以前にも書いたように、スタートアップの成長は主に「プロダクト構築ステージ」、「ビジネス構築ステージ」、「組織構築ステージ」の3つのステージに分けられます。特に最後のステージでは、経営陣がどのような自社カルチャーを育てるかによって、企業の行動基盤となる「OS」的な存在となって、その先、何年も影響してきます。
ユヴァル・ノア・ハラリの著書「サピエンス全史」によると、人類が他の種や生物を押しのけて地球の頂点に立つことができたのは「認知革命」のおかげだといいます。「認知革命」とは人類が言語や信仰を使って「虚構を共有する」能力を身につけた過程のことですが、同じ方向性や信仰というある種の「虚構」を共有できるようになったおかげで、人類は見知らぬ他人同士でも大人数で団結して行動できるようになりました。例えば、初対面で出身地も全然違う相手でも、同じ仏教徒であれば、「同じ教典を読み、実質同じ行動倫理や体制を共有している」という認識のもと協調できるのです。
同じことが組織に対しても言えます。ビジョンやミッション、バリューは組織の目標や取るべき行動を示す「教典」のようなものです。これらがよく考えられているスタートアップは、明らかに違いがわかります。メンバー全員が企業のブランドイメージに概ね沿った行動を取っていて、対外的にも内部的にも組織全体のベクトルがそろっているのです。いわゆる「強固なカルチャー」というものです。そしてこのような統一性のある「OS」が確立されていれば、事業をスケールしても効率的な運営を維持できるようになります。
カルチャー形成に関して私はもちろん専門家ではありませんが、私自身が経営しているCoral Capitalの組織作りという点で普段から強く意識していることではあります。ベンチャーキャピタルというビジネスでも、やはり強固なカルチャーを持っているファームのほうが長期的に成功しています。Sequoiaが最も良い例かもしれません。同ファームでマネージング・パートナーとして長年活躍してきたMichael Moritz氏も、「ベンチャービジネスについて語るとき、誰もが投資先のスタートアップのことばかり書きますが、最大の投資先であるはずの自分たちのビジネスについては誰も書かないのです」と述べています。
このことを胸に、私もCoralのミッションやバリューを考えるのに時間をかけ、さらにそれが本当にベストかどうか常に問い続けるようにしてきました。私たちが最近ミッションステートメントを変えることになったのも、このこだわりが原因です。以前のものは方向性が合っていないことに気づいたため、一から作り直したのです。
その作り直しの中で、ミッションやバリューを考えるときに重要なポイントをいくつか絞り込めましたので、今回ご紹介したいと思います。組織作りに取り組んでいる方々のご参考になれば幸いです。
ミッションステートメントは明確かつ客観的であるべき
当たり前のように思えるかもしれませんが、驚くほど多くの企業が漠然としたミッションステートメントを作り、失敗しています。「世の中の意識を向上させる」など、具体的な行動に結びつかないようなステートメントにしてしまっているのです。一方で、良いミッションステートメントはまるで北極星のように企業の方向性を明確かつ効果的に示すものです。例えば、Teslaのミッションは「世界の持続可能エネルギーへのシフトを加速する」です。他にも、Googleのミッションは「世界の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること」、IKEAのミッションは「優れたデザインと機能性を兼ね備えたホームファニッシング製品を幅広く取りそろえ、より多くの方々にご購入いただけるようできる限り手ごろな価格でご提供すること」です。どれも非常に具体的で実用的です。Coralの以前のミッションはこのような具体性や実用性が欠けていたので、変える必要がありました。
バリューはキャッチーであるべき
Googleの「Don’t be Evil(邪悪になるな)」というモットーを覚えている人は多いと思います。では、他のバリューやモットーはどうでしょうか。思い出せるものはありますか? ちなみに「Don’t be Evil」は公式のバリューではなく、従業員のPaul Buchheit氏が2001年のとあるミーティングで企業バリューの候補として提案したフレーズだったそうです。しかし、あまりにもキャッチーであったため、社内で繰り返し使われるようになり、ついにはIPOの目論見書にも書かれたというわけです。
バリューは必ずしも個性的である必要はありませんが、人に覚えてもらえるくらいキャッチーではあるべきでしょう。例えばCoralでは、個人の活躍ばかりが脚光を浴びがちなVC業界の中で、チームワークを重視することが優位性に結びつくと考えています。しかし、私たちのバリューは「チームワーク」ではなく、「Play Jazz:ジャズセッションのように」です。
ジャズのジャムセッションでは、お互いに合わせながらも、自分の個性を発揮することが大事です。スタイルやペースなどはリーダーが決めるかもしれませんが、それぞれのパフォーマーが自分のテクニックや楽器の魅力を最大限に引き出した演奏ができるように、基本的には彼らの独自性に任せます。各メンバーのソロパートでは、ソロの魅力を引き立たせるために、残りのメンバーはバックグラウンドの演奏でサポートします。Coralでは、チームワークにおいてこのような即興や協調を大切にしています。それぞれ1人で演奏はできるでしょう。でも一緒にやる。それがジャズです。
このバリューは言葉や表現自体が個性的で、わかりやすいイメージを思い起こさせることもあってキャッチーです。私たちも、自然とこのバリューを一番よく引用するようになりました。1日に数回は使っているかもしれません。「OK、ここはプレイジャズで行こう」とか、「ナイスジャズだったね!」など、日常的に出てきます。
また、あえて個性的な表現にしたことで、社内の人間にだけわかる言い回しが生まれたというメリットもありました。これが予想外に良い効果をもたらしているのです。Coral関係者とそれ以外との境目が自然とはっきりして、内輪の結束が強くなり、仲間意識を高めることにつながっています。
本当に効果的なバリューには、論理的に否定する余地がある
上記はMark Zuckerberg氏がポッドキャストで最近言ったことですが、個人的に非常に納得できました。「正直であれ、みたいなバリューは当たり前すぎてあまり役に立たない」とも言っていましたが、確かにまともな企業であれば当然、社員に正直さを求めるでしょう。掲げられるバリューの数は限られているので、他とは違うけれど、良い企業として合理的に実行できるものを選ぶべきだということです。また、良いバリューというのは、他の何かを諦めた上で追求できるものでもあります。例えば、Facebookでは「素早く行動し、破壊せよ」(Move Fast And Break Things)という有名なバリューを以前掲げていましたが、これは「素早い行動を促進できるなら、多少の不具合は許容する」という意味でもあります。
Coralのバリューにも、「Do Well By Doing Good:良いことをして、良い結果を出す」というのがあります。LP投資家や自分たちのためにお金を稼ぐのが事業の目的ではありますが、誇りを持てる形で稼ぎたいと私たちは考えています。実際、高いリターンが得られそうであっても、世の中に良い影響をもたらすと思えなかった案件は、過去にいくつも辞退してきました。
強固なカルチャー作りは、プロダクト・マーケット・フィットやビジネスモデルを無事確立し終えた組織のリーダーにとって何よりも重要で、レバレッジが最大に効く仕事かもしれません。にもかかわらず、カルチャー作りに十分な時間を割けていない経営陣が多いのが現実です。「誠実さ」のように印象が薄くて曖昧な、ありふれたバリューを決め、素通りされるだけのポスターを社内中に貼って満足してしまっているのです。しかし、強固なカルチャーには企業の今後の軌道や潜在的な成長性さえも完全に変えてしまうほどの影響力があるので、真剣に取り組んだほうが良いと私は投資先の起業家たちにも常日頃から強く勧めています。ある程度のステージになれば、カルチャーそのものが「プロダクト」になる日が来るでしょう。それ自体が企業を動かす「OS」になるのです。だからよく考えて構築し、バグを減らし、うまくいかなければ機能をいくつか削ぎ落とすことも恐れず取り組み続けましょう。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital