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「予定ぎっしり」は創業者ではなく経営者向け

Coral Insights読者なら説明不要の米著名ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセン氏が、自分のスケジュール管理方法について興味深い変化を述べています。2007年の時点では「スケジュール管理はしない」(カレンダーは毎日全て空白!)という極端な方針だったものが、13年ほど経った2020年のインタビューでは真逆に方向転換して、運動する時間や読書時間、睡眠、自由時間も含めて、何もかも自分の予定をカレンダーに入れて管理するようになったというのです。カレンダーにないことはやらないというほど予定を詰め込むようになった、といいます。

この変化は何かを生み出すステージにいる起業家・創業者から、組織をスケールさせる経営者へと変わったことによるものだと言っています。

何かを生み出すときは「空っぽ」のスケジュールが良い

1990年代に世界初の商用ウェブブラウザー「Netscape」を生み出したマーク・アンドリーセン氏も、2007年の時点ではスーパーエンジェルと呼ばれる多数のスタートアップに出資する個人投資家として活動していました。このため、日々のカレンダーは常に空っぽで、その日1日何をやるかは直前まで決めず、「いま最も重要なこと」「いま最も面白いと思うこと」に日々取り組んでいたといいます。1日じゅう何かのレポートを書きたければそれをやり、コードを書きたければそれをやり、カフェで本を読みたければ1日ずっと座って読書をする。そうするためにも、人と会う予定についてすら事前には予定を入れなかったそうです。

これは「フロー状態」でいる時間を長く確保するための合理的なアプローチなのかもしれません。

ソフトウェア・エンジニアの方であれば共感する話だと思いますが、1時間の空き時間が飛び石のように4つあっても、連続した4時間でできるのと同じ仕事ができるわけではありません。頭の中にシステムの構造や関係する箇所の挙動、コーディングの方針などが入った状態で「フロー状態」に入って一気に片付けないと、完遂できない仕事というのがあります。いったん中断すると頭の中にあった情報が霧散して、再開するときに必要な認知負荷が大きく、ロスタイムも大きなものになります。何よりモチベーションは急には高まりませんし、トータルではきわめて生産性が低くなります。

アンドリーセン氏は「スケジュールを決めない」という方針を、アーノルド・シュワルツネッガーについて書かれた書籍から取り入れたそうです。シュワルツネッガーといえば映画スターから政治家、そしてビジネスパーソンへと転身を続けながら成功してきた人物。映画スターからカリフォルニア州知事として打って出たときに、カレンダーが完全に空っぽだったことは成功の重要な要因だった、という逸話をアンドリーセン氏は紹介しています。

結論として、何かを次々と生み出す「起業家モード」のときには、カレンダーに予定を入れないアプローチが有効だということです。

ちなみに、カレンダーが空っぽと言っても、翌日やるべきことを3〜5個ほど夜のうちにリストアップするのだと2007年のアンドリーセン氏は言っていました。これは日本で1716年に書かれた武士の心得の書である「葉隠」にも全く同じことが書かれていて、人類のライフハックの基本形の1つなのだろうと思います。

30分刻みで予定ぎっしりの経営者・マネージャー

アンドリーセン氏は、2007年時点と異なり、2009年には長年のビジネスパートナーだったベン・ホロウィッツ氏と2人で、後に「a16z」の略称で知られることになるVCファームのAndreessen Horowitzを創業しています。今や経営者としての側面が強くなり、2021年のアンドリーセン氏のスケジュールはぎっしりになった、ということです。

それでも大企業のエグゼクティブのように朝8時から夜7時まで30分刻みで会議や1on1、会食の予定が詰まっているのと違って、アンドリーセン氏の予定には「フリーな時間」が予定として入っています。

a16zはVCファームとしては規模が大きめで、スタートアップ支援でも新しい取り組みを組織的に行っています。そうした新しい取り組みについて「考える時間」が必要なこと、そして環境の変化に対応し続けるためにはエグゼクティブ型スケジュールでは無理なことなどを、「フリーな時間」を取っておく理由に挙げています。

30分刻みで隙間なくスケジュールを詰め込む経営者やマネージャーたちはマイクロマネジメントの罠にはまりがちだとも指摘しています。組織内で起こる全てに首を突っ込むことで、いま組織で何が起こっているかが良くわかるというメリットがある一方で、彼らが組織上のボトルネックになるのだ、と。エグゼクティブ型管理職の多い大きな組織では、誰かを捕まえて合意やゴーサインを取り付けるタイミングを逃すと、次に捕まえるまで1、2週間ほど物事が進まなくなることもあります。

「プロダクティビティー・ポルノ」を語る気恥ずかしさ

空っぽのカレンダーか、ぎっしりのカレンダーか。これは単なる個人の考え方やポリシーの変化ではなく、仕事の種類や役割の変化、組織の成長速度や変化率によって最適なスケジューリングは異なるということだと思います。

ちょっと面白いのは、こうした個々人の「生産性ハック」を語ることに対して、アンドリーセン氏が「プロダクティビティー・ポルノ」という言葉を使っている点です。

情報産業で知的生産に関わる仕事をする人々にとって、生産性は組織・制度の問題であると同時に個人的な面があるものです。最近は脳神経科学や心理学の発展もあり、習慣・やる気・意思(ウィルパワー)・注意力などの研究も進んでいます。ところが、こうしたことを表立って語ることには気恥ずかしさがあるのではないでしょうか。だから、まるで1人でこっそり見るポルノのようだというニュアンスで「プロダクティビティー・ポルノ」と呼ぶのでしょう。過度に方法論を語ることに、筋トレの成果をひけらかすかのようなナルシシズムを感じる人もいるのかもしれません。

文化人類学や文明論で知られた故・梅棹忠夫氏が1969年に書いた「知的生産の技術」というベストセラーがあります。同書は日本の生産性ハックや自己啓発本の嚆矢ではないかと個人的に思っているのですが、この本の中で梅棹氏は、まさにこの気恥ずかしさについて触れています。重要であることなのに、日本の知識人は知的生産の技法を見下していて語らなすぎる、もっと積極的に技法をシェアして洗練させるべきだと。50年が経った今も梅棹氏の指摘は相変わらず正しいのかもしれません。生産性ハック・自己啓発本は大量に売られていますし、YouTuberでも激戦ジャンルの1つだと思いますが、知的な人ほどベストセラーを遠巻きに見るように個人の生産性の話を語らない風潮があるように感じるのは私だけでしょうか。

メンバー数の少ないスタートアップの「創業者」から、徐々に会社の経営者になり、そして投資家になるなど仕事内容やロールが大きく変わる人の少なくないスタートアップ業界ですが、皆さんのカレンダーはどのくらい予定が詰まっていますか?

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Partner @ Coral Capital

Ken Nishimura

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