シードからシリーズBまでのアーリーステージのスタートアップは通常、エンジェル投資家やVC、CVCから資金を調達します。しかし、シリーズC以降に進むにつれて、求める資金量も20億円以上となり、関わる投資家層も大きく広がります。この変化は、スタートアップが株式公開を検討し始める時期と重なることが多く、上場市場の投資家とも関わるようになります。具体的には、プライベートマーケットにもときどき投資する上場投資家、つまりヘッジファンドや上場投資部門を持つ金融機関などがこれに該当します。
Coral Capitalでもこのような大型の資金調達ラウンドに数多く関わってきましたが、その中で起業家やCFOからよく耳にした希望が、「IPO後も株式を長期にわたって保有してくれる上場投資家から資金を調達したい」というものです。しかし、この場合の「長期」とは、具体的にどの程度の期間を意味するのでしょうか。
上場市場における株式保有期間の現実
投資家によって戦略は様々ですが、「長期志向」とされる上場投資家のほとんどは、一般的に1~4年間ポジションを保有します。流動性の制約により、保有期間が自然と長くなるプライベートマーケットとは対照的です。上場市場は、ポジションを売却する上で、プライベートマーケットと比べてはるかに柔軟性が高いです。投資している企業に対する期待が薄れたときや、資金を再配分したいとき、または自身の投資家に資金を返還しなければならないときなど、様々な理由で株を速やかに売却することができるのです。長期的に株を保有し続けなければならない義務もなく、ビジネスとして株を運用しているのですから、リターンを最大化するために動くのは当然のことです。
「クロスオーバー投資家」のマーケティングピッチ
では、スタートアップが抱く長期保有の期待はどこから来ているのでしょうか。実は「クロスオーバー投資家」、つまりプライベートマーケットにも投資する上場投資家の多くのマーケティングピッチの一部なのです。空売り中心で、いわゆるショートポジションを取る短期投資家と差別化するために、自らを「ロングオンリー」のヘッジファンドとしてブランディングしているケースも多いです。そしてスタートアップに対し、IPO後も株式を保有し続けるつもりだと説明するのです。最初はその意図で投資するのかもしれませんが、実際に保有しつづける保証はなく、スタートアップの経営陣が想像しているよりもはるかに短い保有期間で終わることが多いでしょう。
また、ヘッジファンドの場合、必ずしも運用会社の判断だけで保有か売却かを決められるわけではありません。ヘッジファンドには独自の投資家基盤があり、投資家に償還を求められたら応じなければならないからです。償還の条件はさまざまですが、一般的には四半期ごとに償還の機会があります。つまり、ヘッジファンドに投資した投資家は、同じ年内に資金の返還を求めることができるのです。そして投資家に償還を求められた場合、ヘッジファンドはそれに応じるしかありません。これは、VCファンドが通常、ファンド組成から10~12年間はファンド出資者が資金を引き出せない契約を結んでいるのとは極めて対照的です。
ヘッジファンドがプライベートマーケットに投資するとき、多くの場合は「サイドポケット」と呼ばれる、ベンチャーキャピタルに近い条件の別勘定が設けられます。しかし、サイドポケットのストラクチャーにもよりますが、投資先の企業が上場した時点で、ファンドの運用期間が終了する前に売却するか、四半期ごとに償還サイクルのある上場ファンドに保有株を移さなければなりません。つまり、上場市場に十分な流動性がある限り、実質的にいつでも売却できるようになるということです。
上場市場に投資する金融機関の場合、多くは自己資金を使って投資しています。そのため、外部からの影響をそれほど受けずに、より長期的な運用を行える可能性があります。ただし、他の投資家と同様に、金融機関も定期的にポートフォリオを再評価します。おそらく世界で最も長期志向の投資家の1つであるウォーレン・バフェットのバークシャー・ハサウェイでさえ、平均保有期間は約7年です。
ベンチャーキャピタルの視点
ベンチャーキャピタルも最終的には持分を売却する必要がありますが、ファンドのストラクチャーやプライベートマーケットの性質上、すぐに売却することは困難です。これはVCの欠点でもあり、特徴でもあります。VCファンドでは、少なくとも10年間は資金を引き出せないことを事前にファンド出資者に説明し、契約を結びます。また、プライベートマーケットに特化しているため、売却の機会自体が圧倒的に少ないです。さらに、市場取引によって評価額が日々変動することもなければ、パンデミックなどが持分の価値にリアルタイムで突然影響を及ぼすこともありません。こうした特徴により、長期的な視点で投資せざるを得ないのですが、これはスタートアップ投資にとって多くの場合、良いことでもあります。会社を成長させる過程はジェットコースターのように浮き沈みが激しく、その中で感情的にならずに冷静な投資判断を下すのは非常に難しいからです。
メリットと現実のバランス
私がこの記事を書いたのは、スタートアップ企業が上場投資家から資金を調達することを否定したいからではありません。上場投資家から資金調達することには、確かにメリットもあります。例えば、かなり多くの資金を調達する必要がある場合、上場投資家のほうがはるかに大きな資金プールにアクセスできます。また、上場投資家のほうが一般的に、上場市場で会社がどのように評価されるかについて深い理解を持っているため、事業やストーリーの伝え方について有益なフィードバックを提供できるでしょう。
しかし、上に述べたような上場投資家の事情や実際の行動について十分に理解せずに、スタートアップが「IPO後も長く保有する」というセールスポイントを過大評価してしまう傾向があることについては注意が必要だと思います。どの投資家も最終的には持分を売却しますが、それがどのタイミングで行われるかについては、各投資家の投資ストラクチャーやインセンティブが大きく影響します。スタートアップがレイターステージの複雑な資金調達を成功させ、上場企業としての準備を整えるためには、こうしたダイナミクスを理解することが極めて重要です。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital