AIをめぐる最近の盛り上がりを受け、スタートアップの起業家から投資家や経営幹部、プロダクトマネージャーまで、多くの人が今後の各業界への影響について考えはじめていると思います。AIがどのような機会を新たに生み出すか、そして既存の優位性さえもくつがえす変化を起こすかなどが注目点となるでしょう。特に、今後5~10年の間にかつての「モバイル革命」のような変革が起こるとの予想が多く、PCからスマホへ移行したときのように全く新しいビジネスチャンスが広がる可能性があります。
実際、AIを活用したテクノロジーがより強力になって普及するとともに、多くの業界に変革を起こす可能性が高まってくるでしょう。それでは、業界の既存もしくは新規のプレーヤーにとって、それぞれどのような展開が予想されるでしょうか。
従来からのプレイヤーが単純にますます強くなるかもしれない
まずは従来からのプレイヤーが単純にさらに強くなる可能性が考えられます。そもそも大規模言語モデル(LLM)を本格的な規模でトレーニングおよびデプロイするために必要なリソースやデータの蓄積がある時点で、既存企業のほうが最初から有利なのです。AIの世界では、独自のデータこそがこれからの時代の「石油」だとさえ言われています。既存の企業なら、この強みを活かして自社製品にLLMを導入するだけで、顧客にさらに優れたソリューションを提供することができるでしょう。誰もがLLMを利用できるということは、顧客ロックインや、より優れたプロダクトの提供に必要な自社データの有無こそが競争力を分けるポイントになるのです。
例えば、顧客のワークフローやデータベースにすでに完全に組み込まれているSaaSソリューションであれば、LLMを導入することで多くのプロセスの効率化や分析の高度化を実現し、さらには業務改善の提案にもつなげることができるでしょう。
しかし、スタートアップに好機をもたらす可能性もある
一方で、歴史的に見れば多くの場合、新しいテクノロジーはスタートアップにとって新たな機会を生み出してきました。例えば、以前の「モバイルシフト」ではスタートアップが新しいパラダイムに対応したサービスをいち早く開発し、対応も準備も遅れていた既存の競合企業から市場シェアを奪取するなどのチャンスを生み出しました。メルカリが良い例です。以前はヤフオクが国内のインターネットオークション市場で圧倒的なシェアを誇っていましたが、メルカリがスマホ専用オークションプラットフォームとして登場したことで業界は一変しました。「スマホに完全に最適化されたソリューション」だけでメルカリは大躍進を遂げたのです。InstagramやWhatsAppも、Facebookに買収されなければ同じような展開でFacebookを圧倒していたかもしれません。そして同様に、AI革命もスタートアップにこのようなチャンスをもたらす可能性があります。というのも、既存のプレイヤーも結局は新技術の導入に関してはスタートアップほど迅速に動けないかもしれないからです。基本的には、前の時代に合わせて作られた土台から進化させるよりも、ゼロから構築したほうが簡単なのです。
Andreessen HorowitzのAlex Rampell氏も、同社の公式ブログで「スタートアップと既存企業の戦いは、既存企業がイノベーションを得る前に、スタートアップが市場を取るかどうかで決まる」と言葉巧みに表現しています。これはAI革命にも当てはまることです。とはいえ、今や大企業の有能な経営幹部なら誰もが「イノベーションのジレンマ」という本を読んだことがあるか、内容について知っていることでしょう。つまり今の時代、すでにテクノロジーネイティブな既存企業なら先人たちほど新技術への順応も遅くないかもしれないのです。一方で、変化の必要性を認識することと、政治的な壁や現状に対する満足や怠慢と対峙しながら実際に組織を動かすことはまったく別の次元の話になるでしょう。
AIがSaaS導入のギャップを埋める
ITリテラシーやモチベーションの低さなどを理由に、SaaSの普及が遅れている業界、国や地域はまだ数多くあります。LLMが提供する直感的なチャット・インターフェースなら、この「ギャップ」を橋渡しする形でより高い普及率を促進することも可能です。例えば、Coral Capitalの投資先の1つであるkikitoriでは、国内の農産物流通センターで働く人たちの仕入れ調整や請求書の発行、売上管理などを始めとした多くの業務をすべてLINEのチャットアプリで行えるチャット型ソリューションを提供しています。農業流通業界で働く人たちは年配の世代が多く、「SaaS」を人生で一度も利用したことがないかもしれません。しかしLINEなら使っていて、チャット・インターフェースの使い方も理解しています。LLMの導入がさらに直感的なインターフェースを実現すれば、SaaS導入のハードルがよりいっそう下がることが期待できるでしょう。
「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の解消
最後に、LLMは「ヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-loop)」、つまり人間がプロセスに介入することをまだ必要とする既存のソフトウェア・ソリューションの領域でスタートアップにビジネスチャンスをもたらす可能性があります。例えばカスタマーサービスや不正検知、法律関係の調査、会計などの業務も、LLMを活用すれば自動化できるかもしれません。これにより人の労力をもっと創造性の高い、戦略的な課題に割けるようになるでしょう。また、これまで不可能、もしくは想像もしなかったような新しいプロダクトやサービスにつながる可能性もあります。
AI革命はまだ初期の段階にありますが、多くの業界に変革をもたらすポテンシャルがあります。それは過去のパラダイムシフトと同様に、これまでの業界のスタンダードが通用しなくなることも意味します。既存企業がLLMを自社のプロダクトやサービスに導入することで、単純にさらに強くなる可能性がある一方で、スタートアップが新しいパラダイムに対応したプロダクトを開発し、既存企業からあっという間に市場シェアを奪う好機が訪れる可能性もあるのです。LLMには、依然としてSaaSの導入が遅れている業界や分野との「ギャップ」を橋渡しする力もあります。また、LLMを活用した自動化により、人の労力をもっと創造的で戦略的なタスクに割けるようになるでしょう。この革命が具体的にどのような未来をもたらすかは、現時点ではまだわかりません。しかし、AIに世界を変えるポテンシャルがあることは明らかです。そして既存企業であれスタートアップであれ、今後数年のうちにいかに早く進化し、このチャンスをものにできるかが、AI時代の新たなリーダーの座をめぐる勝敗を分けることになるでしょう。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital