に業務負担が生じます。ここで期待されているのが、 契約に向けた条件調整や、評価に必要な治療のデータ収集、成果に応じた価格決定を行うプロセスを支援するサービスです。

Sequoia Capitalや、北西部で健康保険を展開するPremera Blue Crossが出資するVimは健康保険向けに、被保険者がVBHC導入医療機関を予約し、契約締結するのを支援するオンラインサービスを提供しています。2015年の創業以来、2019年の発表時点で提携健康保険の加入者1,000万人、提携医療機関15万人の医療従事者が対象となっています。

KKRが出資するAIスタートアップClarifyHealth Solutionsは、医療機関、健康保険の両サイドに対し、診療内容を可視化し、品質評価や医療費などの予測ソリューションを展開しています。医師向けに患者の状況をモニタリングし、評価と予測を行う他、健康保険向けにも価値の評価を支援します。

Humanaと提携するCohere Healthは、VBHC形式の支払いと既存の支払い方法の両方の契約で、医療機関と健康保険の治療と支払いのプロセスを支援するプラットフォームを展開しています。治療プロセスと患者の状態の透明化に取り組んでいます。

またこの領域では、2020年12月に退院支援のユニコーン企業PointClickCareがVBHC支援を含む患者ケア管理ソリューションCollective Medicalを買収、2020年11月にSignifyHealthがブロックチェーンによるVBHC支払い管理のPatientBloxを買収するといった統合の動きも見られます。

今回は、アメリカにおける健康保険向けの、ナビゲーションサービスと業務支援サービスをご紹介しました。次回は垂直統合モデルで、健康保険自体を運営するスタートアップについてご紹介します。また、この領域でスタートアップを考えている方は、ぜひお気軽にご連絡いただけますと幸いです

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Senior Associate @ Coral Capital

Miyako Yoshizawa

Senior Associate @ Coral Capital

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