急成長を目指すスタートアップでは、法人設立時に気を付けるべきことが、一般的な小規模事業者と異なります。スタートアップ向け法人設立ベストプラクティスの決定版として開始した本連載ですが、最終回となる第6回目は事業年度をいつに設定すべきかについてです。
連載目次
第1回:資本金はいくらにするのか?
第2回:株式数、共同創業者の持分比率はどうする?
第3回:株式の譲渡承認機関は「当会社」とする
第4回:公告方法は官報にして、後に電子公告とする
第5回:長すぎる役員任期は要注意
第6回:事業年度をいつにするか?
事業年度:12月か3月か、それ以外か?
法人設立時の考慮点として、本連載の最後に事業年度について触れます。事業年度は、その会社の1年の始まりを何月として、終わりを何月にするかで、設立時から1年以内であれば何月にしても構いません。スタートアップだからといって特別なことは多くありませんが、事業立ち上げ初期の売上や人員規模拡大の計画から免税期間の最適化を考える場合の注意点を中心にまとめます。
消費税の免除期間や還付のプラスマイナスから考える
最初の論点は、消費税の免税期間をできるだけ長く取るという点です。今回企画に協力いただいたGemstone税理士法人のパートナーの榎並慶浩さんは「消費税の免税期間を最大にすることのメリットが大きい」と話します。
消費税法第9条に法人の消費税免除の規定があります。簡単に言うと、2期前(2年前ではないところは注意)の課税売上高が1,000万円以下であれば消費税が課税されないのですが、設立2期までは2期前が存在しないので、第1期、2期の消費税が免除されます。消費税の負担は思いのほか大きいので、入金の10%を納税するか自社の収入とできるかは資金繰りに大きな影響を与えます。ただ、かかったコストの消費税は売上の消費税から控除できますので、例外的にプロダクト開発中心で当面は売上が多く発生しないとか、設備投資やマーケティングへの投資を重視した赤字経営であれば消費税が還付になることもあり得ます。
そういう意味ではケースバイケースなのですが、多くの場合は1年目の途中から売上が立ちますし、人件費には消費税がかからないので、一般的には赤字でも消費税の納税が生じることが多く、設立の前月を事業年度の決算月とすることで、約2年がまるまる消費税免除期間とすることができます。例えば10月設立であれば、9月末を決算時期として、
当会社の事業年度は、毎年10月1日から翌年9月末日までの年1期とする。
と定款に記載することになります。
ただし、最初からある程度の売上や人件費があるケースは別だと榎並さんは指摘します。
「注意があるとすれば、『特定期間』という判定があることで、簡単に言うと第1期の上半期(6か月間)の課税売上が1,000万円以上かつ人件費が1,000万円以上となる場合、第2期から課税事業者となります。最初からある程度の売上と人件費が見込まれる場合、第1期を7か月以下にすることをお勧めします。第1期が7か月以下であれば特定期間の判定を行わないためです」
あえて第1期を7か月以下と短く設定することで、逆にトータルでは免税期間を最長化できるということです。
また、初期に設備投資が発生するケースなど、事業計画によっては最初から課税事業者となることを選択して還付を受ける場合の注意点について榎並さんに、以下のようにコメントを頂きました。
「課税事業者を選択するために届出を行うことで、初年度から消費税の還付を受けることが可能です。ただし、その期間中に1,000万円以上の資産(設備投資含む)を購入した場合、3年間は免税事業者に戻ることも簡易課税制度を適用することもできませんので、事業計画を考慮して慎重に検討する必要があります」
監査法人や税理士の繁忙期を避ける
IPOを目指すスタートアップなら気に留めておきたいのが、監査法人や税理士の繁忙期である3月決算を避けるという論点です。日本では学校も会社も4月始まりであることが多いため、3月末を会社の1年の終わりとしたくなるかもしれませんが、避けるべき理由こそあれ、こだわる必要はないかもしれません。
ある起業家は自身が経理に取り組んだ経験から、次のように話してくれました。
「最近、四大監査法人は、ただでさえ人手不足などの理由でIPOの引き受けには慎重です。いわゆるIPO企業の監査難民問題ですね。その上に3月決算だった場合には、人繰りができないので無理と言われてしまう可能性があり、ますます不利になります」
「さらに、これは経理経験からの話ですが、3月決算だとゴールデンウィークが決算開示作業の超ピークなので絶対休めなくなります。別に他の期間に休めばいいじゃないかという話ですが、ゴールデンウィークが譲れない人には不評ですね。ちなみに監査法人もゴールデンウィークは、めちゃくちゃ働いていますね」
もう1つ付け加えておくと、業種固有の繁忙期も決算月として避けたほうが良いという意見もありました。政府の入札、スキー場経営、ファッション業界など売上の季節変動が大きく、特定月に売上の多くが集中する場合に、予実管理が難しくなるから、という理由です。こうした季節変動がある会社は、売上が大きく上がるであろう月が期首になるように設定することもあります。そうすると期末の着地見込み(損益もそうですが納税予測も)がやりやすくなるというメリットがあります。
脇目も振らず世界展開を目指すなら12月決算も
最後に1つ、事業年度を決める上で起業家から出てきた興味深い視点を共有します。それは、グローバル企業となって世界各地に拠点を持つのであれば、「上場の際の連結決算の観点からは子会社と統一されている方が望ましい。このため12月決算にするのもあり」という考えです。
各国の決算月についてニッセイ基礎研究所が調べたところによれば、中国は12月固定。インドは3月固定。その他の国は12月決算の会社が多いようです。そのためグローバル・スタンダードで行くというなら、最初から12月決算で行くのも悪くないかもしれません。
現実問題としては12月は3月と並んで繁忙期。前出の税理士・榎並さんは、以下のようにコメントしています。
「12月決算は3月決算の次に多いと考えられるため、3月と同じく繁忙期となり、前出の監査引き受けの問題はやはり生じます。休暇の観点では年末年始とぶつかります」
以上、論点を整理すると、
- 消費税免税の観点で設立月前月末にする
- 監査法人観点で12月や3月を避ける
- 開示の観点で3月、6月、9月、12月が良い
- グローバル観点で12月が良い
など、色々な見解があります。早く設立したいときなど、設立時に決め切れないことがあると思います。もし決め切れなければ、いったん決算期は設立月の前月として会社設立しておいて、設立後に税理士と相談し、必要に応じて1期目の間に決算期変更するようにするのも良い方法です。むしろ、よほど個別事情がない限り、決算期の変更は良くあることで、設立時にはとりあえず設立月の前月に設定しておくことがほとんどです。ただし、2020年7月に設立し、翌年の2021年5月になった時点で、2020年12月決算にするといったように遡及して決算期を変更することはできませんので、そこは注意が必要です。
スタートアップ向け法人設立のベストプラクティスの連載は今回が最終回となります。これまでの議論が創業者の皆さまの意思決定の役に立ち、無用な手戻りや失敗が少しでも減ることで、より本質的な事業づくりに邁進されることを、本企画関係者一同、願ってやみません。本企画にご協力いただいたのは、以下の方々です。多くの知見をご共有いただき、記事のチェックを頂いたことをこの場を借りて御礼申し上げます。記事について間違いなどご指摘はCoral Capitalのフォームからお知らせいただければ幸いです。
- 司法書士の真下幸宏さん(スタートアップの設立やエクイティファイナンスを支援しているaviators司法書士事務所)
- スタートアップ共同創業者でCEOを務める竹井悠人さん(暗号資産リスクスコアAPIを開発・提供する 株式会社Basset)
- 土屋輝章さん(ノイン株式会社、コーポレート部 部長)
- 税理士の榎並慶浩さん(Gemstone税理士法人、パートナー)
- ベンチャーキャピタリストの澤山陽平(Coral Capital、創業パートナー)
Editorial Team / 編集部