本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
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投資家と経営者に求められるフィードバックのスキル
スタートアップ経営者は、常に「厳しい」フィードバックを求めています。仮説の検証やプロダクト開発にとって、数値データによる定量的なフィードバックはもちろん、顧客や投資家からの「言葉」を通じて伝わる定性的なフィードバックも欠かすことのできない要素だからです。また自社の中では、メンバーに対してフィードバックを「与える」立場でもあります。事業の進展とともに、厳しいことを伝えなくてはいけない場面が増えてきます。
一方、VCにとっては、出資先に対するフィードバックはもちろん重要ですが、出資を断る際にどう理由を伝えるかが、より広範な起業家コミュニティにおけるファームの評判に影響します。数多く出会うスタートアップの中で、出資できる企業はごくわずかです。出資しない判断をしたからには、相手は肯定的な内容だけでは納得しません。とはいえ、批判的な内容の伝え方を間違えれば、「偉そうに」と反発を生むリスクもあります。VCの判断も絶対ではないため、むやみに反感を買いたくないのが本音ではないでしょうか?
「厳しい」フィードバックには、相手がより良い未来を生み出すキッカケとなる可能性が宿っています。しかし、「厳しい」フィードバックがその本来の有益性を発揮するには、相手の目線を考慮した「優しい」伝え方が鍵となります。
この記事では、効果的なフィードバックの伝え方について、実践のポイントをご紹介します。人間どうしのコミュニケーションに絶対的な正解はありませんが、日頃フィードバックを求められたときの反応や人材育成に難しさを感じている方に、何かヒントになれば幸いです。
「厳しい」ことを「厳しく」伝えるなら、文化と合意が必要
当たり前のことを言うようですが、フィードバックには「与える」側と「受ける」側の人がいます。また、その内容によって、褒めたり感謝したりする「肯定的」なものと、行動・結果の修正や改善を促す「批判的」なものに分けることができるでしょう。
下記4つのうち、あなたが最も求めているか、苦手だと感じるのはどれでしょうか?(「全部自信がある」という方は、同僚・メンター・部下に尋ねてみてください。あなたのフィードバックの与え方・受け方に関して、意外な事実や改善点が見つかるかもしれません。)
- 「肯定的」なフィードバックを「受ける」
- 「批判的」なフィードバックを「受ける」
- 「肯定的」なフィードバックを「与える」
- 「批判的」なフィードバックを「与える」
世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエーツは、組織文化として「徹底的な透明性(Radical Transparency)」を追求していることで知られます。「徹底的な透明性」とは、相手の肩書きなどに関係なく、社内の全員が思っていることを思っているまま、率直かつ直接的にフィードバックを与え合う実践のことです。その徹底ぶりは圧巻で、ほぼ全ての会議がコミュニケーション分析のために録画され、会議中は発表者の分析やプレゼンテーションに対して、社内に導入されているシステムを通じたリアルタイムで直接的なフィードバックが行われます。どんなに辛辣な意見であっても面と向かって伝えることが求められ、陰口は3回見つかると解雇になるといいます。
この組織文化は、真実や現状をより正確に把握した上で、ベストなアイデアの採用や意思決定を行うことを目的としているそうですが、「厳しい」フィードバックを「厳しい」伝え方で共有するスタイルは、受ける側に大きな精神的負荷がかかります。創業者のレイ・ダリオ氏は、新入社員の約30%が「徹底的な透明性」になじめず18カ月以内に辞めてしまう現象を、次のように説明します。
「ブリッジウォーターに入社する人は皆、頭では『徹底的な真実』『徹底的な透明性』こそ自分たちの求めるものだと分かっています。熟考の上、覚悟して入社を決めたのです。それでも大多数が適応に苦労するのは、『2人の自分』を経験することになるからです。『上位レベルの自分』はメリットを理解していますが、『下位レベルの自分』は闘争・逃走反応(訳注:恐怖や危険を察知して、生存のために戦うか逃げるかの準備をする生理学的反応)に陥りやすいのです。」
人間には、「批判的なフィードバックの有益性を認めているからといって、それを実際に歓迎するとは限らない」という矛盾があります。この矛盾を多くの人が認識している証拠に、ある調査では、「これまでに最も有益だったフィードバックは?」との問いに72%が「批判的なフィードバック」と答えた一方で、批判的なフィードバックを「与える」ことに対しては、消極的な意見が多くを占めました。また、「批判的なフィードバックは『適切に伝えられた場合』に有益」として、伝え方の重要性を強調した回答者は92%にのぼっています。
ブリッジウォーターに倣って「徹底的な透明性」を導入しようとするCoinbaseのような企業もありますし、そこまで極端でなくても、批判的なフィードバックを「伝え方を気にせずに」言い合うことを好む経営者は一定数いるでしょう。しかし、この方針は少人数の組織で機能したとしても、事業成長とともにハラスメント等の温床となるリスクが高まり、かなりのメンテナンスコストがかかります。それでも実践するのであれば、入社後の文化的ミスマッチによる離脱やトラブルを防ぐために、最低限のモラルとして採用候補者に組織文化を十分に伝え、事前に同意を得ておくべきです。
効果的なフィードバック=「厳しい」内容+「優しい」伝え方
厳しいフィードバックが有益だとすれば、「矛盾」を乗り越えるような効果的な伝え方をマスターして、活用したいものです。キム・スコット氏は、GoogleでAdSenseやYouTube事業を率いたあと、スティーブ・ジョブス下のAppleでマネージャー教育を設計し、DropboxやTwitterでCEOコーチを務めた人物です。
著書『GREAT BOSS: シリコンバレー式ずけずけ言う力(原題:Radical Candor: Be a Kick-Ass Boss Without Losing Your Humanity)』で同氏が提案したフィードバックのフレームワークは、「言いにくいことをズバリと言う(challenging directly)」と「心から相手を気にかける(caring personally)」の2軸で構成されます。
この2軸は、あまりにも常識的で普通な気がしますが、現実には私たちが日常で接するフィードバックのほとんどが、どちらかに偏っているか、どちらも欠けているのではないでしょうか? スタートアップのピッチを聞いたVCや大企業が「素晴らしい、また連絡します」といって数カ月間沈黙するとき、また経営者が部下の作成したプレゼンに「いい感じだね、ありがとう」と言いながらほとんどのスライドを手直しするときーーこれらのフィードバックは、「ズバリと言う」「相手を気にかける」どちらの度合いも低いものです。
例えば、スタートアップのピッチを聞いて、「こんなレッドオーシャンで勝てるわけない」という批判的な意見を抱いたとしましょう。「言いにくいことをズバリと言う」という観点からは、思ったことをそのまま言えばいいのかもしれません。しかし、そこで「相手を気にかける」の度合いを高めて、「〇〇さんほどの経験があれば、競合の熾烈さは分かってると思いますが、どこに勝算を見出しているかが伝わらなかった」などと伝えれば、批判点を指摘しながら、相手に対する敬意や今後の改善点を示すことができます。
あなたは「厳しい」フィードバックを、明確に伝えているでしょうか? また、その意見が相手の耳に届くとき、相手はあなたからの敬意や思いやりを感じられるでしょうか? フィードバックスキルを向上させるには、この2つの観点が重要です。
「厳しさ」が苦手な人は、「透明性の錯覚」を意識する
もしあなたが、厳しいフィードバックを与えるのが苦手で、これまで避けてきたのであれば、「ズバリと言うこと」に慣れるまでのあいだは「透明性の錯覚(illusion of transparency)」という認知バイアスに注意しましょう。これは、自分の考えや感情が他人からどの程度見えているか(=透明性)について過大評価をする傾向です。例えば、スピーチなどで緊張して、周りにも絶対に気づかれていると思ったら、あとから「全然そんなふうに見えなかった」と言われて拍子抜けした経験はありませんか? これは無意識に起こるバイアスですが、ネガティブな状況ほど強まるといわれています。
「透明性の錯覚」に気づかないと、どのような不都合が起きるのでしょうか? 私たちは普段、【自分の内面の視点・体験】→【相手の目線で調整】→【言語化】という認知プロセスに沿ってコミュニケーションしています。相手を褒めたり感謝したりといったポジティブな意思疎通では、ほとんどの人が問題なくこの過程を踏むことができます。ところが、批判的フィードバックを伝える場面などネガティブな状況では、無意識のうちに【相手の目線で調整】のステップが疎かになってしまいがちです。すると、自分の視点や体験を基準に、他者に対して言語化してしまうので、相手に意図が伝わらない現象が起きるのです。
例えば、私が20代の頃、勤めていた会社の取締役会でプレゼンをする機会がありました。スライドを10枚ほど用意して臨み、無事に承認を得て会議室を出ようとする私に、ある取締役がたった一言、「今のは2枚でよかった」とフィードバックしたのです。同席した上長も「情報量が多すぎたかな」など解釈しようとしますが、私は納得できず、ただ侮辱されたように感じました。そこで、その取締役のオフィスを訪れ、直接意図を尋ねることにしたのです。そこで分かったのは、①スライド2枚で構成される取締役会プレゼン用のフォーマットがあったこと(上長も知らなかった)、②私の仕事を高く評価して今後プレゼン機会が増えるだろうと思ってフィードバックをくれたこと、でした。
「言わなくても伝わるだろう」という希望的観測にもとづいたフィードバックは、意図や背景の説明が足りないために、相手の戸惑いや反発を引き起こしやすくなります。こうしたミスコミュニケーションを避けるためには、批判的なフィードバックをする際に「透明性の錯覚」に陥りやすいことを意識しましょう。言語化する際には、フィードバックのSBIモデル(下記参照)などをベースにすると、相手の目線で調整しやすくなります。
S:Situation(状況) 例:取締役会のプレゼンの時
B:Behavior(行動) 例:スライド2枚の標準フォーマットを使わなかった
I:Impact(結果) 例:結果として、聞き手には情報がキャッチしにくかった
さらに確実に伝わっていることを確認するには、「〇〇さんの言葉でいいので、今の話をどう理解したか教えてくれる?」とリピートしてもらったり、シンプルにフィードバックに対する相手の感想を聞いてみたり、といった方法が有効です。
「優しさ」が不安なら、コーチング的フィードバックを試してみよう
ビジネスの世界では、的を射た率直なフィードバックをズバリと伝えるスキルは、早いうちから鍛えられる機会が多いように思います。それに対して、心から相手を気にかけるようなヒューマン/コミュニケーションスキルは、多くの場合「有能なプレーヤー」が「影響力のあるリーダー」に移行する過程で初めて必要になるもので、多くの人にとってより難易度が高いかもしれません。
あなたの知識・経験・思考からアウトプットされた「厳しい」フィードバックは、その内容が受け入れられさえすれば、相手にとって有益な情報です。ところが、フィードバックスキルの訓練中や、特に相手にとって耳が痛い内容を伝える場合は、どうしても相手の闘争・逃走反応を刺激しやすい言い方になってしまうこともあるでしょう。そんな時には、一方的に相手に伝えるのではなく、相手から引き出すようなコーチング的アプローチを試してみてはいかがでしょうか? 一般的に「偉そうに」という反感を買いやすい女性や若い世代でも、この方法ならフィードバックがしやすいのではと思います。
このアプローチでは、代表的なコーチングモデルであるGROWモデル(下記参照)に沿って、相手から言葉を引き出しながら、結果的にフィードバックを与えることができます。
G:Goal(達成したい目標・結果)
R:Reality(現状)
O:Options(選択肢)
W:Will(意志)
最初に、相手に伝えたいフィードバックの中心テーマを提示し、それに関する目標や求める結果を尋ねてみます。例えば、スタートアップのピッチを聞いたVCであれば、「競合についてお尋ねしたいのですが…」と切り出し、「この領域はすでにレッドオーシャンだと理解していたので、〇〇さんはこのプレゼンで我々に優位性や差別化要因についてアピールしたいのではと思ったのですが、いかがですか?」といった具合です。
ゴールについて相手と合意したら、次は現状です。例えば、「正直それが伝わらなかったのですが、プレゼンのどの部分で伝えていたんでしょう?」と聞くと、「 ◯枚目のスライドが、その説明のつもりでした」など、現状に関する答えが返ってくるはずです。「そうなんですね。それがキャッチできなかったので、率直に言って出資は厳しい印象を受けていました」などと伝えると、あなた側の現状も相手に認識してもらうことができます。
続いて、選択肢を確認します。例えば、「今日は残り5分弱ですが、どうされますか?」と振れば、相手から選択肢(その場で簡潔に説明、後で資料送付など)が出てくるはずです。あなた側から追加/削除したい選択肢もあるでしょう。そうして出てきた選択肢の中から、相手が次のステップを選んだら、コーチング型フィードバックは完了です。
もし継続的な関係性にある社内メンバーやメンティーであれば、一定期間ののちや特定の進捗があった段階で、フォローアップを設定することもあるでしょう。単発のフィードバックであれば、最後に「最終判断は〇〇さんなので、私の意見はあくまで参考程度にされてください」と締めくくれば、相手がフィードバックの内容を取り入れない判断をしても、後ろめたさを感じたり、報告したりする必要がないことを確認できます。
効果的なフィードバックで相互に成長を支援しよう
最後に2点、追加でお伝えさせてください。
1つに、フィードバックというのは、受ける側に関することであると同時に、与える側のことも雄弁に語ります。ことあるごとに厳しいフィードバックをしたり、口調が強くなったりしたら、あなた自身のメンタル状態を見つめるサインです。例えば、激しい口調で「報連相が足りない」と部下を批判する上司は、大きな不安を感じていて「安心する材料が欲しい」という欲求が強いのかもしれません。本当に改善が必要なのは、不適切に低い報連相の頻度なのか、それとも異常に高い不安の感情なのか、冷静な見極めが必要です。
2つ目に、フィードバックを求められるのは、相手から「あなたを尊敬しています/あなたの視点を尊重します」と言われているようなもので、期待に応えて何かコメントしてあげたくなるのが人情かと思います。しかし、あなたのフィードバックには、相手の事業、プロダクト、仕事の方向性を変える力が宿ります。「相手を応援する気持ちや、心の余裕があるか」と自問してみて、答えがNOであれば、フィードバックをしないことがお互いにとって最も「優しい」選択になることもあります。断るときには、断るようにしましょう。
効果的なフィードバックは、自分では気づけないことに目を向けて、成長のチャンスを与えてくれる価値あるギフトです。今後だれかからフィードバックを受ける機会があれば、その内容だけでなく、伝え方にも少し注目してみましょう。「すごく厳しいことを言われているのに、励まされているようで、やる気が高まる」ーーそんなフィードバックを与えてくれる人を見つけたら、ぜひ伝え方を分析して、あなたのコミュニケーションに取り入れてみてください。きっと、あなたの周りで人が育ち、組織が活性化するのを実感できるはずです。
Contributing Writer @ Coral Capital