データ活用の重要性が認識されるようになって数年。クラウドの普及や、経営指標可視化のBI(Business Intelligence)ツールの民主化、多数のSaaSの台頭といったことにより、データ蓄積や可視化は一気に進んだように感じられるかもしれません。
しかし、現実にはダッシュボードに多様なデータを一覧する手前のプロセスにおける課題が顕在化してきています。クラウドやSaaSに点在するデータを集めて集約する「統合」の工数が膨らんできているのです。
この「統合」部分のソリューション「trocco」(トロッコ)を提供する日本のスタートアップ「primeNumber」が、すでにデータエンジニアの間では広く支持されるようになって事業を伸ばしています。
primeNumberは2021年12月にCoral Capital、One Capitalをリード投資家として総額約13億円のシリーズB資金調達をしています。今回の調達にあたってprimeNumber創業者で代表取締役CEOの田邊雄樹さんと、同社外取締役の小島英揮さんに話をお聞きしました。2022年1月に社外取締役に就任した小島さんは世界最大規模のAWSコミュニティーを立ち上げた人物としても知られています。
インタビューではtroccoという製品の位置付け、海外を含めた成長戦略と、特化型SaaSの勝ち筋、エンジニアドリブンの組織文化の重要性などについて、お話いただきました。
(聞き手・Coral Capital創業パートナーCEO James Riney/同パートナー兼編集長西村賢)
なぜ今まで「統合」が抜けていたのか?
西村:まず、troccoという製品の位置づけについて整理させてください。御社自身の言葉だと「統合、蓄積、可視化」という流れのうち、「統合」の部分ですよね?
田邊:総務省の情報通信白書だとデータ活用は「参照、分析、予測」の3段階に分類されていますが、より業務とシステムの機能ベースに、もう少しわかりやすく細分化して、そのように(下図)表現させていただいています。
西村:図を見るとBigQueryやSnowflakeなどの手前、ということですね。ここに他の製品がない背景は?
田邊:私は20年くらいIT市場で仕事に取り組んできたんですが、少し歴史的な流れを説明しますね。まずメインフレームやミニコンといった大型専用機の時代から、1990年代に「ダウンサイジング」と呼ばれた流れでUNIXサーバーやパソコンを使う時代が来たんですね。その頃にSAPやOracleの日本市場参入を見てきました。今の時代から振り返ってみれば、いわゆるオンプレミス環境ですね。そこにシステムとデータが蓄積されているような環境でした。それが今はAWS、GCPといったクラウドの広がりがあり、ここ5〜10年だとSaaSの普及があった、という形です。
西村:今はクラウド上にDWH(データウェアハウス)を作るという時代になりましたが、1990年代から大企業は大きな予算をかけてDWHを構築してきましたよね。それが激変している。
田邊:クラウドとSaaSが出てきて、データがあちこちに点在するようになったんですね。使えるデータは全部使っていかなければいけないですし、かといってゴミを集めても仕方がない。というときに、意図する形でデータを集めていくにはエンジニアのリソースがかなり必要になってきます。
ビジネスとシステムの統合をきっちりやっていく上で、データが使える環境を作っていくのは非常に重要です。蓄積と可視化は、データベース・DWH、BIなどの分かりやすいプロダクトがありますが、その前の統合というプロセスとなると、SIerへの発注だったり、スクラッチ開発を何度も何度も各社が繰り返しながら多くのリソースが取られてしまっている状況です。さらには、外部サービスからAPI経由でデータを取得するケースでは、各社が同じ内容の開発をしていたり。この辺りなどは非常に労働集約的なものです。
trocco発案者はエンジニアで、現在弊社CPOの小林寛和なのですが、自分たちの痛み、ツラミを感じてSaaSとして立ち上げた形です。日本市場ではエンジニア人材も足りていませんしね。
西村:DWH自体はエンタープライズ市場では長らく使われていますが、かつてはハードウェアと一緒に何千万円、何億円という話でした。それが急激に民主化したという背景でしょうか? 小島さんは30年以上もIT業界を見てこられて2009年から2016年まではAWSのマーケティング統括をされていたので、この辺りも良く見てらしゃいましたよね。
小島:2000年頃に台頭したTeradataが、データ可視化をずいぶん民主化しましたよね。さらに2015年以降のクラウドだとBigQueryとかRedshiftが出てきました。それぞれエンジニアが自分のアカウントで普通にDWHを作れますからね、もう全然時代が変わったと思います。
一方で、「でも、すでにSnowflakeやBigQueryがあるじゃないですか、そこになぜtroccoが必要なんですか?」という質問があります。ある意味では、この疑問が象徴しているのですが、みなさんの頭の中ではデータウェアハウスでデータが吸い上がることになった、というふうに思われてるんですね。
データウェアハウスの利用が広がってtroccoのようなETL(Extract:抽出、Transform:変換、Load:格納の略でデータ統合ツールの総称)という方法、ツールがあることは、みんな分かった。ただ、「それって、ちょいちょいってやればいいんでしょ?」というのが、今いまの世の中の理解だったのではないかと思います。
Teradataの時代は良かったんです。高価なソフトウェアに周りに、膨大な数の人が張り付いてたので、誤解を恐れずに言えば、製品がちゃんと処理できなくても代わりに人がやってたんですよ。DWH自体、入れる企業の数も多くありませんでしたからね。
ところが、すごく多くの人がBigQueryとかRedshift、Snowflakeを使うようになってきて、統合しなければいけないデータの種類と場面が、ものすごく広がったんですね。かといって、そこに一級のエンジニアを漏れなく割り当てるのは難しくなっています。だから「こんなところに時間かけるよりも、ここはツールで解決した方がいいよね」という流れが出てきたわけです。troccoと似たカテゴリーで、アメリカにFivetranというSaaSが出てきていますが、この分野にSaaSが出てきてるということはニーズが顕在化したってことだと思うんですね。
SaaS台頭で「点在」の度合いが増したデータ
西村:DWHの民主化もそうですが、SaaS台頭でデータの点在具合も激しくなっていますよね。
小島:おっしゃる通り。例えば広告のデータなどはプラットフォームごとにあるじゃないすか。Yahooの広告データはYahooに入っていますし、FacebookはFacebookにある。でも、そのプラットフォーム上での分析って、あんまり綺麗じゃないんですよね。横断的に見たいというニーズもあります。DWHやデータレイクのコモディティ化が進んでいると同時に、そもそもデータを取ってくる先も増えて、あちこちに自動的に溜まっちゃっているという現実があるわけです。Yahooで広告運用をしていても、データを溜めている意識って、多分あんまりないかもしれません。でも、そこにデータがあるなら使いたくなりますよね。
田邊:15年前なら基幹システムのデータしか分析対象にできなかったかもしれませんよね。SAPに入っている勘定系のデータとかね。
でも、今はSalesforceを代表としてAdobe Analytics や Marketoも出てきていますし、最近だとShopifyとか決済のStripeのように業務ごとに、それぞれSaaSを使っていますよ。というときに、より事業を伸ばすためとか、合理的に経営を回すためにデータを活用してかなければいけないという文脈の中で、データウェアハウスとセットで統合していくニーズが顕在化してきたというのが現状だと思います。
データ活用の三種の神器:統合→蓄積→可視化
西村:実際にデータ統合の仕事をするエンジニアリングの現場と、その結果だけをBIで可視化して見る経営層に乖離があったのかなという気もします。
小島:そうですね、経営者からするとBIのダッシュボードそのものがデータ統合ですからね。だから「これであれを見れるようにしてよ」とか「このデータもほしいね」とおっしゃられるわけです。当然、広告はどうなってるの? 前年度の売上どうなってるの? と思いますよね。でも、その裏側はどんどん大変になっています。
田邊:経営者からすれば「やっといてよ」という話になっているかなと思います。でもエンジニアの現場のほうは、プロダクト開発をやり、情報システムのお守りもしなきゃいけない、と、リソースが足りなくて大変ですよね。かといって、またSIerに発注するというと稟議を通して見積もりとって……、ということになりますから、どんどん遅れていく。
西村:現場と経営の距離はどう縮めますか?
小島:まずビジネス側の方々には、データを見やすくするには「統合・蓄積・可視化」という三種の神器が必要で、3つに投資をしてくださいということを申し上げたいですね。そのために必要なのは事例だと思っています。例えばA社は実際に上手くやっていますよ、B社もうまく3つをそろえていますよ、ということをきちんとお伝えしていかなきゃいけない。お客様が事例を共有し合う場があって、うちはこうやってデータを見て経営が良くなったんだよ、経営の解像度が上がったんだよ、という話をしていただければと思っています。
統合のtroccoだけでは意味がないので、一緒に動くDWHやデータレイク、BIのベンダーさんとの協業させていただくのも欠かせないと思っています。
田邊:3月3日に初めて自社開催の大型イベント「01(zeroONE)」を予定していますが、これは、まさにそうした場としていく意図で企画しました。経営の上位層を含めて、統合・蓄積・可視化の三種の神器の必要性を順番に語っていくセッションを用意しています。非IT系の製造業での事例のキーパーソンにも多く登壇いただくことで理解を得ていこう、という狙いです。
西村:登壇企業は?
田邊:弁護士ドットコム、Sansan、ピップ、スマートドライブ、エン・ジャパンなどにご登壇いただきます。
経営側ではなくエンジニアへの露出と理解を求める方向としては、1年半ほどかけて「Data Engineering Study」という勉強会を開催することでコミュニティーを作って活動してきました。データエンジニアリングとその界隈に携わる方のための集まりなので、社やtroccoの露出は控え目ですが、端々にコンテンツを織り込ませてもらう形でデータエンジニアの皆さんにtroccoを想起いただける状態を作れてはいるのかな、と感じています。これまでマーケティング戦略として「サンドイッチ」と社内で言ってきてるんですが、経営層とエンジニア層の両方からアプローチしています。
維持管理のコスト削減、「マネージド」である価値
西村:GCPやAWSにも統合のためのツールはありますよね? 何がtroccoは違うのですか?
田邊:機能面の違いを挙げていくと、これはもう専用ツールですから、たくさん違いがあります。むしろ経営や維持管理コストの面で、2つお話させてください。
違いの1つは管理面です。例えばGCPでログインできるのは、一般的には社内でもエンジニアだけですよね。データ活用の民主化という意味では、分析チームなどにSaaSで展開して自発的に独自で動ける環境を整えて渡していくというのは大事だと思います。エンジニアとしてもビジネスサイドの人に直接GCPを触ってほしくないと思いますしね。
それからジョブのハンドリングを自前でやるとなると、そのための環境を用意しないといけなくなります。でもSaaSであればサーバーレスですから保守の手間もありません。
西村:troccoのことを「マネージド ETL&ワークフローサービス」と呼んで以下のような動画を公開されていますが、まさに「マネージド」の部分の価値ですね。面倒なサーバーや環境の管理が不要だと。
早い段階で海外展開、年内に全機能で翻訳完了
西村:プロダクトのグローバル展開は、どう考えていますか?
田邊:海外事業は、なるべく早く立ち上げたいと考えています。まず今期はリージョンと商流のパターンで分類してどこから展開するかを検討します。直接エンドユーザーと付き合うパターンもあれば、現地パートナーを見つけて、そこから紹介してもらうパターンがありますよね。さらに日系企業が海外で使うパターンもあります。
James(Coral Capital):今後、田邊さんと一緒に海外展開の話をしたいと思っています。本当に海外展開するとしたら、どの地域に集中すべきなのかとか、本気でやるなら経営陣レベルで英語しかしゃべれないメンバーをどうマネジメントしていくのかとか、ですね。カスタマーサクセスの品質を保つためには、当然その言語対応ができるチームを作らないといけないなど、結構大きな話だと思うんですね。そこは一緒に作戦会議をしたいな、と思っています。正直、今回Coralとして「海外展開も絶対いけるでしょう」という確信を持って投資したのではなく、僕らCoralが投資することで、海外展開サポートできるでしょうという考えで投資したという方が正しいですね。
田邊:ありがとうございます。そうですね、まずは既存のプロダクトのグローバル版があれば機能的に十分だというリージョンを見つけて、そこに力を入れていきたいと考えています。2022年中にはtroccoの全ての機能で翻訳も終わりますので、来期にはグローバルの売上を積み上げることになると思います。
そのために今回調達した資金を使っていきたいですね。
西村:先日、御社の小林CPOと話をしていたらアメリカの競合サービス、Fivetranもかなり研究しているという話でした。その上で機能的にも使い勝手でも全然負ける気がしないということをおっしゃっていて、頼もしいなと思いました。グローバルでも勝てそうですか?
田邊:彼はプロダクト担当なので、それで良いと思いますが、私自身はもう少しフラットに見ていますね。ビジネス環境や体制とクロスしながら、冷静に判断しなければいけないなとは思っています(笑)。ただ、機能を並べてみてもtroccoがFivetranに劣っているところは確かにないですね。そこは、むしろ僕らは今、上回ろうとしていて、より高い価値を載せてプロダクトをリリースできると思っています。
市場によっては求められるコネクターが違う場合も出てくるでしょうから、進出していくリージョンに合わせてコネクターを増やしていけば、機能面では海外展開もしていけると思います。
西村:なるほど。そういう意味では、開発のスピード感を上げるためにも、もっとエンジニアがほしいという感じですか?
田邊:間違いありませんね(笑)
何かプロダクトを作ろうと考えて創業したわけではなかった
田邊:得意領域から仕事を始めて、2期目ぐらいにその延長線上で汎用型データエンジニアリングのPaaS を「systemN」というブランドでリリースしました。そこであげられた収益のもとでメンバーを順に誘い、自分たちが抱えている仕事やプロジェクトで感じていた痛みとかツラミを解決するためにtroccoの想起にいたりました。
西村:本当に現場から出てきたんですね。
田邊:troccoはアルファリリースで検索広告を出したら、すぐにバーっとユーザーが集まって来てくれました。「これはイケるんじゃないの?」という手応えを感じつつ、ちょうど会社の今後の方向性をみんなで話し合うタイミングを同時に迎えていました。そのアウトプットとして初めての中計をつくってみたら、大和企業投資さんからドアノックのメールが来て、何かに導かれるようにシリーズAの検討に至った、というのが弊社の2〜4期目のストーリーですね。
西村:systemNやtroccoといった自社プロダクトを作ろうと思って登記したわけではなかったんですね。
田邊:夢のない話になってしまいますけどね。ただ、登記する前あたりから、どうせやるなら、どんな会社にしたいかを考え始めたのも事実です。やりたかったことはエンジニア・ファーストで、現在はエンジニア・ドリブンと言っています。それまで自分がキャリアを通じて感じてきた違和感を超えられる組織でありたいと考えました。違和感というのは、業務とITの矛盾といってもいいかもしれません。
西村:何が違和感だったんですか?
田邊:20年前でもそうでしたし、今でもそう変わらないと思うのですが、大きな組織になればなるほど情報システム部門って組織の中ではメインストリームでないというか、言い過ぎれば傍流、すごく立場が低いのかな、と感じていました。特にシンクタンク在籍時代、すごく違和感を感じていました。大手製薬企業2社を担当していたのですが、「経営企画」だったり「営業」などの花形の部門に対して、情報システム部門は彼らの支援組織のような姿に見えていました。業務の性格上そうなのかもしれませんが、組織内の扱いにおいても、という点が特に。
でも、よくよく見てみれば、彼らがいなければ物流センターのトラックも止まりますし、売上の計上もままなりません。何なんだろう、この温度差はということです。「お前ら(情報システム部で)やっとけよ」みたいなことになるわけですよね。そういう現場をもう7、8年ほど見ていて違和感をずっと感じてたんですよ。
西村:確かに長らく日本では情報システム部門は傍流でした。
田邊:そこからネット広告のDACに移り、ちょうどその頃にGoogleとかが出始めて西海岸のベンチャーカルチャーが日本にも伝わるようになりました。ビットバレーのような動きも出てきたんです。日本のソフトウェアエンジニアの地位や働き方も変わってきました。とはいえ、広告業界での花形は営業やクリエイティブです。エンジニアリングは全然まだ傍流なんですよね。
そうこうしてるうちにWebテクノロジーが進化していき、クッキー数珠つなぎでターゲティング精度があがり、RTBのように金融業界のテクノロジーの移転が広告マーケットに起きました。
西村:Adtechは広告という存在そのものを大きく変えましたよね。デジタル化した広告商品が金融商品のようにリアルタイムに市場で取引されるようになりました。
田邊:ええ、情報システムに関わってきた人にとっては、いよいよ大きな変化の波がやってきたぞと。そんな中、紆余曲折を経ながら私はprimeNumberの創業に至るんですね。だからキャリアを通じて十数年、エンジニアの処遇が良くないということに対して違和感を感じていたんです。そうしたことが絶対にないようなチームを作りたいと思って取り組んできて、はや6年、7年という感じですね。
西村:エンジニアとビジネスサイドがフラットに一緒に同じプロダクトを作っているんだ、というカルチャーを大事にしてるんですね。
田邊:とても大事にしてますね。それは8 Elementsという社が大事にしたいバリューにもあらわれています。少なくともその1つか2つに共感してくれる人が入社してきてくれていますね。
ビジネスサイドも元々はエンジニアだったメンバーも多いですし、primeNumberの存在根拠はエンジニアリングチームなので、そこに理解と仕事の楽しみ方を得られるような人だけでメンバーを構成していきたいなと思っています。
日光東照宮を作ったのは家光か?
西村:西海岸のAmazonを間近で見て来られた小島さんからコメントはありますか?
小島:やっぱりアメリカは内製が多いですよね。Amazonも別に本屋ではなくてテックカンパニーですから、元々技術を持ってる人のポジションは高いんですよね。
ただ、ここでちょっと僕が面白いと思うのは田邊さんがエンジニアじゃないということです。エンジニアがエンジニアの立場を上げようというのなら何となくわかるけれども、どっちか言うと田邊さんはプロジェクトマネージャーのポジションですよね。ある意味ではエンジニアを使う側の人です。
そういう人がエンジニアが働きやすい会社にします、といっているわけです。そうしたポジションの人は、人によってはエンジニアを「替えが効くパーツ」として見ている人もいるわけじゃないすか。田邊さんは、エンジニアじゃないけど、業界構造を分かった人として「エンジニアがもっと報われなきゃいけない」と言っているわけで、これは結構深いと思うんですよね。結局そうじゃないといいものができない、サステナブルじゃないんだよ、ということですよね。
田邊:どんな仕事にも言えることだと思いますが、きちんとプロジェクトを全うするチームというのは、やっぱりメンバー同士のリスペクトがないと無理じゃないですか。大工の親方が職人に対してリスペクトがないと、いい仕事ができないのと同じだと思うんですよね。
日光東照宮を作ったのは誰でしょう? 徳川家光? ブブー、違います。大工、いや宮大工です。というふうに私は考えてるんですね。
Coral Capitalとして初回5億円の出資は初めて
西村:今回Coral CapitalからシリーズBで出資させていただいていますが、前回にも接点はありましたよね。
James:はい、Coralで最初にお話させていただいたのは2019年でした。そのときにはすでに他のVCさんから出資が決まっていてフォロー投資になるということなどからご縁がなかったのですね。いま当時のメモを振り返ってみると、なぜあのとき投資しなかったのかと悔しいな、と思いますが(笑)
ただ、primeNumberもCoralも2019年からいろいろな面で成長してきました。2021年夏に発表したCoral Capitalの3号ファンドで、ファンドサイズが一気に大きくなって、ポートフォリオの考え方も変わってきました。当時は初回5000万円から1億円くらいを出資するという規模感だったんですけど、今回は弊社からの初回出資で5億円を出資させていただきました。
実はCoralの過去の初回投資の出資額の実績としては、primeNumberさんへの5億円の出資が一番大きいんですよ。
西村:それだけアップサイドの大きさが見えたということですよね。
James:そう、Coralの投資フレームワークで「Why now?」(なぜ今なのか?)というのがありますが、これははっきりしています。今後データは増えますよね、連携の必要性も増えますよね、と。それに、日本のSaaS市場の立ち上がりは遅れていたんですが、最近力強く伸び始めていますよね。日本の国内のソフトウェア市場規模を10兆円として考えると、まだSaaSの普及率は1割にも行ってないくらいで、全然成長の余地があります。
troccoのようなサービスが重要になるのは明らかだ、と。
次に「Why Japan?」 ですね。なぜ日本独自のプロダクトが存在すべきかというところ。これも分かりやすくて、海外製品が日本国内のSaaSに対応するかっていうと、対応しない可能性がすごく高い。例えばFivetranが日本に参入しようとしても結構難しいと思います。
もう1つ、troccoのようなサービスではカスタマーサクセスが重要ですよね。オンボーディングもしっかりしないといけない。日本の場合、海外と違ってエンジニアリソースが内製化されていないので、かなりハンズオンでサポートする必要があるんじゃないかと思うんですね。だから日本語対応の有無は大事だし、日本人が期待するサービスレベルでちゃんと対応できるかどうかとかも重要だと思います。だから日本独自のプロダクトが存在する価値はあるし、絶対に勝つと思ったんですよね。少なくとも国内のカテゴリーリーダーは、日本独自のプロダクトになる。そういう確信がありました。
今の話は、すごくVCっぽい見方ですけど、troccoの顧客インタビューをしたところソリューションがめちゃくちゃ刺さっていることも分かりましたし、マネジメントインタビューでも、すごく良いチームだなということも思いました。
フィードバックループを最速で回した企業が勝つ
西村:Amazonのエコシステムの周りに各国からたくさんのスタートアップが出てきましたよね。小島さんから見て、日本のSaaSはどう見えていますか?
小島:本来どこの国からでもグローバルのSaaS企業が出てくる可能性はあるんですよね。SaaSでグローバルでやろうと思ったら一番早くフィードバックループが回るプロダクトが勝つわけじゃないですか。現場が使っている声をどれだけ聞いて、みんなが必要としてる機能をどれだけ速く選択して、どれだけ速く実装するか、そのフィードバックループの速さが大事ですよね。
だから、初めは日本のお客さんに向き合う、ということでいいと思うんです。そこでどれだけ早くニーズをキャッチアップして、どういうパターンだとお客さんに理解されやすいか、どういう商流だと入りやすいか、といった型を作っていく。それを素早く展開していくことが大事ですよね。機能も大事なんですが、今の時点でフィードバックループの速さをどれぐらい磨くかで決まると感じています。日本だからグローバルに行けないということはないし、ヨーロッパだから行けないということでもないんですよ。
最近オーストラリア発のSaaSが少しずつ出てきていますよね。CanvaとかAttlasianとか、昔だとちょっと考えられないですよね。どれだけ早く、その領域での第一想起を取れるか、です。
逆に言えば、今はもう大きいマーケットからスタートしたから勝つというわけじゃないですよね。北米市場からスタートしたからグローバルで勝つかというと、そういうことではない。勝っているのはスピードが速い会社なんです。
西村:何か例はありますか?
小島:例えばファンクション特化型のSaaSは、たくさん残ってるじゃないすか。CI/CDだったらCircleCIがある。AWSにも同様の製品があるのに、有償のCircleCIをみんな使うわけです。その分野に特化してニーズを一番早く吸い上げて、ぐるぐるフィードバックループを回していると有料でも使いたい良いプロダクトになるということです。
それに、AWSも全体を見れば大きいですけど、1個1個の開発チームは「two pizzaルール」(すべてのチーム規模は2枚のピザで足りる人数以下であるべきとしたAmazonのルール)だから、そんなに大きいわけじゃないんです。一番早くユースケースを拾って開発できれば十分勝てるエリアというのは、まだたくさんあると思うんです。
ましてやデータ統合というのは埋もれたマーケットなわけです。BIとデータベース、データウェアハウスはみんな知っていますが、ETLの部分はカテゴリとして認識されていません。だからAWSの中にも機能はいろいろありますけど「使いたければあるよ」という感じで、AWSを使い慣れた人が全部をAWSだけで作りたい、ときには選択肢としてはあるけど、全てのお客さん向けにすごく使いやすくなっているかというと、必ずしもそういうわけではないんです。
西村:まだ市場としてニッチに見えるけれども、特化型SaaSが大きく伸びるには大きなポテンシャルがある領域ということですね。本日はお時間ありがとうございました!
Partner @ Coral Capital