リーマンショックで景気が底を打った直後の2012年―。引き潮のように金融系VCやCVCがベンチャー投資から撤退して、日本の年間ベンチャー投資額が現在の10分の1以下という規模だった頃、当時日本最年少の独立系VCのジェネラル・パートナー(GP)が誕生しました。当時27歳だった佐俣アンリさんは、まだ独立すること自体が珍しかったベンチャーキャピタリストとして自らの人脈でファンドを組成。ANRIというファンドが生まれたのでした。
1号ファンドで集めた資金は約4億円。VCファンドは10年間の満期で3〜5倍のリターンが出れば良いパフォーマンスと言われますが、ANRIの1号ファンドは2021年末現在、すでに15倍ものリターンを出資者に返すほどの大きな成功となっています。そのANRIは現在、キャピタリストの8人を含めて正社員13人、運用資産額約400億円と日本を代表する独立系VCの1社となっています。
一方、ANRIの独立から10年―。
若手独立によるファンド組成こそ続いたものの、思ったほど多くは新規の独立系ファンドが成長していません。ちょうどスタートアップと同じように、ファンド運営でも規模や組織を成長させるのは容易ではなく、そこに必要なのは起業家精神と戦略性です。
そうした文脈から、同じく独立系VCとして5年で300億円を運用するまでになったCoral Capitalを立ち上げた創業パートナーのJames Rineyに対して「ベンチャーキャピタルを創業した起業家だ」とアンリさんは賛辞を送ります。
そんな2人が投資家と、その投資家から出資を受けるスタートアップのCEOという関係だったことを知らない人もいるかもしれません。今から9年前には投資家と起業家として、Jamesとアンリの2人はときに衝突することも。実はその後も長く疎遠になった期間がありました。
今回、記事企画のためアンリさんとJamesの2人が2時間ほど対談。9年前の当時を振り返って「お互い若かったよね」と話しつつ、改めて意気投合。2人とも「VCという事業を創業した起業家」なのだという点や、誰もやっていないことに取り組む起業家精神など、互いにこれまでの取り組みについて改めて敬意を表したのでした。
対談のテーマは、起業家JamesにANRIが投資した9年前の話、ANRI立ち上げ当時の狙いと戦略、日本のディープテック投資の可能性と難しさ、いまANRIが改めて考えているインキュベーションという「場」の大切さなど多岐にわたります。テキストは約1万9000字と少し長いですが、一気に掲載します(聞き手・構成 Coral Capital西村賢/写真・大童鉄平)
投資家と起業家の関係だったANRIとJames
――アンリさんとJamesは、もともとは投資家と起業家の関係だったわけですよね。JamesはANRIから出資を受けた起業家だった。いやまスタートアップ界隈でも、あまり知られてない話かもしれませんが、その当時を少し振り返っていただければ。
James&アンリ:もう9年くらい経つよね(笑)
James:すごいよね。たぶん2人とも別人じゃないかというくらいに進化してる。
アンリ:そうだね。
――どういうきっかけでしたか? 起業が先で、それから調達?
アンリ:もともとはインキュベイトファンドの和田さんからJamesを紹介していただいたんです。
James:その頃、僕はJPモルガンにいたんですけど、和田さんにはStartup Weekendというイベントで会いました。そのときに出資をオファーしてくれて、そこにアンリさんも呼んで、それで出資してもらった形ですね。
アンリ:当時は和田とタクロー(※)もいたときだよね。創業当時のレジュプレスは人材領域の事業をやるというストーリーだったじゃないですか。ちょうど今のYOUTRUSTみたいな感じで。それで「アンリさんは人材やってるから、もし興味があれば一緒に応援しませんか」というふうにインキュベイトの和田さんに誘われて紹介されたのがJamesでした。
※レジュプレス(現コインチェック)共同創業者の和田晃一良氏と溝部拓郎氏のこと。CoralのJames Rineyはレジュプレスの3人の共同創業者の1人でCEOだった。
――ちなみにいくら出資したんですか?
アンリ:2回に分けてですけど、3,000万円ですね。
James:そうね。当時の3,000万円の調達は、すごかったんですよ。貴重なお金。でも最初は本当に何も分からなかったな。23歳で、スタートアップ業界を全然知らないし、プロダクトも作ったことがなくて。和田とタクローはエンジニアだから、じゃあ僕はデザインやりますみたいな感じでね。
日本版LinkedInからストーリーにピボット
――レジュプレスでは、プロダクトは最初から個人が人生のストーリーを投稿するSTORYS.JPに取り組んだんですか?
James:いや、最初は日本版LinkedInを作ろうということでベータ版を出したんですね。そうしたらプライベートベータの中にはストーリーズの機能しか使われてなかったんです。それを見て、もうストーリーズを中心にやろうと途中で切り替えて、STORYS.JPをリリースしたんだよね。
アンリ:もともと日本人の傾向としてLinkedInのようなサイトを使って自分のキャリアについて「こんなすごいことやった」と言えないじゃないですか。だから、mixiの紹介文のように第三者が「この人は、こんなすごい人ですよ」というのを語ろうというコンセプトでしたね。それだとみんな書いてくれたんです。それが積み重なれば、その人のキャリアになるんじゃないか、と。それで紹介文のストーリーが伸びたから「じゃあこれをSTORYS.JP」にしようという経緯でしたね。
James:「名刺に載らないストーリー」というコピーでね。STORYS.JPはIT界隈では、そこそこトラクションがついたんです。
アンリ:当時はFacebookのノーティフィケーションAPIがすごくハックできて、各ユーザーのFacebookフレンドにまとめてノーティフィケーション出すことができたんですね。その後にすぐふさがれてしまったんですけど、和田さんがそういうのが得意だった。当時は「STORYS.JPってところからめっちゃ通知が来るんだけど」と、みんなに言われて(笑)
James:ちょっとスパムっぽかったけど、ハックしてバカ伸びしましたよね。
――そんなSTORYS.JPというプラットフォームの中から、後に書籍・映画化された『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』というストーリーが出てきたりしましたよね。
サービスを伸ばす試行錯誤、そしてバーンアウト
アンリ:当時、Jamesは本当に面白い人で、すごい起業家だなって思った。とにかくポジティブでね。それは今も変わらないです。Aというプランを出してきたとき、「いやそれはあり得ないよね」と言ったら、「じゃあBだね」と、すっと別のアイデアを出してくるタイプ。
ボックスマンって覚えてる? Jamesが箱の被り物をして渋谷の交差点を走ったやつ?
――なんですか、それは?
アンリ:toCサービスの伸ばし方をみんな手探りしていたんですよね。伸ばすためにはバズるしかないということで、Jamesが変なことやって渋谷の交差点を走ったらバズるんじゃないかって言って、ほんとに走った(笑)
James:うん、ほんとに走ったけど、あまり効果はなかった(笑) やれることやろうっていうことでチャレンジしたんだけど……。まだ当時の写真が出てきますよ。
James:IT業界の中ではSTORYS.JPはそこそこ伸びたんですけど、伸び悩んだ時期がありました。「次どうしようか」となったとき僕も正直けっこうバーンアウトしてたな……。当時は今ほど日本語が話せなかったので、それもしんどかった。
アンリ:めちゃくちゃ日本語うまくなったよね。
James:9年も経ったから(笑) 当時は言いたいことが言えなくて、話がかみ合わないことが多かったな。
アンリ:Jamesに申し訳なかったなと思うのは、コミュニケーションが大変だったことですよね。toCサービスの話をピボットしてどうするとか、どういう悩みがあるとか、そういう話を当時のJamesが日本語で全部表現するのはちょっと無理があったから。
James:今だから言えることとして、正直当時の僕はどう見えてましたか?
アンリ:そうですね、まず前提として、やっぱり僕らは若かったなって思ってます。Jamesも若かったし、僕も若かった。もっと他にやれる方法があったのかなと思います。
――アンリさんが28、9歳で、ジェームズは24、5歳ぐらい。
アンリ:Jamesはリリースした直後ぐらいに次のサービスをやりたいと話していて、僕は「いやいや、まずSTORYSをリリースしたんだから、まずはこれをやろう」という話をわいわいするわけですよ。
でも、あるときに会社を辞めようと思いますとJamesが言ってね。それで、しばらくもめたんです。創業者として会社をやるって言ったんだから、その場に残って、このプロダクトを伸ばすために頑張ってほしいと僕は言ったんだけど、当時はあんまりコミュニケーションがうまくいかなくて、平行線になっちゃって。
あの頃、Jamesは投資家になりたいということも言ってたよね。
Jamesが投資家側に行こうと思った背景
James:僕はまた起業したいという思いが強かったんですね。ここで諦めようと思ったというよりも、いったん休憩。ちょっと充電しなきゃと思っていた感じです。
それで、いったん投資家側に行けば、いろんな領域が調べられるし、ネットワークも作れるから、起業準備中の身としては最高だなと思って、そういうネクストステップとして投資家を考えてました。
それで創業した会社から離れて、インキュベイトファンドで4、5カ月ぐらいリサーチャーのような仕事をしました。それからいろいろ仕事を探してきてDeNAにジョインして、そこで投資を始めたという感じですね。
アンリ:あのときはインキュベイトファンドの和田さんがうまく2人の間に入って丸く収めてくれたんですけど、実際には僕も若かったら、お互いにムキーってなっちゃってね(笑)
James:お互いトゲトゲしてたよね(笑)
景気のどん底、2012年にANRI1号ファンド立ち上げ
――2人の昔話はこのぐらいにして、2012年にANRI1号ファンド立ち上げの頃の話をお願いします。アンリさんは27歳でしたよね。当時は独立系VCとしては最年少GPでした。ファンド立ち上げはどんな感じでしたか?
アンリ:日本の景気は2010年頃が一番底でした。2010年から2011年ぐらいが凪(なぎ)で、日経平均が8000円から1万円、せいぜい1万2000円ぐらいでした。安倍さんが首相になる前だから、何もなかったときです。ベンチャーキャピタルのファンドレイズの金額規模は2012年が一番低かった。
ほぼ誰もお金を出してない時期。誰もベンチャー投資をしていないときに僕はスタートしたんですね。結果的にタイミングがすごく良かったんですけど、その代わり、お金が集まらなくて大変でした。ベンチャー投資をしたい人なんて誰もいませんでしたから。
James:投資するには最高の環境ですね。
アンリ:うん、でも僕はベンチャー投資の実績がゼロに近くて、誰も信じてくれないわけです。出資者が僕を信じる理由がない。ベンチャーキャピタルの経験がEast Venturesに在籍した1年だけでしたしね。だから、本当はなるべく避けようと思っていたんですけど、East Venturesで僕の仕事を見てくれてた恩人の方々を少しずつ回ってファンドへの出資をお願いしたんです。「まあアンリが頑張るなら」という感じで500万円とか1,000万円とか、ちょっとずつみんな出してくれました。それで3,600万円ぐらい集まったときにスタートした形です。それでも当時は結構な額でした。
――それがファーストクローズ。1号ファンドは最終的には5億円ぐらいでしたっけ?
アンリ:3.9億ですね。4億は集めきれなかった。当時5億を集めたかったんですけど、限界まで頑張って3.9億円でした。
ファンドの仮説:若手起業家に出資するのは若手投資家
――1号ファンドのLPは?
アンリ:セプテーニとミクシィ、アドウェイズです。当時ミクシィは代表が朝倉さん(現シニフィアン共同代表)で、最大LPがミクシィでした。朝倉さんが社長になった直後で、「オレ、実は社長になるんだよね」と言って5,000万円を出してくれました。取締役会での反対を押し通して投資してくださったんです。
――その辺はIVSとかスタートアップイベントでの人的な繋がりがあったんですか?
アンリ:僕は当時業界の新参者だったから、とにかく顔を売る努力をしましたね。IVSとかB Dash Campといったカンファレンスのスタッフをやったり、飲み会にも積極的に参加したり。
そうやって少しずつ業界に入っていったのが27歳とか28歳の頃で、そこからファンドを立ち上げました。
当時のファンドの資料にも書いてあるんですけど、過去のベンチャーキャピタル投資をいっぱい見ていくと、成功したディールというのは、創業者と起業家の年齢が近いものが多いんですね。
だったら、これから若い起業家が出るときに、自分みたいな若い投資家がいてもいいんじゃないか、というのが当時のストーリーでした。
それをいろんな人に説明して回りました。当時、僕は27歳で、LP出資する人たちは、だいたい10歳上の37歳あたり。27、8歳の同い年の起業家たちに出資するというのが僕のコンセプトで、それでみんなファンドに出資してくれたんです。
――独立系VCの立ち上げ時点の年齢は最年少でしたよね。
18社に投資して4社がIPO、まだ数社がIPO予定
James:振り返ってみれば、すごくリターンを出したから、みんなANRIの1号ファンドに出資してよかったですね。
アンリ:そう、今のところリターンベースで15倍まで返してるんですよね。だから、みんなファンドに出資して良かったと思ってくれていると思います。当時、西條さん(現XTech Ventures代表パートナー)なんかは、タイミング的にいろいろとお金が必要な時期のようでしたが、全く実績のなかった自分に対して「なんとかするから」と言って、工面いただき、もともと1,000万円を出していただける話でしたが、500万円追加して合計1,500万円を出してくれたんです。
――15倍だとしても1,500万円なら2億2,500万円…!
アンリ:2010年はスタートアップの資金調達が全然なかったんですよ。金額も件数も少ない。誰もファイナンスできない時期だったから、僕のファンドでも結構出しやすかったですね。いろんな会社に出資しました。当時のバリュエーションはポスト3,000万円とか4,000万円が普通でした。
起業する人も本当にいなかった。Jamesは当時JPモルガンを辞めて起業してたけど、そんな人、ほとんどいなかったよね。当時は大企業を辞めて起業するというのは全然なかった。
James:逆に当時、大手を辞める人は本気度が違ったかも。
アンリ:だから、正直、この頃に起業する人は、相当な覚悟を持っているのでどこに出資してもかなり成功に近かったんだと思います。結果的に僕は最初にコイニーに出資して、次にラクスル、スクーに出資して、Jamesたちに出資させてもらってという形で、出せば全部当たるという状況でした。ANRI1号ファンドからは18社に投資して、現在4社がIPO済み。今後数社上場予定です。
――すごい打率……。
アンリ:それぐらい良かったんですよ。ANRI設立以前に、East Venturesで僕が投資した会社も全部上場しそうですね。とにかく起業する人が少なかったので、やってる人は、それだけでもう大丈夫という時代だったんです。当時はやたらめったら投資していましたね。
独立系VCでGPをはれる人は増えていない
――個人が独立してファンドを組成してGPになる例と言っても、ANRI、Skylandの後の10年間、それほど後が続いてません。
アンリ:これは僕の考えだけど、アントレプレナーなベンチャーキャピタルがすごく少ないなと思っているんですね。僕は改めて、自分は投資家というよりも起業家かなと思っています。ベンチャーキャピタルっていうカテゴリーで起業しただけ。
じゃあベンチャーキャピタルで起業した人って、ほかに誰がいるんだろうと考えてみると、僕より後に独立した人って、Jamesぐらいだなと思っているんです。みんなすごく投資は頑張っているけど、スタートアップとしてどう戦うかというのをあまり考えていない。
だから、みんな同じようなファンドになってくる。起業家だったら、それは俺ら投資家が怒るところじゃんっていうね。
例えば「それってfreeeとどこが違うんだよ」とか「freeeのほうが大きいんだから、freeeと同じことやっても意味ないじゃん」と言ってさ。なのに、VCである自分たちは、すごく同じことをやりがち。
事実として、この9年間ぐらいでは、ANRIは一番大きくなったファンドだと思うんですよ。やっとのことで4億円ほど集めたファンドが、今は250億円ぐらいまで集められるようになりました。規模的にはトップ10に入っています。何も与信がない人間としては結構頑張ったほうだと思うんだけど、そういうことをする人って本当に少ないですよね。
だから、この3年ぐらいのJamesとCoralを見ていると「これは本当に超いい起業家だな」って思うわけです。
だから尊敬しているし、僕はベンチャーキャピタルを起業する人が増えてほしい。だってみんな同じことをやってるから。それじゃあ投資を受ける起業家にとってバリューがないし、LPにとってもバリューがない。コモディティーって全員のパフォーマンスを押し下げるからね。
もっとオリジナルなことをやる人が増えないかなと考えたとき、Jamesは本当にすごいなと思っていて、最近は「Coralすごいね」という話を、ずっとANRIの社内でしていますね。
James:それはうれしいお言葉。ありがとうございます。
アンリ:Coralがまとめ役となってスタートアップ向けのワクチン合同職域接種を開始したときに「やっぱ素晴らしい」と思って、それで社内でも言ったのは「この考えを自分たちができなかったのは、なぜなのかを話し合おう」ということだったりします。あれを思いつける人もすごいし、やろうと思える人もすごいし、やれる人もすごい。あれが本当に起業家としてやるべきことだよね、と。
独立系の若手GPは増えているが
――独立してファンドを組成する、ということでいうと、若手GPの独立、数億円規模のファンドの独立は結構ありますよね。
アンリ:僕は若手の独立を手伝おうと思っていて、いくつかの若手VCに投資したり、廣澤のところ(※)もリードLPを僕が紹介させてもらいました。Skylandの木下のところもそうです。
※THE SEEDの廣澤太紀代表。
――若手が独立系VCを立ち上げるときのファンドレイズの支援をしているんですね。
アンリ:あとはストラテジーとかですね。こことここは他のファンドと同じだから、LPからしたら何も嬉しくないよ、という助言をしたりですね。僕は1人でファンドやってる期間が長かったし、ファンドレイズが比較的得意だから、そこはなるべく手伝おうと思ってます。
ただ、小さなファンドを作っても、そこから次の段階に行くという事例が少ないんですね。組織をどうするかとか、事業会社ではなく機関投資家から出資を得るにはどうするかなど、なかなか戦略的にできていない。ファンドに対して事業会社しか出資してくれないとなると、ファンド規模は20億円ぐらいで限界になりますから、そこで詰まっちゃう。
そこでアントレプレナーシップを発揮していかないと、次のフェーズに行けない。ファンドを大きくしないとチームが作れない。そこをCoralは見事に越えていったから本当にすごいなって思っています。初めから2人でやっているのは本当に良かったと思う。
James:うん、Coralを2人でスタートして良かったなと思います。澤山(Coral Capital創業パートナー)とは、お互いの弱みをちゃんとフォローできている感じがする。
アンリ:僕は全く人を信じない人だったから、長らく1人でやっていくしかないって思っていたな。でも、鮫島(※)というパートナーが入ってから結構考えが変わって、こういう人もいるんだなって。
※ANRIジェネラル・パートナーの鮫島昌弘氏。
「研究者を救いたい」という変わらぬミッション
James:どういうタイミングで、鮫島さんのことを、この人は信用できると思ったんですか?
アンリ:鮫島との付き合いは長くて、大学生のときからの友だちなんです。彼は大学生で研究をしている頃から少し変わったところがあって、一緒にお酒を飲んだりすると「俺は俺みたいな研究者を救いたいんだよ!」と言って熱っぽく語る人だったんですね。
三菱商事に入った後も定期的に相談に来て、「やっぱり技術者を救いたいんだよ」と言っていましたね。もう10年以上の付き合いになるけど、1回もそれは変わらない。
とにかく自分のために何かしたいとかではなく、研究者を救いたいと言うんです。10年間ずっと付き合ってきて「研究者を救いたい」としか言わない奴は、一生変わらないなと思いました。
僕は「背中を預ける」というのを会社の大事なバリューとして持っているんですけど、鮫島には背中を預けられるなと思っています。絶対に裏切らない。じゃあ一緒に働こうと思ったんです。今でも何ひとつ変わらないですね。
――研究者を救うというのは、具体的にはディープテック投資をちゃんと産業に結び付けて、研究者が報われるビジネスを生むというミッションですよね。産業ができれば再び研究にもリソースが還元されますしね。
アンリ:それをずっと循環させたいですね。僕らが基礎研究の研究者への奨学金プログラムをやってるのも同じ理由からです。
――給付型奨学金プログラム「ANRI基礎科学スカラーシップ」ですよね。
アンリ:ベンチャーキャピタルって構造的に応用研究しか投資できないので、基礎研究で積み上げてきたものをチェリーピックして投資していっちゃうじゃないですか。今の日本だと仕組み的に大学が株を持つことができないから、良い基礎研究を選んで投資して収益を得るというチェリーピックになりやすい。僕らVCのビジネスモデルって、果実を取りに行く仕事だから。
僕ら的には果実を育てていると思っているんですけど、研究の世界からすると多分違います。果実を持っていく仕事になっちゃうと思うんですよね。だから、僕らは何かを還元しなきゃ駄目。それで基礎研究をやっている学生たちに還元していこう、ということなんです。
――具体的にはどんな感じ?
アンリ:1年に1回、応募件数は1回約180件くらい。この中から選抜した最大10名までの学生に対して1人当たり50万円の奨学金を給付しています。この奨学金プログラムは正直、お金も時間もすごくかかっているんですね。だけど、メンバーが「やりたい」と言うので、「それはいいね」と始めました。
――奨学金ということは報告義務だけ?
アンリ:研究発表会は実施していますが、あまり負荷をかけることはしていません。とにかく研究者って自由に使うお金がないんです。研究用途の資金だと紐付きだから、ちょっとフワッとした用途には使えません。学会への渡航費や自分で負担するには高額だけれど、研究を進めるには必要なものを購入したい、そういうときのお金がない。それで家庭教師のアルバイトをしていたりするんですよ。
――それは才能の浪費で、もったいない……。
アンリ:そう、世界が誇る天才たちだから、とにかく研究をしてほしいという想いで奨学金プログラムをやっています。こういう取り組みを鮫島は全くブレないでやってくれるから、彼とは仕事をしていてすごく楽しいなと思っています。
――この奨学金を受けた人たちの中から、5年後とかにディープテック系企業の人脈が現れる、という意図もあるのでしょうか?
アンリ:いつかそうなると嬉しいですが、短期的には期待をしていません。基礎研究なので、形になるのは20年後とか30年後とかです。正直、審査時点で社会の何の役に立つかわからないけど、とても大事な研究とかもあります。論文に謝辞を書いてくれるんですよね。素直にうれしい。
これはディープテックに投資するベンチャーキャピタルとして、みんなでやっていきたい取り組みです。本当は大学ファンドなどがもっと発達してくれば、彼らが投資するとか、知財を持つという方法があるんですけど、現状構造的に難しいこともあって僕らも悩ましいです。
日本のディープテックは海外に行ける
James:若干話しが変わりますけど、日本にディープテック系スタートアップは本当に増えてほしいなと思っています。技術であれば言語とカルチャーのギャップを越えられるので、そこは何とかしたいなとCoralとしても思っています。
アンリ:まさに、それは一緒にやっていきたいなと思っています。
大学の先生などから相談がきたときに、僕らが経営者を見つけてきて会社を作っています。オリジネーション企業はもう4社目ですが、このやり方はすごくいい。
僕らが大事にしているのは会社設立と投資の順番です。まず先生と技術や将来性について話をして信頼を得ますよね。その後に経営者候補を見つけてきて、その人と先生を引き合わせて合意を取ります。合意を取ってから2人で会社を作ってもらって投資する。
この順番をすごく大事にしています。ベンチャーキャピタルは手前で箱を作った方がシェアが取れるんだけど、これはANRIではやりません。共同創業する2人の信頼関係ができて、2人が会社を設立して、ちゃんとシェアを分け合ってから増資するというのがファンドのルール。シェアを取りすぎないということですね。
――VCが先に会社を作って「はいどうぞ、これを容れ物として使ってください」と創業者を後から入れるようにすれば、きわめて搾取的な投資ができてしまいますね。
アンリ:極論すると100万円で50%のシェアが取れちゃいますからね。リターンの最大化を考えるとファンドとしては正しいとも言えますが、それだと誰の会社かわからなくなっちゃうから……。だから共同創業者が先に法人を作って、増資によって出資する。この順序は僕の中では大事なルールです。
外貨を稼ぐにはディープテック
アンリ:僕がディープテック投資をやろうと4年前に決めたのは、グローバル市場に展開していける会社を支援したいというところからですね。これまで、DeNAやグリー、サイバーエージェントが数百億円を投資してもアメリカ市場に入って行けなかった。今またメルカリががんばっています。僕はインターネットに育ててもらったし、日本のインターネットが大好きだから投資をしてるんですけど、4年前の時点で「このままでは一生外貨を稼げないかもしれない」と思って。
僕は日本を愛してるから、じゃあ外貨を稼ぐにはどうすればいいんだろうと思うと、テクノロジーで外貨を稼ぐしかない。だから当時、2つの仮説を作った。日本のインターネットはグローバルで稼げるようになる。稼げなかったとしたら、ディープテックがグローバルで稼げるようになるという2つの仮説ですね。どっちも稼げなかったら日本も終わりだろうと思ったから。
James:そのとおりだね。
アンリ:とにかく日本はテクノロジーのような知識産業でお金を稼げるようにならないと観光と医療ぐらいしかなくなっちゃう。テクノロジーはまだまだ頑張れると思ってます。
James:うん、そうなんですよね。
アンリ:だから最近ディープテック投資する人が増えてきて嬉しいですね。インターネットのスタートアップでやってきた経営知見もすごく活きるから、エンジェル投資とかも、もっとみんなにしてもらいたいですね。実際、ネット系の人でもディープテックに興味がある人は増えてきました。バイオや医療のように人の命を救えるのは、やっぱりいいですよね。
技術を愛しすぎても良いスタートアップにならない
アンリ:僕らの出資先のディープテックで今一番大きい会社はCraifというところで、尿の1滴でがんを検出したりできる技術を開発しています。Craif CEOの小野瀨さんは元三菱商事でナカジ(ANRIプリンシパルの中路隼輔氏)の同級生でした。小野瀨さんはWebサービスというキャラじゃないなと思って鮫島に紹介したら、鮫島が一生懸命口説いてた先生がOKと言ってくれたから引き合わせたんです。
小野瀨さんは、もともとは技術に詳しいわけではない人でした。でも彼は英語がネイティブだから、アメリカのFounders Fundのスカウトファンドに単身で乗り込んでいって「OKを取ってきました!」とかやっています。そんな日本人はいなかったと思います。
Jamesが言うとおり、これはマイクロRNAの解析技術ということで技術ドリブンの会社だからできたこと。ディープテックはアメリカでも結構大きくなってる領域だから話が通じやすいんですね。
James:そうね、CoralとANRIで共同投資してるGITAIも、すごいですよね。最初に作っていたロボットはおもちゃみたいな感じで、まさかSpaceXで宇宙に飛び出す日が来るなんて思わなかった。
アンリ:GITAIで改めてわかったのは、ディープテックでもやっぱり社長は大事ということ。ディープテックでも社長がミラクルを起こせる。僕らは技術を愛してるけど、技術だけを愛しすぎても、いいスタートアップにはならないなと思う。
James:Coralでも、それは同じ考えがあります。英語になっちゃうけど、「We invest in companies building technology not technology building companies」と言ってます。技術ありきで、それで会社を作ろうとしているのではなく、技術を作り出そうとしている会社に投資する、ということです。経営メンバーが、しっかりイノベーションし続ける組織を作れるかどうかがポイントです。
アンリ:スタンフォードを見ていてすごいなと思うのが、シリコンバレーというエコシステムとアカデミアのエコシステムが、がっちゃんこでくっついてるところですよね。先生がラボごと起業しちゃって、それにベンチャーキャピタルも一緒に入ってくるとか、そういうことができている。日本の東大だと本郷とスタートアップがすごく遠かったから……。
だから僕らは本郷の前にオフィス(※)を作って、あのエコシステムの中で一緒にやっていこうとやってきたんですね。これが後10年経ったら、多分もっと自然になってくる。テクノロジー、研究者出身の成功した人とかがエンジェル投資したりとかが、ぐるぐる回り始めるから。
※東大の赤門前でANRIが運営しているスタートアップ入居施設のNest Hongoのこと。参考記事:理系院出身VCたちが見る「大学発ベンチャー3.0」の夜明け | Coral Capital
Jamesとか僕らが起業していた2010年頃って、インターネット系のスタートアップもそんなになかったよね。今ではノウハウもあるし、それこそCoralみたいにメディアで発信してくれてるけど。
だから、それと同じで、ディープテックももうちょっと経てば全部回りだすかなと思う。僕らが本郷前にオフィスを作ったり、奨学金を出したりということをやらなきゃいけないのも、そんなに長くないかもなと思ってます。
できれば、僕らが研究者と経営者のお見合いを設定しなくても良くなって、自然に出会うべき創業者たちがハイタッチして「一緒に会社やろうぜ」となるような、そういうところまで来ればいいなと思います。時間はかかるけど、がんばりたいですね。
ディープテック投資をはじめたころはリターンゼロで計算
James:これは、すごくファンド運用のテクニカルな話になりますけど、ポートフォリオコンストラクションは、どう考えればいいですか? 例えば250億円のファンドでコアファンドから何社に出資するイメージですか?
アンリ:社数は100社ぐらいになるかな。
James:なるほど。ファーストチェックは何割で、セカンドチェックは何割で、フォロー何割とか……。
アンリ:ファーストチェックで半分。フォロー用で半分と、ざっくり割ってあります。インターネットで7割、ディープテックで3割という目安もありますが、何がインターネットで、何がディープテックかというと線引きは……。
James:どんどん一緒になっていくよね。
アンリ:一緒になった方がいいと思ってるから、あんまり意味がない区分けだと思うけど、目安として7:3というのは持っています。
ただ、僕らはディープテック投資をはじめた頃はリターンはゼロと言う前提で計算していました。それはLPにも伝えています。ディープテックは全部ゼロの可能性を含めてファンド全体の3割までの投資額にしています。当面のリターンは、インターネット領域で投資をする僕と河野さん(ANRIジェネラル・パートナー 河野純一郎)が作る、と。今はディープテックのスタートアップの実績が出てきてだいぶ違うけど、もともと今の4号ファンドを作った2年前は、もうそれで行く、と。
――リターンゼロの投資をするという話について、LPの皆さんは納得されたんですか?
アンリ:ファンド全体の収益では滑らないだろうとも思われてるんですね。僕と河野さんの実績を並べると、インターネット投資はさすがにそんなに滑らないと思っていただいています。だからディープテックはゼロかもしれないけど、3割までやらせてくださいという話をしていました。今は徐々に実績が出てきていて、以前とは状況が違ってきています。
こういう形でファンドを組成しないと、取れないリスクがあるんです。例えば過去にディープテック領域に特化して投資しているVCの方に「量子コンピューターはリクスが高いので投資できません」と言われたことがあります。僕らは量子コンピュータースタートアップのシード投資で、2社をゼロから作ったんですが、そこに対してディープテック特化の投資家が投資できません、というんです。量子コンピューターが、いつ来るかわからなすぎるから。
――リターンの出るネット系と、どうなるか分からないディープテックの合わせ技のファンドで中長期のリスクを取る?
アンリ:そう。過去にディープテックに投資した他のベンチャーキャピタルの実績を見ていると、うまく行っているファンドもありますが、イグジットがなかなか出なくて苦しんでいるファンドもあります。結果的にSaaSなどの投資に注力するファンドもあります。
James:似た話かもしれないけど、海外にもロックスキャピタルっていうディープテック系のファンドがありますが、最近めっちゃインターネット系に投資してるんだよね。
アンリ:そんなこともあって、僕らは、もうディープテックはリターンが出なくてもANRI全体でリターンが出るようなポートフォリオ戦略にしています。
こういうときにチームで大事なのは、リターンが出ないかもしれないことをやっている人をどうリスペクトするかです。僕らは誰がリターンを上げたかで評価されるのではない空気を作ってます。カルチャーとして、ディープテックをリスペクトしているし、素晴らしいテクノロジーに投資できる人をリスペクトしている。
そうしないと、インターネットのグロース投資をする人しかいなくなっちゃうし、それだけが評価されるようになっちゃうから。
ファンドが大きくなっても不確実性を大事にする
James:ちょっと話は変わりますけど、アンリさんの3年、5年のプランは? 5年後に組織やファンドはどうなっていますか?
アンリ:いまは正社員で13人、キャピタリストが8人、運用資産は約400億円なんですけど、ファンドが大きくなっても変えたくないと思っていることがあります。
僕らANRIで大事にしているものに「不確実性」があります。「不確実性を楽しむ」というのをANRI Wayと呼んでいるチームのビジョンに入れてるんです。「よくわからないね、じゃあ投資しよう」という会話ができるようになりたいんですよ。
Coralと一緒にGITAIに投資させてもらいましたよね。その当時50億円のファンドから1億円の出資だから、結構でかいですよね。それなのに、なぜGITAIに投資できたんだろうかと考えると、当時は僕と鮫島しかいなくて「わからないけど投資しよう!」というふうに進めたからなんですね。
今は僕らはファンドとして「ちゃんとしてる」から、稟議を上げて決裁してという仕組みが整っているんですね。その中で今、GITAIに出資した意思決定と同じことができるかというと「できないね」という話を最近していたんです。これは良くない。
だから、一生懸命いろいろ調べて議論した結果、「わからないということがわかったから投資しよう」という意思決定ができるプロセス、それが僕らが大事にしている不確実性というもので、それを大事にできる組織で居続けようという話をしています。それをできる状態のままファンドとして大きくなりたいな、と。
ハンズオンより同期起業組で支え合うコミュニティーを
James:投資家としてのキャパは、どうしているんですか? ファンド内にポートフォリオが100社とかあると把握しきれないですよね?
アンリ:僕の担当は90社。
James:すごいですよね。
アンリ:もう、わかんないな。わかんないと思ったから、インキュベーションしようと思っています。
James:ハンズオンはもうやらない?
アンリ:ハンズオンをどう定義するか、かなと思っていて。インキュベーションやってると、結局は僕らに頼ることってあんまりないんだなと思っています。
James:例えばシード、シリーズAまではハンズイフで関わって、それ以降はリード投資家に任せるとか、バトンタッチの考え方もあるかなと思っています。
アンリ:僕らはそのままフォローオンしてリードに行っちゃう場合もあるかな。
James:うちもそう。でも、やっぱりキャパの上限はあるので悩ましい。
アンリ:一番大事な支援は起業家の同期を作ることだと思っています。オフィスで一緒にいたやつって、すごく仲良くなるから。だから「同期起業組」みたいなのを、いかに作るか、かなと。大きなインキュベーション施設を作ろうとしているのは、「ここは2022年5月組で仲良くしてね」ということができるから。「この組ではあいつがうまくいってるね」とか、逆に投資先から「あいつ、つらそうなんですけど」と相談が来るというのが僕は一番いいんじゃないかなと思っていて。
太河さん(East Venturesパートナー)に昔言われたんだけど「ベンチャーキャピタルって、存在を忘れられるぐらいがちょうどいいんじゃないの?」ってね。「……いましたね!」みたいな(笑)
今だからこそ逆張りでインキュベーション施設を作る
――危機のときには地獄に飛び込んで、起業家を助ける。一方で、普段は支え合うコミュニティーをということですね。先ほどの「大きなインキュベーション施設をやる」というのは?
アンリ:コロナが続いてる中ですけど「場所」のことを考えているんですよね。ソーシャルディスタンスとかリモートワークが当たり前になったじゃないですか。でも、スタートアップの創業期は対面のほうが効果が大きいですよね。だから、あえて場所を作ろうかと考えてるんです。
James:そうだよね、高速にPDCAを回すようなときは、チームメンバーが同じ場所にいるほうがいい。
アンリ:そうそう。だから、あえてインキュベーション施設をでっかくしようということを考えています。メルカリやヤフーもリモートワークを前提とした働き方を推進してるじゃないですか。
James:うん、リモートファーストですよね。
アンリ:でも、創業期で社員10人とかまでだと、むしろ対面で会うことの価値がすごく大きいと思っていて。だったら、インキュベーションのときぐらいはむしろリアルで会うことを推奨するといいんじゃないかな、と。もちろん、コロナの状況にもよりますけどね。
インキュベーションをめちゃめちゃでかくして、(投資先の皆さんに対して)「とりあえず全員入って」というのを改めて言うように変えようかと、そんなことを考えつつ次のファンドの構想を練っていたりしますね。
James:へえ、逆張り。でもいいかもしれない。リモートファーストになってきたからこそ、そういうインキュベーションスペースがあると、みんなで集まるときはそこに集まって、でも基本的にはリモート、みたいな感じですよね。
アンリ:そうそう。
James:ちなみに場所は、どこの辺りを考えているんですか?
アンリ:スタートアップにとって象徴っぽいビルがいいな。例えば、渋谷の一等地とか、すごく東京駅に近いとかね。そういう場所のでっかいフロアを自分たちで借りる。
James:丸の内ですか、今度は大人の街に。不動産会社なんかは結構協力してくれそうですよね。
アンリ:そう。僕らは家賃をしっかり払うつもりです。ただね、多分インキュベーションオフィスというのはデベロッパーにすごく嫌われるんですよ。たくさんの会社が出たり入ったりするし、いつも夜中までいるじゃないですか。もう不動産会社が嫌う要素が全部入ってる(笑)僕らも本当はビルを買いたくないんですよ。本当は買いたくないんだけど、買わないと追い出されちゃうから。
やっぱりシード投資を頑張ろうって改めて考えたときに、そのときの価値は何だろうと考えるとインキュベーション。場所の提供は、やっぱり大事だなと。だから、それをトコトンやる。僕らは基本無料で貸してるから、無料でとことん出して年間1億円ぐらいまで僕らが払うぐらいのつもりで。逆に僕らって、それしか価値がないんじゃないかと思ってるんですよね。
James:ANRIが運営する渋谷のビル、GMB(Good Morning Building)は、開始してどれくらいになるんですか?
アンリ:渋谷は3年半ぐらい居ますかね。
James:アンリ=渋谷ってイメージがある。
アンリ:あそこは、たくさん入ってほしいけれど、一度に入居できるのが20社ぐらいなのがネックです。広いワンフロアとかで、みんなを見渡していたいんですよね。
やっぱり創業期って、不安じゃない? 不安なんだけど、「なんだ、自分たちみたいなのがいっぱいいるんだな」という気持ちを起こしたい。やっぱり大量にいて「自分たちがメインストリームかも」と勘違いする数というのは、やっぱ30社ぐらいです。60人から90人が同じ場所にいるって、やっぱりちょっと変じゃない?(笑)
そういう場所を東京に作った方が、その起業家にとっても、ファンドにとっても、出資者にとっても、「これはよくわからないけどすごいね」って言ってくれる気がするから(笑)
――いい話ですね。7、8年前の六本木のEast Venturesのオフィスとかは、まさにそういう感じでした。何か生まれて来る感じがしました。メルカリの進太郎さんとかBASEの鶴岡さんとかがいた頃。アンリさんは、そういう時代を見てるんですよね?
アンリ:僕がいたときは、FreakOutとCAMPFIREとみんなのマーケットとKanmuっていう4社の創業メンバーと一緒にやってて、一緒にいたのはFondの福山太郎と、BASE鶴岡、heyの佐俣奈緒子とかでした。上場したメンバーで一緒にインキュベーションをやっていたんですね。それがインキュベーションっていいなと思った原体験です。誰かが成功すると「俺も成功できる」って勘違いできるから。
場所の共有から繋がった投資の成功も
アンリ:場所があると強いのは投資でもそうです。僕らが、何となく仲がいい会社ができるのはコミュニティがあるからで、例えばYOUTRUSTがそうでした。僕は去年、初めてYOUTRUSTに投資したんだけど、投資家として入っている理由は極論すると仲が良いからです。YOUTRUSTって、よくGMBに遊びに来ていたんです。なんかGMBの下のカフェの僕らの席で営業とかしてて、なんとなく仲が良くなった。
他にも僕ら中川綾太郎(DeNAにM&Aされたペロリの創業者)に昔投資してたけど、綾太郎の会社って僕らのオフィスの隣にあったんですね。隣と、その反対側の隣も両方とも綾太郎のオフィスで、なんとなく投資先がずっと近くにいてくれて心が安心するというか……。
場所の良さを感じるんですよ。だから、逆に僕らはコロナになって2年半はずっと迷っていたところがありますね。正直、場所の良さで良い投資ができていたものが、コロナによって物理的に「集まっちゃだめです」と言われた2年間ですからね。
僕らの強みで、結構大きな精神的な軸だった「一緒にいられる」というのが禁止されたときに、どうなるんだろうと不安でした。結論は「何とかなる」なんですけど、それでもやっぱり場所がいいなと思っていて、それを大きくすることをやろうと思ってるんです。
――なるほど、それは楽しみです!
James:今日は長時間お話ありがとうございました! 9年前を振り返って話せて本当に良かったです。
アンリ:こちらこそ! でも本当にJamesは、すごいなと思っていてさ。
James:いや、僕もアンリは本当にすごいと思っています。ベンチャーキャピタルの起業家として、すごく尊敬している。おっしゃる通り、起業家っぽいベンチャーキャピタリストはなかなかいない。なので、今だから言えるけど、僕とアンリはすごく違う存在に見えるかもしれないけど、実は近いかもしれない。だからこそ若いときに衝突した面もあるのかも(笑)
アンリ:シリコンバレーって、VCでも、どんどん新しいストラクチャーがでてくるじゃないですか? Andreessen Horowitzみたいなルールブレーカーが定期的に出てくる。そういうのに憧れがある。新しい挑戦を続けたいよね。
それにCoralとかANRIが「今度はこんなヤバいことやった」といって競争している方が、起業家にもうれしいはずだよね。
――競争があるのはいいことですよね。
アンリ:うん、素直に、尊敬していて競争したいですと言えるようになって良かった。今日は本当にありがとうございました!
James:こちらこそ、ありがとうございました!