すでに日経新聞でも報じられていますが、このほどCoral Capitalはダイヤモンド半導体を開発する大熊ダイヤモンドデバイス(以降、大熊ダイヤモンド)の1.4億円のシード調達ラウンドで、リード投資家として出資しました。このラウンドには最近727億円という大型のファンドを組成したGLOBIS CAPITAL PATNERSも出資していて、こうしたディープテック系スタートアップにシード段階で出資するのはGLOBISさんとしては初案件だそうです。
最近のCoral Capitalは「核融合からSaaSまで」ということで、ディープテック投資も増えています。この記事では多くの方にとって「ダイヤモンド半導体」という耳慣れないデバイスが、世界をどう変えていくのか、なぜそれが日本から出てきているのかについてお伝えしたいと思います。同時に、Coral Capitalが、こうしたディープテック案件に出資するにあたって、どういった経緯やデューデリジェンスを経て意思決定に至るのかについてもお伝えできればと思います。
投資の理由を端的に言えば、次の通りです。
人工ダイヤモンドを使った半導体は廃炉や次世代原子炉などの耐環境デバイス、次世代の5Gを超える超高速通信インフラ、電動航空機、電動自動車、電動船舶などの省エネデバイスとして有用と言われています。もし人類がダイヤモンド半導体を実利用できるとしたら、それを真っ先に実現するのは大熊ダイヤモンドというスタートアップに集まったチームメンバー以外にあり得ない。それがCoral Capitalの投資の判断です。
集積回路の半導体ではなく、大きな電力を扱う半導体
ソフトウェアやデジタルに携わる方々なら、「半導体」といえばシリコン半導体によるCPUやGPU、AIチップ、メモリといった大規模集積回路を思い浮かべるかもしれません。今回Coral Capitalが出資した大熊ダイヤモンドは、そうしたCPUなどの半導体ではなく、「パワー半導体」と呼ばれるデバイスの開発がひとつの大きなターゲットです。これはCPUなどと異なり、主に電力の制御で用いられる半導体デバイスです。
シリコンバレーの語源ともなった集積回路を実現するシリコン半導体が、ナノメートル単位で微細化して電圧信号を伝えるのに対して、パワー半導体は大きな電圧と大きな電流を同時に扱ういわば「電力」を変換・制御するために用いられます。具体的にはRF信号の送信や直流・交流の変換、交流電流の周波数の変換、直流電圧の電圧変換などの機能を担います。パワー半導体はEV車や充電機器、エアコンなどの家電といった身の回りでも使われていますし、鉄道やケータイの通信基地局といったインフラでも使われています。
パワー半導体は、半導体で総称されるデバイスの重要な応用領域です。半導体全体の1カテゴリーとはいえ、富士経済による2022年4月の調査では、2022年時点でパワー半導体の市場規模は2.5兆円ほどあり、2035年には13兆円超の規模に拡大するとも試算されています。
パワー半導体市場は、日本企業がグローバルでシェアを維持
半導体というのは電気を通す導体(鉄・銅・金などの金属)と、電気を通さない絶縁体の中間の性質(抵抗値)を示す材料のことです。半導体に少しだけ別の材料を混ぜると、正の電荷を流すp型半導体と、負の電荷を流すn型半導体を作ることができます。このp型とn型を組み合わせることで、さまざまな半導体部品(素子)を作ることができ、幅広い応用があります。
半導体の応用としては、例えばLEDのような発光ダイオード、逆に光を電気に変える太陽光発電素子があります。液晶画面を構成するTFT、スマホのカメラで使われるCMOSやCCDや加速度センサー、バイオセンサーとして使われるMEMSといったものも半導体の重要な応用領域です。
集積回路のシリコン半導体は微細化の製造プロセスの競争と、どういう回路をどういうレイアウトで乗せるかという知識集約型産業の2つの側面があります。このためNVIDIAやQualcommのようにファブレス企業が登場する一方で、TSMCのような製造プロセスに特化して巨大化するファウンドリと呼ばれる企業が登場するなど高度な水平分業がグローバルに発展しました。ただ、よく指摘されるように集積回路という意味の半導体産業において日本のプレゼンスは過去30年ほど低下の一途でした。1988年の日本メーカーの世界シェアは売上ベースで50%を超えていて、1992年には世界トップ10社のうち日本メーカーが6社もありました。しかし、今は売上シェアは6.2%にまで低下しています。ここに来て、トヨタやソニーら国内8社が半導体産業の再興をかけて設立したラピダスに3,000億円を超える政府補助金がつくなど再び注目されているのは、皆さまご存じの通りです。
一方、パワー半導体は少し様子が違います。
今も三菱電機、富士電機、東芝、ロームなど日本メーカーが世界シェアトップ10に入るなど日本企業のプレゼンスが高い産業領域です。これはパワー半導体という製品の個別性が高く、製造プロセスの統合が必要なデバイスだからだと言われています。日本の総合電機メーカーは、自社グループ内で家電製品などでニーズがあったことからパワー半導体をグループ内で製造・調達してきた経緯もあります。個別性が高く、工程・仕様など多くのすり合わせが必要な製造業で日本企業が強みを発揮するのは自動車産業と同じ構図かもしれません。
シリコンを超える材料のSiC、GaN―、究極はダイヤモンド
論理回路の半導体とパワー半導体は、2つのパラレルな世界として発展してきた面があります。そして、パワー半導体の世界でも、いまもイノベーションが続いています。特に材料・製造法の面での研究開発が盛んです。
例えば、ここ1、2年ほどコンシューマー向けのPC・モバイル充電器で「GaN」(ギャン、もしくはガンと発音する人が多いようです)と銘打つものが増えていることに、ガジェット好きならお気づきでしょう。これはGaN(Gallium Nitride:窒化ガリウム)を材料にしたパワー半導体を使っているという意味です。これまで主流だったシリコン材料のパワー半導体に比べて、高電圧動作が可能なことや、動作時の損失の低さから、高速充電ができ、発熱も少ないという好ましい利点があります。
シリコンに代わるパワー半導体の次世代の材料としては、GaNのほかにSiC(Sillicon Carbide:炭化ケイ素)が、すでに一部用途での利用が始まっています。半導体として利用される結晶には、元素周期表の右側にある炭素、シリコン、ゲルマニウムなど第14族の元素に加えて、第13族・15族という隣接する元素からなる化合物が使われます。
14族の元素からなる結晶は、ダイヤモンド結晶構造と呼ばれる正四面体の頂点に原子が規則的に並んだ共有結合となっています。そこに不純物を少し混ぜることで、外部から少し電圧をかけたりすることで人間の応用上、都合よく電気を通したり、逆に通さなかったりする性質を作り出せます。
今でこそ「シリコンバレー」という地名があるように半導体の材料はシリコンが主流ですが、論理回路を構成する半導体としても、シリコン以前にはゲルマニウムが使われていた時代もありました。そして現在、シリコンに代わる次世代パワー半導体といえば、利用が広がりつつあるGaNかSiCを指します。さらにそのGaNやSiCの先にある究極の材料として期待されているのが、シリコンと同じ14族元素である炭素(C)。その単結晶であるダイヤモンドです。
ダイヤモンド半導体の優位性は複数あります。
半導体が電気を通す「オン」の状態になっているときの抵抗の大きさを「オン抵抗」と呼びますが、このオン抵抗は、その半導体の耐圧性能とトレードオフの関係にあります。平たくいえば、より大きな電力を扱うとオン抵抗が高くなり、それだけ駆動にエネルギーが必要で、電力ロスが大きくなるのです。
例えば同じ100Vの耐圧であっても、Si(シリコン)とGaAs(ガリウム砒素)ではオン抵抗で10倍ほど差があることが知られています。パワー半導体の素材として何が優れているかの指標は単一ではありませんが、このオン抵抗・耐圧で並べたとき、SiよりもGaASやSiC、GaNといった素材がのほうが高効率のものが作れることが理論的に分かっています。その理論値で圧倒的に有利なのがダイヤモンドです。
実際には、ダイヤモンドの半導体利用では、理論性能を引き出すところで時間がかかっているのですが、どんな材料であっても半導体として利用ができるまで、10年とか20年と時間がかかってきた経緯があります。そうした時間軸で、国内研究者が取り組んできた研究の蓄積が開花するタイミングである可能性が高いと考えています。
Beyond 5G・6Gの超高速通信に利用可能なダイヤモンド半導体
最近、Beyond 5G・6Gという言葉で次世代の超高速通信について耳にする機会が増えています。しかし、それ以前に鳴り物入りでスタートした5G通信について、サービス開始から3年が経過しても、ほとんど誰も使っていない状態であることを不思議に思ったことはありませんか? サービス名が「5G」で、端末に表示されている文字も5Gではあるものの、提供エリアは、きわめて限定的です。
無線通信は周波数が高い(波長が短い)ほど通信速度を上げられますが、逆に伝播距離が短くなります。このため、いま5G通信と呼ばれているものは従来の600〜800MHzのプラチナバンドと呼ばれる遠くまで飛ぶ帯域を使って1つの基地局で10〜15kmというカバー範囲を稼ぎつつ、ごく限られた範囲だけ超高速通信を提供しています。今後、順次26GHz、28GHz、29GHz、60GHzなど波長の短いミリ波の帯域が開放されるにつれて、Beyond 5G・6Gの高速通信の世界が広がるというのがロードマップとなっていますが、ビジネス的にも技術的にも実現するのは一筋縄ではいきません。
まず、過去数年のケータイ料金の大幅引き下げによって通信各社のR&D予算が吹き飛んだのは利用者である国民にとって本当に良いことだったのだろうか、という政治的な論点があります。情報通信産業の国際競争と安全保障を考えると、継続的に次世代通信関連技術へ研究開発資金が流れる仕組みを担保しなければならないはずです。もし大手企業の研究開発部門のリソースが減るのであれば、ディープテック系スタートアップのエコシステムを今の10倍、100倍と強く、大きくしていかなければならないと思います。
ミリ波利用の技術的な課題は、すでに通信インフラの能力が限界に達していることです。
まず今後数年で言えば高速通信、高帯域、カバレッジを同時に高めていくために、1つの基地局で10波程度の異なる帯域に対応する集約が起こっていく、というのが業界関係者の見立ての1つです。もしそうであれば、現在のシリコンのパワー半導体の性能では出力が追いつきません。
出力を上げるほど発熱の問題も大きくなります。発熱による性能低下や経年劣化を防ぐには冷却装置が必要で、実際ケータイの基地局では空冷に加えて、現在は水冷式も実験されたりしています。一方、ダイヤモンドは熱伝導率がきわめて高く、放熱性能が良いという特徴があります。すでに書いたように大電力を扱っても損失が小さい(発熱が少ない)ため、冷却装置自体が不要となり、小型化に向きます。
材料別に半導体としての性能をレーダーチャートで見ると、ダイヤモンドがほとんど全ての指標で既存材料を凌駕するのがわかります。
Beyond 5G・6Gのミリ波は直進性が高く距離も遠くまで飛びません。となると、いずれ都市部では基地局密度を上げていくしかありません。そのためにも電力ロスが少なく、小型でシンプルな基地局の要素技術として、ダイヤモンドを使ったパワー半導体が標準的に使われていくことになるのではないかと考えられます。
ダイヤモンド半導体は、Beyond 5G・6G実現のカギとなる要素技術とみなされています。実際、2023年1月には情報通信研究機構(NICT)のBeyond 5G研究開発促進事業の委託研究公募で採択された研究課題の中で、大手企業や大学に混じってシード調達を終えたばかりの大熊ダイヤモンドが名を連ねています。これはスタートアップとしては唯一です。通信産業においてもスタートアップがR&Dを担う時代が始まった象徴的な事例ではないか、と個人的には感じています。
ダイヤモンドの価格破壊の波が、次のイノベーションを生む
ダイヤモンド半導体に取り組むスタートアップへ出資を検討する中で「追い風」が吹いていることも投資の意思決定に影響しています。
まず、シリコン(ケイ素)とダイヤモンド(炭素)の結晶が物理化学的な振る舞いが似ているということ以上に、入手可能性という意味でも似た面があることです。ケイ素も炭素も地球上では、もっともありふれた元素です。シリコン半導体の原材料は主に珪石と呼ばれるありふれた鉱物。そして人工ダイヤモンドのほうは原材料はメタンガスです。レアメタルなどと違って、どこにでもあります。このためロシアや中国などが主な産出国である材料と異なり、地政学的なリスクがないことを意味しています。
今のところ人工ダイヤモンドの製造コストは安くありません。少なくとも半導体利用を考えたときのウェーハの製造コストは、まだ十分に安くなっていません。しかし、この製造コストが急速に下がっていくと考える理由があります。それは宝飾市場で、人工ダイヤモンドの需要が旺盛なことです。
人工ダイヤモンドの合成方法はいくつかありますが、いまは主にCVD成長法(Chemical Vapor Deposition:化学蒸着)と呼ばれる技術が使われています。すでに書いたようにダイヤモンド結晶は、熱伝導性がきわめて高いほか、硬度も高いことから、人工ダイヤモンドには切削工具やヒートシンクといった応用市場があります。しかし何よりも金額的に大きいのは人工宝石の市場です。
ダイヤモンド研究で知られる産業技術総合研究所(産総研)から2009年にスピンアウトして2022年6月に上場したEDPというスタートアップがあります。もともとはダイヤモンド半導体の研究向けにウェーハを作る想定で創業したところ売上が伸びず、2014年頃から人工宝石に市場ターゲットを切り変えたと言います。そこから売上は急伸、直近5期ほどはCAGR56%で力強い成長を続けています。EDPの2023年3月期の売上に占める人工宝石は全体の93%を占めるまでになっています。
天然ダイヤモンド市場は年間7兆円。これに対してLGD市場(Labo Grown Diamond)と呼ばれる人工ダイヤモンドの宝飾向け市場は、現在ダイヤモンド市場のうちの6%ほどだそうです。しかし、EDPの藤森社長は「真珠がそうであったように、将来は人工ダイヤが100%になるかもしれない」と予想しています。実際、D2Cで人工ダイヤモンドベースのアクセサリーを扱うブランドが日本でも増えています。
技術革新で人工宝石が安価に製造できるようになって、天然宝石の市場価格が暴落するというのは、真珠やルビーでも起こったことです。
これは逆に考えると、年間7兆円の巨大市場を背景に人工ダイヤモンドを作るCVD装置の技術革新と価格破壊が起こる可能性が高いということです。技術への投資で、それを上回るリターンが得られる状態が、少なくとも10年程度に渡って続くでしょう。
どんなにダイヤモンドの性能が良くても、製造コストが高止まりするようでは「特殊な用途に使われるニッチな高級デバイス」ということになります。これではVCが出資する経済合理性がありません。しかし、人工ダイヤモンドは材料としては急速に価格が落ちていく兆候があるのです。
何かの技術革新が、近接領域、あるいは全く別の領域の市場の需要(=資金)を背景に生まれてくるということは、良くあることのように思います。例えば、AIブームの波に乗って大きく業績を伸ばしたNVIDIAは、もともとは3Dゲームという巨大市場を背景にピクセル処理に特化した並列処理チップとしてGPUを作っていました。2007年頃、そのメモリのアーキテクチャーを少し変えることで汎用的な並列コンピュータに使えるということで研究者らが飛びつき、それがGPGPU(General Purpose GPU)という新ジャンルを生み、後に深層学習の研究を加速したという構図があります。深層学習というAIブームの発端で、ゲーム市場が果たした役割は大きかったと私は考えています。
GaN利用の歴史にも似た構図があります。今でこそGaNはパワー半導体で利用されつつありますが、もともとはノーベル賞につながる青色ダイオード開発の成功が背後にあります。有力な材料候補だったGaNも研究当初は実用化が難しく、多くの研究者が諦めていました。しかし、光の三原色の残りの1色だった「青」さえできれば白色のLEDが作れて、蛍光灯に代わる、きわめて効率の良い「灯かり」が作れることはわかっていました。そうした希望と実需に支えられて発展してきたのがGaN研究と利用の歴史です。
原発の廃炉という国難とディープテックという山の登り方
今回Coral Capitalが大熊ダイヤモンドへ出資を決めた最大の理由は、次世代の高速通信に必須の技術・デバイスの提供企業としてポジションが確立できれば大きなビジネスになる可能性があるからです。当然、自動運転、遠隔医療、ドローン、IoTなど低遅延・高速通信の恩恵を受ける領域も多く、ダイヤモンドは技術文明を大きく前進させる重要なカギを握っているように思われます。
しかし、出資を決めたのには、もう1つ重要な側面があります。それは、比較的早期にマネタイズする市場があるということです。
Beyond 5G・6Gといった次世代インフラのビジネスは、どんなに早くても立ち上がるまでに5、6年かかります。通信規格の標準化は、基礎実験から数えて5年ほどかかるので、今はちょうど次のサイクルへ向けて走り出す良いタイミングとは言えそうです。しかし、現在の日本のVC投資のエコシステムでは、これは時間軸としてやや長めです。売上がないまま多額の資金が必要なディープテック系スタートアップに、5年、6年と資金が追加で集まって来るか、というと難しい面があります。
こうしたディープテック投資でCoral Capitalが投資判断のクライテリアとして重視しているのが早期にマネタイズできる市場があるか、という点です。この点、大熊ダイヤモンドには早期マネタイズとして中性子検出器、衛星通信、そして原発の廃炉などの可能性があります。
実は「大熊ダイヤモンド」という社名の由来は福島第一原発のあった大熊町という地名に由来しています。そこには「廃炉」という事故発生から10年が経過しても未だ解決されていない、人類で誰もやったことのない技術チャレンジが存在しています。ここでもダイヤモンドが鍵になります。
大熊ダイヤモンド共同創業者で代表の星川尚久CEOは、初めてお会いしたときから「福島第一原発の廃炉プロジェクトという未曾有の国難に立ち向かうことで、関連する多くの要素技術が生まれてくる。そうしたこともあって大熊町にちなんだ社名にした」と熱っぽく話をするのでした。
ダイヤモンド半導体の優位性には耐過酷環境性能の高さ、というものもあります。200〜300度という高温環境でも性能劣化なく動作し、ガンマ線など放射線が飛び交う環境下でも動作するという特徴です。福島原発事故では、センサーや電子系統が高熱と放射線で全滅し、何も状況が分からない中で作業しなければなかった、という事態に陥りました。通常の半導体を使う機器では機能不全を起こして使い物にならないのです。そこで期待されているのがダイヤモンド半導体です。
現在、関西電力などで原発再稼働が進んでいますが、これらの原発では、従前よりも厳しくなった新しい運用基準が採用されています。さらに段階的に対応レベルを上げていくこととなっており、耐熱性・耐放射線性の極めて高いダイヤモンド半導体が有望視されています。
ダイヤモンド半導体は放射線を遮蔽する必要もないため、福島第一原子力発電所廃炉事業ではロボットアームの先に取り付ける臨界監視モニターなどで小型化が期待されています。
同じく過酷環境下という意味では、放射線が飛び交う宇宙空間の通信衛星でも、ダイヤモンド半導体が期待されています。
このように、広域の次世代通信インフラという5〜10年サイクルで刷新される巨大市場とは別に、いくつか早期マネタイズの道が見えているのです。ディープテックスタートアップとして大きな山に登る場合には、こうした多段階アプローチは重要だとCoral Capitalでは考えています。
世界トップレベルの研究者が参画するチーム
ここまでダイヤモンド半導体の市場が広がると推測する背景を説明してきましたが、Coral CapitalのようなVCが出資をするときに見ているのは技術や市場だけではありません。むしろチームこそ最も重要だと考えています。
大熊ダイヤモンドには素晴らしい創業メンバーが集まっています。
共同創業者で代表の星川尚久CEOは、北大出身の「2周目」の連続起業家です。ライフネット生命保険共同創業者の岩瀬大輔氏の著作に感銘を受けて学生起業したときは、まだ23歳。その1社目は法改正で生まれた市場機会を捉えたビジネスでした。社員22人を抱えるくらいにビジネスとして成功したものの、より大きく社会を変えるテクノロジービジネスに取り組みたいと考えて母校の北大に戻り、起業のテーマ探しをしたそうです。そして共同創業した北大の金子准教授に出会い、以来2人はダイヤモンド半導体の事業化にコミットして、これまで7年の歳月をかけて研究と事業化を進めてきました。
創業メンバーの研究開発サイドでは、公式に「北海道大学発」「産総研発」と名乗ることができる背景として、北海道大学総長補佐兼工学研究院准教授の金子純一さん、そして産業総合研究所先進パワーエレクトロニクス研究センターで上級主任研究員をされている梅沢仁さんという、世界トップレベルの研究者2人がいます。
北大総長補佐としてスタートアップ創出の建付け自体も整備
大熊ダイヤモンドの知財は北海道大学の金子研究室で生まれたものも含まれますし、研究室では修士論文の研究テーマとしてダイヤモンドに取り組む学生さんもいます。そうした研究から生まれた成果・知財の権利は大熊ダイヤモンドが優先的に使用することができます。これは大熊ダイヤモンドが北海道大学にストック・オプションを付与しているからできることです。研究成果が経済的リターンを生み出したときには大学に資金が還流する建付けになっているのです。
こうした取り組みは従来から東大発べンチャーなどではありますが、北大では初めて。ストック・オプションによる技術移転は、今後大学発ベンチャーでは重要性が増してくると思いますが、現実には難しい面もあります。良く聞くのは大学から私企業への技術移転時に「将来それが価値を生み出したら還元せよ」ではなく、「技術そのものに値付けして、先にキャッシュでライセンス料を払え」という契約になってしまうパターンです。大学はビジネスや金融を生業としているわけではないので、エクイティー投資を説明するコミュニケーションのハードルが高いというのが一般論です。
金子先生は、こうした難しい調整ができる良い意味での政治力を持った方です。国立大学の「総長補佐」という言葉から連想される人物像と少し違っていて、スタートアップマインドが強く、過去には自ら開発した放射線検出デバイスを企業へ技術移転して市販化されるに至った経験もお持ちです。そして現在は福島第一原発の廃炉プロジェクトの旗振り役として、原子力研究開発機構・廃炉国際共同研究センターの客員研究員も兼任されています。
大熊ダイヤモンドの最初の事業化が廃炉プロジェクトでの技術貢献となる可能性が高く、それは金子先生の研究と参画があってのことです。
ダイヤモンド研究一筋、世界トップレベルの研究者
ダイヤモンドの半導体応用の研究の歴史自体は古く、日本には25年以上の長きにわたって研究を続けてきた研究者たちがいます。GaNの華々しい成功を横目で見ながらダイヤモンドを継続して研究してきた人物の1人が、大熊ダイヤモンドの共同創業者3人のうちの1人で、産総研で研究員をされている梅沢仁さんです。
早稲田大学の学生時代からダイヤモンド研究を始めた梅沢さんは、ダイヤモンド半導体関連の特許を多数取得しているほか、製造技術に関する幅広い知見をお持ちです。材料開発などディープテックの世界は特許と秘匿のバランスが重要で、特許や論文に出てこない「レシピ」のようなノウハウがあります。論文では1行で書かれていることでも、その裏側に現場の人たちしか知らない材料の扱いや製造プロセスの工夫があるものです。梅沢氏は、ダイヤモンド半導体に関して最もノウハウを知る人物で、異なる材料、積層方法、結晶中の欠陥発生のメカニズム評価などで多くの研究成果があります。
昨年秋に初めて大熊ダイヤモンドのチームとお会いしてから、Coral Capitalとして梅沢さんのバックグラウンドを調べてみたところ、すぐに世界的なダイヤモンド半導体の研究者であることがわかりました。
ある領域における特定研究者の貢献度を客観的に示す指標の1つとして「h-index」が知られています。多くの研究者が引用する論文は重要性が高いと考えられるので、被引用回数で論文の影響度を見るのですが、同時にそうした影響力のある論文を、どういうペースで発表しているかを見ることで、研究者ごとの領域貢献度を見る指標です。
具体的には、被引用回数が10件以上の論文が10本以上ある研究者のh-indexは10となります。「20年間の研究生活で20以上のh-indexであれば、優れた研究者」「40以上ならずば抜けた研究者」という基準があります。Coralで確認した梅沢氏のh-indexは43で、かつ引用数上位10本の論文のうち9本がダイヤモンド関連です。Google Scholarで「diamond semiconductor」と検索すると、梅沢さんが筆頭筆者として2018年に執筆したダイヤモンド半導体の最近の技術革新をまとめた論文が真っ先にヒットしました。同じく2018年に梅沢さんが執筆した書籍が、ダイヤモンド半導体のほぼ唯一の教科書として引用数が107件と多数であることから、この領域の知見をもっとも広く見渡していて、かつ現役で研究している世界的な研究者であることが、すぐに分かりました。
つまり、ダイヤモンド半導体を開発するスタートアップにシードラウンドで出資したといっても、各研究機関で25年以上にわたって研究してきた蓄積があってのことです。星川CEOの試算によれば、すでに数十億円相当の研究開発費が注ぎ込まれているのです。
ちなみに、ここ数年ほどダイヤモンド半導体を使った論理回路の実証実験ができたとする発表などが各研究機関からあり、ニュースとなることがありましたが、原理的な可能性を証明する実証実験と、量産を目指す応用研究は全く別です。特定の条件で実験室で、特定の数値や目的だけを達成した、いわゆる「チャンピオンデータ」をいくら積み上げても、それが量産につながるとは限らないからです。
技術課題は多く、事業化リスクあり―、それはVCが取るリスク
実用化すべき時代的要請が高まっている中で、その時代を待っていたかのように長年ダイヤモンドを研究してきた研究者らと連続起業家がタッグを組んでスタートアップしている。そんな大熊ダイヤモンドの取り組みを支援できることに対して、Coral Capitalとしてとても光栄に感じています。
もちろん技術的チャレンジは多く、5年とか10年といったスパンでダイヤモンド半導体を商用化できるかどうかは、誰にもわからないとも理解しています。ダイヤモンド半導体を作る約50工程ある量産プロセスは、1つずつ歩留まり改善をする地道な研究開発の積み重ねです。どこにボトルネックがあるか分かりませんし、逆にやってみたら想定以上に速く開発が進むのかもしれません。これは長年ダイヤモンド研究を続けてきた梅沢さん自身がミーティングの中で漏らした本音でした。
梅沢さんが説明に使ったのは、過去の類似事例としてのGaN開発の歴史です。かつてGaN研究開発が行き詰まって泥沼にはまって行くように見えた時期があったそうです。ところが予想に反して品質が良く、とても驚いたことがあるというのです。「もしかしたらダイヤモンドもそういうことになるかもしれない」というのが梅沢さんの見立てでした。「ダイヤモンド結晶を作る製造過程で、一定以上の大きさの結晶を作ろうとすると、どうしても結晶中に欠陥が生じるが、それはなぜなのか?」「どうすれば防げるのか?」、そうしたことについて少しずつ理解が深まっているのが現状です。
世界でトップクラスの専門家が「もしかしたら」と語ることについて、投資家がその成否を判断できるわけがありません。逆に言えば、これこそリスクマネーが必要な領域であり、VCが取るべきリスクだと認識しています。この記事では国内外の競合については触れませんでしたが、人類がダイヤモンド半導体を実用化する未来が来るのだとしたら、その未来に最も近い位置にいるのは大熊ダイヤモンドだと、私たちCoral Capitalは確信しています。
Partner @ Coral Capital