本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
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投資家とのコミュニケーションに向けたメンタル準備
資金調達を目指すスタートアップCEOであれば、投資家に対して「何を」「どんなフォーマット」で話すべきか、すでに勉強・実践していることと思います。もし、これから学ぶという方がいれば、下記のCoral Insights記事を読んでみることをお勧めします。
- 『初めてVCに会う起業家がやりがちな、3つの間違い』
- 『VCが評価する3種類のリスク「プロダクト・ヒト・時間」』
- 『投資家へのピッチで「伝えない数字」が雄弁に語ること』
- 『トラクションよりもストーリー、投資家に語るべき大切なこと』
- 『投資家の「いいですね」に惑わされず、出資の確度をストレートに聞こう』
- 『起業家から投資家に希望バリュエーションを伝えるべきか?』
- 『なぜVCは起業家に、他のVCとのやり取りのことを聞くのか?』
ただし、こうした情報にしたがって「正しい」プレゼンをしても、すぐに資金調達がうまくいくとは限りません。多くの読者から反響をいただいた『メンタルヘルスは事業持続性に関わるCEOの重要スキル』や『ハードシングスに負けない人材を育てるリフレーミングの3つの軸』の公開以来、それまで以上に起業家からメンタル面の困難を打ち明けていただくことが増えました。特に初期の資金調達中は、自信を喪失してしまう方が多いようです。
そこで、この記事では、資金調達に挑む起業家が知っておきたい「メンタル準備のコツ」を3つご紹介します。いずれも世界トップクラスのシード投資家、エグゼクティブ・コーチ、研究者などが、豊富な経験とリサーチをもとに提案する方法です。
これから資金調達に臨む方も、行き詰まりを感じている方も、さらに勢いをつけたい方も、ぜひ次回の投資家ミーティングまでに実践してみてはいかがでしょうか?
①あなたの「言葉」=あなたの「真実」
スタートアップCEOにとって、投資家と出会って最初に達成すべきゴールは、VCがトップ起業家を見分ける「パターン認識」のアルゴリズムにはじかれないことです。初対面の数分間で「NO」と判断されると、全てがネガティブな色眼鏡で評価されてしまいます。
シリコンバレーの名門アクセラレーター兼シードVCであるY Combinatorの共同創業者・Paul Graham氏は、『How to convince investors(投資家を説得する方法)』というエッセイで、投資家を説得するための最も重要な要素は「”Formidable”な創業者」であると述べています。同アクセラレーターの現CEO・Michael Seibel氏も、『What Makes The Top 10% Of Founders Different?(トップ10%の創業者の特徴)』で、出資に値する起業家を見分けるポイントとして、「実行力」や「コミュニケーション」とともに、「 “Formidable” であること」を挙げます。
“Formidable” という言葉は、日本語で「手強い」などと訳される形容詞ですが、日常で一般的に使われる単語ではありません。その具体的な意味について、Graham氏は「どんな障害があっても、自分の欲しいものを手に入れることができる」「(勘違いではなく)正当な自信を持っている」と表し、Seibel氏は「尊敬されることを当然と捉えている(demand respect)」と表現しています。
こうした “Formidable” な創業者に、投資家は高いポテンシャルを見出しますが、全ての高いポテンシャルを持った起業家が、最初から “Formidable” な風格を持つわけではありません。経験の浅い起業家でも “Formidable” さを醸し出すために、Graham氏は「真実だけを話す(Stick to the truth)」というシンプルな方法を提示します。
例えば、あなたが投資家に対して「1 + 1 は、2です」と言ったとして、相手が怪訝な顔をしたらどうでしょうか?どれだけ疑いの目を向けられても、自信を失ったり焦ったりすることなく、なぜ「1 + 1 = 2」になるのか淡々と説明できるはずです。 “Formidable” であると感じさせるのは、こうした確信に満ちた態度です。
あなたが投資家に話している「言葉」は、あなたにとって「真実」でしょうか?「1 + 1 は、2です」と伝える感覚で、「自社は最高の投資案件です」と言えるでしょうか? 確信がないことを、確信あるふりをして話すのはやめて、 “Formidable” な姿勢で臨みましょう。
②あなたの「自然体」=投資家の求める「CEO像」
スタートアップCEOらしいコミュニケーションといえば、下記のどちらを連想するでしょうか?
- 時間をかけて人柄が伝わる ↔︎ すぐに好感・信頼を得る
- 正確さを重視して、詳細に答える ↔︎ 要点だけに絞って、簡潔に話す
- 自己紹介で謙遜して相手を立てる ↔︎ 経歴・強みの魅力を前面に出す
ご存知の通り、大多数の投資家が求めるのは、右側にあげたコミュニケーション・スタイルです。しかし、あなたは自分自身を左側に近いタイプと思っているかもしれませんし、何か他の理由で、「自分はCEOらしくない」と負い目に感じているかもしれません。
あなたの「自然体」の人格が、投資家の求める「CEO像」とズレていると感じる場合には、「オルター・エゴ(Alter ego)」というテクニックが役に立ちます。これは、別の(=Alter)人格(=Ego)に切り替えることで、「自分はこれが苦手/できない」「私は〜するタイプではない」といったメンタル・ブロックを乗り越える方法です。
例えば、NBAの元スーパースターである故コービー・ブライアント氏は、コート上の自分に「ブラック・マンバ」というニックネームをつけて、私生活の自分と切り離し、「勝利のために相手に容赦しない」というダークな面を解放していました。また、歌手のビヨンセは「サーシャ・フィアース」という別人格を持っていて、ステージに上がる前、内気で緊張しがちな自分から、自信とセクシーさに溢れるオルター・エゴに切り替えていたそうです。
もちろん、日々のトレーニングなしでプレーはできませんし、曲や振り付けを覚えずに歌い踊ることはできません。その他の条件を事前に整えているからこそ、最後のオルター・エゴへの切り替えが、最高のパフォーマンスを引き出します。ビヨンセの場合のように、オルター・エゴの性質が自らの一部となり、途中から別人格が不要になるケースもあります。
CEOとして投資家ミーティングに臨むとき、あなたの自然体を隠さなくては……と緊張するのではなく、「自然体」が投資家の求める「CEO像」と一致するようなオルター・エゴ(別人格)を作りましょう。尊敬する起業家、説得力のある友人、憧れのアニメキャラクターなどが、インスピレーションの源になります。切り替えには、名前をつけて呼び出したり、特定の服やアクセサリーを身につけたり、儀式を決めておくのが効果的です。
③あなたのステレオタイプ=質疑応答の隠れテーマ
あなたの外見や経歴を見たときに、投資家(を含むあらゆるビジネス・パーソン)が抱きやすいネガティブなステレオタイプについて、考えたことはあるでしょうか? また、質疑応答で、それを相殺するように意識しているでしょうか?
女性起業家を例に考えてみましょう。残念ながら、女性には「数字/論理に弱い」というステレオタイプがつきまといます。Y CombinatorのCFO兼パートナーであるKirsty Nathoo氏は、こうしたイメージを払拭するために、女性起業家は男性よりもさらに徹底して、数字やデータを準備し暗記しておくようアドバイスしています。
また、女性は「保守的」というステレオタイプに関連して、ロンドン・ビジネス・スクール助教授のDane Kanze氏は、スタートアップがピッチイベントで審査員から受ける質問に注目した研究で、2つのことを明らかにしました。
1つは、男性起業家への質問は、66%が「攻め」に関連していた一方、女性起業家に対しては、「守り」の質問が66%を占めていたこと。2つ目が、「攻め」の質問を多く受けたスタートアップは、「守り」の質問が多い企業より、資金調達額が約2倍に上ったことです。
「攻め」の話をした方が資金調達がしやすいのに、「守り」の質問を多くされてしまう女性起業家に対して、Kunze氏は、「守り」の質問を「攻め」にリフレーミングしたり、「守り」の答えに「攻め」の要素を追加することを勧めています。
先にも述べたとおり、投資家は精度の高い「パターン認識」を通じて、優れたCEOを見分けようとしています。あなたの属性や経歴につきまとうネガティブなステレオタイプや、投資家が抱きやすい懸念点を理解して、それを相殺するような質疑応答を心がけましょう。
スタートアップCEO「らしい」話し方を身につけよう
この記事では、投資家とのコミュニケーションに自信が持てないスタートアップCEOの方に向けて、状況打開につながるような3つのコツをお伝えしました。
Coral Capitalをはじめ、投資家の多くが「ステレオタイプに当てはまらないけど、優れた創業者はいる」ということは理解しています。毎日のようにスタートアップ起業家と接点を持ち、学習データがいくら豊富であるとはいえ、パターン認識が完璧でないことも謙虚に認識しています。とはいえ、VCも人間であるからには、第一印象での直感やステレオタイプの影響から完全に脱するのは至難の技です。
あなたの事業の可能性を投資家が見逃す事のないように、ぜひ3つのコツを味方につけてください。これから資金調達を始める方も、行き詰まりを感じている方も、次回の投資家ミーティングに向けて実践してみてはいかがでしょうか?
Contributing Writer @ Coral Capital