以前「コーディングを不要にする『ノーコード・スタートアップ』が注目される理由」という記事を書いてから2年ほど経ちました。当時、日本では「ノーコード」という言葉はほぼ使われていませんでしたが、今ではスタートアップのピッチ資料や広告で、毎日のように見聞きするようになりました。2010年頃の「クラウド」という言葉と似ていて、定義が明確でないまま幅広い範囲でイノベーションや実装が起こっているときには、雲をつかむような話に思えるときがあります。
「結局、ノーコードって何?」と思う人は多いのではないでしょうか。
こうしたものは時間とともに、ユースケースや適用価値の大きさが見えてくるものです。クラウドは当初、PaaS、SaaS、IaaSに分類されました。この中で、もっとも「クラウドっぽさ」が低かったIaaSが、クラウド普及フェーズの数年で産業的価値が最も大きくなると予想した人は、当初それほど多くなかったかもしれません。少なくとも、Googleでインフラ開発を指揮していたUrs Holzle氏に2010年に私がインタビューしたときには「クラウド・コンピューティングというのは、仮想マシンを誰かのデータセンターに移すというような話ではありません」と、はっきり述べていました。GoogleはIaaSよりもPaaSに力を入れた結果、AWSに数年単位で遅れを取りました。それは、本格的なクラウドインフラが必要な企業(例えばSnapやNiantic)よりも、ただ単に両手で数えられるほどの仮想マシンがほしかった企業ユーザーのほうが圧倒的に数が多かったことに加えて、エンジニアの学習コストを低く見積もりすぎていたことが背景にあったのだと思います。現在はSaaSの産業価値が著しく伸びていることから、クラウドとSaaSは同義に近い使われ方をすることすらあります。
ノーコードはどうでしょうか? まだ勃興期ですが、ノーコードプラットフォームを提供するスタートアップの米Unqorkが、とても良いノーコードの分類を提唱しているので、彼らの分類をベースに、最近新しく出てきているトレンドを紹介したいと思います。
既存のノーコード、4つの分類
ノーコード分類1:サイト構築
ブログ構築のためのWordPressがコーポレートサイトやECサイトなどで幅広く使われるようになって久しいですが、さらに本格的なWebサイト構築のサービスが出てきています。WixやWebflow、STUDIOなどが相当します。より広く捉えると、BASEやペライチも、このジャンルと言えるかもしれません。
ノーコード分類2:スーパースプレッドシート
かつてExcelやGoogleスプレッドシートを使いこなして行っていた業務を置き換えるのが「スーパースプレッドシート」です。既存のスプレッドシートもVBAやGASといったプログラミング環境を備えていて、その気になれば相当に高度な業務をこなす内製ツールが作れます。この延長上にあるのは、より豊富なデータ形式が扱えて、ユーザーやデータ同士の関連性を手軽に作ってワークフローを実現できるサービスです。Airtableが代表的ですが、Notionもこのジャンルに入れて良いかもしれません。
ノーコード分類3:データ(アプリ)連携ツール
SaaS for SaaSのトレンド解説記事でも書きましたが、利用するSaaSの数が増えてきて、データがバラバラに存在するようになった結果として出てきたのがアプリ間を接続するiPaaSと呼ばれるサービスです。ZapierやAnyflow、Workatoなどがあります。
先日大型買収で話題になったMailchimpや、HubSpotなどマーケティングオートメーションやCRMも、広い意味ではデータ連携のノーコードツールと言えるかもしれません。イベントトリガーや条件分岐を設定してメールを自動配信するといったことがコーディングなしで可能だからです。
ノーコード分類4:アプリ・プラットフォーム
直近のノーコードブームで、いちばん期待されているのはアプリを生成するノーコードサービスかもしれません。Adalo、Bubble、Yappli、Glide、AppSheet(Googleが買収済み)などがあります。iOSやAndroidアプリをノーコード・ローコードで作成してメンテできます。
法人向けアプリ・プラットフォームの新潮流
上記の4つの分類と少し違って、より特定の法人ニーズに特化したノーコード・スタートアップが増えています。
CRUDアプリの需要を満たすStacker
Stackerは2017年創業で、Y Combinatorやa16zから累計$23m(26億円)ほど資金調達したロンドン発のスタートアップです。GoogleスプレッドシートやAirtableをデータソースとした業務アプリの開発ができるのはAppSheetなどと似ていますが「CRUDアプリ」と呼ばれる、データの作成(Create)、参照(Read)、更新(Update)、削除(Delete)の基本操作に少しビジネスロジックを加えた程度の領域に絞っているのが特徴です。ここには大きな市場があるのではないかと思います。なぜなら、ちょっとした業務の内製アプリで必要な機能は「CRUD+アルファ」で、だいたい設計が共通している上にデザインも凝る必要がないからです。例えばStackerでは画面デザインをリスト型やカード型などから選択して、配置するボタンを選択するだけで最低限の業務アプリが完成します。ユーザー管理についても「一般ユーザー」と「管理者」の2種類が最初から定義されていて、一般的な権限によるアクセスコントロールもできます。これまで業務で使うCRUDアプリは、PythonやNode.JS、Railsといったアプリフレームワークで作るものだったのではないかと思いますが、簡単なものであれば、もうエンジニアの手を借りる必要はなくなりそうです。本格的データベースとしてPostgreSQLを、また決済機能としてStripeの統合機能をベータとして提供していて、取引先企業向けに申し込み受付画面をアプリとして実装するといった用途も視野に入れているようです。アプリ化が容易なこともそうですが、アプリ稼働環境のセキュリティーや関連ソフトウェアのアップデートをStackerに任せられることもメリットかもしれません。
ノーコードで現場管理アプリを作れるカミナシ
法人需要に応えるノーコード・スタートアップとしては、Coral Capitalも出資しているカミナシがあります。カミナシはノンデスクワーカーと呼ばれる現場仕事をされている方々の業務を、デジタルで効率化しています。iPad向けプラットフォーム上でプログラミング言語「KAMINASHI」を提供していて、一般的なプログラミング言語同様に、
- 分岐、繰り返しで手続き的な業務フローをアプリ内に構築できる
- 業務ルールや出力データの様式を宣言的に定義できる
ようになっているといいます。業界ごとに必要とされるカスタマイズをした業界別テンプレートや、「管理者」「編集者」「リーダー」「レポート作成」など4つのユーザーの権限管理など、やはり多くの業務で最も必要される機能を提供しているのが特徴です。
各業界特化でカスタムアプリを作って運用・保守できるUnqork
米Unqorkは金融・保険・政府や自治体・ヘルスケアなど各産業に対して、アプリ開発のプラットフォームを提供しています。2019年にゴールドマン・サックスから出資を受けて実験的実装を開始したり、2020年末のシリーズC資金調達でバリュエーションが$2b(約2,000億円)となるなど、この分野では注目されています。例えば自動車保険の申し込み受け付けアプリの開発デモ動画を見ると、以下のようにフローの設計画面と条件分岐付きフォームを使ったアプリ設計ができることが分かります。ポイントの1つは、「VIN(米国で使われる17桁の車両番号)からデータベースを使って自動車の型番を照合をする」という機能をUnqork提供のモジュールとして読み込んだり、自筆サインのところも外部サービスをモジュール経由で埋め込めるところです。従来であれば、エンジニアが書くコードから各APIを叩いて呼び出していたものがノーコード・プラットフォーム上で提供され始めているということです。
Unqorkは業界ごとの規制対応がプラットフォーム側で一定程度は保証されるため、自社設計の場合より設計・実装が速くて安価であることをメリットに挙げています。だとすると、こうした業界特化ノーコードは国ごとの違いが大きく、日本市場でもUnqorkのようなスタートアップの可能性があるのかもしれません。
保険業務の設計と自動化ができるProtosure
Unqorkよりさらに特定業界に特化したノーコード・プラットフォームが米Protosureです。保険商品の契約フォームや査定をブラウザ画面から設計できて、契約に関連する文書の自動生成まで行えます。バーティカルなエンタープライズITの世界にもノーコードの波が来ています。日本では、Coral出資先であるjustInCaseTechnologiesがSaaS型モジュールにより、保険商品提供に必要なシステム開発の効率を高めて、保険金請求の部分的にノーコードで実装できるようになっています。
「どんなアプリでも自由に作れる」という夢が膨らみがちな「ノーコード」という言葉ですが、市場ニーズが強いところに特化して機能を限定的にしたり、業界を特定することで、より実用的で付加価値の高いサービス(スタートアップ)が生まれつつあるようです。また、かつてスプレッドシートがプログラミング環境を備えるようにうなって行ったように、既存SaaSの多くで、マウス操作で使えるフロー設計環境を提供していくという流れも加速するのではないでしょうか。
Partner @ Coral Capital