本記事はSymmetry Dimensions創業者でCEOの沼倉正吾氏による寄稿です。沼倉氏はxRに特化したR&D開発を大手企業と手掛け、デジタルツイン活用の最前線では都市開発・防災領域での事例に取り組んでいます。前編・後編の2本の記事に分けて各国の官民の取り組みや、現在のコンセプトに連なるデジタルツイン誕生の歴史、現在花開いているユースケースをご紹介いただきます。本記事は後編です。
前編記事「国内TAM9.6兆円、進む都市デジタルツインの利活用 | Coral Capital」では、デジタルツイン誕生の歴史から、現実空間のさまざまな情報をもとにデジタルツインを構築し、スマートな都市運用を実現する都市でのデジタルツイン活用を紹介しました。後編では、実際に取り組まれているデジタルツインの事例を紹介します。
都市のデジタルツインでは、都市の中にある静的な事象(施設・建物)、動的な事象(人流・交通・IoTセンサーデータ他)を取得することで、リアルタイムの都市のコピー=デジタルツインを作り出します。このデジタルツインを基にさまざまな検討やシミュレーションを行いスマートな都市作りを目指します。2014年に世界に先駆けてシンガポールがスタートした「バーチャル・シンガポール」プロジェクトは日本でもさまざまなニュースで取り上げられているのでご存じの方も多いと思います。しかし、シンガポール以外の各国でもさまざまなデジタルツイン・スマートシティのプロジェクトが進められています。ここではフランスの事例をご紹介します。
都市を丸ごと中央管理、フランスのデジタルツインの先進事例
フランスの中東部に位置するディジョン(Dijion)市では、「OnDijion」というフランス最初のデジタルツイン・プロジェクトが2018年にスタートしています。12年間のロードマップで進められるこのプロジェクトには、コンサルティング会社のCapgemini社、建設&エネルギーインフラを手掛けるBouygues社、水&廃棄物処理のSuez社が参加しています。
OnDijionでは、ディジョン市の全23市町村、人口26万人が利用する市内のあらゆるサービスをデジタル化した中央システムで管理運用することを最初の目標としてプロジェクトがスタートしました。1年間の開発期間を経て、2019年4月11日にローンチされたシステムは、全23市町村共通のコントロール・ステーションと、「Citybox」という遠隔管理システムにより、都市の交通機関、標識、道路設備、照明設備、公共カメラ、180の市庁舎をリモート管理・運用できるようになっています。
ディジョン市民がスマートフォンのアプリを通してコントロール・ステーションや他の住人とリアルタイムにコミュニケーションを取りさまざまな情報にアクセスできるようになったことで、ディジョン市は従来かかっていたサービス対応コストの40%の削減を実現しました。これは驚くべき削減率です。
交通事故発生、即座に信号制御を変えて緊急車両を優先
ディジョン市内で交通事故を目撃した市民が、アプリを通してコントロール・センターに報告を行うと、その情報は即座に関連する対応チームに通知されます。チームの緊急車両が出動すると、スムーズに現場に到着できるようにルート上の信号機や車両用防護柵を調整します。最初に報告した市民には、どれくらいで救助が到着するのかを通知し、周囲のドライバーには事故の発生と緊急車両のルートを回避させるための情報を配信します。この交通事故の対応の例は、ディジョン市のデジタルツイン・プラットフォームの有効性を最も発揮したものと言えるでしょう。
歩行者の動きから公共照明を調整、大幅にエネルギー削減
デジタルツイン技術によってもたらされるイノベーションは市民の安全だけではありません。フランスの大都市では交通渋滞や遅延、公害、駐車に関するさまざまな問題や照明エネルギーの使用量の増大などが深刻化しています。ディジョン市では24時間の歩行者の動きをモニターすることで、市内各エリアごとに使用する公共照明の明るさを自動で調整することが可能になっています。これにより、ディジョン市では、今後12年間のプロジェクトの中で65%のエネルギー使用量の削減を実現すると期待されています。
フランス第2の都市アンジェでは約230億円をかけてスマート化
メーヌ川河畔に位置する大西洋岸フランスで2番目に大きな都市アンジェ(Angers)市。このアンジェ市を中心とした都市圏では、12年間で1億7,800万ユーロ(約230億円)を投じて都市をスマートにする野心的なプロジェクトがスタートしています。数千のセンサーを街中に設置して、都市の中の事象データを取得し、分析・シミュレーションを行うものです。
2020年にスタートしたこのプロジェクトは、フランスのエネルギー会社で、電気・ガスの供給で世界2位の売上を誇るEngie社、OnDijionにも参加しているSuez社、フランスの公共郵便を担うLa Poste、健康保険のVYVグループが進めるビッグ・プロジェクトです。
それぞれの企業は、Engie社がデジタルツイン・プラットフォームの「Livin’」を担当、Suez社がスマートメーターを使い給排水・廃棄物管理・清掃サービスを担当、La Posteがスマートシティ運用で発生するデータ保存とアーカイブを担当、VYVグループがデジタルプラットフォーム「E-PIC」による医療データ管理を担当しています。
リアルタイムデータの取得で大幅なコスト削減を実現
アンジェでは、街中に5万個のセンサーを設置し、公共の照明、建物、公園、廃棄物、水と衛生、セキュリティ、駐車場、移動などに関する、あらゆる機器のデータを収集しています。これらのデータは、Engieのスマートシティ・ソフトウェア「Livin’」に集約され、都市のデジタルツインを構築しています。
市内の横断的なデータ収集により、多くのサービスを一元的に監視できるだけでなく、大幅なコスト削減を実現しようとしています。2025年までに公共照明費を66%削減するほか、建物のエネルギー費の20%、公共水道費の30%削減することを目標としています。
エネルギーインフラの最適化と並行して、都市で起きているさまざまな事象をリアルに可視化するため、アンジェ・ロワールの29市町村の3Dデジタルツイン化も進行中です。Engieグループの子会社SIRADEL社が、詳細な都市3Dモデルを作成するために、航空写真と超高精細写真を使って、666 km2の面積を1ピクセル辺り5cmの精度で撮影を行っています。
このアンジェ・ロワール都市圏のデジタルツインは、都市サービスの再編成、大気汚染や交通渋滞の影響調査、ネットワークの普及率予測など、都市計画を予測・検討するためのシミュレーションに活用が期待されています。
日本国内でも渋谷や熱海でデジタルツインの最新事例
日本国内でも3D都市モデルや各種センサーデバイスから取得されたデータをもとにデジタルツインを構築し、都市の課題を解決する動きが加速しています。この背景には、デジタルツインを開発するための基盤となる3D都市モデルや自治体から提供される二次利用・商用利用が可能なオープンデータが登場してきたこと、第5世代移動通信システム(5G)やIoTセンサー/デバイスが浸透し都市の中のデータがリアルタイムに取得可能になってきたこと、PCやスマートフォンなどの端末の処理速度が向上し、都市の複雑なデータを可視化・共有可能になってきたこと、などが挙げられます。
弊社Symmetry Dimensionsでは、2021年6月からデジタルツイン・プラットフォーム「Symmetry Digital Twin Cloud」の提供を開始しました。同年11月には、一般社団法人渋谷未来デザイン、渋谷データコンソーシアムと共に「デジタルツイン渋谷プロジェクト」を発表しました。このプロジェクトでは、渋谷区が今後提供する街のデータや、国が提供するオープンデータ、民間企業が持つさまざまなデータを連携し、産学官で市民起点のサービスや新規市場を創出するエコシステム構築がスタートしています。
また、2021年7月3日に発生した静岡県熱海市土砂災害では、3次元点群データを使ったデジタルツインの本格活用として大きなインパクトをもたらしました。この事例では、災害発生直後から産学官連携のサポートチームが発足し、静岡県がオープンデータとして提供していた3次元点群データを使った被災現場の状況確認や、土砂流出経路、発生個所の検討などを発災から数時間で可能にしたことで、デジタルツインの効果を広く認知させた事例となりました。
この事例がきっかけとなり、令和4年度東京都のデジタル化施策の1つとして、都内全域の3D点群データの取得が予算案にも盛り込まれました。これにより東京都でも3Dデータを活用した災害減災対応や、デジタルツイン基盤の構築がより一層加速するでしょう。
スタートアップが主導して社会実装を加速する市場になる
2020年のCOVID-19によるパンデミック発生以降、いかに持続可能な都市を構築し、社会活動を維持していくのか、少子高齢化が進む先進国での課題をどうやって解決していくのかについて注目が集まりました。これらを解決するためのソリューションとして、デジタルツインには大きな期待が寄せられています。2022年は、多くの国や自治体、企業から、デジタルツインを活用したさまざまな事例が発表されることになるでしょう。またスタートアップにとっては、都市の課題を解決するためのデータ連携基盤が構築され、それらの活用が促進されることで、新たなサービスの開発や市場の創出などがやりやすくなります。例えば、都市の3Dデータ、交通データなどを活用してロジスティクスや自動運転などの業務の最適化を行うという、従来では大企業がコストをかけてデータを取得しなければできなかったようなサービス開発がスタートアップでも簡単にできるようになるわけです。デジタルツインはスタートアップが主導して社会実装を加速させていく新たな市場として、今後ますます注目を集めることになるでしょう。
本記事の前編記事は「国内TAM9.6兆円、進む都市デジタルツインの利活用 | Coral Capital」。
【参考文献・リンク】
- ENGIE and partners to create France’s first smart region
- Angers Loire Métropole “Smart region”: a new phase begins!
- DIJON ET ANGERS PARIENT SUR LA VILLE “INTELLIGENTE” POUR MIEUX GÉRER LES DENIERS PUBLICS
- CASE STUDIES DIJON: FRANCE’S FIRST SMART CITY
- How Dijon is becoming France’s leading smart city
- 東京都デジタルツイン実現プロジェクト
- 国土交通省Project PLATEAU
- 一般社団法人渋谷未来デザイン
- 「VIRTUAL SHIZUOKA」が率先するデータ循環型SMART CITY
Editorial Team / 編集部