先週、Coral Capitalの投資先スタートアップ向けに「米国投資家からの資金調達」をテーマとしたクローズドイベントを開催しました。ゲストとしてNew Enterprise Associates (NEA) のAndrew Shoen氏をお招きし、NEAの投資プロセスについて学ぶとともに、彼が米国の投資先企業に実際に提供しているアドバイスを直接伺える貴重な機会となりました。
今回の機会を通じて、米国と日本におけるスタートアップ資金調達の特徴をより深く理解し、その違いを具体的に整理することができました。以下に、私が気づいた主な相違点をいくつかご紹介します。
米国ではデューデリジェンスの途中でタームシートを締結する
米国では通常、ビジネスデューデリジェンス(ビジネスDD)が完了した後、財務および法務DDが始まる前にタームシートを締結します。このことから「米国の投資家はオファーを出すのが早い」と語る起業家もいますが、この「オファー」が実際に何を意味しているのかを明確にしなければ、正確な比較にはなりません。
多くの米国の投資家は、ビジネスDDを完了した段階でタームシートを起業家に提示します。その後、法務および財務DDに3~5週間を要するため、タームシートの提示(オファー)からクロージング(契約締結)までには通常1~2ヶ月かかります。また、タームシートにはほぼ例外なく「ノーショップ条項」が含まれており、この期間中、スタートアップは他の投資家との交渉が禁じられます。仮に条項に違反した場合、違約金やその他のペナルティが発生することもあります。デューデリジェンスにかかるコストを考えると、こうした条項は投資家にとって合理的と言えるでしょう。一方で、スタートアップ側にとっては、投資家が最終的に撤退した場合、貴重な時間や資金(ランウェイ)が無駄になるリスクを伴います。
日本と米国では、タームシートの立ち位置や使われ方が異なります。オファーは口頭または署名を伴わない書面(日本におけるタームシート)で提示されることが多く、契約書の締結はすべてのデューデリジェンスが完了した後になります。このようにオファーの形式には違いはあるものの、クロージングまでの全体的なプロセスを考慮すると、米国と日本のVCの出資スピードには言われているほどの大きな差はないと考えられます。むしろ、全体としては予想以上に似たペースで進むことも少なくないでしょう。
評価額は完全希薄化ベースで提示される
米国では、タームシート上の評価額は完全希薄化ベースで提示されます。これは、資金調達時にストックオプションプールが導入または拡大された場合、その希薄化の影響を受けるのは既存株主であり、新規投資家には影響しないことを意味します。例えば、スタートアップ企業が10億円のポストマネーバリュエーション(調達後の評価額)で20%のオプションプールを新たに設けた場合、たとえタームシートに8億円のプレマネーバリュエーション(調達前の評価額)と記載されていても、既存株主にとっての実質的なプレマネーバリュエーションは6億円にまで下がる可能性があるのです。このように、オプションプールによる希薄化の負担が既存株主に集中する仕組みは「オプションプール・シャッフル」と呼ばれ、米国では一般的に採用されています。
こうした仕組みによって、米国のタームシート上の評価額やストックオプションプールのほうが、一見するとより有利な条件に見える場合があります。しかし、実際にはそう単純であるとは限りません。起業家は契約内容や条件を慎重に精査し、その影響や実態を十分に把握する必要があります。ちなみに、オプションプール・シャッフルは日本でも時折用いられるものの、米国ほど一般的ではありません。こうした違いを把握することは、米国と日本の出資条件を正確に比較する上で欠かせない要素と言えるでしょう。
双方の弁護士間で直接的なやり取りが行われる
もう1つの大きな違いは、資金調達プロセスにおける弁護士の関わり方です。日本では、弁護士は主に裏方として、スタートアップやVCに対して交渉や資金調達プロセスに関するアドバイスを行います。一方、米国では、双方の弁護士が直接やり取りを行い、契約締結までのプロセスにおいてより大きな役割を担います。
タームシートの締結後、双方の弁護士が緊密に連携して財務および法務デューデリジェンスを実施し、最終的な契約内容を確定します。通常、以下のような点で協力が行われます。
- デューデリジェンス:投資家の法務チームが、対象企業の法務および財務状況について包括的な調査を行います。この調査では、企業の実在性や株式の所有状況、知的財産、潜在的な債務などを確認することが一般的です。
- 資料の請求と精査:投資家の法務チームが、必要な資料を列挙した詳細なリストを企業に提供します。通常、これらの資料は企業側によってデータルームに整理され、効率的に共有されます。追加の説明や資料の提供が求められることもよくあります。
- 契約書の作成と交渉:タームシートに合意した後、投資家側の弁護士が投資契約書や改訂版の定款、その他の必要書類を作成します。 その後、企業側の弁護士がこれらの草案を精査し、契約条件について交渉を行います。
- デューデリジェンスの調査結果への対応:デューデリジェンスの過程で課題や懸案事項が明らかになった場合、双方の弁護士が協力してそれらに対応し、解決を図ります。追加の条項の作成したり、さらなる説明や明確化が求められることもあります。
- 最終的な契約内容の確定:双方の弁護士が協力し、タームシートおよびその後の交渉で合意された条件を反映させた上で、必要なすべての法的書類の最終版を作成します。 ここまでのプロセス全体には通常4~6週間かかります。その間、弁護士はクライアントの利益を保護し、法令遵守を確実にする上で重要な役割を担います。
日米のギャップの橋渡しとなる
資金調達のやり方に「正解」はありませんが、米国と日本を比較する際、特にXなどのSNSでは重要な背景が省略されがちです。しかし、背景知識や情報を十分に共有しない限り、本質を捉えた議論は難しいと言えるでしょう。
米国投資家が日本市場に参入しはじめる中、こうした相違点を理解することがますます重要となっています。幸い、Coral Capitalではこれまで多くの投資先企業に対し、米国のファームからの資金調達をサポートしてきた実績があります。米国と日本の両方の視点を理解することが求められる中で、両国のエコシステムについて貴重な知見を得る機会にも恵まれてきました。今後も、米国と日本におけるベンチャーキャピタルの慣行の違いを橋渡しするため、引き続き尽力してまいります。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital