本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
地方自治体のスタートアップ支援が「ボーダレス」に進化
スタートアップ起業家として、自社ソリューションの新規性や優位性を理解してもらうのに苦労した経験はありませんか?「〇〇ってこういうもの」というイメージをユーザーが一度抱いてしまうと、その既成概念を壊すのは簡単ではありません。これと似たような状況にあるのが、地方自治体によるスタートアップ支援です。実は大きな進化を遂げているのに、メリットを享受すべきユーザー(この場合は起業家)の多くがそのことに気づいていません。
近年の進化を表すキーワードは、「ボーダレス(=borderless:境界や国境がないこと)」です。従来の自治体によるスタートアップ支援施策は、公共と民間、管轄地域の内と外、国内と海外など、支援の内容や対象に明確な境界が存在していました。しかし、コロナの影響でオンライン上で完結するサービスが当たり前になったことも後押しして、こうした様々な垣根を越えた支援を展開する地方自治体が現れています。
この記事では、私が携わっている神戸市と渋谷区を例に、地方自治体による進化系スタートアップ支援の最前線をご紹介します。ボーダレスに展開される各自治体のエコシステムでは、民間企業どうしの感覚で担当者と話ができ、神戸市や渋谷区に拠点がなくても支援対象となり、日本語と英語で世界中からウェブ上で支援を受けられます。
専門人材の雇用と民間への委託で「官民」の垣根を越える
スタートアップが自治体からの支援を受けるにあたって、最初の課題となるのが窓口となる担当者とのコミュニケーションコストです。大企業とスタートアップのオープンイノベーションでも言われることですが、文化や前提が異なる組織に属する者同士が意思疎通するには、双方に理解のあるブリッジ人材による橋渡しが鍵となります。
例えば、神戸市では過去記事で紹介されているように、2016年から米500 Startups(現:500 Global)と連携したグローバルアクセラレーションプログラムを開始しました。その同年からは、「イノベーション専門官」と呼ばれる民間人材を採用し、スタートアップ関係事業のブリッジ人材として機能させています。実際に、私がゼネラルマネジャーを務めるInnovation Dojo Japan社では神戸市のGlobal Mentorship Program事業を受託運営していますが、カウンターパートであるイノベーション専門官チームとの定期的な議論を通じて、弊社の強みであるスタートアップ中心の柔軟な展開と、行政事業として最低限守るべき枠組みや線引きのバランスを取ることができています。
渋谷区でも、グローバル拠点都市推進室長としてShibuya Startup Supportのリーダーを務めるのは、海外・大手・スタートアップでの幅広い経験を評価されて民間から採用された人物です。メンバーも民間企業からの出向者や海外経験者など、コミュニケーション能力の高い人材を配置しています。民間企業とのコンソーシアムShibuya Startup Deckを運営するほか、一部の機能は高い専門性と機動力を持つ民間企業に委託することで、公共と民間の垣根を越えた支援体制を構築しています。私はスタートアップビザ事業を受託する企業からの業務委託で、外国人起業家向けの人事セミナーやコミュニティ運営を担当しています。こうした副業人材の巻き込み方にも、従来にないボーダレスさがあらわれています。
管轄区域外の企業も支援して「所在地」の垣根を越える
多くの起業家の皆さんがご存知の通り、当初の自治体によるスタートアップ支援の多くは、税収や雇用創出を大義名分とする従来の小規模事業者支援の延長線上と捉えられていました。そのため、インキュベーション施設やアクセラレータープログラムなどの参加にあたって、本社所在地が自治体の管轄区域内にあることが条件となる場合がほとんどでした。しかし、この慣行的な前提に縛られない破壊的な取り組みが現れはじめています。
2016年に始まった神戸市と500 Startupsの連携によるプログラムが画期的だったのは、神戸市に拠点がなくても日本全国のスタートアップが参加できた上、海外スタートアップにも門戸を開いていたことです。今年度はオンライン完結型のプログラムとなり、さらにボーダレスな性質を増しています。同市が主催する実証実験事業Urban Innovation KOBE(スタートアップと行政が共同開発を進めるプロジェクト:詳細は過去記事を参照)や、国連機関のイノベーション拠点UNOPSと連携したSDGs CHALLENGEなど、後発のプログラムでも日本全国のスタートアップを支援する姿勢を貫いています。
神戸市が今年度スタートしたGlobal Mentorship Programに至っては、応募や選考という概念自体がなく、Kobe Startup Hubというウェブポータルに登録した全てのスタートアップを各社の事業ニーズに合わせて「オーダーメイド型」で支援するプログラムとなっています。ある意味では、従来の自治体施策が物理的な住所で支援範囲を制限していたのに対して、Kobe Startup Hubというバーチャルなウェブ上の住所に範囲が置き換えられたと言えるかもしれません。
もちろん、神戸市も足元ではローカルなスタートアップエコシステムやエンジニアコミュニティーを構築していて、国内外から進出してくるスタートアップの成功を支える環境を整備しています。例えるなら、以前の自治体支援は売り切り型ソフトウェアのようなもので、サービスを受ける前に大きな投資をしてコミットメントを示す必要がありました。一方で進化系の施策は、無料版とプレミアム版があるSaaS型モデルに似ていて、スタートアップはコミットメントなしでプラットフォームが提供する高価値なサービスを活用できます。その価値を体験した上で、プレミアム版(この場合は管轄地域内への移転・進出)に切り替えてさらなるメリットを享受するか選択できるわけです。
グローバル視野のバイリンガル支援で「国境」の垣根を越える
起業家の皆さんの実感として、外国人起業家やエンジニアが周りに増えたり、海外展開が身近に感じられたり、グローバル化の兆しを感じているでしょうか?日本のスタートアップ・エコシステムを世界レベルに引き上げるためにグローバル化の必要性が叫ばれていますが、全国の自治体によるスタートアップ支援を見てみると、まだまだマインドセット(国内/海外志向)や言語面(日本語/英語)で境界線が明確なケースが多いようです。
そんな中、日本のスタートアップ文化の中心を担ってきた渋谷区では、率先してグローバルの垣根を越えようとする取り組みが行われています。未来構想の柱の1つとして「ちがいを ちからに 変える街。」と標してダイバーシティ(多様性)を推進していることもあり、Shibuya Startup Supportでは、立ち上げ当初から日本語を話さない外国人でもコミュニティに参加しやすいように、情報発信のチャンネル、言語、内容について配慮しています。
また、経済産業省が創設したスタートアップビザ制度を通じて外国人起業家の誘致に注力しており、他の自治体ではビザ発給数が年間1桁台であるのに対して、渋谷区では年間100件という野心的な目標を掲げています。そこで海外に拠点を置く外国人がビザ制度に関する情報を得て、申請を行い、来日し、会社を登記するまでの流れをより円滑にするため、情報発信のオンライン化をはじめ、問い合わせ〜申請〜審査〜承認までの過程がリモートで完結するように設計されています。
国際都市として長い歴史を持つ神戸市でも、海外のスタートアップ支援機関と連携するなど、全国の自治体に先駆けてグローバル色の強い支援メニューを提供してきました。弊社運営のGlobal Mentorship Programも例外ではなく、バイリンガルの運営チームが起業家と国内外のメンターをつなぐ役割を果たし、マインドセットや言語の垣根を越えたローカルかつグローバルなエコシステムを構築しています。「いつかは海外進出したいけど、英語力や事業ステージが不十分」と感じている起業家にとっては、グローバルに慣れるための場としても利用価値が高いプログラムです。
ボーダレスなスタートアップ支援のメリットを享受しよう
スタートアップが世の中に求められるサービスや製品を作るために、ユーザーの声が何より重要であるように、スタートアップを支援する自治体のサービス向上には起業家や投資家からのフィードバックが不可欠です。私たちの支払う税金が、政府や地方自治体を通じて、将来の経済成長を担うスタートアップの成長やエコシステムの活性化に役立つ形で使われているかどうか。起業家のみなさんが実際にサービスを使ってみて「これは役に立った」「もっとこうしてほしい」と声を上げていくことで、行政による効果的な税金の投資が実現していきます。
この記事でご紹介したようにボーダレスなスタートアップ支援が一般的になれば、これからはスタートアップ支援に高い専門性をもつ一部の地方自治体が、日本全国や世界のスタートアップ起業家に支援インフラを提供し、存在感を発揮する時代になっていくかもしれません。起業家の皆さんには、地元以外の日本全国の地方自治体や、場合によっては海外の政府や自治体が提供する支援にもアンテナを張り、次世代のボーダレスなスタートアップ支援のメリットを享受して、事業成長に大いに活用していただきたいと思います。
Contributing Writer @ Coral Capital