世界1000万部超「ビジョナリー・カンパニー」の最新刊に見る「偉大な企業のつくり方」
「ビジョナリー・カンパニー」は日本のスタートアップ界隈でも愛読している創業者が多い世界的なビジネス書シリーズです。1994年の第1巻以来、シリーズ5巻は長く読みつがれていて殿堂入りしています。
新たに創業した会社の中には大きく成長するばかりか、継続的にイノベーションを起こし続けて、数世代のCEOの交代を経ても業界トップで尊敬される偉大な企業があります。一方、衰退してしまう企業や、成長が止まる「普通の企業」がある。この違いは、なぜ生まれるのか? この問いに向き合い、長年の研究と科学的アプローチによって分析し、共通項やパターンをあぶり出したのが「ビジョナリー・カンパニー」の名で知られる、ジム・コリンズ氏の一連の著作です。全5巻のシリーズは全世界で1000万部を超える大ベストセラーとなっていて、ビジネス書ランキングでは常に上位。多くの経営者に読みつがれています。
2021年8月19日に書店に並んだ『ビジョナリー・カンパニーZERO ゼロから事業を生み出し、偉大で永続的な企業になる』(ジム・コリンズ、ビル・ラジアー著、土方奈美訳、日経BP)は、このビジョナリー・カンパニーシリーズ最新の翻訳書です。英語の原著も翻訳書も出版されたばかりですが「ビジョナリー・カンパニーZERO」はゼロという呼称が示唆するとおり、シリーズの原点とも言える本でもあります。
ビジョナリー・カンパニーシリーズは、これまでに以下のように全5巻+特別編が日本語でも翻訳書として刊行されていますが、今回新たに出た『ビジョナリー・カンパニーZERO』は、これら一連の著作よりも前の1992年に刊行された『Beyond Entrepreneurship』に対して、ページ数が倍近くになるほど大幅に最新の事例や洞察を書き加えて新たに出版された増補改訂完全版と言った位置付けです。
- ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則(1994年)
- ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則(2001年)
- ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階(2009年)
- ビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる(2011年)
- ビジョナリー・カンパニー 弾み車の法則(2019年)
- ビジョナリー・カンパニー【特別編】(2005年)
※カッコ内は原著の出版年
つまり、『ビジョナリー・カンパニーZERO』は、ジム・コリンズ氏が大ベストセラーの著者・研究者として広く世に知られることになる前の原点とも言える著作です。何だかスター・ウォーズシリーズのような話です。
30年の時を経て現代版として初翻訳された書籍ですが、加筆して再度出版することについて著者のジム・コリンズ氏は狙いを2つ指摘しています。ビジョナリー・カンパニーが取り上げる事例は大企業が多いが、もともとの研究の関心は創業期にもあり、現在のスタートアップ全盛の時代にも意味があると考えたこと、その後の研究で知見が蓄積がされたことの2つです。実際、内容には普遍性があって古びていないこと、人材やイノベーションの項目などスタートアップ創業期の話にピッタリ当てはまる指摘の多さに驚きます。
一部には、今となっては広くビジネスパーソンの共通認識になったのではないかというところもあります。例えば、会社がビジョンを掲げる重要性を説く部分で事例を読むと、少し凡庸に思えるようなこととか、「ヤマハをぶっ壊す」(ホンダ)、「アディダスを倒す」(ナイキ)と競合企業を名指しして社員を鼓舞するやり方など、今の時代に合わないように感じる記述もないわけではありません。一方で、ビジョンの役割を「努力を引き出す」「判断を下すコンテクストとなる」「一体感を生む」「属人状態からの脱却」など明確に言語化して箇条書きで抽出していて、こうして抽出された共通項や論点整理は今も全く古びていないなと思います。組織やリーダーシップは科学技術ほどにパラダイムが大きく変化せず、研究の蓄積とともに理解が深まってきているのかもしれません。
同様に、組織の意思決定の類型分析なども実に明瞭です。「独裁型→参加型→コンセンサス型→委譲型」と分類した上で、その特徴と、偉大な企業に多く見られるのが参加型(意思決定に多くの専門家や社員を巻き込むが、最終決定は経営者)であるということを、実際のデータに基づく観察から指摘するなど興味深い指摘にあふれています。
『ビジョナリー・カンパニーZERO』は紙の書籍を横から見ると、オリジナルのグレーのページに対して新たに加筆された白いページの分量が多いのが分かります。例えば意思決定に関する章でも、上記の分析に加えて、ベストプラクティスがより明確に追加で書かれています。意思決定で重要なのは、まずどういう時間軸で意思決定するかを決めること(数日なのか数週間なのか数年なのか)、そしてファクトやエビデンスに基づく議論を促すこと、合意が形成されるまで先送りにせずに曖昧さを残さず意思決定を下すこと、その上で団結して規律を持って実行すること、という流れで言語化して、まとめています。反対意見が何も出ていない事項に関しては、まだ意思決定をしてはいけない、など思わずハッとさせられる指摘も。
もともと含まれていたリーダーシップ・スタイル、ビジョン、戦略、イノベーション、戦術(オペレーション)などの大項目に加えて、30年を経て追加された大きなテーマに「人材」があるのが興味深いところです。企業が週次や月次で追跡すべき指標として、売上や利益率、プロダクト関連の指標といったものと比較にならないほど大事な、偉大な企業になれるかどうかのカギを握る指標は「バスの重要な座席のうち、そこにふさわしい人材で埋まっている割合」だと言い切っているのは、スタートアップ文脈では首肯する人が多いのではないでしょうか。それぞれのポジションに正しい人材がいることのほうが、そのチームで何をやるかという戦略や計画より、はるかに大事だという指摘です。最重要であるのに多くの企業はこの重要指標を追跡していない、とも。事例として、ピクサーが14作品連続でヒット作を飛ばしたのは、どんな作品をどう作るかではなく、正しい人材を集めたからだという話が出てきます。正しい人材が正しいポジションに採用・登用できているかどうかを、どう判断するのか、ということについても「7つの質問」という形で具体的にチェックリストが載っています。
1994年に出た『ビジョナリー・カンパニー〜時代を超える生存の原則』(ジム・コリンズ著、山岡洋一 訳、日経BP。翻訳書は1995年刊)は、3M、ボーイング、ディズニー、フォード、IBM、P&G、ソニーなど18社を取り上げて分析しています。2022年の今に比べると、製造業なども多く、アイデアこそが事業のコアという現代と若干のズレが出てきているのかもしれません。ソフトウェアやコンテンツ、金融、戦略コンサルなどスケーラブルで収益性が高い高度情報産業では、ますますアイデアと創造性という頭脳勝負の世界となっています。事前のマーケット分析や戦略よりもチーム編成が大事という指摘が追加された背景には、こうした時代の流れがある気がします。バスに誰を乗せるかのほうが大事だ、というのはスタートアップでも良く指摘されることです。
どのページを開いても、多くの事例と考察から抽出された洞察と、興味深い事例が詰まった1冊でした。シリーズ5巻にわたって展開された論点が、現代的文脈で再編成されてまとまった1冊で、最初に読む「ビジョナリー・カンパニー」の1冊目としても良いかもしれません。第6章には「偉大な企業をつくるための地図」(ザ・マップ)という5x5の表が掲載されています。企業は、どの段階で何をやるべきで、どういう結果を期待するのかという手順書のようなものものです。これもシリーズ集大成のような印象です。
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