本記事はTemma Abe氏による寄稿です。Abe氏は東京大学経済学部を卒業後に新卒で三菱商事に入社。2016年からのアクセンチュア勤務を経て、2019年からは米国西海岸に在住し、UC BerkeleyのMBAプログラムを経て、シリコンバレーで勤務しています。現地テック業界で流行のニュースレターやポッドキャストを数多く購読しており、そこから得られる情報やインサイトを日本語で発信する活動をされています。
本記事は3本シリーズの中の3本目のPart3です。
- Web3の「外の人」が調べまくって得た6つの視点(Part1)
- 定義が定まらず推進派と反対派の対立も激しい「Web3」(Part2)
- 仮想通貨高騰はWeb3浸透を意味しない(Part3)※本記事
目次
Web3の「外の人」が調べまくって得た6つの視点(Part1)
- 基本的な用語
- 基本用語についての補足
定義が定まらず推進派と反対派の対立も激しい「Web3」(Part2)
- Web3は定義が定まらず、推進派と反対派の対立も激しい
- 分散型と言いつつ、中央集権的なプレイヤーが活躍している
- 資金調達はトークンで、VCに依存しないのが理想だが……
仮想通貨高騰はWeb3浸透を意味しない(Part3)※本記事
- 「企業・売上」ではなく「国・税金」になぞらえる見方もある
- 国民国家にとって代わる?
- 政府として税収を受け取り、財務省が管理する?
- 売上マルチプルではなく、税収マルチプル?
- 仮想通貨/トークンの高騰は、Web3の浸透を意味しない(むしろ逆効果の可能性も)
- 仮想通貨の場合
- トークンの場合
- Second Life創業者の見方
- Ethereum創業者の見方
- ゴールドラッシュで最も上手く稼いだと言われる、リーバイスのような企業に注目したい
- Web3におけるOS
- ブロックチェーン上のデータ分析
- コンプライアンス
- セキュリティ
- まとめ
- おまけ
「企業・売上」ではなく「国・税金」になぞらえる見方もある
国民国家にとって代わる?
Web3推進派の中には「DAOのTotal Addressable Market(=狙い得る市場規模)は国民国家である」と言っている人もいます。つまり、国家のような機能を果たすDAOを作ることも不可能ではないという話です。個人的には現実感は薄い印象ですが、そういう思想を本気で信じている人たちもいるようです。
The TAM for DAOs is nation states
Plan accordingly
— José Maria Macedo (@ZeMariaMacedo) December 5, 2021
政府として税収を受け取り、財務省が管理する?
もう少し現実的に起きているケースとして、2021年に爆発的に流行したWeb3ゲームのAxie Infinityは、そのホワイトペーパーで以下の通り述べています。
- Axieは、100%プレイヤー所有のリアルマネー・エコノミーです。ゲームの開発者は、ゲームアイテムやコピーの販売で儲けるのではなく、プレイヤー間の経済的を促進することに重点を置いています。マーケットプレイスの手数料は、トークン保有者が影響力を行使できるコミュニティトレジャリー(筆者補足:財務部・財務省のようなもの)へ送られます。開発者はAXSトークンを所有することで収益を得ます。プレイヤーはゲーム内のリソースを使ってAxiesを作成し、他のプレイヤーに販売することで収益を得ます。
- アクシーは、現実の経済を持つ国家と考えることができます。AXSトークンの保有者は、税収を受け取る政府です。このゲームの発明者/構築者であるスカイメイビスは、AXSトークンの最大20%程度を保有します(筆者補足:残りの80%はコミュニティで分配される)
そしてもう1つ、(少なくとも一部では)熱狂的な支持を得ている韓国初のWeb3スタートアップであるTerraです。The Generalistによると、
- 少なくとも、Terraが自らを近代国家とみなしていることは明らかです。その考え方が、優先順位や文化、進むべき道を示しているように思います。
- 「シンガポールが成功した要因の1つは、シンガポールがプラットフォームであることを理解したことです」とKwon氏は言います。帝国は、いかにユーザーを引きつけるか、ということを考えない。
- Terraは草の根の革命を目指す会社だが、初期のポリシーは必然的にトップダウンだった。通貨の仕組みや市場モジュール、トレジャリーのあり方など、プロジェクトが語る内容は、しばしば国家の言葉で語られている。多くの場合、Terraは中央銀行のような役割を果たし、最も有効な方法で進歩を促進しているようです。
売上マルチプルではなく、税収マルチプル?
別の観点では、前述のTomasz Tunguzは、Web3組織のバリュエーション手法について「Web3エコシステムの経済規模と売上」を「国のGDPと税金」の対比関係で捉えることができるのではないか、という仮説を提示しています。
- 現在、トークンの価値は株式の3〜5倍であるべきという経験則が使われている。その根拠は、企業の株式は将来の配当の流れに先取特権を持つが、トークンは経済圏のGDPの利益シェアに先取特権を持ち、その経済圏は3~5倍になる傾向があるからだ。
仮想通貨/トークンの高騰は、Web3の浸透を意味しない(むしろ逆効果の可能性も)
さて、上記のような「国家にも取って代わる」という壮大なビジョンはありつつ、現時点でクリプトやWeb3は世の中のマジョリティに浸透しているとは言えません。全てのケースがそうではないですが、投機的・金銭的インセンティブに依存する構造には課題があります。
仮想通貨の場合
これまで仮想通貨関連の話題の中心といえば、「ビットコインが最高値を更新」などの相場に関する話題が中心となっています。ビットコインやブロックチェーンの専門家を名乗る人でも、「ビットコインは今後も上がり続ける。気付いている人は気付いている」「このままいけばいつか法定通貨にとって代わる」という趣旨の発言をする人がいます。
私は、仮想通貨の価格高騰は、世の中への浸透とは直接的には関係せず、むしろ、逆効果の可能性もあると思います。Bitcoin Whalesと呼ばれる人たちを初めとして、明らかに先に投資した人たちが得をする構造になっている中で、まだビットコインを保有していない世の中のマジョリティを将来的にどのように取り込むのか分からないからです。
人々にインセンティブを与えるだけでは不十分で、法定通貨に取って代わるには、最終的には国家が持つような強制力が必要になります。エルサルバドルなどと違って、民主主義が正常に機能している国において、新たな不平等・格差を生み出し得るビットコインを法定通貨にすることはまず起き得ないでしょう。
「ビットコインの価格高騰が進めば、それに乗り遅れまいとする人たちが次々と参加することで、どんどん世の中に浸透していく」という主張は、まさにPonzi Scheme(ネズミ講)のように聞こえます。もちろん、そのスキームは一定レベルまで成功する可能性はありますが、サステナブルではないはずです。
トークンの場合
Part1で見た通り、クリプトが纏うネガティブなイメージを払拭したいというのが、Web3ムーブメントの背景の1つでした。そして、Part2の「資金調達はトークンで、VCに依存しないのが理想だが…」で見た通り、Web3組織では、VCからの資金調達ではなく、コミュニティ参加者がトークンを購入する手法が王道となっていました。
ただし、Web3においても先行者が得をする構造が解消されているわけではありません。DAOについて肯定的に論説したThe Generalistの記事でも、以下の記述があります。トークン価格の高騰は後からコミュニティに参加するユーザーに不利に働くメカニズムになり得る、ということです。
- ただし、トークンの中にはアクセスしにくいものもあり、その点については懸念があります。いくつかのDAOが人気を博すにつれ、そのトークン価格は上昇し、事実上のメンバーシップを高価なものにしています。
これは、DAOなどの組織・コミュニティを形成するにあたり、避けては通れない重要な問題です。なぜなら、初期メンバーに大きなインセンティブを与えないとそのコミュニティの形成・発展のモメンタムが確保しにくいからです。一方で、初期メンバーが得をしすぎぎると、後発のメンバーの不満が大きくなります。もしくは彼らにとっては、既存のコミュニティに参加するよりも、別の新しいコミュニティを作るインセンティブの方が強くなります。
また、トークンの価値が高まりすぎぎると、経済的に恵まれない人は参入の機会すら難しくなってしまうケースもあるかもしれません。現在最も人気のあるBoard Ape Yacht Clubのコミュニティに入るためには、最も安いものでも2,500万円するNFTを購入しなければなりません。さらに、そこに有名人やVCなどが資金を注入するということになると、富の集中に関する不満が高まります。
DAOはその名の通り、組織のプロトコルを事前にプログラムすることで、自律的な組織運営を目指すものであるはずですが、ステークホルダー間の利害調整という意味では、一般的な株式会社よりも難しそうに思えます。
NFTは金銭的なインセンティブをクリエイター側にもユーザー側にも提供し得る仕組みですが、それを活用してファンコミュニティが拡大するケースもあるだろうし、逆に金銭目的じゃない純粋なファンが嫌になってコミュニティがおかしくなる場合もあると思います。最近ではBTSのファンコミュニティがNFT導入に対する猛烈な反対運動をしたという事例がありました。
Second Life創業者の見方
個人的にとても興味深かった参考事例は、2003年に登場して大きな注目を集めた元祖メタバースとも言える仮想空間Second Lifeの創業者の話です。曰く、「Second Lifeにおいては参加ユーザーが増えて経済活動が拡大するに応じて、仮想空間内のマネーサプライを調整して、価格高騰を抑えていた」とのことです。これは、まさに後発ユーザーが不利にならないための仕掛けと言えます。一方で「今のNFTバブルなどを見ていると、SecondLifeでもバブルが起きる構造にしておけばもっと爆発的に盛り上がったのかもしれない」と後悔しているという話も印象的でした。繰り返しますが、初期ユーザーと後発ユーザーの間で、絶妙なかじ取りが求められる問題なのだと感じました。
Ethereum創業者の見方
つい先日Ethereum創業者であるVitalik Buterinが日本のWeb3関連のイベントで講演をしていたようですが、その中で以下の部分が個人的にはとても印象的でした。金銭的なインセンティブではなく、別のユーティリティのあるNFT・トークンに注目したい、という趣旨だと理解しました。
- 私が興味を持っているNFTは、NFTであることだけが特徴ではないNFTです
- トークンを生み出すためのトークンではなく、より大きなアプリの一部であることによって、より大きな意味を持つNFTが出てくるのを楽しみにしています
ここで、私なりの解釈を加えます。NFTとはNon-Fungible-Tokenという名の通り、その独自性が価値を持ち、人々はそれを好んで購入するはずなのに、結局投機的なインセンティブが支配的である場合、 より投機的な価値が高そうなNFTにお金が移っていくことになり、NFTの独自性というものは意味がなくなります。NFTという技術で人為的に希少性を作り出したとしても、人々を引き付けるストーリーがなければ、有象無象のプロジェクトが生まれて投資対象が入れ替わっていくだけになります。今後、トークンの値上がり期待以外のストーリーに基づくプロジェクトの事例が多く出てくることを楽しみにしたいと思います。ただしそのときに(ConstitusionDAOが問われたように)、なぜクリプト/Web3でそれをやる必要があるのか、という突っ込みにも耐え得ることも必要になってきます。
ゴールドラッシュで最も上手く稼いだと言われる、リーバイスのような企業に注目したい
現在のWeb3は、ゴールドラッシュの様相を呈しており、金脈はありそうだがどこにあるのかはまだ確実には分からない、という状態に近いと思います。様々なプレイヤー・ユースケースが勃興しているというのもそうですし、そもそもブロックチェーンのデファクトも定まっていません(Ethereumが優勢ではありますが)。
カリフォルニアの元祖ゴールドラッシュでも、巨額の富を築いたと言われるのは、実は金鉱山を掘り当てた人たちではなく、そのオペレーションに共通して必要な物品(スコップ・ジーンズなど)を大量に供給した人たち(例:リーバイス)だったとも言われています。以下では、Web3の世界でそういうポジショニングを取り得るプレイヤーを考えたいと思います。
なお、私が見かけた企業をサンプルとして提示するものであり、網羅的なリストではありません。またWeb3系というよりも広義のクリプト系の会社も含んでいます。そして、Part2で見たような、Web3の一般的な思想とは反するプラットフォーマー的な立場になり得る会社もあります。
Web3におけるOS
a16zがシリーズCをリードしたAlchemyは、Web3のオペレーティングシステムと開発者用プラットフォームを構築しています。AppleやAmazonが、PC・スマートフォン・クラウド上に開発者のためのプラットフォームを構築したように、Alchemyは、最新のブロックチェーンにおける開発をサポートするプラットフォームを構築しています。以下の図が構造を理解する上で、とても分かりやすいです。
Alchemyは様々なサービスを提供していますが、そのコアバリューは、AWSがWebサーバーを管理してくれるのと同じように、Ethereumブロックチェーンを管理してくれることにあります。dapp開発者は、Alchemyや競合のInfuraやTruffleのような会社を使えば、自分のサーバーに新しいEthereumノードを立ち上げる必要がありません。
ブロックチェーン上のデータ分析
この記事の執筆のためにリサーチをしていく中で、頻繁に名前を見たのがDappRadarです。興味深いのはDappRadar自体のニュースではなく、彼らが提供するデータ分析を引用する記事をたくさん見かけた、ということです。企業概要は以下の通りです。
- ブロックチェーンベースの分散型アプリケーションを発見・分析するために設計されたオンラインプラットフォームの開発者。同社のプラットフォームは、さまざまなパラメータを測定する分散型ソース機能を提供し、ユーザーがアプリケーションに関する完全な情報を得ることを可能にします。
同じくブロックチェーンデータ分析企業として名前をよく見かけるのが、Chainalysisです。業界のトレンド分析などとともに、政府や企業のコンプライアンス対策にも力を入れているようです。
- Chainalysisは、ブロックチェーン上の暗号通貨取引をトレースしてクラスタリングし、想定されるリスクや脅威となる人物を特定するソフトウェアを提供しています。また、成長領域のトレンドに関する調査も行っています。クリプト分析で最も古い企業の1つであるChainalysisは、この分野で最大の政府契約者でもあります(引用元)
コンプライアンス
上記Chainanalysisが行っているようなコンプライアンス対策は、今後確実に強化・変化していくであろう政府規制への対応のために、不可欠な機能になると考えられます(クリプト信者の中に一定数存在する無政府主義者の理想が実現されない限り)。The Informationは、2022年のトレンド予想の中で、注目すべきスタートアップの1つとしてTRM Labsを紹介していました。
- クリプトコンプライアンスが注目を集める:規制当局がクリプトに対する監視を強化することは間違いなく、DeFiや分散型自律組織(DAO)にも目を向けるでしょう。このような規制は、従来の金融機関に共通するマネーロンダリング防止やKYCの要件を、クリプト企業が容易に満たすためのサポートをするスタートアップにとって好材料となるでしょう。VCは既ににこの領域にかなり注目しています。The Informationの50 Most Promising Startupsに掲載されたTRM Labsは、今月Tiger Global Management率いる投資家からシリーズB資金として6,000万ドルを調達しました。
セキュリティ
コンプライアンスと同様に、セキュリティもいずれの組織にとっても共通の課題となるはずです。Crunchbaseのレポートが示す昨今のトレンドは以下の通りです。
- クリプトセキュリティ(暗号通貨を含むデジタルウォレットや取引の安全性を確保するための技術などを含むセクター)へのベンチャー投資は前年度比10倍以上になった。
- Fireblocksは、今年の資金調達額への最大の貢献者である。セキュリティからコンプライアンス、ガバナンスまで、デジタル資産にまつわる様々なビジネス課題を支援することから、自らを「クリプトのShopify」と表現することも多い。
まとめ
- Web3がホンモノなのかは現時点では分からないが、NFT・DAOなどの面白いユースケースは出てきているし、投資資金も大量に集まってきている。天才エンジニアたちもこの分野にはまっており、何かものすごいものが生まれるかもしれないという雰囲気はある。
- 推進vs反対のどちらの立場にあったとしても、ある程度時間をかけてリサーチ・体験をしないと、Web3とは何なのかを理解することはできないし、詐欺・幻想だと切り捨てることもできない。例えばWeb3を全否定しているこのブログや新年早々Web3懐疑論を高めるきっかけとなったこのブログを理解するのにも知識が必要。Web3が花開くか否かに関わらず、この領域をフォローすることは、他の領域にも活きる学びに繋がりそう。
- VCなどの投資家・テック企業・新規事業担当者などにとっては、すでにWeb3は無視できない存在になっているが、その他の多くの人にとっても知的好奇心を満たしてくれる良い題材になるのではないか。一獲千金を狙ってお金を投入することだけではなく、時間を投入することによるリターンを考えても良いかもしれない。
- 例えば、以下のようなテーマを考える良い題材になりそう。
- 組織・会社・国とは何か?
- お金・貨幣・金融システムに必要な機能は何か?
- どうすれば良質なコミュニティを育成出来るか?
- マーケットプレイスの経済的利益は売り手・買い手・仲介者でどの様に分配するべきか?
- 従来の金融商品のバリュエーション手法が通用しないトークンをどう評価するか?(参照)
- オープンソースの強みと弱みとは?
- バブルはどう終わるのか?もしくは自己実現的予言になるのか?
おまけ
私が見た限りだと、クリプト界隈では日本語のプレゼンスはそこそこある印象です。日本人が背後にいるのか、日本好きが多いのかは分かりませんが、日本(語))クールだと思われているようです。
- Shibainu:Dogecoinのライバル通貨
- Kintsugi Testnet:イーサリアムのテスト環境/テストのプロセス?
- Tsuyoku Naritai:最近イーサリアム創業者がTwitterに挙げていた謎の日本語
- Ronin:Axie Infinityの運営会社が作ったWallet。体制に縛られない侍という意味が込められている。
- SushiSwap:分散型取引所の大手。彼らのサービス名はShoyu、Bento、Kashi、Shoyuなどとなっている。
(Part3終わり)
※本記事は3本シリーズ「Web3の「外の人」が調べまくって得た6つの視点」の3本目です。
Contributing Writer @ Coral Capital