有料プランに加入して1年後にどれだけのユーザーが離脱せずに、有料会員のままとどまっているか? いわゆる「リテンション率」の推移をグラフにすると、どれだけユーザーがサービスに価値を感じているかが分かります。
同じSaaSでもC向けとB向けでは標準的とされる数字は大きく異なり、B向けでは離脱が少ないので、離脱したほうをカウントする「チャーンレート」を使うのが一般的です。B向けSaaSならチャーンレートは1%以下であれば非常に優秀ですが、C向けでは1年で10〜30%程度が離脱するのも一般的。ネットのサブスクとは違いますがスポーツジムなど1年後に90%の会員が退会していると言われている業種もあります。
このリテンション率に関して音楽ストリーミングの「Spotify」で、とても興味深い現象が起きているようです。Bloomberg傘下の調査会社Second Measureによれば、米国市場において2020年7月に開始したカップル向けの新課金プラン「Premium Duo」(月額12.99ドル)の1年後のリテンション率が83%と、他の個人向けプレミアム(同9〜11.99ドル)の69%や、ファミリー向けプレミアム(同14ドル超)の73%よりも高いというのです。以下のオレンジの折れ線グラフです。
どのグラフを見ても1カ月後の落ち込みが急激で、中でも「個人向けプレミアム」(緑色)が他と比べて大きくなっています。赤い線の右端で落ち込みが目立つのは、学生プランでは1年ごとに在学証明を提出する必要があるためだとSecond Measureは推測しています。
推測でしか理由がわからない面はありますが、SaaS事業者にとって、これは興味深いデータではないかと思います。かつてネット利用は「1アカウント=1個人」という時代が長く続きましたが、GoogleやNetflixなどビッグテックでも「ファミリープラン」は一般化しました。しかし、まだ世帯のあり方をさらに細かく分類することで刈り取れる消費者余剰が残っているのかもしれません。
政府統計(PDF)でも以下のように近年の日本では1人世帯、2人世帯が比率としても高まっていて、3人世帯は横ばい、4人以上世帯は1980年以降ずっと低落傾向にあります。
Spotifyのカップル向けプランでリテンションが高い理由は良くわかりません。もともと個人向けに比べて、学生向け、ファミリー向けなどは「お得感」があるために離脱が低いのも理由の1つでしょうか。ファミリーやカップル向けでは「自分としては解約しても良いと思っているが、自分以外が使っているのであれば継続してもいい」というような解約を切り出しにくい心理が働きやすいのかもしれません。Duoプランの年齢構成は開示されていませんが、もしかすると最も音楽を熱心に消費する18〜35歳の層にハマったというだけのことかもしれません。
ともあれ、料金プラン1つで収益性が変わるSaaSでは、まだまだ価格についてのイノベーションが起こるのではないかと思わせる事例ではないでしょうか。商取引がデジタル化していく中で、価格戦略の重要性が高まっているということについては、ぜひ以下の書籍も参考にしてみてください。
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