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OKR運用失敗の3つの理由―、なぜ高すぎる目標が逆効果になるのか

会社などの組織、そこで働くチームや個人の目標管理のフレームワークとしてOKR(Objective & Key Results)を取り入れている会社は増えてきていると思います。似たツールとして、MBO(Management By Objective)やKPI(Key Performance Indicator)がありますが、私の理解では以下の点で、OKRはそれぞれMBOやKPIと違います。

まず、KPIのほうは簡単です。KPIはビジネスに関係する把握すべき数値のうち、ここを注視して改善すればビジネスが成功するという指標のことです。最近SaaSで特に注目されているのは、チャーンレートとNRR(Net Retention Rate)の2つです。ほかにも、CVC、CAC、LTV、MRR、ARPU、NPSなどをモニターしているのが普通かと思います。もちろん営業部であれば売上や利益、あるいは獲得したリード数かもしれません。

MBOのほうは運用する会社や組織によっても違うと思いますが、ビジネスの成功のために何を目的(Objectie)とするかを箇条書きにすることが多いでしょう。例えば、部門の売上貢献、組織のオペレーション改善、チームの特定スキルの底上げなどを箇条書きにします。専門職の個人であれば、顧客満足度改善のための新機能をリリースするとか、売上貢献のために新規営業チャネルを開拓するといったことでしょう。このとき、その結果の達成度が分かるよう、具体的な数字を添えるということが一般的だと思います。計測できないものは改善できません。

OKRでは、何をやりたいのか(目的:Objective)と、それが達成できたことが分かる主要な結果(Key Results)は何なのかを設定します。KRのほうには数字を入れます。

KRのほうで推奨される原則としては、「SMART」(Specific, Measurable, Actionable, Realistic and Time-Bound)ということも言われます。詳細で、計測可能で、実行可能、現実的で締め切りのあるものということです。

スタートアップに向くOKR

特に初期のスタートアップは「やれること」「やるべきこと」が、10や20はあるはずです。しかし、リソースは有限で、むしろ非常に限られていると思います。だから、チームの力を結集して成果を最大化する必要があります。その方法論としてOKRは、とても良いツールだと思います。共同創業者のみの2、3人のチームでOKRを使うのは早いかもしれませんが、5人、10人となってくると、言語化したほうが良いことが増えてきます。

OKRという枠組みに当てはめて考えることで、自分(たち)が何をするべきかという「メタ」な計画に意識的、定期的に時間を割くきっかけになりますし、いったん決めた全社、チームごと、個人ごとのOKRを組織の全員が見えるようにしておくことで、強力なコミュニケーションツールとなります。例えば何か社内外から良い新提案があった場合にOKRに立ち返り、やると良いに決まっているものの、やるべきでないことであれば、反射的に「やりましょう」と返信するのを抑制できます。

OKRは、もともとインテルが1970年代にメモリー事業からマイクロプロセッサーにコアビジネスを転換する際に、故アンディー・グローブ氏が転換を成功裏に運ぶために開発したシステムです。その後、インテルの投資家だったKPCBのジョン・ドーアがGoogleに持ち込みました。私の個人的な経験では、Googleは社員数が10万人を超えた今も、相当に混沌としたアメーバのような組織です。そんな組織の一人ひとりをインスパイアし、ボトムアップで混沌の中から何かを生み出す指針を与えているのがOKRという仕組みです。OKRは今では、Adobe、Amazon、Facebook、Slack、Netflixなどシリコンバレーの企業だけでなく、GEやSiemensといった伝統企業、LGやSamsung、Baidu、メルカリといった東アジアや日本企業にも広まっています。

説明は1行でも、実際の運用には時間と慣れが必要

OKRの説明は1行で終わります。単に書き方のフォーマットの話であれば、その通りなのですが、実は導入も運用も難しいものです。私は前職のGoogle Japanでスタートアップ支援プログラムを実施するチームに所属していたのですが、その中にはOKRのワークショップもありました。ワークショップでは、OKRは科学とアートの中間だから、これだという正解はないことや、導入しても2、3回(半年以上)更新する経験を通してしか、組織やチームにしっくりくるOKRは設定できないのが普通ですということをお伝えしていました。そこで学んだことと、実際に複数の企業で私自身がOKRを使ってきた経験から、OKR設定のコツと、良くある典型的な失敗・誤解をお伝えしたいと思います。

OKRやピアボーナスといった人事ツールの導入というのは、細かな設定と運用がきわめて重要です。それは個々人のインセンティブやモチベーション、組織の報酬や力関係というダイナミクスと密接に関わっていて、正しく運用しなければ、むしろ組織のモラル低下に繋がります。表層的なOKR導入で組織のモチベーションが吹き飛ぶことがあります。

トップとマネジメントのコミットがないと定着しない

もう1つ、これはOKRに限りませんが、人事系の仕組みを定着させるのに大切なのは本気で運用するということです。設定したOKRの対象期間の最後にレビューし、更新し、という運用にはリソースを消費します。日々忙しいと、CEOのあなたがいくら言っても、なかなか全部署、全社員がOKRを更新してくれないということが起こるでしょう。ハッキリ言ってめんどくさいのです。これは業績評価などでも良くあることです。これは各マネージャーが部門の対象者の全員の席の後ろに立って、「今から10分間、ここで見ているのでOKRを更新していただけませんか」とやるくらいに組織全体でコミットしたほうが良いと思います。それだけの価値があることを伝えることが大事です。

失敗1:高すぎる目標、低すぎる目標

OKRで良くある失敗は、KRに書く数値目標が高すぎること、あるいは低すぎることです。

目標設定理論の科学的研究は1960年代に心理学者のエドウィン・ロックが体系化するなど歴史は古く、高い目標を掲げると、個人や組織のパフォーマンスが高くなることが知られています。ただ、高ければ高いほど良いというものではなく、一定レベルを超える「高すぎる目標」を設定した途端に、結果が悪くなることもいろいろな実験で再現されています。

目標が高い場合には、その達成のために知恵や工夫、エネルギーを投下するものの、それは達成可能だと当人(たち)が信じられる場合に限ってです。一定レベルを超えてしまうと、当事者のコミットが一気に下がります。どうせ無理で、やっても無駄だと思うからです。

もう1つ、逆のケースとして低すぎる目標の問題もあります。例えば、GoogleではOKRのレビュー時に3〜5個あるKRのうち4つで100%を達成していたとしたら、それは目標が低すぎたと見なされます。全体として70%で着地するところが良いとされています。設定時には、「かなりきつい目標だが、何とか達成可能かもしれない……、一体どうやれば達成できるだろうか?」と思える絶妙なところに設定するのがポイントです。

先日、大リーグで活躍したイチローが45歳で引退しました。45歳まで現役というのは異例の現役の長さだったそうです。彼は長らく「少なくとも50歳までプレーしたい」とテレビなどでも公言していました。最後の試合をご覧になった方はイチローが凡退したことをご存じかもしれません。しかし、どれだけ多くの人が彼の「非の打ち所のない凡退」にインスパイアされたでしょうか。完璧主義の彼が、日々やれることを全てやった結果なのだと知っていますから、50歳までやれなかったじゃないかと笑う人などいません。これは素晴らしい目標設定の事例だと思います。

失敗2:報酬を連動させる

OKRの失敗で良くあるのは、KRの達成度と、個人や組織の報酬を連動させてしまうことです。報酬が連動すると分かっていると、目標設定時に低めにするインセンティブが働きます。あるいは現状維持を100%として設定してしまうことが起こったりします。だからといって上からトップダウンで「それじゃツマラナイから3倍にしよう」とやってしまうのは最悪です。常に個々人を限界に追いやって、その上で目標達成してないから評価はできない、ボーナスを減額するといったフィードバックをすると人間というのは学習性無気力症候群に陥ります。やっても無駄だと学習して、パフォーマンスは劣化します。報酬連動と同じく、OKRが逆回転するケースとして、KRをトップダウンで上から落とすというケースも良く見ます。コミュニケーションが一方的すぎると、失敗1にあるのと同じで当事者のコミットメントが下がるのです。

これは個人的な見解ですが、製造業から情報産業へ経済の重心がシフトしている時代、単純な数値による管理と違う仕組みが必要になってきているのだと思います。例えばプログラミングの生産性(社会に対して生み出す価値)は、どの課題を、どうやって解決するかで決まってくるものです。1時間に何行のコードを書くかというような計測とは違う話のはずです。コード品質を上げてバグを5%減らしたとしても、SaaSでチャーンレートがぐんぐん上がっていたとしたら、その付加価値は低いでしょう。クルマの車両強度が5%あがるといった話とは全く違います。もしかしたら、特定の仮説を証明するためのMVPはコードを書くことではなく、サービスの裏側を人間が「処理」することかもしれません。その効率を10倍にするために有効なコード片には大きな価値がありますが、スクラッチでアプリを設計・実装することは無駄かもしれません。だから目的は「仮説を検証すること」であって、コードを何行書いたかであってはいけないのだと思います。

営業にしても情報武装したデジタルマーケティングの世界では、やり方次第で結果は大きく違ってきます。漸進的な改善だけではなく、非連続的な取り組みを奨励する文化が大事なのだと思います。大胆に違うやり方を試してみるとか、柔軟な発想で考えるというとき、たとえ失敗しても、そのことで直接的に報酬や評価が下がるわけでない(失敗してもいいのだ)という文化が大事なのだと思います。もちろん失敗し続けても良いわけではないので、この辺のさじ加減が、OKRの運用はアート(正解がない)だと表現されるゆえんだと思います。

失敗3:Objective(目的)の軽視

OKRの運用で、よくある失敗の3つ目はObjective(目的)の軽視です。KRだけを設定して、Oがない、もしくは、いかにも後から取って付けたようなものになっていることです。

これは良く知られた教会をつくるレンガ職人の寓話が分かりやすいと思います。毎日レンガを積んでいる職人でも、ただレンガを1日にいくつ積むのだとノルマとして淡々と(もしくは嫌々)やっている人と、町の人々が神に祈るために教会をつくっている、そのことで人々の魂を救うのだと、そのことに誇りをもって仕事をしている人とでは、全くモチベーションが異なってくると思います。

私の例でいえば、Coral InsightsというVC運営のブログでKR(数字)を追いかけるO(目的)は、「ベンチャーキャピタルと起業家の情報格差を解消すること」、「スタートアップという方法論を民主化するために、これまで業界内でしか知られていなかった情報を広く届けること」です。これは日本経済にとって、とても重要だと考えています。私たちは、何もCoral Capitalのブランディングや認知向上のためだけにコンテンツに出している(レンガを積んでいる)わけではありません。より多くの人がスタートアップという方法論に注目し、これが日本でも力強いムーブメントになるという目的(O)に貢献するという社会的意義があると考えています。そのことが、私をインスパイアしています。実際には、私のOには当初そんなことは書かれていなかったのですが、私は勝手に心の中で書き足しました。これはOというより個人のミッションに近いかもしれませんが、KRに責任を持つ人が、意義を感じて主体的にやりたいと思えることが大事です。

実際にOKRを決めるときには、KRとOの間を行ったり来たりすることになると思います。KRを眺めている間に、より大きな社会的構図の中での自分の仕事の意義が見えてきたり、その逆もあるかと思います。

これも個人的見解で、人や組織によって違うと思いますが、Oは青臭くて良いと思います。私がGoogle社内で見た多くのOは青臭いものでした。例えば、GoogleはNBU(Next Billion Users)という言葉で、新興国などネットやデジタルが届いていない10億人へインターネットやAIを届けることを目標(O)に掲げています。これを「先進国ではもう売上の伸びしろ減ってきているからでしょ」と冷めた見方をしていては、誰もインスパイアされません。物事には両面があります。売上のためと冷めた見方をするのではなく、人類の進歩、特にデジタルの恩恵に預かれていない人々のために自分の能力を使うのだという大義を掲げるから、そのためにプロダクトを良くし、ダウンロード数を10倍にしようと鼓舞される。それは結果として売上にも繋がるでしょうが、順序が大事です。目標(O)に「売上を3年で3倍にする」とか「ダウンロード数1億を達成する」と書くこととは、全く意味が違うのです。

OKR経営

西村 賢

Partner, Chief Editor @ Coral Capital

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