本ブログはEventbriteでCPO(Chief Product Officer)を務めるキャセイ・ウィンタース(Casey Winters)氏のブログ記事「Fire Every Bullet」をご本人の許可を得て翻訳したものです。リアルイベントのチケット管理機能を提供する同社のビジネス環境は、コロナ禍で一変。危機に面したとき、プロダクト責任者として、何を考えて、どう振る舞ったかが書かれています。Eventbriteは2006年創業、2018年に上場しています。コロナ前の2019年の年間売上は300億円以上ありました。
危機的な状況下では、新たなスタイルやマネジメント、優先順位付けが必要になります。アンディ・グローブ(訳注:元Intel CEOで著書『パラノイアだけが生き残る』で知られる)がこうした状況を「戦時」と呼んだのは有名ですが、彼やベン・ホロウィッツなどによって「戦時」のCEOがどういうものかについては説明されてきました。しかし、「戦時のCPO」について書かれたものは見たことがありません。戦時のCPOになるということは、製品づくりへの取り組み方を大きく変えなければならないことを意味します。ほとんどのプロダクトリーダーは、自分のチームをプロダクトとして捉え、採用、トレーニング、コーチング、権限委譲などのサイクルを回してチームを改善していきます。一方で、戦時は、採用は行わず、トレーニングやコーチングを行う時間もなく、よりトップダウンで意思決定を行います。しかし、戦時のCPOとして大きく変わる必要があるのは、今日お話する優先順位付けと評価に関する点です。
私は、皆さんが戦時のプロダクトリーダーにならずに済むように願っています。しかし、おそらくお察しの通り、Eventbriteは1年以上前から戦時の状況にあります。背景を説明しましょう。2020年2月、Eventbriteは大きな問題を認識し始めました。会社が順調に1年のスタートを切った一方で、向こうの方から世界的なパンデミックの高波がやってくるのが見えていました。世界も、私たちも、誰も対応する準備ができていなかった事態が起こる可能性を各指標が示唆していました。それは、世界中のライブイベントの中止です。始まろうとしていたのは、競合他社に対する戦いではなく、自然に対する戦いでした。
もちろん、状況の深刻さについては、さまざまな意見がありました。メディアでは、VCが握手を禁止していることを揶揄し、季節性インフルエンザの方を心配すべきだと言っていました。メディアは、本当の意味での潜在的なダウンサイドを考慮できていなかったのです。ダウンサイドが未知であり、悲惨な状況に陥る可能性がある場合、ナッシム・タレブが言うように、唯一の合理的な反応は過剰に反応することです。
私たちは、「ライブイベントを通じて世界を1つにする」という会社のミッションが、かつてないほどに試されるだろうと覚悟して計画を立てました。事業とミッションが生き長らえるため、そして社員、クリエイター、投資家のウェルビーイング(健康)を確保するために、迅速に行動しました。リソースやツールを提供し、コミュニケーションを強化することで、社員たちが十分な情報を得たり、仕事へのエンゲージメントや社員どうしのつながりを維持したりできるようにし、コスト構造を再調整して資金投資を確保しました。また、この新しい現実に合わせて、ビジネス戦略を描き直しました。
具体的には、プロダクト面では、イベントクリエイターが世界的なパンデミックの現実と、それがビジネスに及ぼす影響に備える手伝いをすることに、すべてのフォーカスを移しました。このとき思い出したのは、数年前に当時勤めていたPinterestにアドバイザーとして迎えたリュック・レベスクとの会話でした。リュックは当時TripadvisorのSEO担当副社長(現在はShopifyのグロース担当副社長)で、アメリカ企業としてアメリカ以外の市場でのSEOに成功していたのは、私が見つけた限りでこの会社だけだったのです。Pinterestの成長の最大の阻害要因は海外での成長でした。そしてSEOは、Facebookのオープングラフを活用した当初の戦略がうまくいかなくなった後、米国での成長を軌道に乗せる主要な手段でした。私はリュックに、海外市場でのSEOを機能させるために、リンクビルディング、URL構造のローカライズ、現地語のコンテンツだけをページに表示させるなど、さまざまな戦術について優先順位をつけるべきかと尋ねました。それに対する彼の答えは、「おいおい、それ全部やるんだよ」でした。どれが一番重要だったかは、成功してから考えればいい。パンデミックが起こったとき、私たちがEventbriteで取ったのは、まさにこのアプローチでした。
クリエイターと自社を救うことができそうなものなら、なんでも作りました。クリエイターがオンラインでのバーチャルイベントにピボット(方針転換)できるようにしたり、ローンの申請方法に関する情報を公開したり、一括返金ツールを構築したり、クリエイターが顧客への返金のためにEventbriteにお金を預金・送金できる機能やクレジットシステム、イベント延期が簡単にできるツールを導入したりしました。パンデミックという問題に対して、持てる弾丸をすべて発射しました。優先順位はつけませんでした。それぞれの開発にどれだけ手間がかかるかは重要ではありませんでした。全部やるつもりだったのです、しかも迅速に。平時であれば私たちの品質基準を満たさないものでもリリースしました。なぜなら、こうした機能をクリエイターのためにリリースするタイミングとして、「今日」を上回る選択肢は「昨日」以外に存在しなかったからです。後になって、他社でも同じようなことをしていたと知りました。
『ひとつ言えるのは、今となっては少し恥ずかしい気もしますが、パンデミックの影響で許容できる最低限の品質基準を下げると全社的に決定しました。今、Shopifyを見ていただくと、たくさんの機能がローンチされています。ほとんどが、このたった1つの決定によるものです。そのために、ロードマップの大部分を前倒ししています。今ビジネスに役立つものなら全てです。なぜなら、繰り返しになりますが、私たちの世界は今、クレイジーな非常事態にあるからです』(Shopify社CEOのトビ・ルトケ氏、ポッドキャスト「Invest Like The Best」、2020年5月より)
この大惨事の幕が閉じた後、事業を救うことに失敗して、「もっとできることがあったのに」と口にするようなことは絶対にしたくない。この想いが、パンデミックの間ずっと私たちの念頭にありました。全部やるというアプローチで興味深いのは、うまくいく戦術もあれば、そうでないものもあることです。戦術が成功したか失敗したかを個別に評価しがちですが、これは間違いです。成功か失敗かを評価するには、自分が撃ったすべての弾の総力で評価しなければなりません。会社を救ったか? はい。多くのクリエーターのビジネスを救ったのか?イエス。これらの戦術を個別に試したり、結果を検証したりすることはできません。ポートフォリオとして見なければならないのです。
どんな時にすべての弾を撃つべきでしょうか? 瀕死の状態になったときだけ全弾発射するのでしょうか? ライブイベントの復活に関してはどうでしょうか?Eventbriteは、その成功を最大化するためにすべての弾丸を発射しているでしょうか? プロスペクト理論では、人間は同じレベルであればアップサイド・エフェクト(収益)を好むよりもダウンサイド・エフェクト(損失)を嫌う傾向が強いとされています。多くの人がこれを非合理的だと言いますが、実際は的を得ています。なぜなら、極端なダウンサイドのインパクトとは、死や破滅のようなものを意味するからです。アップサイド・エフェクトは、極端な場合でも同程度の影響はありません。ですから、全弾発射は、極端なアップサイドのシナリオよりも、極端なダウンサイドのシナリオで、はるかに意味を持ちます。2×2の軸で考えてみましょう。
「もう少し早く成長できたかもしれない」と「生きるか死ぬか」の差は明らかです。とはいえ、アップサイドの状況ですべての弾を発射するのも、間違いというわけではありません。極端なダウンサイドのシナリオほど、正解が明確でないだけです。Quibiはローンチと同時に成長するために全ての手を尽くし、1億ドルを使い切りました。もっと小規模なローンチを行い、コンテンツのサイクルを回してプロダクト・マーケット・フィットを高める方が良かったかもしれません。Uberは、市場の規模とシェアの拡大を加速させるため、長年にわたって数十億ドルを投じてきた結果、今では約10兆円の企業になっています。
ここで覚えておきたい重要な点は、極端な状況下では、ベストプラクティスの多くが平時とは異なることです。素早い決断、無駄遣い、指標による測定は、様々な意味でトレードオフになります。このような極端な状況に置かれた場合、通常の業務であなたのビジネスや製品にとって正しいことを行う際とは違ったルールブックが必要かもしれないと認識することが重要です。Eventbriteの戦時は続いていますが、今の状況を見ると、ようやく和平交渉段階に入ったのではないかと思います。
Editorial Team / 編集部