人工知能(AI)の飛躍的な進歩がもたらす新時代を目前に、「AIが世界の雇用市場に与える影響」をめぐる議論が活発になっています。AIを活用した様々なテクノロジーの急発展は、まるで突如として現れたかのような印象さえ与えました。これを受けた人々の反応は期待と不安が入り混じり、製造現場から役員会議室まで波紋が広がっています。実際、The Economistの最近の記事によると、Googleで「Is my job safe?(自分の仕事は大丈夫か?)」という検索が世界中で急増しているようです。大規模言語モデル(LLM)によって職を奪われるのではないかという懸念が高まっていることが伺えます。
OpenAIが発表した調査では、「LLMの導入により、米国の労働者の約80%が業務内容の10%に影響を受け、約19%の労働者が50%以上の業務で影響を受ける可能性がある」と予想しています。皮肉なことに、同調査では「高所得の仕事のほうがLLMの導入による影響を受けやすい」という可能性も指摘しています。自動化で仕事がなくなるのは現場だけの話だと考えていた人たちにとっては、予想外の痛手を伴う展開となるかもしれません。
個人的には、今後についてどちらかというとテクノ・オプティミズム(技術楽観主義)寄りの予想をしています。つまり、長期的にはAIにより新たな仕事が生まれ、雇用市場もパラダイムの進化に合わせて適応していくと考えています。ただし、短期的には急激な変化により失業者が全体的に増加し、経済格差が広がる可能性もあるでしょう。歴史の中で繰り返えされてきたように、こうした変化が政情不安につながり、今後数年にわたって新たな課題をもたらす可能性も十分考えられます。
AIによる将来的な失業リスクを受け、多くの国では社会的な懸念や不安の広がりが心配される一方で、日本ではその特殊な事情から違った発展が見られるかもしれません。深刻な人口減少に悩む日本にとって、AIや自動化は「敵」とは限らず、むしろ「救世主」になるかもしれないのです。
日本の人口減少は、決して単なる可能性ではなく、経済的に深刻な影響を及ぼす恐れのある差し迫った現実です。日本の15歳から64歳までの労働力人口は、2050年までに2,400万人減少すると試算され、人口全体の減少率を超える急激な減少が予測されています。幸い政府も動きはじめ、移民の受け入れに対する規制緩和に積極的に取り組んでいます。実際、労働ビザや永住権の取得は以前と比べて、多くの人が思っている以上に簡単になっています。しかし、言葉や文化の壁のせいで移民先としてのハードルが高いことや、他国と比べて報酬面での競争力が低下していることもあり、移民政策だけでこの差し迫った人口減少を相殺することは難しいでしょう。
人手不足の悪化は、日本にとって自動化を促進させる圧力にもなっています。そしてAIや、それによる自動化は、この人口減少圧力に対する非常に効果的な解決策になり得るのです。加えて、日本にはロボティクスや自動化技術に長年取り組んできた歴史があることから、社会全体の自動化を実現するための土台も十分に整っています。ファナックや川崎重工業、ソニー、安川電機など、ロボット技術の最先端で活躍してきた代表的な企業が国内に多数存在するのです。2020年の民間企業におけるロボット導入実績を見ても、日本の製造業では従業員1万人あたりにつき390台のロボットを導入しています。これは韓国やシンガポールに次いで3番目に多い導入率です。また、同年には日本のメーカーによるロボット生産数は17万4,000台を超え、世界のロボット供給量の45%を占めています。
特に日本のGDPの75%を占める「サービス業」と「AI・ロボティクス」の融合は、革新的な変化を生み出すポテンシャルがあります。近年、デジタル・トランスフォメーション(DX)という言葉を頻繁に耳にするようになりましたが、それと同時に国内においてクラウドの導入が加速度的に進んでいます。AIはこの流れをさらに加速させ、自動化やロボットの活用を急速に促進させる効果をもたらすでしょう。実際、人手不足が深刻化する中、すでに大小問わずあらゆる企業が競争力を維持しようと最先端技術の導入に取り組んでいます。小売店におけるセルフレジや、飲食店におけるタッチパネル式注文機の普及が良い例です。
このように「人口減少問題」と「AIや自動化により生産性が飛躍的に向上する時期」が運よく重なっているのが今の日本の状況です。これは1つの興味深いパラドックスにもなっていて、人口減少の時期と、国として以前ほど人口を必要としなくなる時期を「偶然」一致させられる可能性を示唆しています。そして日本という国を1つの企業に例えるなら、人員の自然減が偶然にも自動化の発展時期と一致したことを逆手に、今後はこれまでの「危機のリスク」を進化や成長につながる「機会」に変えられるかもしれません。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital