本記事はデジタルツイン構築プラットフォームを提供するSymmetry Dimensions創業者でCEOの沼倉正吾氏による寄稿です。テック系起業家として、スタートアップ関係者にお勧めの映画3本を紹介していただきました。
皆さんはじめまして、Symmetry Dimensionsの沼倉と申します。今回は、起業家の皆さん、スタートアップに所属している皆さん向けに、スタートアップ関係者が観るべき“アガる映画”3本を紹介したいと思います。起業やスタートアップでは悲しいとき、つらいいとき、楽しいとき、いろいろあると思います。そんなときに観てみると元気になれるかもしれません。
実話を基にしたスタートアップとGoogleの戦い「Billion Dollar Code」(2021年、ドイツ)
僕自身は、もともと3Dで描かれるコンピューターグラフィックスが大好きで、PCの3DCGベンチマークソフトを走らせて、それを眺めているだけで涎がでるような性癖の持ち主です。2005年にGoogle Earthが登場したときの興奮は今でも覚えています。PCから地球の好きな場所を3Dで呼び出すことのできるこのソフトウェアは大きな衝撃でした。
この「Billion Dollar Code(全4話)」(Netflixのリンク)は、このGoogle Earthが発表される8年も前に、ドイツのART+COMという企業がテラ・ビジョンという3D地球儀システムを開発し、Google Earth内の衛星画像呼び出しアルゴリズムの発明者としてGoogleと行った裁判を描く、実話を基にしたドラマです。
特筆すべきは冒頭の1話、2話です。この2話を観るだけでも価値があります。ここで描かれるスタートアップの成功や失敗、アイデアの閃きで仲間と爆アガりしたり、資金調達のピッチでまったく理解されなかったり、逆に時代が追いつくにつれ投資家から評価され投資を得てプロダクトを発表したり、というスタートアップ特有の雰囲気(もちろんデフォルメされてますが)が、とても上手く表現されていてお勧めです。特に1話のラスト、日本の京都で開催された展示会に、完成したプロダクトを出展して、訪れたユーザーがこれに触れ「おい、これすごいぞ……」と他の同僚に声を掛けるシーンは、モノ作りをしているエンジニアにとってはたまらないシーンかと思います。そしてこの京都で開催された展示会のWebページがまだある(!)というのが、ノンフィクション・ドラマな熱さを感じさせてくれます。
ART+COM社とGoogle社の裁判の結末はドラマを観ていただくとして、青春ドラマとしても、スタートアップのドラマとしても楽しめる作品になっています。個人的には、このGoogle Earthの商用利用が制限されたことにより、有志によってOSSによる新たな3D地球儀であるCesiumJSの開発がスタートし、それらを活用してデジタルツインやスマートシティを開発する我々のようなスタートアップがいることを考えると感慨深いものがありました。
カオスな現場の緊張感が堪らない「Steve Jobs」(2015年、米国)
スティーブ・ジョブズの映画は、本作品とは別に、もう1本、アシュトン・カッチャー主演のもの(顔が結構、本人に似ています)があるのですが、僕はコチラのマイケル・ファスベンダー(ダニー・ボイル)版の方が大好きだったりします。脚本はドラマ『ザ・ホワイトハウス』、マーク・ザッカーバーグのFacebookの創業にまつわる映画『ソーシャル・ネットワーク』を描いたアーロン・ソーキンです。僕は彼の作品が大好きなんですが、この作品でも彼の特徴でもある緊張感のあるマシンガントークが122分間ぶっ続けで展開されるなど、「言葉だけで進むアクション映画」といっても良いかと思います。
本作は3部構成で描かれています。1984年のMacintosh、1988年のNeXTcube、1998年のiMacという、スティーブ・ジョブズが立ち会う歴史的な3つのプロダクト発表会の本番40分前で構成されています。スタートアップの皆さんには、ピッチバトルや投資委員会へのプレゼンテーション前の、あの緊張感漂うザワザワとした雰囲気を思い出してもらえるとわかりやすいと思います。僕はあの時間が大好きなんですが、この作品はまさにあの雰囲気のど真ん中に観ている人を放り投げてくれます。
冒頭、発表会でMacintoshを喋らせるために現場でデバッグを強要したり、製品仕様にはないメモリを増設したり、エンジニアからしたらとても許容できないイカれたことを指示するスティーブ・ジョブズと、現場のスタッフとの怒鳴りあいや脅迫に近い、神経を削られまくるやり取りが描かれます。2007年の初代iPhoneの発表会でも、本体は未完成で、ソフトウェアはバグだらけ、突然電話が切れたり、インターネットと接続不能になったり、メール送信後にブラウザ閲覧は可能だけど逆の順番だとフリーズするなどなど……、操作手順を1つでも間違うと速攻で落ちるというメチャクチャな状況だったにもかかわらず、スティーブはケレン味たっぷりにプレゼンして大成功を収めた話は有名です(詳しくは「アップルvs.グーグル: どちらが世界を支配するのか(新潮文庫)」をぜひ)。
0→1での新規事業の立ち上げやスタートアップの初期というものは基本的に滅茶苦茶なものです。その滅茶苦茶でカオスな状態から、多くの人を巻き込み、プロダクトを作り込み、組織を育て、サービスとして成熟させていく過程の全てが起業家の旅路なんじゃないかな、と思っています。この作品では「伝説の人スティーブ・ジョブズ」ではなく、スタートアップのCEOとして、さらに人の親として、悩み、打ちのめされ、それでも未来を自分の方向に捻じ曲げようとしてもがいている起業家の姿が描かれているように感じています。アップルコンピュータの共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックは、本作について「役者が演じているのではなく、本当にジョブズの姿を見ているかのようだった」と大絶賛。ジョブズを演じたマイケル・ファスベンダーは、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。
偉大なる大失敗「GENERAL MAGIC」(2018年、米国)
僕はスタートアップをやっていてよく考えることがあります。それは「失敗」についてです。僕らは、朝から晩まで、頭を悩まして、人生を捧げて、プロダクトやサービスを作っています。そしてそのほとんどが失敗する訳です(参考記事:シードラウンドを調達した1,000社からシリーズC以降の成功に至る数は、わずか24社(2.4%))
市場に出すタイミングが合っていなかった、技術が追いついていなかった、お金が尽きた、チームがバラバラに分解した、と失敗の理由は様々です。よくあるのは、実はお金を払ってまで解決したい課題じゃなかった、というものですけども。まあとにかくよく失敗するわけです。ほとんどのスタートアップが失敗するならば、そこに投じられたチームの人生や、投資家が投じたお金は無駄だったのか? 何の意味もなかったのでしょうか? いえ、そんなことはありません。スタートアップが思い描いた未来のビジョン、プロダクト、それを応援する投資家の想いは決して無駄にはならないのです。
1990年にアップルコンピュータの子会社として設立されたGeneral Magic社は、アップルコンピュータでQuickDraw、HyperCard、MacPaintなどを開発したビル・アトキンソン、初期MacintoshのGUIなどを開発したアンディ・ハーツフェルド、後にGoogleに買収されるAndroid社を設立したアンディ・ルービン、後にiPodを開発するトニー・ファデルなど、そうそうたるメンバーで構成されたスタートアップで、発表当時も大きな話題になりました。General Magic社ではPIC(Personal Intelligent Communicator)と呼ばれる現在のスマートフォンの原型になるデバイスやオブジェクト指向型モバイルOSを開発していました。
現在のスマートフォンであるiPhone、Androidの原型がまさにこのPIC
このPICの開発過程を追ったドキュメンタリーがこの『GENERAL MAGIC』です。このドキュメンタリーでは、PICの開発経緯から、市場に投入され大失敗に至る過程を描いています。そうなんです、このプロダクトはまったく売れず大失敗だったのです。このドキュメンタリーを通して、未来から過去を振り返ってみれば、なぜこのデバイスが失敗したのかもよくわかるんですよね。General Magic社の若きチームメンバー達が想い描いた理想を実現するには、当時のCPUの演算処理は遅すぎたし、インターネットはまだ始まったばかり、モバイル回線の速度も遅かったなど……、市場投入のタイミングや技術的な背景が追いついていなかったことがよくわかります(競合機種を親会社のアップルが出すという悲運もあったりするのですが)。最終的にGeneral Magic社は2002年に倒産してしまいます。このときのメンバーたちが、後にiPhone、Androidの開発に携わり17年後にGeneral Magicで思い描いたビジョンとプロダクトが広く世界に広まり人々の生活を大きく変えました。
話は変わりますが、2020年に公開され歴史的な大ヒットになった「鬼滅の刃 無限列車編」というアニメーション作品があります。この原作コミックが同年に完結して、こちらも大きな話題になりました。この作品の中でも、たとえ道半ばで倒れたとしても、その想いは後世に受け継がれて必ず事を成すというテーマが語られていました。人は想像したモノしか形には出来ません。逆に言えば、想像すればいつかは必ず形にしようとする特質を人類という種は持っています。僕たちは未来の子どもたちのために想像をすること、そしてそれを形にしようとすること、これらを止めてはいけないのではないかと思います。たとえそのときは最終的に失敗したとしても、その想いやビジョンはバトンのように未来に受け継がれていくのですから。
Editorial Team / 編集部