海外投資家から日本のスタートアップの現状はどう見えているのでしょうか? 2011年と早い時期からスタートトゥデイ(現ZOZO)やモノタロウに出資してきて、最近ではBASE、freee、SmartHRへのシリーズDでの出資などでも知られるLight Street CapitalパートナーのGaurav Gupta氏をゲストに、Coral Capitalではポッドキャストのインタビューを行いました。Light Street Capitalは上場・未上場企業の両方に投資するグローバルなクロスオーバーファンドで、現在の運用資産残高は$2.5b(約2,800億円)です。
インタビューの主なやり取りを日本語記事として3回にわけてお届けします。本記事は第2回目です。
- 第1回「日本には数十年にわたって追い風が吹く―、海外ファンドが日本のスタートアップに投資するワケ」
- 第2回「EC・Fintech統合後は物販より決済のほうが大きくなる―、海外ファンドが日本のスタートアップに投資するワケ」(本記事)
- 第3回「日本で世界に通用するテック企業経営チームが生まれている―、海外ファンドが日本のスタートアップに投資するワケ」
英語によるインタビューのポッドキャストは、以下からお聞きいただけます。
- ゲスト:Light Street Capitalパートナー Gaurav Gupta氏
- 聞き手:Coral Capital創業パートナーCEO James Riney、同パートナー兼編集長 西村賢
今回は「The Coral Capital Podcast」の第1回配信で、今後も海外の投資家・起業家へのインタビューを継続予定です。Apple Podcastsのリンクか、またはSpotifyのリンクから、ぜひフォローしてください。
ECと統合したFintechでは物販より決済のほうが大きくなる
Ken:マクロの指標が他地域に追いつくとき、同じようなトレンドが現れるのは面白いですね。文化差も大きくない。
Gaurav:ええ、1つ、とても面白いと思うことなんですが、今やFintechはSaaSとECの両方に必要不可欠なものになっていると私たちは考えています。
例えば、先日IPOした投資先のレストランテックスタートアップ「Toast」は、主にレジ向けPOSソフトウェアからスタートしましたが、収益のかなりの割合が、ここ2、3年で決済とFintechとなっています。このようなバーティカル型SaaS企業は、ますます増えてきています。
グローバルで見たときにFintechとECの融合の最たる事例は、南米のMarcado Libreです。これは南米におけるAmazonや楽天のような存在です。驚くべきことに、Mercado Libraは現在、物販による収益より決済による収益の方が多いのです。Marcado LibraはEC機能を備えたFintech企業と考えた方がいいかもしれませんね。その逆ではなく。
このようなパターンを見ると、これは恐らく他の地域でも当てはまるだろうなと考えます。では、そのトレンドに乗るのに最も近いポジションにいるのは、その地域では誰かということを考えるんです。
ここで付け加えるべき唯一の注意点は、投資とはパターン認識であると同時に、歴史的なパターンが破られる条件を理解することでもある、ということです。
地域個別の事情を知ること
Ken:歴史的なパターンが破られるというのは?
Gaurav:日本には、他国に存在しないような企業を生み出す、文化的なダイナミクスが多くあります。例えば名刺をスキャンする会社は、世界のほとんどの地域には存在しません。葬儀社選びのマーケットプレイスである鎌倉新書は棺桶レンタルを行っていますが、これは世界の他の地域には存在しません。
私たちはマクロ・トレンドを捉えようとしていますが、一方で、オポチュニスティックな観点で、日本独自の素晴らしい企業が生まれてくることを理解する必要があると思っています。起業家を信じて、長期的なビジョンを持っている限り、私たちは喜んで投資します。たとえそれが、私たちの全体的なマクロ的見解に合致しなくても、喜んで投資します。
James:なるほど。では日本ではまだ見たことがないが、大きなチャンスがあると考えているカテゴリーは何ですか?
Gaurav:正直、ほとんどのカテゴリーには、すでに企業が存在していると思います。ただ、今後はその種類が増えていくでしょう。そうした会社の一例として真っ先に思い浮かぶのは、Coral投資先で私も個人で投資しているOrosyです。コロナ以前のB2Bの販売方法のほとんどは物理的な展示会を通じた対人販売でした。(急成長中の米国ユニコーンスタートアップの)Faireは展示会からのデジタル移行を進めている米国のB2B EC企業の代表的な存在です。
Orosyのチームと会って話をしてみたところ、彼らが日本でFaireと同じようなビジョンを持っていることが分ったので(参考記事:デジタルで変わる「卸」の形、日本版FaireのOrosy野口氏に聞く)、投資すべきだというのは自明でした。なぜなら、Orosyは日本に存在すべきプラットフォームの1つだからです。B2B販売が対面であり続けるべき理由などないからです。
これは1つの例にすぎませんが、ECはとても幅広いカテゴリーで、一見すでに成熟しきってるように思えるかもしれませんが、バーティカルのサブカテゴリーはまだまだチャンスはあると思います。
「iPhoneは流行らない」と言われた日本も変化が起こると速い
Gaurav:日本のスタートアップが成長する上での最大の阻害要因は、社会や文化が新しい製品を採用するとき、変化がゆっくりとしたものであることです。最近少し速くなってきてはいますが。
だから日本のSaaS企業と話をするとき、私たちは良く「セールスの効率はどうですか? もっと資金があれば、さらに加速できますか?」と聞きます。
制約として、企業内の決裁権者がまだSaaSモデルに移行する準備ができていない、あるいは紙と鉛筆に頼っていてソフトウェア・モデルに移行する準備すらできていないということがあります。ただ、投資家として言えるのは、20年後には紙を鉛筆を使って物事を進めるのをやめて、SaaSが広く受け入れられていると考えるのは当然ということです。だから日本では数十年にわたる追い風が吹いていると考えています。
James:まさに。私がよく言うのは「日本では物事はゆっくりと進む、実際に進み始めるようになるまでは」ということです。歴史的に見ても、例えばiPhoneが登場したとき、みんな「日本にはすでに素晴らしい携帯電話がある」と言っていましたが、それから数年でiPhoneの普及率は50%くらいになっていました。別の例としてFacebookが日本に入ってきたときのこともあります。Facebookが登場したとき、mixiというローカルなSNSがありました。日本では、実名でコンテンツを公開することに抵抗があるのではないかという議論がありました。でも、それから何が起こったかというと、日本のFacebook利用者数はゼロから2,000万、2,500万になったんですね。今では誰もが実名で投稿していますよね。Ken、何か付け加えることある?
Ken:Facebookのザッカーバーグが2008年に東京に来て記者会見をやった日のことを良く覚えてますよ。ジャーナリストとして最前列に座っていたんですが、会見場は半分も埋まってなかったですね。ザッカーバーグは、まだ24歳でね、確かにまだ業界的にも新参者でした。会見後に記事を書いたんですけど、彼の言葉を記事タイトルに引用して「実名利用が方針」としたんです。そうしたら読者の反応は、「いや、ないね。誰もそんなの日本では使わないよ。実名? マジで?」というものでした。でも、数年でFacebookが立ち上がって分かったのは、当初Facebookに否定的だった人たちはノイジーマイノリティだったということですね。
iPhoneに関して言えば、僕のようなネットオタクの人をのぞくとほとんどの人は否定的で、これは失敗すると予想していました。やはり最初にソフトバンクが日本で売り始めたときにも、あるジャーナリストが「でも、iPhoneにはおサイフケータイがないですよね。誰も買わないと思うのですが、どうやって売っていくんですか?」と記者会見で聞いたのを良く覚えています。確かにおサイフケータイがないのは大きな欠点でしたが、iPhoneやAndroidは事実上汎用のパソコンのようなもので、新しいソフトウェアをインストールして新機能が追加できるインターネットデバイスでした。本質的な地殻変動は起こりつつあったし、スマホはすごい速度で進化しつつありました。
Gaurav:それと同じように、多くのSaaS企業がようやく変曲点を迎えようとしていると思います。つまり、従来の代替手段よりもはるかに優れているということで、これらのサービスを使うのが当然のことになってきているのです。コロナもSaaS移行を加速していますよね。
Ken:しかし、地域による文化的な違いや構造的な違いなどは、どう評価しているのですか? Uberは日本では立ち上がりませんでしたが、Light Streetには日本のことが良く分かっていてフィードバックしてくれる日本人が働いていたりするのですか?
Gaurav:現地のダイナミクスを理解するには、投資先に物理的に足を運んで、そこで多くの時間を過ごすことが大切だと考えています。先ほどお話ししたとおり、私たちは年に4回、たいていは1度に1週間以上は日本に滞在しています。Uberが日本で成功するかどうかを見極めようとしていた人たちにとって、日本のタクシー体験がどの国よりも著しく優れているのは明らかでした。
James:ですよね、礼儀正しくて、清潔で、時間通りにやってくる(笑)
Gaurav:そう、これは欧米諸国と違う点でした。ただ、本当に面白いのは、第2のアプローチです。Uber Eastsは、どうでしょう? 日本では長い間、フードデリバリーが流行りませんでしたよね。文化的にも外食よりも家で食事をするのが当たり前と考えられていました。あるいはコンビニの選択肢が非常に充実していたため、フードデリバリーはあまり必要ではありませんでした。でも、ここ2、3年の間に、社会の行動が変化し、共働きの家庭が増えたことで、急速に変わってきました。フードデリバリーがようやく軌道に乗り始めたのです。もちろん、もともと大きな成功を収めている地元企業もいくつかありましたよね。だから投資家として必要なのは、その地域で何が正しい投資かを理解することに加えて、どのタイミングが正しいのか理解することです。
私たちは、とにかく現地で起業家と会うことに多くの時間を費やようにしています。人々がどう日常を過ごしているかを理解しようと努めています。日本に来るようになって、もう8年も経つのに日本語が話せないことを恥ずかしく思っていますが、それが良い投資をすることの支障になるとは思っていません。もし、日本人でLight Streetで活躍できそうな人がいれば、ぜひ仲間に入れたいと思っていますけどね。
本インタビュー記事の目次:
- 第1回「日本には数十年にわたって追い風が吹く―、海外ファンドが日本のスタートアップに投資するワケ」
- 第2回「EC・Fintech統合後は物販より決済のほうが大きくなる―、海外ファンドが日本のスタートアップに投資するワケ」(本記事)
- 第3回「日本で世界に通用するテック企業経営チームが生まれている―、海外ファンドが日本のスタートアップに投資するワケ」