メルカリやUber、Airbnbのように物品やサービスの売買を仲介する「マーケットプレイス」は、さまざまな領域で出てきています。業界特化の商材を扱うニッチなもの、専門人材だけを仲介するものなど、まだまだ可能性の大きな領域です。
マーケットプレイスの中でも市場規模が大きく急成長しているのがBtoBで商材を売買する、卸売の世界。米国発で最近欧州へも進出したFaireは、2016年の創設から2年でユニコーン、そして4年目にしてすでに$7bn(約7,700億円)のバリュエーションとなるなど、凄まじい成長で注目されています。
もしネットに既存マーケットを再現するだけなら2000年頃に起こっていて良かった変化のはずです。なぜ今なのでしょうか? また、日本は現在どういう状況なのでしょうか? 2021年7月に海外VCのSIGやLight Street Capitalパートナー、既存株主のCoral CapitalからプレシリーズAで1.8億円を調達したスペースエンジン代表の野口寛士さんに話を聞きました(聞き手・Coral Capital西村)
※情報開示:スペースエンジンはCoral Capitalの出資先企業です。
Faireは「展示会のDX」
―Faireの勢いがすごいです。2021年6月のシリーズFの$260M(約286億円)の調達時には前回ラウンドから8か月しか経っていないのに、バリュエーションは2.6倍の$7bn(約7,700億円)にもなっています。投資家もY Combinator、Sequoia、Founders Fund、Khosla、などピカピカです。なぜ今になって急速に立ち上がっているのでしょうか?
野口:卸市場に何かブレイクスルーが起こったわけではありませんが、ユーザーが求めていることに応え、マーケットプレイス特有のバイラルが大きく機能しています。また、米国で発生させたバイラルをヨーロッパに持ち込み、成長を加速させています。具体的には、ヨーロッパ展開を開始してから、わずか4週間で$50MのGMVを達成していますが、これはアメリカでは2年かかった数字です。
―2年分を4週間で達成というのはすごいですね。異常な速さ。
野口:夢がありますね。米国でマーケットプレイス特有の「ニワトリ卵問題」を既に解決しているので、ヨーロッパ進出の際にはそのユーザー基盤を利用することができます。ヨーロッパでのGMVの70%が米国からのクロスボーダーなので、まさにマーケットプレイスの武器を最大限活かし成長しています。
―しかし、なぜ2016年スタートのFaireが伸びてるのでしょう? 例えばeBayは1995年スタートです。なぜ、BtoBは今なんでしょうか?
野口:Faireのここ最近の急激な成長は展示会のDXが大きな要因です。アメリカの中小規模の小売事業者も日本と同様、メインの仕入れ機会は「展示会」でした。ただ、展示会への参加は、飛行機などの移動費、現地での宿泊費、展示会参加費など、もし買付が上手くいかなくても大きなコストがかかります。そんな折、コロナ禍による展示会中止、変わらざるを得ないタイミングで、Faireは展示会で商品を探すニーズを吸収し大きな成長を遂げています。
展示会に加えてもう1つ、アメリカの小売りでは州ごとに販売代理店を立てて卸販売を行うことが一般的ですが、ブラックボックスの代理店制度もある種DXの遅れの一因にもなっていました。Faireも初期は代理店との戦い巻き込まれていたようです。
返品率20〜30%に慣れた「Amazon世代」に対応
―今にして思えば、2005年創業のEtsyなども一時期は、かなり似た領域を攻めていたように思いますが、何が違ったんでしょうか?
野口:そうですね、EtsyはEtsy wholesaleというtoB卸向けサービスを展開していましたが、当時業績や社長交代など本業への株主からのプレッシャーもあって(?)早々に撤退しています。時代が少し早すぎたんですかね。今、Faireが伸びている理由として、ShopifyやD2Cブランドが大きく成長したという時代背景も見逃せません。
もう1つ時代背景として、ECと言えばAmazonですが、米国では確か返品率が20〜30%あるんです。米国Amazonでスマホケースを販売している知人も返品の山に困っていました。この「返品」をFaireがtoBにも持ち込んだ点は新しく、Amazonでの返品込みでの買い物体験に慣れた人に向け、toBも時代に合わせたところです。時代の流れで最後に、Faire共同創業者でCEOのMax Rhodesは事業者同士の商取引は人類の歴史上ずっとコミュニティーだったのに、それが過去数世紀少し失われている、それをテクノロジーで再現するということもインタビューで言っています。この辺りもSNSの普及があったからこそ、というのが時代の流れですね。
―ちなみに欧米はFaireが席巻しそうですが、他の市場はどうでしょうか?
野口:うーん、Faireが全世界を制することはどうでしょう、一筋縄ではいかないと思います。BtoB卸仕入れの仕組みと言いますか、新たに進出した国の小売店には既に地元の特産品や個性的な商品で棚は埋まっていますし、また、やはり時代が来たのか、各地でFaireと並ぶ企業が誕生しています。インドや中国でも、それぞれUdaan、Huiminなどが出てきています。Udaanはインド版AlibabaとかFlipkart 2.0も呼ばれていて、元FlipkartのCTOらが2016年に創業し、2021年1月にシリーズDで$585M(約642億円)を調達したりしていますね。
―日本でも世代交代のタイミング? Orosyは日本版Faireのポジションにあると思いますが、日本の流れをどう読んでいますか?
野口:はい、日本ではBASEやheyなどのECサービスやクラウドファンディング、ハンドメイドの市場を作ってきた企業がIPOし、独立ブランド、D2Cブランドが多数出てきています。ただ、多少は米国より時差がある印象です。
第2世代に入りつつある問屋のDX
―日本にもBtoBのマーケットプレイス自体はありましたよね。世代交代して第2世代のマーケットプレイスで成功する鍵はなんでしょうか?
野口:第1世代は、2000年頃からネット問屋として誕生しました。問屋や仲卸がEC化し、実際に問屋に行かなくても仕入れられる、カタログがネット見れる、いわゆる問屋のDXの始まりかと思います。対して現在のFaireや弊社orosyの第2世代は、今まで卸市場には存在しなかった、ECサービスやクラウドファンディングなどによって誕生した、膨大な新しいブランドの卸を中心としている点が大きく異なります。そのようなブランドと共に成長していくことが成功の鍵かと思います。
また、卸売はそれぞれの業界ごとに、アパレル問屋、化粧品問屋のように専門の大手問屋が存在し、仕入れる小売店は自社の専門領域とマッチしている問屋としか取引契約をしない、できないという課題もありました。ただ、昨今は書店でライフスタイル商品を販売したり、アパレルでキャンプ用品を販売したりと、小売店も取り扱い商品の幅が広くなってきており、既存の仕入先にはない商品、高感度な新しい商品へのニーズが高まっています。そのためorosyの特徴として、通常専門問屋から仕入れる大手小売店から、それも書店やアパレル、インテリアなど幅広いジャンルの小売店にご利用頂いています。実例として、アパレルのNano UniverseがメンズスキンケアブランドBULK HOMMEの商品を仕入れたり、インテリアのunicoがホームケアブランドKomonsを仕入れたりなど、ジャンルを超えた卸販売が発生しています。
異なるジャンルの大手小売店が利用する卸問屋の存在は珍しく、ユーザーに好評頂いています。
―売り場にバラエティーを出すために、店舗の空きスペースにメイン商材と違う商品や、ユニークなものを並べるポップアップショップも人気ですよね。
野口:ええ、百貨店や不動産など、空きスペースを持たれている方からのお問い合わせも非常に多く頂きます。「旧世代の問屋にない商品があること」という期待が強いなと感じています。
バイヤー登録に審査制を導入して、質を担保
―D2Cの台頭が時代背景にあるということですが、もともとD2Cはユーザーへの「ダイレクト販売」。そのD2Cも卸売を使うようになりつつあるのですね。
野口:そうですね、より多くの消費者へ商品を届けるにはやはり卸売りや、小売は重要なチャネルです。先ほど例でお話したBULK HOMMEを始めとし、DINETTE、TENTIALなどD2Cブランドと呼ばれる商品を店舗でも目にする機会は増えているのではないでしょうか。ただし、そのようなブランドは自社サイトやSNSでお客さんと直接つながっているため、ブランドをとても大切にされています。そのため問屋に広く売ってもらうよりも、お客さんとのつながりを強めるために相性が良い小売店を選んで卸販売をコントロールされています。
―なるほど、D2Cと言っても良い商材、店舗が集まるマーケットプレイスであれば、リーチを広げるには有効そうです。
野口:はい、そのためにはorosyをご利用いただくサプライヤー、バイヤー両方の質を維持することも大切です。
―確かに、自社ブランドが、誰に、どんなふうに売られるのかは注意を払わないとブランドが毀損しますよね。
野口:そうですね、ブランドが気にされる点として、まずは問屋でどんなブランドと一緒にバイヤーにおすすめ・販売されるのか、その問屋が自社ブランドとマッチしているか。次に、卸先の店舗の雰囲気、店舗が取り扱う既存商品との兼ね合いなどがあります。
そのためorosyではブランドは当初から審査制で提供していましたが、新たにバイヤーも審査制へと変更し、orosyでのマッチングの精度を上げようとしています。ここも他社とorosyの差別化要素です。
―利用ユーザーの差別化の他に、Orosyの機能面での差別化は何かありますか?
野口:ネットで商品を仕入れる場合、写真と説明文、SNSなどから情報を得ることができますが、「どのような匂いなのか」「このスカートの質感、動いた場合のなびき方」など商品について完全に理解できないこともあります。
そのためorosyでは仕入れ形式に、バイヤーがいきなり商品を買い取るのではなく、サプライヤーから借りて販売を試せる「委託(消化)仕入れ」の形式もサポートしています。初めて取り扱うジャンルやブランドなど、仕入れのハードルがある場合には両者のリスクを下げる機能です。
他にも、より高度な卸販売に対応できるように、卸す相手によって掛け率を変えられたり、どのバイヤーにどの商品を見せるかなどをコントロールする機能も実装予定です。これはB2Bのカートシステムでは結構実装されている機能ですが、第1世代のオンライン卸にはありません。
スタートアップはSaaSを使い倒せ
―新世代のオンライン卸ということで言えば、御社はB向けSaaSをうまく使っているなという印象があります。Hubspotの使い倒しも、すごいですよね。
野口:オートメーション、自動化はCoralの吉澤さんに「絶対やった方が良い」とお尻を叩かれ、構築できました(笑)
orosyでは審査制、身元の確認を実施しているため、例えばサプライヤーが新規登録から商品を掲載するまで「新規登録→orosyの審査→身元確認→商品登録」のフローを通過いただくのですが、ユーザータスクと待ちが繰り返し発生してしまいます。せっかく「orosyを利用しよう!」と思っていただいても、待ち時間で利用熱が冷めてしまったり、身元確認に失敗して利用をやめてしまうこともあります。
“スタートアップで人数が少ないため”「お待たせします」「サポートはメールのみです」などはユーザーにとっては関係のないことですから。
そのため必然的に、一人ひとりのメンバーの活動を拡張できるように、自動化やSaaSを最大限に利用するようになりました。エンジニアリングリソースは貴重ですから、自社で作る前にSaaSで解決できる場合はSaaSを利用していこうという考えです。
また、ユーザーに合わせて最適なサポートができるように、ユーザーのステータスを細かく把握し、状況に合わせて営業やサポートを実施しています。ここは自社のDBとSaaSを連携して実現する必要がありますが。
最近のお気に入りのSaaSは、Cohereというカスタマーサクセス系のSaaSです。ユーザーが見ている画面を見ながら、ブラウザ越しに通話ができ、操作も代わりに弊社のスタッフができるのです。これと新規登録を組み合わせ、審査を通過したユーザーがログインした場合、Slackに通知が届き、その瞬間にユーザーに電話をかけサポートしたりしています。
―なんと、電話! でも確かにサインアップした直後は使う気がいちばん高まっていますし、迷ってるときなので、さっと話が聞けるならいいかも。
野口:そうですね、やはり利用直後に担当者を覚えていただくと、その後の関係構築もスムーズに運ぶ印象です。
他には第1世代との差別化として、動画をコンテンツに採用したのですが、TikTokやInstagramのストーリーで今の時代にマッチした縦長動画を採用しました。これには動画マーケティングプラットフォームのFireworkを利用しています。スタートアップは、こうしたSaaSを使い倒すことで、本来の目的に集中して戦えると思います。
―確かに一昔前はどれも自社で「実装すべき機能」と考えがちですが、今どきは気の利いた単機能のSaaSがすごいですね。いちばん優秀なエンジニアはコードを書かずに目的を達成するエンジニアと言われますが、まさにそれかも。もうエンジニアいりませんね(笑)
野口:いえいえ、まさか!(笑) やはりorosyのコアはテクノロジーで、毎朝起きたら枕元にエンジニアが立っていないかと願っています。ちなみにエンジニアを始めとし、全ての職種でメンバー募集しています。orosyはまだシード段階ですが、海外の機関投資家を株主にお迎えし、一気に拡大を目指すタイミングです。市場的にもプロダクトの作り方的にも新しいアプローチで、卸市場、小売業界を変えて行けるエキサイティングなチャンスなので、ぜひ一緒に実現してくれるメンバーをお待ちしております。
Partner @ Coral Capital