最近のAIの台頭を除けば、現在、日本で最も注目を集めているスタートアップカテゴリーはおそらく「SaaS」でしょう。多くのファンドが今、B2B SaaSへの投資に注力しています。そして、強力なチームを持ち、MBA取得者なら誰もが納得するほど有望なビジネスチャンスを追求しているスタートアップを巡り、競争が激化しているのです。SaaSがなぜ日本でこれほど注目されているかというと、プレイブック(戦略やノウハウ)が比較的シンプルで、主要な指標がすでに確立されている点が大きいでしょう。かつてデミング博士が、後に「総合的品質管理(TQM)」と呼ばれる品質管理の原則を日本に持ち込み、そこから日本が製造業の強国へと躍進したように、日本は確立されたプレイブックに基づいて発展させることが非常に得意なのです。
以前からこのように活気があったわけではありません。実際、2016年に私が参加したカンファレンスでは、「有望な機会はすべて取り尽くされてしまったようだ」とVCたちがパネルディスカッションで嘆いていたのを覚えています。ブロックチェーンやライブコマースならまだ希望があるなどと話していましたが、SaaSについては一言も触れていませんでした。一方で、当時のCoral Capitalは、SmartHRの持分をできる限り増やそうと静かに投資を進めていました。同社は、今ではここ10年で最も重要な日本のSaaS企業の1つとして注目されています。
Coralはほかにもカケハシやカミナシ、hacomono、primeNumber、dinii、movなど、多くのSaaS企業に投資してきましたが、確かに1,000億円超の企業価値に到達することが期待できる機会は、近年ますます少なくなってきています。その限られた機会を巡る投資家間の競争が激化し、評価額をつり上げているのが現状です。幸い、Coralはタイミング良く上記の企業に投資できたため、投資額に対して大きなリターンを見込んでいます。しかし、今後はどうでしょうか。これほど多くの投資家がSaaSに注目している中で、新たな世代のSaaS企業からも同じようなリターンを得ることはできるのでしょうか。
そこでSaaS業界に新たな息吹を吹き込むのが、LLMであると私は考えています。同じ問題に対してまったく新たなアプローチからソリューションを生み出すLLMにより、今後も様々な機会が創出されることは確かです。一方で、私たちが投資してきたような既存のSaaS企業も、AIを導入してプロダクトを大幅に強化させていくでしょう。今後、これらの企業が成長を重ね、その中から各業界のSaaSスタートアップの「勝者」が決まる可能性が高いと言えます。そうすると、アーリーステージの投資の見極めがより難しくなり、レイターステージへの投資が好まれる傾向が強まるかもしれません。
以前にも書きましたが、今後スタートアップが活躍できる可能性があるのは、「AIネイティブ」なプロダクトにより従来のビジネスモデルを根底から覆すことができる分野でしょう。例えば、会計士や弁護士向けに業務支援ソフトウェアを提供するのではなく、会計士や弁護士の仕事そのものを代行するAIを、人がやるよりも大幅に安い価格で提供するのです。ここまでくると、もはやそれはSaaSではなく別物です―、実務者そのものとして仕事をする「フルスタック・スタートアップ」と呼ぶべきでしょう。
サブスクリプションサービスに関しては、多くの話題がB2Bに偏りがちです。しかし、NetflixやSpotifyのようにB2Cのサブスクリプションで大きな成功を収めた企業もあることを忘れてはいけません。AIが生み出すこの新しい波は、B2BとB2Cの両方にビジネスチャンスをもたらすと私は予想しています。今後、両方の分野についてもっと詳しい話が聞けることを楽しみにしています。特に今、AIの時代は胎動期にあります。どのようなプレイヤーが次世代の大手企業になるかはまだ明らかではありません。しかし、その未来を想像し、構築し、そして投資するのに間違いなくエキサイティングな時期であることは確かでしょう。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital