本記事はTemma Abe氏による寄稿です。Abe氏は東京大学経済学部を卒業後に新卒で三菱商事に入社。2016年からのアクセンチュア勤務を経て、2019年からは米国西海岸に在住し、UC BerkeleyのMBAプログラムを経て、シリコンバレーで勤務しています。現地テック業界で流行のニュースレターやポッドキャストを数多く購読しており、そこから得られる情報やインサイトを日本語で発信する活動をされています。
クリエイターエコノミーという言葉は10年ほど前からあるようですが、YouTube、TikTok、Substackなど新たなツールの勃興とともに、ここ数年で一気に一般に浸透した印象です。普通の女子高生が数億円稼ぐようになるなどのサクセスストーリーはすでに広く知れ渡っていると思うので、この記事では、こうした盛り上がりの中でちょっと言いすぎだと感じる「皆がクリエイターとして稼げるようになる」「プラットフォーマーの搾取からクリエイターが解放される」といった言説について、客観的な視点で分析したいと思います。個人的な見立ては、以下の通りです。
- スーパースターによる富の独占は避けられない
- 消費者(需要)に対してクリエイター(供給)が多すぎる
- 無料のコンテンツで良質なものが数多く存在する
- コンテンツの品質を保ち、リテンションし続けることは大変である
- プラットフォーマーなしではビジネスが成り立たない
クリエイターエコノミーとは何か?
今回リサーチした中で、頻繁に引用されていた記事によると、クリエイターエコノミーという言葉を以下の通り定義しています。
「ソーシャルメディア・インフルエンサー、ブロガー、ビデオグラファーなど、5,000万人以上の独立系コンテンツ・クリエイター、キュレーター、コミュニティ・ビルダーが構築したビジネスと、それらの成長と収益化を支援するためのソフトウェアや金融ツール」
また、こちらの記事では、メジャーなプラットフォームとそこでのクリエイターの稼ぎ方を以下の通りマッピングしています。伝統的な広告収入ではない、多様な稼ぎ方が生まれているということが分かります。
また、各プラットフォームがクリエイターに支払っている金額の規模感は以下の通りです。
- TikTok:米国を中心に世界のトップクリエイターの収益補填を目的とした10〜20億ドル規模のファンドを発表(ソース)
- YouTube:TikTokに対抗する新サービスShortsで最も人気のあるクリエイターに支払う1億ドルのファンドを発表(ソース)
- Snapchat:TikTokの対抗馬であるSpotlightの導入と同時に、トップクリエイターに毎日100万ドルの報酬を支払うと発表(ソース)
- Meta: FacebookとInstagram上のトップコンテンツに対して、クリエイターに報酬を支払う10億ドル規模の投資プログラムを発表(ソース)
- Roblox:2021年にゲームプラットフォームの開発者(クリエイターとも呼ばれる)に5億3,830万ドルを支払った。2年前の1億1200万ドルから大幅な増加(ソース)
上記データが示す通り、クリエイターエコノミーの盛り上がりは確実に存在します。繰り返しますが、この記事の主目的は、「さすがにバズワードに乗じて風呂敷を広げすぎだろう」という部分を評価することにあります。
実際クリエイターは稼げるのか?
クリエイターエコノミー関連の話題で良く目にするのは、「トップオブトップのクリエイターではないと稼げない」というデータです。
- Twitchのストリーマーの上位1%が、2021年に支払われた全ての報酬の半分以上を稼いでいる(ソース)
- Spotifyの上位0.8%のアーティストが、ロイヤリティの90%を稼いでいる。さらに、その上位0.8%のアーティストの大半のストリーミング収入は5万ドル以下である(ソース)
さらに、同じプラットフォームにおけるクリエイターの階層は固定化する傾向にあるようです。
「Edison Researchによると、昨年米国で最も人気のあった10個のポッドキャストのうち、ここ数年でデビューしたものは1つもなかったという。平均して7年以上前のもので、上位5つのうち3つは10年以上前のものです。開始2年未満のポッドキャストはトップ50にはほとんどランクインせず、上位25位には1つも入っていない(ソース)」
多くの個人ライターの独立ストーリー生んだSubstackでさえも、トップ層が占めるシェアが非常に高くなっています。
「2021年2月時点で、Substack全てのライターの収入は3,000万ドル(平均課金額が10ドル/月、購読者数25万人を想定)と推計される一方で、トップ10のライターの総収入は1,500万ドル。つまり、少なくとも数千人はいるであろう全ライターにおけるトップ0.1%以下が50%のシェアを占めるていると推定されます。(引用記事の数値を用いた筆者推計)」
最後に、以下はクリエイターがどれくらい稼いでいるかというデータではありませんが、クリエイターエコノミーを最も推進しているVCであるa16zのブログに記載されていた、「クリエイターの4段階」を示す表です。趣味の範囲⇒フルタイム⇒スター選手⇒殿堂入りという分類になっていますが、注目して頂きたいのがHobbyistのところに「99%のクリエイターはここに属する」と記載されているということです。つまり、クリエイターエコノミーの信奉者でさえも、世の中のクリエイターのうち1%しか生計を立てられないと見ていることになります。上述の通り、世の中にはクリエイターと称する人が少なくとも5,000万人は存在するということですが、その中で生計を立てられるのはたった50万人ということになります。
なぜ多くのクリエイターが稼ぐのは難しいのか?
多くの人にとって、クリエイターとして稼げないのは当たり前だろう、という感覚かもしれませんが、近年のクリエイターエコノミーの盛り上がりや、昨年からのメタバース/web3(後述)への注目もあいまって、日本でも「1億総クリエイター」という思い切った言説も見かけるようになりました。クリエイターの定義にもよるのかもしれませんが、さすがにそれは言いすぎだろうと思うので、なぜ多くのクリエイターは稼げないのかについて考えます。クリエイターエコノミーの代表的なサービスであり、かつ私が個人的にもっとも馴染みのあるSubstackを事例にして考えていきます。
- スーパースターによる富の独占は避けられない
- 消費者(需要)に対してクリエイター(供給)が多すぎる
- 無料のコンテンツで良質なものが数多く存在する
- コンテンツの品質を保ち、リテンションし続けることは大変である
- プラットフォーマーなしではビジネスが成り立たない
1.スーパースターによる富の独占は避けられない
多様なジャンルにおけるニッチな読者層を獲得することで、多くのクリエイターがニュースレター専業で生計を成り立たせることを支援しているSubctackでさえも、前述の通りトップクリエイターがマーケットシェアの大部分を占めるという事象が起こっています。これは、まだこの分野が未成熟であることが原因で、今後より市場が拡大してくれば、分散されていく可能性もあるのかもしれません。
ただし、少なくとも日本人の立場で考えると、インターネット上で戦う上では英語コンテンツが圧倒的に有利である事実は非英語圏のクリエイターにとっては重くのしかかります。以前別の記事で紹介しましたが、テック業界の最新トレンドをフォローするには、Ben ThompsonやBenedict Evansの人気ニュースレターを購読するのがグローバルで定番になってしまいます。英語コンテンツと日本語コンテンツは、TAM(Total Addressable Market)が10倍以上異なります。
2.消費者(需要)に対してクリエイター(供給)が多すぎる
アメリカでテックライターがニュースレターで生計を成り立たせるために必要な有料購読者を計算すると、
- 目標:年収15万ドル
- 料金:月額$10ドル*12カ月
- 有料読者数:1,250人(=150,000/10/12)
定番テック系ニュースレターの1つである、Lenny’s Newsletterは、開始1年で1,000人の有料購読者数に到達し、これにより筆者は前職(AirbnbのPM Lead)の給料を越えたと公開していました(注:彼の値段設定は$15/月)。なので、ニュースレター専業の人たちが目指すゴールをとりあえず1,000人とおくことにします。
I'm now earning a higher salary from this newsletter than I did at my last tech job (PM Lead at Airbnb) 🤯 https://t.co/3k3F54yFKS
— Lenny Rachitsky 🇺🇦🇺🇸 | lennysan.eth (@lennysan) October 21, 2020
ここで、若干の論理の飛躍を感じつつも、消費者(需要):クリエイターの(供給)の比率を1000:1とした場合に、前述の5,000万人の自称クリエイターが生計を成り立たせるために必要な消費者の数を計算すると……、500億人になります。色々なクリエイターの稼ぎ方がありますし、そんなに稼がなくても生活は成り立つ、という指摘はありつつも、5,000万人を養うためには消費者の数が圧倒的に足りないということは、ざっくりと感じられるのではないかと思います(※)
(※)上記を書き終えた後に発見したのですが、クリエイターエコノミー界隈では良く読まれている有名なエッセイでも「クリエイターには1,000人の真の支援者がいれば十分」と言っていたようです。なので、上記の過程はそんなに間違ってはいなさそうです。
3.無料のコンテンツで良質なものが数多く存在する
人気ニュースレターの1つであるPlatformerを配信しているCasey Newtonが、こちらの記事で自身のSubstackのユーザー数について公開していました。これが示すのは、トップニュースレターであっても90%超は無料版を購読している、ということです。
「以前のメルマガを引き継いでPlatformerを始めた時の読者数は約2万4,000人だったが、12カ月後の今の購読者は4万9,604人まで増えた。サブスタック社から受けたガイダンスによると、無料登録者のうち10%ほどが有料になる可能性があるとのことでした。しかし、実際は5%程度でした。この1年でこの数字は少し増えましたが、それでも10%をはるかに下回っています」
これはまさに、クリエイターエコノミーの推進者が批判するプラットフォーマーによる広告モデルの弊害で、世の中の消費者が無料のコンテンツに慣れてしまったことが原因かもしれません。ただし、それだけが原因とは言い切れません。
- a16zなどのVCを初めとして、コンテンツ以外で稼ぐビジネスモデルのプレイヤーが、良質なコンテンツを無料で公開する戦略を取っている。
- 特にお金を稼ごうという目的はなく、ボランティア精神・自己顕示欲・ネットワーキングなどのために、良質なコンテンツを無料で配信している個人も多く存在する。
4.コンテンツの品質を保ち、リテンションし続けることは大変である
これは定性的な話になりますが、個人クリエイターは文字通り自分のコンテンツに対する評価が全て自分の収入に直結するシビアな仕事です。一発大きなコンテンツで大儲けできれば良いというケースは稀で、基本的には質の高いコンテンツを継続的に発信し続けなければなりません。サブスクリプション型のモデルであれば、獲得したユーザーの解約率をいかに低く抑えるかが肝になります。上記で計算した1,000人の読者に到達しても、遅かれ早かれ解約する人は出てきます。
一方で、組織としてコンテンツを配信するプレイヤーは、個人プレイヤーと比べて配信するコンテンツの質のブレを比較的抑えることができます。なぜなら、複数のクリエイターを抱えているので、その中で良質なものを選択して配信するオプションがあるからです。組織としてポートフォリオを抱えることで、全体としてのアウトプットの質がブレるリスクを軽減していると言えます。
毎日・毎週読者にささることを書き続けるというのは、一部の限られた人にしかできない芸当だと個人的には思います。
5.プラットフォーマーなしではビジネスが成り立たない
前出のCasey Newtonによると、新規ユーザー獲得はtwitterにほぼ依存しているとのことです。
「Substackのニュースレターを成長させる方法は、Twitterだけです。これは85%くらい本気です。Platformerが始めて以来、私は様々なSubstackのリーダーボード、新聞記事、ポッドキャスト、ラジオ番組、ブログ記事で紹介されてきました。しかし、多少の効果があったのは、500の「いいね!」を獲得した有料ブログ記事のスクリーンショットくらいでした。他に良い手段があればいいのですが、今のところ、Twitterくらいしかないように感じます」
いくら素晴らしいコンテンツをSubstackで配信していたとしても、それだけではユーザーに発見されない可能性が高く、結局はTwitterを初めとしたプラットフォームにおけるレピュテーション・アテンションが必要不可欠。大多数のアテンションをテコにした広告モデルではなく、ニッチな領域でサブスクリプションモデルを取ったとしても、ユーザーに発見してもらうには、グローバルでニーズを集約してくれる仲介役の存在が重要になる、というのが現実のようです。
web3は解決策になるのか?
さて、もはやクリエイターエコノミーを語る上で、触れないわけにはいかないほど、web3の盛り上がりはすごいものがあります。web3については、連載記事を以前に書いたのでこの記事では多くは触れませんが、上記で挙げたクリエイターが抱える課題を現時点のweb3のソリューションが解決するようには思えません。
OpenSeaのような中央集権的なプラットフォーマーによるニーズの集約は不可欠のように思えますし、BAYCなど特定のスーパースターNFTに資金が集約してしまうという現象がすでに起こっています。web3で分散型のコミュニティを作りたいという話は、往々にしてクリエイター(供給)側の論理であって、消費者(需要)側が求めているのか定かではないことが多いように感じます。また、「世の中の多くの人がクリエイターになれる・なりたいと思っている」という前提がありそうです。
ただし、web3が目指す世界がこれまでと大きく異なる点は、「financialization of everything」と呼ばれるものです。クリエイターエコノミーの文脈では、「消費者がクリエイターに投資をすることで金銭的なリターンを得る可能性を提供する」という新しい形のモデルが生まれます。これは、確かにマーケットへの参加者を増やす可能性はありそうです。これまでは「そのクリエイター/コンテンツ自体に興味があるから購入する」という参加方法だったのが、「そのクリエイター/コンテンツの価値が将来的に値上がりする可能性があるから購入する」という参加方法が生まれるということです。
ただし、バブルの発生、詐欺コンテンツの増加、金銭目的ではない純粋なファンと投機家の対立など、すでに課題が噴出しているので、このモデルが将来的に持続可能なのかはまだ分かりません。さらに、こちらの報告書によると、「2020年には156日だったNFTの平均保有日数が2021年には48日に激減した」ということなので、現時点ではクリエイターの支援よりも投機の色が強まっているのだろうと推測されます。
確かに、NFTの登場によりそれまで無名だったクリエイターが巨額のお金を稼いだという話はあります。ただし、YouTubeやTikTokなどが登場した時も、それまでは一般人・素人だった人がスターになるという現象は起きています。なので、現時点ではweb3・NFTがクリエイターに特別な価値を提供しているのか、もしくは新しいサービス・ゲームの仕組みが出来た時に新しい勝者が生まれているだけなのか、まだ判断できない段階だと思います。
追記
この記事を執筆する上では参照しませんでしたが、クリエイターエコノミーのご意見番といえばこの人とも言えるLi Jin氏(元a16z、現在は自身のVCを運営)が、クリエイター間の格差をどう解消するかについて、問題提起をしていたようです。
私がこのリストの中で個人的に興味があるのは、「9. クリエイター向けのユニバーサルベーシックインカム」です。実現性はさておき、割と本質をついているのではないかという印象です。
なぜなら、もしもこれまで会社・事務所・スタジオなどの組織に所属してクリエイティブな活動をしていたトップ層の人たちが、個人でビジネスを初めて成功する流れが続いた場合に、中間層のクリエイターの人たちの雇用が危ぶまれるシナリオもあるのではないかと思うからです。独立したトップクリエイターたちはマーケットの需要も、クリエイティブの供給も、元の組織から奪ってしまう可能性があります。パレートの法則(80対20の法則)でトップ層が牽引することで成り立っていた組織は、ある意味で社会保障を提供する存在だとも言えます。
というのは悲観的なシナリオの話ですが、より楽観的なシナリオとしてベーシックインカムがあればよりリスクを取った創作活動に励む人が増えて、社会全体のクリエイティビティが活性化する、という可能性もあるかもしれません。
追記2
ちょうどこの記事を書き終えた位のタイミングで、Substackが色々なニュースレターを集約して表示するアプリを発表しました。これは、クリエイターにツールを提供する役割を主に担っていたSubstackが、プラットフォーマー的な役割を果たすことを意味し、当然なら賛否両論が出ています。なぜなら、Substackが独自のプラットフォーム上でユーザーによる発見(ユーザー獲得)をサポートするということは、Substackのさじ加減が各クリエイターのビジネスに大きなインパクトを持ち得ることになるからです。
Contributing Writer @ Coral Capital