J-KISSはシード資金調達のためのコンバーティブル・エクイティの投資契約書ひな型です。一方で、最近ではシリーズA以降のブリッジ調達に使われることも増えています。本稿ではブリッジ調達にJ-KISSを用いる際の留意点について解説します。
ブリッジ調達とは
ブリッジ調達とは、シリーズAとシリーズB、シリーズBとシリーズCなどの大きな調達ラウンドの間に、息継ぎのように行う調達ラウンドのことです。
目的は様々で、想定より早くキャッシュがなくなってしまった場合だったり、トラクションをもう少し伸ばしてから次の調達を行いたいという場合だったり、もしくは資金調達前にある程度キャッシュを確保して余裕を持って資金調達交渉に臨むためだったりします。
ブリッジ調達にJ-KISSを使うメリット
ブリッジ調達にJ-KISSを使うメリットは3つあります。
- ひな型が公開されていること
- ブリッジ調達は急遽行うことが多いと思います。その際、すでに広く使われているひな型を用いることで、迅速に調達を完了させることができます。後述するような修正を入れるとしても、一から契約書をドラフトするよりは早いでしょう。
- バリュエーションの決定を繰延できること
- ブリッジは往々にして微妙なタイミングで行われます。起業家としても投資家としてもバリュエーションを固めたくない場合が多いのではないでしょうか。その場合、コンバーティブルは解決策としてぴったりです。
- 次の調達ラウンド以降に余計な契約や株種が残らないこと
- ブリッジはあくまでも繋ぎの調達なので、そこで巻かれた契約が後々まで残ってしまったり、ブリッジのために設計した種類株式が残り続けることは望ましくないことが多いと思います。J-KISSの場合、コンバーティブルという仕組み上、次の調達にたどり着けば転換して消滅するため、後腐れがないとも言えます。
一方で、J-KISSは本来はシード期の資金調達のために作られた契約書ひな型であるため、ブリッジに用いる際に修正すべき点がいくつかあります。多くの場合に共通して修正すべきポイントについて解説したいと思います。
なお、ここで紹介するのはあくまでも修正のポイントです。実際の修正は、個別の状況に合わせて弁護士などの専門家に相談のうえ行ってください。
ブリッジJ-KISSで修正すべきポイント①:転換対象
J-KISSは正確にはJ-KISS型新株予約権、つまり新株を予約できる権利です。J-KISSでいったん資金調達しておき、事業がもっと進んだタイミングで行われる次の資金調達(シリーズA)の時に転換されて、その時に発行される株式になることを想定しています。
シード期には通常はまだ優先株式を発行していないため、転換対象は「普通株式。ただし、次回調達で種類株式を発行した場合はその種類株式」という書き方になっています(現時点でまだ存在していない種類株式に転換するような新株予約権は登記できないため)。
一方、ブリッジの際はすでに発行済みの優先株式があることも多いでしょう。ここをひな型通り普通株式のままにしてしまうと、次回資金調達が起きなかった場合にはJ-KISS投資家は普通株式を手にすることになります。これはダウンサイドリスクを抑える条項が含まれる優先株式に比べると、投資家にとってはかなり不利な条件です。従って、転換対象株式は、すでに発行済みの直近の優先株式に変更するのが良いでしょう。
<変更例(ブリッジ前のラウンドでA種優先株式を発行していた場合)>
発行要項5(1)(a)
(a) 本新株予約権の目的たる株式の種類(以下「転換対象株式」という。)は、当会社の普通株式とする。但し、次回株式資金調達(第(2)(a)(x)号に定義される。以下同じ。)において発行される株式が普通株式以外の種類株式である場合には、以下のいずれかとする。
↓
(a) 本新株予約権の目的たる株式の種類(以下「転換対象株式」という。)は、当会社のA種優先普通株式とする。但し、次回株式資金調達(第(2)(a)(x)号に定義される。以下同じ。)において発行される株式がA種優先普通株式以外の種類株式である場合には、以下のいずれかとする。
ブリッジJ-KISSで修正すべきポイント②:金銭を対価とする取得
ブリッジ調達を行ったが、次のラウンドに辿り着く前に買収されたときのことを考えてみましょう。
買収が決まった場合、(1) 買収前に出資額の2倍の金銭を対価にJ-KISSを取得する、または、(2) キャップで株式に転換してから買収される、の2つの方法があり、投資家にとってリターンの大きい方が選択されることになります。他に優先株主がいない場合はどちらが選択されても問題はありませんが、すでに優先株主がいる場合、既存の優先株主は優先株式の内容(日本の場合多くは1倍・参加型)に従って買収時の対価を得るのに対し、J-KISS投資家が(1)を選択した場合は他の優先株主と扱いが異なってくるため、公平性について既存株主から懸念が生じる可能性があります。
これを解決するためには、発行要項5(7)を丸ごと削除するのが良いでしょう。そうすれば買収が決まった時には、(2)の転換が行われ、さらに①の修正を行っていれば既存株主と同じ直近の優先株式に転換された上で買収が行われることになります。これであれば投資家間でもフェアと言えるでしょう。
<変更例>
発行要項5(7)
(7) 金銭を対価とする本新株予約権の取得条項
(a) 当会社が支配権移転取引等を行うことを決定した場合、当該取引の実行日までの日であって当会社の株主総会(当会社が取締役会設置会社である場合には取締役会)が別に定める日において、その前日までに行使されなかった本新株予約権を全て取得するのと引換えに、各本新株予約権につき本新株予約権の発行価額の2倍に相当する金銭を交付する。
(b) 当会社は、前(a)号に基づき本新株予約権を取得する日(当該日を定めなかった場合には支配権移転取引等の実行日)の2週間前までに本新株予約権の保有者に対して、支配権移転取引等の条件を書面で通知するものとする。
↓
(削除)
(7) 金銭を対価とする本新株予約権の取得条項
(a) 当会社が支配権移転取引等を行うことを決定した場合、当該取引の実行日までの日であって当会社の株主総会(当会社が取締役会設置会社である場合には取締役会)が別に定める日において、その前日までに行使されなかった本新株予約権を全て取得するのと引換えに、各本新株予約権につき本新株予約権の発行価額の2倍に相当する金銭を交付する。
(b) 当会社は、前(a)号に基づき本新株予約権を取得する日(当該日を定めなかった場合には支配権移転取引等の実行日)の2週間前までに本新株予約権の保有者に対して、支配権移転取引等の条件を書面で通知するものとする。
また、以下の点は必須ではありませんが、よく修正される点を参考記載しておきます
ブリッジJ-KISSで修正を検討すべきポイント③:ディスカウントの変動
実は、シードで使われるJ−KISSでは、ほとんどのケースではキャップで転換され、ディスカウントは使われません。一方で、ブリッジの際にはディスカウントで転換することが合理的な場面もよくあります。例えば、次のラウンドよりも早いタイミングで投資することに対する時間的価値としてディスカウントを捉えるとわかりやすいでしょう。
さらに、その場合、ブリッジから次のラウンドまでの期間に応じてディスカウントを変えるという修正もよく見かけます。例えば、ブリッジから次のラウンドまでの期間が半年以内ならディスカウントは0%ですが、半年〜1年だと10%、1年〜1年半だと20%といったようなものです(数字は仮)。
<変更例>
発行要項5(2)(a)(x)
(2) 転換価額
(a) 「転換価額」とは、以下のうちいずれか低い額(小数点以下切上げ)をいう。
(x) 割当日以降に資金調達を目的として当会社が行う(一連の)株式の発行(当該発行に際し転換により発行される株式の発行総額を除く総調達額が[100,000,000]円以上のものに限るものとし、以下「次回株式資金調達」という。)における1株あたり発行価額に[0.8]を乗じた額
↓
(2) 転換価額
(a) 「転換価額」とは、以下のうちいずれか低い額(小数点以下切上げ)をいう。
(x) 割当日以降に資金調達を目的として当会社が行う(一連の)株式の発行(当該発行に際し転換により発行される株式の発行総額を除く総調達額が[100,000,000]円以上のものに限るものとし、以下「次回株式資金調達」という。)における1株あたり発行価額に[0.81 – ディスカウント率]を乗じた額。
ディスカウント率は以下の通りとする。
①次回株式資金調達が20○○年○月○日までに発生した場合: 0%
②次回株式資金調達が20○○年○月○日から20○○年○月○日までに発生した場合: 5%
③次回株式資金調達が20○○年○月○日から20○○年○月○日までに発生した場合:10%
④次回株式資金調達が20○○年○月○日以降に発生した場合:20%
J-KISS転換時のキャップ、ディスカウントの計算式については、こちらの記事もご覧ください
【3分で解説】投資契約書&J-KISS(コンバーティブル)の仕組み(後編)超要約 | Coral Capital
ブリッジJ-KISSで修正を検討すべきポイント④:フロアの追加
J-KISSでは、次回資金調達のバリュエーションがこれ以上になった場合は、この金額で転換価額を評価する、というバリュエーションキャップが定められています。
ブリッジの場合、既存投資家として気になるのは上限よりも下限なのではないでしょうか。特に前回ラウンドの株価を下回る場合はダウンラウンドと呼ばれ、希薄化防止条項が発動してしまったり、一部の有償新株予約権が失効してしまうリスクなどもありえます。
そこで、キャップとは逆に「フロア」、つまり、転換価額の下限を定めることがあります。次のラウンドが想定よりも低いバリュエーションになったとしても、最悪でもこの株価で転換される、というものです。実務的にはブリッジの直前のラウンドの株価にすることが多いでしょう。
<変更例>
発行要項5(2)(a)(x)
(2) 転換価額
(a) 「転換価額」とは、以下のうちいずれか低い額(小数点以下切上げ)をいう。
↓
(2) 転換価額
(a) 「転換価額」とは、以下のうちいずれか低い額(小数点以下切上げ)をいう。ただし、○○円を下限とする。
ブリッジ調達にJ-KISSを用いる際の様々な留意点について解説しましたが、改めて強調しておくと、ブリッジ調達の状況はそのスタートアップの状況や投資家によって千差万別です。本稿で挙げた点はあくまでも過去の事例でよく見られたものですので、これを踏まえて起業家が自分でしっかりと考えた上で、弁護士などの専門家と相談のうえ、投資家とよく交渉してください。
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