「法人設立」で検索すると、小規模事業者や、いわゆる「法人成り」と言われる個人事業主向けの法人設立の手順書はたくさん出てきますが、スタートアップ企業向けの情報はほとんどありません。同じ法人なので法的手順に異なるところはありませんが、上場を目指すことが多いスタートアップならではの注意点というのはあります。本連載では、トピック別に注意点や論点を整理してお届けします。
連載目次
第1回:資本金はいくらにするのか?
第2回:株式数、共同創業者の持分比率はどうする?
第3回:株式の譲渡承認機関は「当会社」とする
第4回:公告方法は官報にして、後に電子公告とする
第5回:長すぎる役員任期は要注意
第6回:事業年度をいつにするか?
設立時にノリで「1株1万円で100株」として後悔しないために
いちばん典型的なのは「設立時の株式数を何株にするか?」です。株数は任意ですが、なんとなく「キリが良いから」という理由で「1株1万円で100株」などと決めてしまって、その後すぐに後悔するということが起こり得ます。これは事前に注意点を知っているだけで避けることができます。
法人設立時には株式数だけでなく、資本金をいくらにすべきか、発行可能株式総数はどうすべかといったことから、公告方法はどうするか、役員の任期は何年が適切か、事業年度は何月スタートに設定すべきかといったことを決めなくてはなりません。
こうした法人設立の実務のうち、スタートアップ向けの注意点や、考慮に入れるべき論点を集めた記事を、今回から数回にわたって公開いたします。Coral Capitalはアーリーステージのスタートアップへ出資するベンチャーキャピタルなので法人設立について一定の知見はありますが、今回の企画には、司法書士、税理士といった専門家、スタートアップの起業家、CxOといった実務の現場の方々にも対人の議論およびコメントによる参加で、ご協力頂いています。
- 司法書士の真下幸宏さん(スタートアップの設立やエクイティファイナンスを支援しているaviators司法書士事務所)
- スタートアップ共同創業者でCEOを務める竹井悠人さん(暗号資産リスクスコアAPIを開発・提供する 株式会社Basset)
- スタートアップ共同創業者で取締役CFOを務める林広和さん(株式会社Basset共同創業者)
- 土屋輝章さん(ノイン株式会社、コーポレート部 部長)
- 税理士の榎並慶浩さん(Gemstone税理士法人、パートナー)
- ベンチャーキャピタリストの澤山陽平(Coral Capital、創業パートナー)
記事タイトルは「ベストプラクティス」とさせていただいていますが、重要なことは個別の論点を理解し、自分たちに合った選択をすることです。また、法人設立業務は特別なライセンスが不要で参入障壁が低いため、残念ながらスタートアップに関する知見のない人がテンプレートを使って安易にアドバイスをしているという現状も見聞きします。
スタートアップを成功させることに比べると法人設立の事務や失敗など取るに足らないことかもしれません。でも、だからこそ、こうしたところで無駄な時間や労力を使ってほしくないと思います。
設立時の資本金はいくらにすればいいのか?
さて、まず最初のテーマは設立時の資本金をいくらにすべきかということです。以下、順に論点をご説明します。念のため、以下に会社法から資本金の定義を引用しておきます。
「第四百四十五条 株式会社の資本金の額は、この法律に別段の定めがある場合を除き、設立又は株式の発行に際して株主となる者が当該株式会社に対して払込み又は給付をした財産の額とする」
最低額が撤廃され、そもそも形骸化している
まず、今回の企画関係者でほぼ一致した見方として、資本金というものが形骸化しているという点が挙げられます。もともと2006年に施行された会社法以前には、株式会社の資本金は1,000万円以上とされていた経緯がありますが、現在は1円でも法人設立は可能です。
信用力の点で一定額以上にすべき?
次に「信用力」という観点から、資本金を一定額以上積んでおくべきだという意見があります。法人間での取引開始時の信用力や、ファイナンス時の信用力のことです。前者の取引時の信用力というのは、発想が古いことから気にすることはないという意見が主流でした。ファイナンスはどうでしょうか?
エクイティー・ファイナンスに影響するか?
簡単なのはエクイティ・ファイナンスのほうで、Coral Capitalの澤山は「資本金は1円でも構わない」としています。実務上、株数が少ないと問題になるため1万円以上が望ましいという程度です。
ただし、1点だけ注意があるのは「創業者貸付」です。つまり創業者が、出資金(資本金・資本準備金)で不足する事業資金を、会社に貸す形を取っている場合です。司法書士の真下さんは、「創業者貸付は会社の負債となり、資金調達後の資金使途には通常『借入金の返済』は含まれないことから、創業者貸付を返済しにくい。創業者貸付の返済について投資家とのコミュニケーションを避けたければ、『資金調達までに必要な資金』を資本金・資本準備金にするのが良い。ただし、税金との関係もあるためいくらがベストプラクティスかはケースバイケースとなる」とアドバイスしています。
デット・ファイナンスに影響するか?
金融機関からの借入時の信用力や、借入上可能額に、資本金はどの程度影響するでしょうか? まず一般論としては融資額は「自己資本の10倍まで」といった目安が、実際に融資を受けた経験者から語られることがあります。税理士の榎並さんは「借入上限は自己資本の3〜5倍が一般的ではないか」としています。特に無担保無保証であれば自己資本の10倍というのはレアケースではないかと指摘しています。
ただ、これは金融機関や融資商品ごとに違ってくる話です。例えば融資限度額3,000万円の日本政策金融公庫の「新創業融資制度」の場合は自己資金要件として、「創業時において創業資金総額の10分の1以上の自己資金(事業に使用される予定の資金をいいます)を確認できる方」となっています(注意:「資本金」とは書いていません)。
ノインの土屋さんは、実際に借入をした経験を次のように話してくれました。「弊社は資本金200万円のころに、1,000万円超お借りしました。ある程度の自己資金があるかどうかは見られていたと思います。ただちゃんとビジネスを見てくれるので、必ずしも資本金に計上してなくとも、BSに計上(例:役員借入金)さえできていれば問題ないように思います」。
起業家の観点:持ち出しは少ないほうが良い
資本金について、起業家の観点からBassetの林さんが次のようにコメントしてくれました。
「起業家にとって大事なのはステークを何%取るかなので、ライセンス系の起業などでなければ、設立時の資本金の金額そのものは次の調達まで持つ資金量さえあればいいかなと考えています。当社の場合は設立前から調達が見えていたので最小限の資本金で設立できましたが、調達がまだそこまで見えてない場合、かなり頭を悩ませそうです」
ここでライセンス系の起業というのは、貸金業や少額短期保険業、有料職業紹介事業など、認可が必要な事業領域での起業を指しています。これらは業法で資本金の最低金額が定められていることがあります。例えば貸金業では最低限の純資産額は5,000万円と定められています。また行政への入札で、資本金の多寡がランク付けに利用されることもあります。
資本金を1,000万円未満にすると消費税免除も
設立2年までの法人で売上や資本金の合計が1,000万円未満の場合には、消費税の納税義務免除の制度があります。ただし、「第1期に増資した場合などで、第2期の期首時点資本金が1,000万円以上の場合は第2期から消費税の課税事業者となる点は注意が必要」(榎並さん)です。
シードラウンドでの資金調達で1,000〜2,000万円を調達した場合でも、資金調達額の半額を資本金とするのが有利です。会社法の資本金、資本準備金の額に関する条文では、資本金の半分を超えない額を資本準備金として計上できることがわかります。
さらなるアドバイスとして榎並さんは、「それほど多額ではないものの、資本金等1,000万円超から地方税均等割が一段階上がるため、当初の出資額は1,000万円以下に抑えたほうが税負担が抑えられます。また、次の壁は資本金3,000万円です。3,000万円以下の法人であれば中小企業投資促進税制の税額控除(取得額の7%~10%)が使えます。ただ、3,000万円超~1億円以下でも特別償却制度が使えますし、短期的な税額圧縮に効果の高い特別償却を使うことも多いので、それほど大きなメリットでもありません」と指摘してくれました。
上記は一般論で、実は事業計画の内容によっては消費税を「課税」にしたほうが有利なこともあります。ノインの土屋さんは事例として次のように話してくれました。
「消費税は課税にすると、給与以外で赤字になっている場合、むしろ還付を受けられます。弊社は広告費の出稿が多くなるタイミングで、課税事業者に変更し(変更しなければ免税事業者だった)、数百万円の還付を受けられました。事業計画によっては免税にしておくより有利なので検討すべきです」
資本金1万円でも銀行口座開設は問題なし?
スタートアップの起業で良く聞く話が銀行口座開設の審査で落ちる話です。ここは正直、ブラックボックスであり、外形的に何がOKかは分かりません。今回の企画協力者の皆さまから出てきた話や体験談を箇条書きで記すと、
- メガバンクでも地銀でも、見栄えの資本金よりも実態の有無のほうに神経質になっているのではないか
- 資本金が大きくてもシェアオフィス、バーチャルオフィスは審査で落ちる確率が上がる
- すでに複数の銀行で口座開設審査に落ちている法人が、別銀行で口座開設。資本金10万円、本店登録は自宅だった
- 実態としては資本金はあまり重視していない模様で、紹介経由であれば資本金1万円で開設可能なのは実証済みではある
といったところです。個別事情が大きすぎて一般論を述べるのは難しいですが、資本金1万円でも法人口座を開設できている新設法人もあり、資本金が少ないからといって必ずしも銀行口座開設ができないわけではない、ということは言えそうです。
次回は株式数と発行可能株式総数について
急速な成長を目指すスタートアップでは、設立時の資本金だけでも考慮すべきことは多々あるわけですが、次回記事では資本金とも関係する株式数と発行可能株式総数についての検討ポイントと注意点をお伝えしたいと思います。
Editorial Team / 編集部