Coral Capitalは3月5日で設立3周年。前身となる500 Startups Japanの時代を含めると6年が経ちました。この年月で日本のスタートアップ業界は大きく進化してきました。そこで今回の記事では、James Rineyと澤山陽平が500 Startups Japan創業当時、さらにはもう少し昔のスタートアップ業界を振り返ります。現在との比較をどうぞ。
1)5年前のスタートアップ調達額は3分の1だった
James:500 Startups Japanで1号ファンドを立ち上げた2016年は、日本のスタートアップ業界への投資金額が約2500億円でした。それが2021年には約7800億円に上り、5年間で3倍増えたことになります。
もっとさかのぼると、私はベンチャーキャピタリストになる前、「STORYS.JP」を運営するレジュプレス(現Coincheck)を共同創業したのですが、2013年に3,000万円を資金調達しただけで「すごーい」と周りから驚かれる時代でした(笑)
その頃は3,000万円を調達しただけで起業家の持分が3分の1に希薄化しましたが、今だと数十億円を調達しても持分は15〜25%希薄化する程度ですよね。日本も徐々にアメリカの相場感に近づいてきた印象を受けます。
2)10年前の投資サイズは1000〜5000万円がほとんどだった
澤山:相場観の話でいえば、1度にいくら投資するかという、いわゆる「チェックサイズ」も大きくなりましたよね。われわれの500の時代にはシード期のスタートアップに1,000〜3,000万円というのが多かったですが、今は1、2億円ということが多い。他のVCさんでも同様で、INITIALの集計を見ると、2012年には5,000万円以下が75%弱、半分くらいは1,000万円以下でした。
もちろん、これは各VCのファンド規模が大きくなったことが背景にありますが、チームが持つ専門性や事業計画の精緻さなどから、初回からバリュエーションが10年前よりグッと上がっていることもあります。スタートアップする人たちのレベル自体が上がっているんですね。
澤山:Coral Capitalが2021年8月に組成した3号ファンドでは、初回投資金額を最大5億円まで拡大し、シリーズAからの投資も開始するようになりました。これまでは初回投資で1〜2億円が上限だったので、シードやプレシリーズAの段階で投資を開始することがほとんどでしたよね。
最近は日本のスタートアップエコシステムが成長し、非常に大きなシード調達が行われるようになりました。投資の上限拡大は、Coralがこうした変化にキャッチアップするために必要なことだと考えています。
また、追加投資についてはこれまで、SPV(追加投資専用ファンド)やグロースファンドで実施してきましたが、3号ファンドでは最大20億円まで追加投資していきます。つまり3号ファンドは、シードからシリーズBぐらいまでを一気通貫でサポートできるようになるわけです。
3)機関投資家は日本のVCを投資対象として見てくれなかった
James:日本のスタートアップの調達額が増えた大きな要因は、ファンドが増えたことですよね。日本では2011年頃から、スタートアップと関わりを持ちたい事業会社がコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を通じて投資するようになりました。それによって、事業会社からスタートアップへの投資が当たり前になってきたんですよね。
調達額が増えたもう1つの要素は、ファンドが大型化したことが挙げられます。ターニングポイントだったと思うのは、産業革新機構(INCJ)が2013年以降、独立系VCのファンドにLPとして出資する、戦略的LP出資を実施したことです。400億円ぐらいのLP投資枠を作って、グローバル・ブレインやWiL、インキュベイトファンドなどに大きく投資しました。
その当時の独立系VCは主に事業会社から資金を集めていたんですよね。機関投資家はあまりVCを投資対象として見てくれていなかったので……。しかも、事業会社は投資が本業ではないので、独立系VCがどれだけパフォーマンスを出したとしても、事業会社の方針次第で投資がストップしてしまうこともあった。
つまり、ファンドが大きくなるには、事業会社から資金を集めるだけでは限界があったんです。そうした中、産業革新機構がポーンと独立系VCに大きな金額を出したことで、WiLやグローバル・ブレインは大きな資金を集めることができました。その結果、ラクスルやメルカリのような成功例に投資し、大きなリターンを得ましたよね。そこから機関投資家も「日本のVCって面白いんじゃないか?」と注目してくれるようになったんです。それは政府主導のスタートアップ支援によるポジティブなインパクトだったんじゃないでしょうか。
澤山:機関投資家から相手にしてもらえるようになったことで、VCは大きな投資ができるようになる→スタートアップは大きなチャレンジができるようになる→大きなイグジットも出てくる、という好循環が生まれましたよね。
そこからさらに機関投資家の注目が集まり、2019年以降は海外系のPEファンドやクロスオーバーファンド(上場・未上場の両方で投資をするファンド)が日本のスタートアップやVCに出資する事例も増えてきました(参考記事:海外マネーが日本のスタートアップに流入する4つの理由 | Coral Capital)。その結果、スタートアップのバリュエーションやイグジットの規模が大きくなっていますよね。
4)「3段ロケット」で成長した日本のスタートアップ投資
澤山:VCへのお金の出し手を時系列で振り返ってみると、「3段ロケット」のように成長してきたとも言えそうです。1段ロケットはエンジェル中心、2段ロケットは事業会社の資金が中心。Jamesが言っていた産業革新機構は2.5段ロケットといったところでしょうか。そして3段ロケットとして、機関投資家のお金が入ってくるようになったのが今ですね。
人によって解釈はさまざまあるかもしれませんが、日本のスタートアップシーンのステージが上がるごとに、VCへのお金の出し手が変わってきた感覚があります。それはわれわれも同じで、500 Startups Japanの1号ファンドにお金を出してくれたのは、主にエンジェルと事業会社でした。Coral Capitalで立ち上げた2号ファンドでは事業会社と機関投資家、3号ファンドでは海外も含めた機関投資家が中心……といったように変わってきました。今のCoral CapitalはスタートアップでいえばシリーズBのステージに近いかもしれません。
5)スタートアップ業界はブラックボックスだった
James:日本のスタートアップ業界のエコシステムは大きくなりましたが、ちょっと昔はブラックボックスな業界でしたよね。僕が日本で起業家だった10年前、シリコンバレーではVCが資金調達の知見や、スタートアップのベストプラクティスなどをオープンに発信していました。でも日本語でそういう情報はほとんど出てこなかった。このままでは、市場は大きくならないと感じていましたね。
そういう経験があったので、500 Startups Japanを立ち上げた頃からコンテンツを発信すべきだと考えていて、澤山と一緒にブログを書いたり、メールを配信したりしていましたね。当時、日本でスタートアップ業界向けのベストプラクティスを発信していたVCはほとんどなかったように思います。
澤山:500 Startups Japan設立当時も、個人ですごいブログを書くベンチャーキャピタリストはいたんですよね。でもそれはあくまで個人レベル。みなさん相当忙しい方なので、定期的にコンテンツを発信するのは難しかった。それから6年が経った今ではブログやTwitter、noteで情報発信するのは当たり前になりました。そうして知見が共有されるようになったことで、日本のスタートアップのレベルが上がってきたと実感しています。
6)投資契約書はものすごく複雑だった
澤山:日本のスタートアップ業界がブラックボックスだったという話にもつながりますが、起業家とVCの間にはずっと情報格差がありましたよね。投資契約にしても、起業家はほぼ初めての経験であるのに対して、投資家は何十回も何百回も経験しているので。だから起業家はVCに出された契約書を見て「こういうもんなんだ」と言ってサインするしかないというか……。
手前味噌になりますけど、僕らがシード資金調達のための投資契約書として「J-KISS」を公開したことで、ある程度標準化された「契約書テンプレート」みたいなものができたと自負しています。J-KISSを出発点として、投資家と起業家が話せるようになった。今では経産省のガイドブックに載るぐらいに「お墨付き」も得ています。
起業家にとってJ-KISSを公開して大きかったのは、初期の契約交渉の負荷が減ったことではないでしょうか。優先株で契約を交わす際は3カ月ぐらいかかっていたのが、J-KISSを使うことで早ければ1週間程度で契約が終わるようになりましたよね。
James:補足すると、500 Startups Japanを立ち上げる前にDeNAで投資を担当していた頃、日本は投資対象ではなかったんですよね。主にシリコンバレーや東南アジアに投資していたんですが、そこで感じたのは投資に至るまでのプロセスがとにかく早いこと。シードラウンドで契約書をこまめにやりとりすることはほとんどなくて。
その後、500 Startups Japanで日本のスタートアップに投資するようになったときに、「なんでこんなに時間がかかるの?」と感じたことを思い出しました。そうした不満があってJ-KISSを作ることを決意したのです。このままでは日本のスタートアップ業界のスピード感が上がらないなっていう危機感を持っていました。
7)ユニコーン企業はほとんどなかった
James:500 Startups Japanを創業した頃、日本には10億ドル以上の企業価値がつくスタートアップは1社もありませんでした。それが今では10社になりました。
James:なぜ、6年前はユニコーン企業が少なかったのか。それはなぜか。当時の日本のVCはまだ、機関投資家から投資対象として見られていなかったのでお金が集まりにくく、スタートアップが20億円以上の資金を調達するには、上場する以外にあまり選択肢がなかったからなんです。
VCにお金が集まらない→VCは大きな投資ができない→スタートアップは大きなチャレンジができない→上場してもバリュエーションが大きくならない、といった負の連鎖が続いてたんですよね。
米国基準ではまだシリーズBくらいのスタートアップでも、マザーズ市場の上場基準が低いおかげで上場が可能だった背景もありますが、そうした上場は企業としての成長を妨げる可能性もありました。まだ事業成長に注力すべき段階であるにもかかわらず、市場から「もっと収益性を改善すべき」といったプレッシャーを感じ、大きなチャレンジができなくなってしまうのです。
上場してから1,000億円以上の企業価値に成長した企業はいくつもありますが、すでに上場しているので「ユニコーン」の定義から外れてしまっています。それどころか、上場した時点ではもはや世間から「スタートアップ」とすら認識されません。
つまり、1,000億円以上の企業価値に成長するスタートアップの多くが、ユニコーンになる前に上場していたことが問題だったのです。それが今では非上場でも大型調達できる市場環境になったので、レイターステージのスタートアップでも上場をいったん後回しにして、さらなるグロースに集中できるようになりました。
8)スタートアップへの転職は「イレギュラー」なことだった
澤山:ユニコーンになる可能性があるスタートアップでも上場せざるをえなかった、というのは採用面の問題も影響していますよね。500 Startups Japanを立ち上げる前に野村證券でテック企業のIPOを担当していたのですが、「採用に限界を感じているので上場したい」という会社が結構ありました。未上場の会社に転職してくれる人には限りがあると。
逆に言うと、今では上場企業やメガベンチャーからスタートアップに転職する人も増えたので、未上場のスタートアップでも1,000人規模の採用ができるようになりましたよね。
James:僕がJPモルガンを辞めて日本で起業しようと考えたとき、アメリカ人の同僚は「いいじゃん!」って応援してくれたけど、日本人の同僚からは「大丈夫…?」とすごく心配されたのを思い出しました(笑)
起業とスタートアップへの転職では周囲の受け止め方が異なるかもしれないけど、それくらいスタートアップというキャリアの選択肢はイレギュラーだったというか。今となっては、新卒で証券会社とか商社に入って、数年後にスタートアップに転職する人も全然珍しくない。
澤山:Coral Capitalとしても投資先スタートアップへの転職支援に注力しています。2020年2月にはスタートアップキャリアイベント「Startup Aquarium」を開催し、当日の来場者は1,000名以上、投資先企業とのカジュアル面談数は730件以上、そして東京でのTwitterトレンド入りも果たすなど、日本最大級のスタートアップキャリアイベントとなりました。
また、Coral Capitalのサイトから登録してくれた転職希望者に対して、Coral Capitalの投資先から交流オファーが届く「Coral Careers」も提供しています。登録者数は7,000人を超え、これまでに投資先企業が125人を採用してきました。この数字は外部の転職エージェントに依頼したものではなく、Coral Careersを通じて無料で採用が決まった方々の人数です。ちなみに、こうした活動のためにCoralでは無料職業紹介事業の許可も取得しています。
9)「スタートアップ」よりも「ベンチャー」がメインストリームだった
James:ちょっと感覚的な話になるけど、500 Startups Japanができる前は、スタートアップよりもベンチャーのほうが主流でしたよね。そうした状況がだいぶ変わってきたように感じてます。最近では地上波のテレビ局や全国紙でスタートアップが取り上げられることが増えました。2020年には日本経済新聞に「スタートアップ面」ができましたが、起業していたときには考えもしませんでした(笑)
こうした変化の背景として、政府主導のスタートアップ支援プログラムの貢献も大きいと思います。安倍政権が成長戦略の1つにスタートアップの振興策を掲げたり、「J-Startup」などのスタートアップ推進プログラムができたりしたことで、スタートアップに注目が集まるようになり、信用も上がっていきました。メインストリームに近づきつつあるどころか「かっこよくて尊敬できる」キャリアパスとして評価されるようになってきていると感じます。
澤山:スタートアップへの転職が増えたのは、知名度だけでなく、給与面でも上場企業と同等か、それ以上の待遇で迎えられるようになったことも大きいと思いますね。2021年12月には、2020年度の有力スタートアップの平均年収は601万円で上場企業とほぼ同等、という日経新聞の記事がありました。しかも、記事で書かれているスタートアップの平均年収にはストック・オプション(SO)は含まれていませんでした。
最近では、外資系投資銀行の出身者や上場企業でIRを担当していたような人材がスタートアップのCFOに就任することも増えてきました。海外の投資家と英語でコミュニケーションできるような優秀な人材を獲得したスタートアップは、海外からの投資も集まりやすくなっていたりします。
結局のところは、やっぱり人がいないとユニコーンにはなれないということなんでしょうね。さらに言えば、日本から企業価値が1兆円以上のデカコーンが出てこないのは、優秀な人をまだまだ呼び込めていないからなんだと。
James:Coral Capitalは3月5日に3周年を迎えましたが、今後も日本のスタートアップがメインストリームになるために力を尽くしていきたいです。今まで以上に、優秀でイノベーティブな人材が集まるようになれば、グローバルで勝てる日本のスタートアップがもっと増えるのではないでしょうか。そして、そうしたスタートアップの中からデカコーンが生まれてくると信じています。
(語り:James Riney、澤山陽平/構成:増田覚)