Coral Capital投資先企業でダイナミックプライシングに取り組むスタートアップ、ハルモニア創業者の松村大貴さんが執筆した企業の価格戦略に関する包括的な本『新しい「価格」の教科書――値づけの基本からプライステックの最前線まで』(松村大貴著、ダイヤモンド社、2021年12月)が先週、販売開始されました。私も早速週末に読んで、今までに読んだことのない「価格3.0」と、その先の話に知的興奮を覚えたので簡単に紹介したいと思います。
価格戦略に関する教科書やビジネス書など、関連書籍は多くあります。私自身、かつてイベントのチケット料金の価格戦略をどうすればいいかで悩み、標準的とされている教科書や、事例が豊富なビジネス書を読んだりしました。価格戦略はミクロ経済学の標準的な説明から始まり、マーケティングの現場で使われている価格付けの各種実践やフレームワーク、行動経済学的な心理を上手に使う価格付け施策など、非常に範囲が広く、それぞれ書籍がたくさん出ています。最近ではサブスクリプションモデルの台頭が著しいことから、その新しい価格体系の意味や事例、実践方法を解説をする本も多くあります。
そうした既存の価格に関する書籍と「新しい価格の教科書」が明確に異なるのは、今後5年とか10年かけて起こるであろうプライシングの新時代について、いま中国や米国など先進的な市場で起こっていることを交えつつ、その変化の全容を描き出して説明している割合が大きいことです。全5章のうち価格の基本を解説しているのは、第1章だけ。第2章は、いままさに起こりつつある変化を人類史的な文脈に位置づけ、変化が起こる時代背景を解説しています。残りの3〜5章はプライステックの現状と未来となっていて、価格に関する「新しい教科書」と銘打つにふさわしい内容となっています。
現在起こっている価格戦略の変化はきわめて大きなもので、それは以下のような著者の歴史の俯瞰から分かります。紀元前1,600年と言われる貝殻による通貨誕生から大量生産が始まる150年前までの時代が「価格1.0」、大量生産とサービス・製品の画一化が始まり、現在も続くのが「価格2.0」、そして、いま取引のオンライン化とデジタル化によって起こり始めているのがデータに基づく変動価格を取り入れた「価格3.0」の時代と言います。
途上国でタクシーに乗ったり露天商で買い物をすると、価格交渉が頻発することに気づきます。楽しい経験であると同時に、ふっかけられて嫌な思いをすることもあります。価格1.0の個別交渉は、非効率なものです。現代日本ではコンビニやスーパー、家電量販店で値引き交渉をすることは比較的まれです。これは自明ではなく、大量生産、規格化によって一律価格を設けるようになったからです。販売はきわめて効率化しました。私たちは、その「価格2.0」の世界にあまりに慣れてしまっていて、自分で価格をつけたり価格交渉をする体験をメルカリのようなサービスによって初めてした、という人も増えてるかもしれません。
いまECや電子決済の普及と、データ分析技術の進化によって、一律価格の価格2.0に加えて、変動価格を取り入れた価格3.0が台頭しつつあります。飛行機のチケットやホテルの宿泊料など一部の業界から、変動価格導入による利益の最適化がはじまり、それは鉄道、高速バス、テーマパーク、タクシーなど他の業界・領域にも広がろうとしています(高速バスでの導入事例はここにあります)。航空産業が変動価格を、いつ、どうやって取り入れて利益を向上させたのか。どういう財が変動価格に向いているのか。そういった歴史的変遷を紐解き、映画やレストラン、通勤電車など、かつて変動価格の適用が考えづらかった領域でも大きな可能性が広がっていることを本書では示しています。原価削減や販売促進、売上向上といったことに比べて、最適価格による利益向上は伸びしろが大きい割に、これまで顧みられていなかった面があります。そのことを著者の松村さんは具体的な利益率向上の計算例を挙げて指摘しています。
著者の松村さんは、かつてネット広告の世界にいました。高度に自動化され、ダイナミックに価格が変動することで需給を調整する金融商品のようなネット広告の世界を目にした松村さんは、そうした変動価格の可能性を見出し、2015年にハルモニアを創業しています。以来、6年に渡って各業界のトップランナーと向き合い、実践知を共創してきた起業家です。そんな著者だからこそ提示できるコンパクトで見通しの良い議論と実践的ガイドラインは、多くの日本企業にとって示唆に富むものだと思います。
著書が見据える価格3.0のインパクトは利益改善にとどまりません。価格は資源配分の最適化を参加者に促すコミュニケーションツールの要ですから、オンライン化・デジタル化するビジネスにおいて、今後は製造・流通・販売などビジネスに関わる全ての要素がダイナミックになる「ダイナミック・エコノミー」の時代が来ると予想しています。それは食品ロス、エネルギー消費、商品の廃棄などを抑制するといった社会課題解決にもつながるものです。価格3.0時代への突入はビジネスや組織構造の変容まで迫る大きなうねりとなって、私たちのビジネスや社会、生活を変えていくことになるのだろうと思います。
【書籍情報】『新しい「価格」の教科書――値づけの基本からプライステックの最前線まで』(松村大貴著、ダイヤモンド社、2021年12月)
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