Y Combinator(以下「YC」)といえばシードアクセラレータの名門として知られます。これまで3,000社以上に出資し、AirbnbやDropbox、Stripe、Reddit、Dockerなどを輩出。出資した企業の時価総額を合計すると約70兆円を超えています。
そのYCの経営陣も今では第2世代。支援対象をシリコンバレー在住の企業に限定せず、世界中の多数のスタートアップを支援するスタイルとなっています。
今回は、2021年7月に「YC Summer 2021 Batch」に採択されたGenomelink創業者兼CEOである高野さんに、最新のYC体験を聞きました。
DNAのApp Storeを目指すGenomelink
高野さんたちのスタートアップ、Genomelinkが目指しているのは「DNA App Store」です。「DNA(遺伝子)検査サービスは、1990年代初頭のインターネットのような感じです」と高野さんは言います。
DNAシーケンサー大手のイルミナの活躍などにより、DNA解析のコストは劇的に安くなりつつあります。今では多数の人たちがスマートフォンを持っているように、大勢の人々がDNA検査をして自分のDNAデータを持つ日が来る——、そのように高野さんは予想します。GenomelinkはDNA検査がスマートフォンのように普及した世界で、DNAデータ解析のプラットフォームとなることを目指しています。「自分のDNAデータを預けるデータストレージ、そこから様々なアプリケーションにつながるDNA App Storeのグローバルスタンダードになりたい」と高野さんは言います。
最近のコロナ禍でPCR検査が活発になったことも、DNA検査の下地を整える意味がありました。PCR検査はDNA解析の一種なので、PCR検査数が増えたということはDNA検査のキャパシティーが上がったことを意味します。PCR検査に参加している企業の中にはDNA解析スタートアップもあります。
「受かってからどうするか決めよう」
YCといえばシード投資だと思われがちですが、シード段階の企業だけを支援しているわけではありません。Genomelinkは、YCに応募した時点で数億円規模のシード調達済み、かつYCバッチ内でトップ3%に入る売上規模を有するレイター・ステージのスタートアップでした。高野さんは「今のステージでYCに参加する価値があるのかはわからないが、まず受かってから決めよう」と考えていたといいます。
結果として「YCに参加してよかった」と高野さんは考えています。その理由を聞いてみましょう。
YCの魅力・その1:優秀なグループ・パートナー
YCの魅力の筆頭は、付いてくれたグループ・パートナーがとても良かったこと。「こんなすごい人が親身になって付き合ってくれるんだ、そういう驚きがあった」と高野さんは言います。
YCで、Genomelinkに対するメインコンタクトとなったグループ・パートナーのJared Friedman氏は、自分の会社で共同創業者兼CTOとして創業からシリーズBまでを経験し、その後5年以上、毎年数百社を支援して、相当量のスタートアップ支援ノウハウを蓄積しています。「そんな人が親身に相談に乗ってくれるし、レスも早い。Jaredは何かあれば真っ先に相談しようと思う相手になっています」(高野さん)
YCではこうしたグループ・パートナーが各社3名、メインコンタクトとしてアサインされます。
YCの魅力・その2:出資即決、起業家フレンドリーな「デモ・デイ」
世界中のVCが集まり、その場でYCの出資先が一気にピッチを行い、シードやシリーズA出資を決める場であるYCの「デモ・デイ」は有名です。デモ・デイは1年に2回あります。
「デモ・デイでの調達は他のあらゆる資金調達方法とは全く異なる。その利点を最大限活かすべき、というのがYCのスタンスです」(高野さん)。「特にシード段階の会社は『誰から調達するか』は問題ではない。さくっと調達してビジネスに戻るためにデモ・デイを使おう、というのがYCの教えです」(高野さん)
「参加して驚いたのは、とにかく起業家に有利な資金調達環境を強引に作っているYCのデモ・デイ設計の秀逸さでした。 デモ・デイというイベントを起点に数百の起業家と投資家のマッチングが発生、その期間が実質的に2、3日で行われるため、「Fear of Missing Opporunity」(機会損失に対する恐怖)が生まれ、投資家からすると『今ここで投資決定をしないと逃してしまう!』という、その場での意思決定を迫る環境がうまく作られています。私たちもデモ・デイを通じて追加の調達を行いましたが、ほとんどの出資の意思決定が面談から数日以内で決まっていました」
デモ・デイを支えるもう1つの特徴的なものがYCの「ハンドシェイクプロトコル」です。「メールで話をして、30分のテレカンファレンスをして、メールで投資OKの連絡がきます」(高野さん)。これだけで投資判断を済ませます。メールでOKを出すだけだと、契約文書を交わしたわけではないので、後から判断がひっくり返るのではないかと心配になりますが、そこはうまくできているそうです。「メールでOKを出したのに契約しないとYCにデータが残る。投資家側がペナルティを受ける形になります」(高野さん)
こういった工夫で、投資の判断をスピードアップして、スタートアップ側は自分のビジネスに専念してもらうわけです。
YCの魅力・その3:ナレッジの蓄積
YCにはUser Manualという「教科書」があり、PMFへの道筋や、YCデモ・デイを活用した資金調達について、細かいレベルでドキュメント化されています。Genomelinkはレイター・ステージでYCに参加したため、YCが用意するシード向けのコンテンツの多くは復習のような側面もありましたが、それでも「YCが蓄積しているナレッジから学べることはたくさんあった」と高野さんは言います。
「トピックごとにYCが考えるベストプラクティスがまとまっています。ハイクオリティな『型』がある形です。グループ・パートナーと個別的、具体的な話をするときには、そういう教科書的な話はせずに本質的なことに時間を使います。コンテンツが整っているということは、教科書的な内容は自分で見ておけ、という考え方の裏返しだったりもします」(高野さん)
特徴的だったのは、「Bookface」というYCファウンダーフォーラムです。アクティブに情報交換がされています。YCに参加するスタートアップ企業向けのドキュメントが載っていたり、スタートアップのファウンダーのための投資家情報データベースを閲覧できます。「情報の非対称性というと、通常は投資家側が多くの情報を持っていますが、YCではファウンダー側が情報面で有利です」と高野さんは説明します。このBookfaceは、YCが自ら開発・運用しています。
YCの魅力・その4:「ここだけの話」が聞ける
「YC Summer 2021 Batch」でのコンテンツの中でも、「毎週火曜日にあるゲストスピーカーによるセッションは、『さすがはYC。こういう人たちがいるコミュニティーなんだ』と思わざるを得ない内容でした」と高野さんは振り返ります。
そこで聞いた話は、例えばキラキラに見えるBrexでも最初の1,000人の顧客獲得は泥臭かったという話や、Airbnbも最初の資金調達はfancyではなかったなどです。「キラキラのYCスタートアップのファウンダーたちを連れてきてこういった話をさせるのは、YCのメッセージとして、PMFがとにかく大事、成長の過程は泥臭い、デモ・デイの資金調達の成功とその後の会社の成功には相関はない、だから大事なのはサクッと調達を完了してPMFに向き合うことをとにかく重視しているということだと感じました」(高野さん)
YCのブランド力は薄まったのか? YC参加のデメリットは?
YCが支援する企業の数は増えています。そこでYCに参加しても、そのメリットは薄まっているのではないか、と思う人がいるかもしれません。この疑問に対して高野さんは「そうとも言えません。採択率は今の方が低くなっているそうです」と言います。
今のYCは、ベイエリアにいる必要はなく、世界中の多くの候補の中から、以前より多くの支援企業を選ぶ形になっているわけです。
高野さんは「YCに参加するかどうか」は受かってから考えるスタンスでした。これはYCに参加することはメリットだけではないからです。
YCに参加して出資を受け入れると、SAFEという特殊な契約により、次回のプライスト・ラウンド(バリュエーションの付いた形で資金調達。SAFEはJ-KISSと同じでコンバーチブル・エクイティ)でシェア7%のエクイティーを渡す形になります。ということは、次回のプライス・ラウンドでの調達確度が上がり、かつ7%以上の評価額アップを期待できるならYCに参加する意味があるし、それが期待できないなら参加しない方がいいわけです。
高野さんは「YC参加を断る」という選択肢も考えていました。断った場合にはエクイティーは渡さずに「YCに受かった」という箔付けだけは付く形となります。どちらがいいかは、受かってから判断すればいいと考えたわけです。前述のように、結果として高野さんはYCに参加して良かった、と考えています。
世界中から集まった優秀なファウンダーたちを見ている高野さんは、「YCに選ばれるスタートアップの人たちが、自分たちの出身である日本のM3やDeNAなどのメガベンチャーやCoral Capitalが出資するスタートアップ企業の第一線の人たちとレベルが違うとはまったく思いません」と言います。もちろん英語は必須ですが、「日本のIT企業の人たちは世界的に見ても十分レベルが高いよね」と感じたともいいます。
YCでは、1回目の挑戦で受からず、2回目で受かるスタートアップ企業は、むしろ普通だそうです。高野さんは、YCとは別のアクセラレータ・プログラムでも「1回落ちても、粘ってみると結果が変わることもありました」と言います。
今のYCは世界中に門戸を開いています。シリコンバレーに行かなくても、日本から世界に挑戦することも可能です。「グローバルプログラムに移行した今、YCは日本の起業家からの応募を求めています。まず応募してみる、受かってから考える、でもいいと思います。私たちはYCに参加して本当によかったです」(高野さん)。日本のスタートアップの皆さんも、YCへの挑戦を考えてみてはいかがでしょうか。
(情報開示:GenomelinkはCoral Capitalの出資先企業です)
(聞き手・Coral Capital 西村賢/文・星暁雄)