先日、Coral Capital 創業パートナーCEOのJames Rineyがブログで書いたように、私たちは月間300〜400社の新しく生まれるスタートアップを見て出資を検討し、そのうち1社か2社に実際の投資をさせていただいています。起業家の方から直接ご連絡いただくケースがいちばん多いのですが、すでに起業している方から紹介していただくケースや、こちらからご連絡するケースもあります。
VCから出資を受けるスタートアップの起業モデルは、日本でもここ数年で一気に知られるようになりました。しかし、実際に起業家とVCの間でどういうコミュニケーションが行われて、どういうロジックで出資に至るのかということは、あまり知られていないのではないでしょうか。
そこで、個別の出資案件について、どういう経緯で出資するに至ったか、そのリアルなところを連載記事として、これから毎週1本のペースで掲載していこうと思います。これを書いている西村は2019年8月にCoral Capitalにジョインしたばかり。もともとITジャーナリストだったこともあり、「中から見たVCのロジック」(もしくは勝ち筋)には興味津々です。創業パートナーの澤山は、投資ロジックの大部分は外向けに話ができるし、そうすることで、今後起業しようと思われている方の参考になるのでは、と話しているのでした。
Coral Capital創業パートナーの澤山陽平(左)とパートナー兼編集長の西村賢(右)
なぜ、レッドオーシャンのC向け動画で出資したか
現在約50社あるCoral Capitalのポートフォリオのうち、本連載で取り上げる1社目は、2017年7月に出資した化粧品ECプラットフォームを提供する「NOIN」(ノイン)です。
もしかしたら、Coral CapitalはB向けやSaaS系スタートアップへの出資が多いという印象をお持ちの方もいるかもしれません。しかし、Coral CapitalでもC向けスタートアップは12社ほど投資させていただいています。B向け、C向け、あるいはAIスタートアップなど、何か特定の切り口を設けたりしていません。
Jamesのブログにあるように、私たちCoralが見ているのは波(マーケット)とサーファー(創業者)です。これに加えて、もう1つ重要な原則があります。その原則を、澤山は「ファウンダーファースト」と言います。
「Coralは投資対象の事業領域をあらかじめ決めているわけではありません。あらかじめ事業領域を決めたり、仮説を持った上で、そこに当てはまる起業家やチームを見つけるというVCもありますが、私たちのアプローチは違います」
「もちろん私たちも波は見ていますが、起業家ほどに見れるわけではありません。次の変化をいちばん知ってるのは起業家のはず。なぜなら24時間365日、ある領域で次にどこにどんな波が来るのかを、ずっと凝視して見ているからです。私たちは波に乗ろうとしているサーファーを見つけたいのです」(澤山)
例えば、Airbnbが良い例ですが、最初は誰もグローバルなホテル市場をディスラプトするとは思っていなかったと思います。しかし、スタートアップが大きく成長するとしたら、最終的には直接的にせよ間接的にせよ、既存市場のディスラプトとなるはずです。それを早期に見つけるためには、自分たちの仮説よりも、起業家の経験や知見に耳を傾けるのが正しい。Coral Capitalは、そう考えています。
NOIN創業者の渡部賢氏は、まさに波が見えていた起業家です。
「NOINの場合、私たちのWebフォームに直接連絡を頂きました。こうした連絡はたくさんいただいていますが、NOINの場合は特に添付のピッチブックのクオリティがすごく高く、よく考え抜かれていることがすぐに分かりました」(澤山)
サーファー(創業者)という点でも、渡部さんは明らかに違ったと言います。「日本の起業家は(特に起業直後は)プレゼンにまだ慣れていなかったりして話がまとまっていないことも多く、面談が1時間では足りないこともあります。渡部さんの場合は30分で聞きたいことが、全部聞けたんです」(澤山)
B向けサービスでは、対象とする業界での経験が長く、ペインをよく理解している起業家にプレプロダクトで出資を決めることは比較的多いようです。一方、C向けサービスにプレプロダクトで出資するというのは、実際にそのサービスが使われるか見えづらいこともあり、なかなか難しい。それでも渡部さんであればやり遂げるだろうという信頼から、出資を即決したそうです。
NOINに出資を決めた最大のポイントは「ECありき」のアプローチと言います。
「当時すでに動画アプリはたくさんありました。でも広告でマネタイズしようと思うと、少なくとも数百万ダウンロードは必要です。そうじゃなくて、まずコマースありき。そこに流し込むための材料としての動画、最初からECで攻めるプラットフォームであれば、今までとは違います。つまり、そもそも動画は手段の一つに過ぎないという点が良い切り口だと思いました」(澤山)
既存動画アプリでも広告を入れたり、コマースを接続したりといったことはしていますし、中国でのライブコマースの盛り上がりはCoral Insights読者なら良くご存じかと思います。ただ、ライブコマースのライバーはYouTuber同様に基本はエンタメです。動画を見るついでに購入にいたるというのが流れです。一方、NOINは買うためにアプリを開く層が大半で、動画はその背中を押すレバーとなっています。
動画はメイクなどのハウツー動画です。NOINの利用は平日の夜9時から10時の時間帯に多いことから、仕事帰りにドラッグストアなどリアル店舗に立ち寄る行動様式を代替しているのではないか、というのが現在の手応え。開いた瞬間から購買意欲が高いため、動画アプリをコマースに繋ぐのと順序が逆で、CVRが高いというのです。NOINの動画は、ドラッグストア店舗における手書きPOPに相当するのかもしれません。
後から鉱脈が見つかることもある
さて、もう1つ興味深いのは、サービス立ち上げ後に見えてきた「鉱脈」です。以下のテレビCMを見ていただければお分かりいただけるかもしれませんが、スタート時に見えていなかったユースケース、あるいはユーザー層に「地方」があるそうです。
流行のコスメアイテムは地方だと入手自体が難しいことがあるようです。最新アイテムが店舗に並ぶのにタイムラグがあるということなのか、最寄りのハブ駅(埼玉県における大宮)に行かないと入手できないのか、その辺りの詳細は分かりません。しかし、動画にある「欲しいの、全然おいちょらん!」(置いてない)という心の叫びに象徴されている地方ユーザー層からのニーズには大きな手応えがあります。CM制作にあたってNOINが行ったユーザーインタビューでも、「街までの交通費でデパコスが買えちゃう」「欲しいのが全然置いてない」「ECで買い物しても北海道って送料別エリアになってることが多くて悲しい」といった声がありました(各種データを開示しているNOINのブログ「NOINを使っているユーザーは誰なのか」に詳しいグラフがあります)。
購入単価も当初想定の2000〜2500円よりも高い4000円となっていて、先日8月26日にはサービス開始1年で売買流通累計額が8億円を超えたとNOINは発表しています。「コスメ版のZOZOを目指す」というNOIN創業者の渡部さんには、私たちに見えていなかった波が、確かに見えていたのだと思います。
Partner @ Coral Capital