Key points
- Nstockが無償公開したストックオプションのひな形「KIQS」の作成に協力しました
- 税制適格を保つだけでなく、今の時代のスタートアップに合わせた条項を入れ込んでいます
- J-KISSのように広く利用され、エコシステムをアップデートすることを期待しています
※情報開示:NstockはCoral Capital出資先SmartHRの100%子会社です
株式報酬SaaSを開発・運営するNstockが、スタートアップのための税制適格ストックオプション契約書ひな型キット「KIQS」を無償公開しました。シード向け投資契約のひな形であるJ-KISS同様に、こうしたひな形が公開されることは、スタートアップエコシステム全体に良い影響を与える取り組みであると思い、企画・設計段階からCoral Capitalとして全面協力させていただいています。このブログでは、VCという立場から見たエコシステムに対する観点や、J-KISSというひな形を作成し普及を推進してきた立場から、KIQSの意義や期待について少し記しておこうと思います。
KIQSはKeep It Qualified Stock optionの略であり、日本における「税制適格ストックオプション」の契約書ひな型キットです。新株予約権割当契約書や発行要項に加え、新株予約権原簿や登記に必要な書類などもキットに含まれています。
国内では信託型SOも普及してきていますが、もっともベーシックなストックオプション制度である税制適格ストックオプションは、今後も広く使われていくはずです。そこにスタートアップ向けのデファクトスタンダードが確立されるということには大きな意義があると思っています。
KIQSが無償公開されたことで、より多くのスタートアップが、知識がなかったり資金に余裕のない初期段階からでも、税制適格をしっかりと保った形でストック・オプションを発行することができるようになると考えています。さらに、後述するように、今の時代のスタートアップに合わせた条項も入れ込んでいるため、KIQSがエコシステムをアップデートしていくことも期待しています。
税制適格ストックオプションのひな形があることの意義
J-KISSでも実感しましたが、業界標準として依拠できるひな形がある、ということはあらゆる面で手間や費用を削減してくれます。
スクラッチから新たに作成するのではなく、ひな形をベースにすることで、車輪の再発明をスキップすることができます。また、作る側もレビューする側も差分だけを見れば良いので、確認すべきポイントが明確になります。実際にストックオプションを受け取る従業員にとっても、ひな形からの差分を見ることで、自社の経営陣の方針がよりクリアに分かるでしょう。
また、KIQSには今の時代のスタートアップに合わせた条項がいくつも入れ込まれています。従前からストックオプションには様々な点で日米の違いがあり、それは制度上の違いだったり、慣習としての違いだったりと様々ですが、少なくとも後者については変えていけるはずです。KIQSにはこうした点も盛り込まれており、NstockやCoral Capitalが考える現時点でベストな指針を示すことで、業界の標準を変えていきたいという気持ちもあります。
ひな形には業界の慣行を変える力があります。例えば、投資契約では会社と経営株主の双方が署名者になるのが一般的ですが、J-KISSではあえて経営株主の署名欄を削りました。本来は会社と投資家の契約のはずとの考えからです。この考えは一定程度受け入れてもらえたのではないかと思っています。
退職後も持っていける設計が選択可能
今回のKIQSに含まれるコンセプトの中で、退職後も権利確定したストックオプションを持っていける(という設計が選択可能)という点は、今後のスタートアップエコシステムの発展において重要だと考えています。もちろん個別の事情も勘案されるべきですし、ストックオプションを付与するという行為に込めた意味合いは会社や状況によって異なります。しかし、一定期間会社に明確に貢献をしたのであれば、その対価は得られて然るべきですし、退職によってそれがすべて無くなってしまうというのは、やはりおかしいのではないでしょうか。
また、ミドル〜レイターステージのスタートアップでは、スキルセットとして今のステージにはマッチしていないが、ストックオプションのために会社に残り続けているという従業員がどうしても一定程度出てきてしまいます。事業や組織が急速に変化し続けるスタートアップでは仕方のないことなのだと思いますが、そうした状況は従業員にとっても、会社にとっても不幸です。一定の条件でストックオプションを持っていけることで、従業員が新しいチャレンジに積極的に進めるように、また会社としてもステージにあったチームを作っていけるようにしてくことは、数年の短期戦ではなく、5〜7年もしくはそれ以上の長期戦となった今日のスタートアップでは重要だと思います。
Coralの投資先でも、初期の頃に貢献してくれたエンジニアに対して、株主の承認をとって新株予約権の内容を修正してでも部分的にストック・オプションを持っていけるようにした事例がありました。しかし、まだそういった設計は一般的とまでは言えません。KIQSによって標準が変わっていくことを期待しています。
M&Aの時も税制適格を維持可能
以前M&Aの時にはスタートアップのストックオプションは紙くずになってしまうという懸念がTwitterで話題になったことがありました。ストックオプションが無価値になるとまではいかなくても、M&Aの形によっては、せっかくのストックオプションなのにキャピタルゲイン課税にならない状況もありえます。これは常に起こるわけではありませんが、そうなってしまった事例も実際に耳にします。
M&A時の状況は様々で多数の要素が絡み合うため、十把一絡げには語れませんし、税制適格を保つ仕組みを盛り込んだとしても、実務的な課題もあります(保管委託要件など)しかし、それが理論的に可能なのであれば、その仕組みは当初から入れ込んでおくべきとの考えから、KIQSには選択可能な形で盛り込まれています。
日本のスタートアップエコシステムは成熟しつつあり、今後はあらゆるステージでM&Aが増えていくと予想されます。この条項は、その際に重要な土台となると考えています。
KIQS利用時の留意点
以上のようにKIQSは日本のスタートアップエコシステムの発展に資するものだと思っていますが、利用にあたってはいくつか注意点もあります。
まず、J-KISSは原則として改変を非推奨としていましたが、それとは異なり、KIQSは自分の会社に合わせて、様々な点で選択したり、編集して使うことを前提としています。なお、修正にあたっては必ず弁護士に相談をしましょう。
また、M&A時に税制適格を維持できる点などは、現行基準からすると「可能だけれどチャレンジも大きい」というものになっています。実務的に可能かどうかはよく検討し、その上で会社として意思決定するようにしてください。
一方で、こうして「標準」をあえてチャレンジングな高さに設けることにより、近い将来には制度の方が変わっていく可能性もあると思っています。その際にはきっとKIQSもバージョンアップしていってくれるのでしょうし、むしろKIQSをバージョンアップしなければならなくなるくらい、スタートアップ業界で制度を変えていけることを期待しています。
というわけで、スタートアップの皆様はぜひNstockのサイトからKIQSをダウンロードしてみてください!
Founding Partner @ Coral Capital