最近よく考えることのひとつが、「幸せ」と「充実」の違いです。この2つの概念は一見、互いに大きく重なり合っているように思えます。しかし、実際には相反することも多いのではないでしょうか。
「充実感」は簡単に手に入るものからは得られません。例えば、苦労して稼いだお金のほうが、相続でもらったお金よりも価値があると多くの人は感じるでしょう。運動も、やっている最中は苦しくても、努力の成果が見えてくれば深い満足感を得られます。私には子どもがいませんが、子育てほど大変で、充実感の得られる経験はほかにはないと周りからよく聞きます。
皮肉にも、「短期的な不幸」は「充実感」を得るために不可欠な要素なのです。そして、「充実感」は「長期的な幸せ」に必要な要素です。これらの概念は互いに関連していますが、同じものではありません。ですから、誰かが「幸せになりたい」と言ったとき、それが短期的な意味なのか長期的な意味なのか、疑問に思うことがあります。もし後者であれば、深い充実感がもたらす長期的な幸せを得るためには、短期的に何らかの不幸を経験しなければなりません。
私の見たところでは、これは起業家としての人生においても繰り返し出てくるテーマの1つです。最も成功した起業家たちは、その最中では特に幸せそうに見えないことが多いものです。Elon Muskもかつて、起業を「奈落の底を見つめながらガラスを食べるようなものだ」と例え、会社の存続が常に脅かされる中、取り組みたくない問題に取り組まなければならない辛さを強調しています。彼は起業家の現実を次のように生々しく語っています。「起業家になれば、毎日が会社が潰れるかもしれない危機との闘いです。そして自分が取り組みたいことには取り組めず、会社として取り組まなければならない問題への対処に追われる。まさにガラスを食べるような日々です」。
同様に、NVIDIAのJensen Huangも会社を作ることの予想外の難しさを次のように語っています。「会社を育て、NVIDIAを作ることは、私たちの誰もが予想していたよりも100万倍難しいことでした。当時、私たちが経験することになる痛みや苦しみ、屈辱や恥、そしてどれほど不安定な立場に置かれ、どれだけの困難に耐え、どれだけの問題や失敗に直面するかを最初に知っていたら、誰も会社を始めようとしなかったでしょう」。
ハリウッドの大手タレントエージェンシー、CAAの創設者であるMichael Ovitzも、著書の中で自身の苦難の経験を語っています。 「会社のエントランスをくぐるたびに、高校の期末試験前のような寒気に襲われました。コストや諸経費を賄うために、今日はいくら稼がなければならないのか。もし事業の変動により資金が尽きてしまったらどうするのか。デスクに座って仕事を始めれば、一時的には焦燥感が収まるのですが、この不安はCAAを辞める日まで続きました」。
実際、起業家の間では「不満」や「困難」、「失望」、「恥」、「不安」といった言葉がよく出てきます。世界や自分の現状に対する不満が、新しいことを始めようとする原動力となり、起業家精神を刺激するのでしょう。そして、大きな変化を実現する道のりには、困難や失望、恥、不安などがつきものなのです。
個人的なことを言えば、私も常にいろいろなことに不安を感じています。どれほど成功しても不満が残り、細かいことをあれこれ気にして「これのせいですべてが台無しになるのでは」と心配してしまうのです。ちなみに、私のストレングスファインダーの結果では、「ポジティブ」の資質は34段階中30位と最下位に近いランキングでした。現状に満足せずに進み続けるためには、心配性なくらいなほうが良いと考え、Coral Capitalのバリューの1つとして「パラノイアであり続ける」を掲げているほどです。
結局のところ、起業家は幸せなのでしょうか。答えは複雑です。今は幸せかと聞かれれば、おそらく「ノー」と答える人が多いでしょう。しかし、後から振り返ってみれば、答えは「イエス」に変わるのではないでしょうか。起業の道のりは、痛みや苦しみに満ちています。しかし、その痛みや苦しみが深い充実感をもたらし、最終的には何年もあとに違った形の、より深い幸せにつながるのでしょう。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital