Coral Capitalの資金調達担当かつスポークスパーソンという立場から、世界有数の機関投資家の方々と頻繁に接する機会があります。おかげで、彼らとの対話を通じて世界トップレベルの規模や影響力を誇る機関投資家たちの考えや視点について知る機会にも恵まれています。特に最近では、それらの機関投資家との対話の中で1つの共通するテーマが際立ってきていると感じます。それは、「日本への投資に対する関心の高まり」です。
この日本への投資のシフトは、いくつかの複合的な要因によって引き起こされているようです。まずは全体的に「中国離れ」が顕著になってきている点が挙げられます。中国のプライベート・エクイティ(PE)やベンチャーキャピタル(VC)などのアセットクラスに投資し続けることに消極的になってきている様子が、特に米国の機関投資家たちとの対話から伺えます。これまで非常に優れたリターンを出し続けてきた実績のある国とはいえ、テック企業に対するやや予想外の規制強化に加え、台湾での紛争リスクも高まったことが投資意欲を削ぐ材料となったようです。そしてこの政治的緊張や不透明感に対する警戒から、中国への長期的な投資を見直す動きが投資家の間で広がっています。結果として、アジア地域における投資配分も見直され、その中でも規模が大きくて比較的予測がしやすい日本が有望な候補として浮上してきているわけです。
次に、戦略的なバリュー投資で知られるウォーレン・バフェット氏の最近の投資の動きにより、日本に世界から注目が集まっている点が挙げられます。バフェット氏が日本の5大商社(三菱商事と三井物産、伊藤忠商事、丸紅、住友商事)に対する出資比率を大幅に高めたことがきっかけです。また、彼の長期戦略や、今後も日本に投資することを示唆する発言からも、日本の市場に対する彼の確信や期待の高さが伺えます。おかげで、日本が投資先として改めて脚光を浴び、成長性や安定性という面で、国としてのポテンシャルの高さが世界に示されました。現在の円安も、潜在的な投資家にとってさらなる好材料となるでしょう。
最後の要因は、最近の日本のバイアウト業界が好調で、将来性が期待できるパフォーマンスを出している点です。この情報が投資家の間で広がりはじめ、日本が投資先として有望な市場であることが知られるようになってきているのです。
ただし、まだ分からないことがあります―、この関心の高まりは今後VC業界にも波及し、日本のスタートアップ・エコシステムも活性化するでしょうか。少なくとも、そのための土台が整っているのは確かです。例えば、2022年はVC業界にとって世界的に「冬の時代」でしたが、そんな逆境にも関わらず日本のスタートアップ界は前年をわずかに上回る8,774億円を調達し、過去最高を更新するとともに1兆円の大台にまた一歩近づく成長を遂げています。この成長の背景には、新たな国内VCファンドの増加があると考えられ、実際のところ過去3年間で新たなファンドの数は40%近くも増えています。
もちろん、全てが順風満帆というわけではありません。特にシリーズD以降など、レイターステージのスタートアップにとって2022年の資金調達環境は厳しく、1社あたりの調達額は前年比で30%近く減少しています。これは海外VCからの資金調達額が前年比13%減になるなど、海外からの投資の減少が主な原因です。現在においても東証グロース市場の株価は低迷し続け、IPO評価額も依然として減少傾向にあります。日本で資金調達を目指すスタートアップにとってますます厳しい環境になっていると言えるでしょう。
このように業界の障害となる要素もある一方で、今後の展望は明るいです。2022年には岸田内閣がスタートアップの育成強化に向けて1兆円という異例の予算を確保し、国内スタートアップへの投資額を2027年度までに10倍の10兆円に増やす「スタートアップ育成5か年計画」を策定しています。同計画では100社以上の 「ユニコーン」を創出するという野心的な目標も掲げています。この大胆な計画が、活性化が急速に進む国内のスタートアップ・エコシステムと合わされば、日本のベンチャーキャピタル投資にとって新たな時代の幕開けとなることが期待できます。そして日本の市場に対する世界的な関心が今後も高まるにつれ、この「日出ずる国」で醸成されつつあるVC市場にも海外機関投資家の資金が徐々に振り向けられるようになるかもしれません。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital