多くの発展途上国では、「頭脳流出」が以前から問題となっています。自国の優秀な人材が、より良い雇用機会や賃金、労働条件を求め、豊かな国々へと流出してしまうのです。日本も長年、その受け入れ先の1つでした。しかし、潮目が変わりつつあり、今では日本自身が、発展途上国を長年悩ませてきたこの問題に直面しています。
その最も大きな原因は、日本の賃金が長らく停滞し、場合によっては減少さえしていることです。円安により、日本の給与の国際的な競争力が相対的に低下していることも影響しています。しかし、問題の根本はさらに深いところにあります。日本の企業ではここ数十年にわたり、海外の企業と比べて賃金がほとんど引き上げられていないのです。
これは円ドルレートだけの問題ではありません。日本には、トップクラスの人材に超高額の報酬を支払うことに対する根強い文化的な抵抗があります。 シリコンバレーでは、スターエンジニアやマネージャー、クリエイターに多額の報酬が支払われる一方で、日本の企業文化には依然として大きな賃金格差を嫌う傾向が残っています。 そのため、人材の流動性が低く、優秀な人材を引き留めるための金銭的なインセンティブを提供できない環境となっているのです。
その結果、今や日本でさえも頭脳流出が起きています。特にテクノロジーや金融、バイオテクノロジーなどの分野では、より良い待遇を求めて海外に目を向ける人が増えています。この問題に対処しなければ、今後も日本は、より高い報酬を提示する国々に自国の最も優秀な人材を失い続けるでしょう。そして、この傾向が続けば、人材流出はさらに加速し、グローバルな競争に苦戦するかもしれない労働力しか国内に残らない事態になりかねません。
日本がこの頭脳流出を食い止め、世界トップクラスの人材が集まる「ハブ」となることを目指すのであれば、競争力のある賃金を提供することが不可欠です。高い報酬は、国内トップクラスのエンジニアや科学者、エグゼクティブ人材を引き留めるインセンティブとなり、同時に世界中のトップ人材を惹きつける手段にもなるでしょう。実際、ベトナムは数多くの優れたエンジニアを輩出していますが、トップ人材の多くは日本には目もくれず、真っ先にシリコンバレーに向かうそうです。その理由は単純で、シリコンバレーでははるかに高い報酬が得られるからです。一方で、日本に来るのは「二流」とされる人材や、日本が好きだから賃金が低くても構わないと考える人が多いようです。
また、海外の優秀な人材を惹きつけることも重要ですが、海外へ移住した多くの優秀な日本人に目を向け、呼び戻すことも検討すべきです。彼らは母国に対する強い愛着やつながりを持ち続けていることが多く、適切なインセンティブを提供すれば帰国を促すことができるかもしれません。外国からの人材を新たに呼びこむよりも、海外在住の日本人を呼び戻すほうが容易である可能性もあります。ただし、いずれの場合も、より高い給与水準が解決策の一部になるはずです。
外国人による典型的な日本評論に聞こえる危険を承知で、あえて強調させてください。日本が頭脳流出を食い止めたいのであれば、トップクラスの人材に相応の報酬を支払うことに対する文化的な抵抗を捨てなければなりません。人材市場がグローバル化し、競争が激化する中で、賃金の差は非常に大きな影響をもたらします。もちろん、報酬がすべてではありませんが、海外との賃金格差が場合によっては2〜3倍にも広がっているのが現状です。トップクラスの優秀な人材は、他の人の10倍もの成果を上げることが可能です。つまり、優秀な人材に高い報酬を支払い、代わりに採用人数を減らすことは、数字の上でも理にかなっているわけです。この問題に真剣に取り組まない限り、日本がグローバルリーダーとしての地位を維持することはますます難しくなるでしょう。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital