本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
メンバーのモチベーション低下に向き合う重要性
スタートアップは、少数精鋭のチームで、今までにない新たな価値をゼロから生み出そうとしています。ロケットが発射台で静止した状態から、宇宙に飛び出して、軌道を周回できるスピードまで一気に加速するように、スタートアップが成功軌道に乗るまでの過程では、爆発的なエネルギーを1つの方向に集中して出力し続けなければなりません。リーダーである起業家は、チームのなかでエネルギーが下がったり、出力の方向性がズレたりしているメンバーがいれば、なるべく早く察知して対応しなくてはならないと心の中では分かっています。
しかし、現実には忙しい毎日を乗り切ることに集中しているうちに、メンバーの様子やパフォーマンスの変化に気づいても放置してしまい、状況や関係性を悪化させてしまうケースが多いようです。また、メンバーの感情面に配慮できず、ミスやパフォーマンス低下だけに注目して「なぜこんなこともできないんだ」「何回言ったらわかるの」など、いわゆる「詰める」ような会話になってしまう場合もあります。これではお互いにストレスが蓄積するだけで、パフォーマンスが下がっている原因が分からないまま何も解決しません。
人のパフォーマンスに影響する要素は、基本的に (1) 知識およびスキル (2) 環境およびリソース (3) モチベーション、という3つから成ります。モチベーションを下げた社員を放置していると、次第にパフォーマンスが低下して、会社からの評価も下がっていきます。最終的に退職願が出されたときには、評価の低い社員が辞めただけでダメージはそれほどないように見えるかもしれません。しかし、早めに話し合いを設けて対応していれば、やる気を復活させて活躍できた人材だったかもしれないこと、そして退職者の経験談は人脈やSNSなどを通じてシェアされて、将来の採用ブランディングに影響することを忘れてはいけません。
無意識に怖がって避けている自分に気づく
なぜ重要だと分かっていても、つい放置してしまうのでしょうか。これは、「人間だもの」と言いますか、対立と不確実性に対する恐怖心が無意識に働いています。
まず社会的動物である人間の本能として、外部との競争は厭わない人でも、自分が属するグループの内部では対立を避けたいと感じるものです。また、「不満を解決できなかったら?」「原因が自分にあって批判されたら?」「不満が噴出して喧嘩になったら?」「最悪、辞めてしまうのでは?」と様々なシナリオを想像して、会話の内容や方向性をコントロールできない不確実性に恐さを感じるのも自然なことです。
このように無意識かつ本能的にとってしまう行動を変えるには、2つの要素が必要です。1つ目は、無意識の行動を意識すること。例えば、メンバーが辞めてしまったときに、「様子の変化に気づいていたのに、話し合うことを避けてしまっていなかったか?」など自問することで、これまで無意識だった行動を意識できるようになります。2つ目が、行動を取らないことで生じる「痛み(デメリット)」と、行動を取ることで得られる「喜び(メリット)」を明確に認識することです。
不満や反対意見を抱えるメンバーとの話し合いを避けていると、どんな「痛み」が起こるのでしょうか?また、しっかりと向き合った場合には、どんな「喜び」につながるのでしょうか?行動変容をサポートするためにも、もう少しだけ詳しく見ていきましょう。
不満や反対意見は、強い組織を作る機会になる
社内から不満や反対意見が出ることは、決してネガティブなことではなく、健全な組織文化を作る上ではあるべき姿です。むしろチーム全員が常にお互いの意見に賛成して、なんの波風もなく事が進んでいるとすれば注意が必要です。ダイバーシティに関する研究でも証明されていることですが、相反する意見や率直な話し合いを阻むような「迎合型」の文化を持つ組織は、短期的には心地良さを与えるかもしれませんが、中長期的には意思決定の質が下がって業績に悪影響をもたらします。
過去の記事では、「家族や友人など親しい人間同士で起業したスタートアップではチームの安定性が低くなる」という事象を紹介し、その理由について下記のように指摘しています。
“家族・友人同士の創業メンバーが問題を抱えがちなのは、よりたくさん問題が起こるからというよりも、問題が大きくなるまで放っておかれがちだから、ということです。…関係性が仕事で壊れてしまうことの精神的ダメージは大きいでしょう。家族はなおさらです。だから、ついセンシティブな会話を先送りにしてしまって問題が手遅れになってしまうことがあるのです。”
不満や反対意見が出ることが健全な組織運営のベースだとすれば、それを受け入れる側の態度に革新的な組織を作る鍵があります。データ重視の人事施策で知られるGoogle社によると、高い成果をあげるチームには「心理的安全性」が高いという特徴があります。これは、「こんなことをしたら/言ったら、無知/無能/ネガティブ/邪魔だと思われるかな」という心配がない状態を意味します。メンバーが言いづらいことを口に出してくれたときこそ、高い成果をあげるチームの文化を醸成するチャンスなのです。
例えば、心理的安全性の観点から上司が部下を「詰める」場面を考えると、相手を無知/無能だと批判し続けるわけですから、優れたチームを作ろうとしてやっているのであれば逆効果になります。また「ネガティブなことを言って反対するなら代替案を出せ」「前進しようとするチームを邪魔するな」という態度や言葉も、心理的安全性を損ねます。1人1人のメンバーを尊敬しているからこそ、どんな意見も「一理ある」と受け入れてもらえる安心感が、イノベーティブで協力的な強いチーム作りには欠かせません。
さらに、不満を抱えるメンバーと納得するまで向き合うと、会社への信頼や愛着が逆に強まる可能性も大いにあります。顧客満足に関する有名な「グッドマンの法則」の1つで、「不満を持った顧客のうち、苦情を申し立て、その解決に満足した顧客の商品サービスの再購入率は、不満を持ちながら苦情を申し立てない顧客のそれに比べて高い」という法則を知っている方も多いと思います。これと同様に、1人のメンバーの不満に向き合うと、その人の会社に対するロイヤリティが高まります。さらに、実は同じような不満を抱えているメンバーは他にもいて、解決策を必要に応じて組織全体に反映させることで、会社全体の従業員満足度向上につながるメリットがあります。
不満と向き合い、信頼に変えるリーダーになろう
今回の前編記事では、スタートアップ起業家がメンバーの不満や意見と向き合う重要性について、Why(なぜやるのか)を中心にお話ししました。次回、後編記事では、How(どんなふうに)とWhat(何をするのか)がよく分からない方のために、話し合う際に効果的なフォーマットを1つご紹介します。
もちろん、誰かの不満を感じ取ったときに「向き合うか、先送りするか」「向き合う際にはどんなふうに何を話し合うのか」といった判断を迫られるのは、経営者だけではありません。スタートアップで働くメンバーも、同僚や部下との関わりをはじめ、顧客やユーザーの満足度の低下に気づくこともあります。そんなとき、メンバーにどんな行動をとってほしいでしょうか?あなたがトップとして実践する行動パターンは、社内に自然と根付いていきます。
この記事を読んでいて、もし誰かの顔が思い浮かんだとしたら、これを機にその人と向き合う時間を取ってみてはいかがでしょうか?
※本記事の続編はこちら→ メンバーのモチベーション低下に向き合う(後編):社内対立を魔法のように解消するフレームワーク
Contributing Writer @ Coral Capital