Coral Capitalの投資先の1つであるダイニーのCEO、山田真央さんが『「1塁打」を狙う日本のVCに、存在価値はあるのだろうか?』というブログ記事を先日公開しました。日本のVC(および起業家)の考え方のスケールが小さすぎると批判する内容でしたが、これを読んだ当初、正直なところ私は複雑な気持ちになりました。資金調達の発表にあえてこのような論調を加え、物議を醸してまで注目を集める必要があったのかと疑問に思ったのです。また、国内で不要な敵を作るリスクもあり、戦略的に見て慎重に検討すべきだったかもしれないと感じました。
とはいえ、釣りタイトルだったかどうかは別として、彼の主張には一理あります。 スタートアップ業界全体の傾向として「小さく考えすぎている」のは事実です。多くのプロジェクトは、既存のプロダクトを少し改良したり、ちょっとした変化を加える程度のマイナーチェンジにとどまっています。しかし、本当に意義のあるスタートアップというのは、世界を変え、莫大な価値を生み出すものです。そのためには「月に届くほどのホームラン」、つまり「ムーンショット」を狙うべきなのです。
Coral Capitalではこれまでに何千ものスタートアップ企業を見てきましたが、その経験から確かに言えることが1つあります。それは、ほかと一線を画し、私たちを最もワクワクさせるのは、「一見、解決不可能に見える問題に取り組む企業」であるということです。まさに唯一無二の「N=1」の企業です。 写真共有サービスやセールステックのような既存の分野ではなく、不妊治療やがんの克服、あるいは交通手段の革命といった革新的なプロジェクトに挑戦している企業にこそ、私たちは惹かれます。
「リーンスタートアップ」の理論は、その狙いは良いものの、結果として「小さく考えすぎる」世代の起業家や投資家を生み出してしまいました。最低限のプロダクトを作り、短期間で開発サイクルを回すことが起業家の間で主流となってしまったのです。この手法はアイデアを試す上では効果的かもしれませんが、長期的に考える上では全く不向きです。私たちは「フェイルファスト」に捉われすぎて、大きな夢を描くことを忘れてしまったのかもしれません。山田真央さんはこれを日本特有の問題と考えているようですが、実はこの傾向は米国でも広がっています。実際、Founders Fundの代表作『Manifesto』や『Choose Good Quests』が書かれたのは、この「小さく考える」傾向に問題提起するためでした。ただ、日本ではスタートアップ企業が比較的早期に上場できるため、小規模な成功で安定した利益をあげることが可能であり、「一塁打」レベルのビジョンに甘んじる傾向が一層強まっているというのはあります。
しかし皮肉なことに、ムーンショットは一見リスクが高そうに見えて、実際には大成功を収める可能性が他のスタートアップよりも高いのです。その理由は、単により大きな課題に取り組んでいるからだけではありません。ムーンショットを追求すること自体が、スタートアップの運営を根本から変えるからです。
まず、ムーンショットを狙う企業には優秀な人材が集まります。トップ層のエンジニアや研究者は、広告のクリック率を最適化するようなプロジェクトには惹かれません。それよりも、困難でありながら重要な課題に取り組みたいと考えるものです。たとえば、現場で働く人たちの日常の革新や、持続可能な核融合エネルギーの実現といった挑戦的なプロジェクトであれば、傭兵ではなく、使命感を持った優秀な人材が集まるでしょう。自社の存在意義やストーリーを語る際にも、ムーンショットのほうがずっと説得力が増します。このストーリーテリングは人材採用に限らず、資金調達やPR、事業開発など、企業を築く過程で人の心を動かす必要があるすべての場面で役立つでしょう。
また、ムーンショットを追求することで独占的なシェアを獲得できる可能性が高まります。小さなアイデアには多くの競争相手が存在します。しかし、それまで不可能または非現実的と考えられていたことを成し遂げれば、競争相手はほとんど、あるいはまったく存在しないでしょう。NVIDIAやSpaceXも、多くの人が目を向けていなかった分野で何十年も努力を重ねた結果、今のような巨大企業に成長できたのです。
さらに、ムーンショットを狙う企業は、スタートアップならではの浮き沈みに対してより適応力があります。どの企業にも厳しい時期は訪れますが、本当に意義のあることに取り組んでいると、そのような困難な時期でもモチベーションを維持しやすくなります。チームの士気も高く保たれ、投資家も(適切なパートナーを選んでいれば)根気よく見守ってくれるでしょう。
しかし、最も重要なのは、ムーンショットに挑戦することで得られる充実感かもしれません。スタートアップを立ち上げることは非常に大変で、多くの苦労や困難が伴います。それほどの努力をするのであれば、せっかくなら本当に意義のあることに取り組むほうが、やりがいがあるのではないでしょうか。成功すれば、何世代にもわたってその名を残す企業になれるかもしれません。
もちろん、ムーンショットを追求することにはリスクが伴います。ほとんどは失敗に終わるでしょう。しかし、ムーンショットであろうとそうでなかろうと、現実にはほとんどのスタートアップが結局失敗します。それなら、会社を立ち上げる(または出資する)リスクを取るのであれば、思い切ってホームランを狙ってみてはいかがでしょうか。友人や家族に誇らしく語れるような、意義のあるプロジェクトに挑戦するのです。
もし会社を立ち上げようと考えているなら、どんなプロダクトを作るかだけでなく、「どんなストーリーを語れるか」も考えてみてください。採用候補者や投資家、顧客、報道関係者、さらには彼らの友人や家族に、自分の会社をどう紹介するかを想像してみましょう。それは、自分にとって何年も取り組めるような課題でしょうか。成功すれば世界を本当に変えるような取り組みでしょうか。また、それが単なる小さな改良を提供する会社になるのか、それとも世界で唯一無二の会社になるのか、じっくり考えてみてください。どちらに取り組む価値があるかは、明らかではないでしょうか。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital