近年のスタートアップ界では、資金調達ラウンドごとにバリュエーションが上がることが理の当然であるかのように思われました。しかし、市場がここ数カ月で急変する中、スタートアップやそのステークホルダーたちはこれまでとは違う新しい状況に直面し、順応を迫られています。フラットラウンド(前回と同じバリュエーション)やダウンラウンド(前回を下回るバリュエーション)の調達も、今後は増えるでしょう。
ダウンラウンドは様々な意味で厄介です。既存株主にとって株の希薄化を意味するほか、あらゆる方面にマイナスの影響が広がる可能性があります。経営陣や社員、既存投資家の意欲やモチベーションが下がるかもしれません。潜在的な投資家や顧客、社員からの評判も悪化するかもしれません。そしてそれらの要因を上手くコントロールできなければ、悪循環となってさらに事態が悪化することも考えられます。
今のところ、私の周辺ではまだダウンラウンドは出てきていませんが、起業家や投資家との会話の中でダウンラウンドが話題に上ることは増えてきています。以前なら高いバリュエーションで調達したであろう企業も、最近では、次の資金調達までにそのバリュエーションに到達できなかった場合に備えて、ダウンラウンドを回避するプランについて検討するようになっています。
たった2、3年前と比べて、まるで異なる状況です。高すぎるバリュエーションで調達することのリスクについて以前記事で取り上げましたが、当時はツイッターで激しい議論が繰り広げられ、感情的に反発する声もありました。同じ記事を今日投稿したとしたら、おそらく特に大きな議論もなく受け入れられるでしょう。
これからは、どうすればダウンラウンドを避けられるかという点がスタートアップにとって重要になるでしょう。今回の記事ではその方法をいくつか取り上げたいと思います。まずは、日本ではあまり知られていない方法から紹介します。
「総合的に低いバリュエーション」を作り出す
リーマンショックの最中にあった2009年の5月、Facebookは100億ドルのバリュエーションでDSTから資金調達しました。それより2年前の150億ドルのバリュエーションと比べるとダウンラウンドでしたが、当時の市場環境を考慮するとそれでもあり得ないバリュエーションでした。しかし、あまり知られていないことですが、実はDSTとの契約にはさらに「65億ドルのバリュエーションで、Facebook社員が保有する1億ドル相当の普通株式をDSTが買い取る」という条件も含まれていたのです。 総合すると、DSTから見ればおよそ88億ドルのバリュエーションだったということです。一方で、Facebook側ではマクロ環境の悪化により上場計画が中止になったこともあり、社員の間ではなるべく早く持株を現金化したいという声も上がっていました。つまり、関係者全員にとってwin-winな条件だったのです。
このFacebookの事例からは、2つの重要な点が学べます。1つ目は、当時最も注目されていたスタートアップでさえも、市場センチメントの変化によるダウンラウンドは避けられず、そしてそれでもなお結果的に大成功を収められたという点です。2つ目は、既存株主から買い取った株式を組み合わせることで、新規投資家に向けて実質的により低いバリュエーションを作り出せるという点です。この方法を使えば、総合的に比較的低いバリュエーションを新規投資家にオファーすると同時に、フラットラウンドや場合によってはアップラウンド(前回を上回るバリュエーション)も実現できるかもしれません。
借入れによる資金調達
ここ数年で進んだポジティブな変化の1つが、より多くの金融機関がスタートアップに向けたデット・ファイナンスに意欲的になってきていることです。例えば日本政策金融公庫や商工中金、大和ブルー、みずほ銀行、あおぞら銀行、新生銀行などがそうです。十分な売上を出せているスタートアップであれば、ダウンラウンドのリスクを取るよりも、借入れを活用して先延ばしするほうが選択肢としてずっと魅力的かもしれません。
J-KISSを活用したキャップなし・大幅ディスカウントのブリッジファイナンス
J-KISSの使い方の1つが、複雑な条件の交渉やバリュエーションの決定をすることなくブリッジファイナンスを活用できることです。J-KISSには「キャップ」が設定されていますが、これは企業がプライスドラウンド(バリュエーションがついた株式による資金調達)を行うタイミングで投資家に適用されるバリュエーションの上限額として本来は機能するはずのものです。しかし、コンバーティブルエクイティにおけるキャップは実際のところ、バリュエーションを決める際の基準値として扱われるため、キャップより低いバリュエーションは「ダウンラウンド」とみなされてしまうという問題があります。
これを解決する手段として、契約条件からキャップを取り除き、代わりに魅力的なディスカウントをつけるという方法があります。J-KISSのテンプレートでは、20%のディスカウントが設定されています。しかし、これを30%や50%以上などに上げてもいいわけです。つまり、キャップなしでブリッジファイナンスを提供する代わりに、投資家は次のラウンドで大幅なディスカウントがついたバリュエーションで株式に変換できるということです。
ただし、キャップのない金融商品は投資家から避けられる傾向が強いという点には注意しなければなりません。自分たちの企業のことをすでによく知ってくれている既存投資家のほうが、前向きに検討してくれる可能性が高いでしょう。新規投資家に提案する前に、既存投資家たちの反応を探ってみることをおすすめします。
ダウンサイド・プロテクションを提供する
市場のセンチメントが悪化すると、起業家に有利な時代には考えもしなかった「ダウンサイド・プロテクション」に対する需要も盛り返します 。経営チームの考えとしてどうしてもダウンラウンド避けたり、アップラウンドを実現したい場合、譲歩として投資家側のリスクを抑えるような条件を入れることも必要かもしれません。
例えば、希薄化防止条項や、倍率2x以上の残余財産分配優先権、ドラッグ・アロング・ライトなどの条件です。これらの条件をのめば、より高いバリュエーションで調達できるかもしれません。しかしその一方で、将来的なラウンドに対して前例を作ってしまうという点に注意が必要です。次回以降のラウンドでも投資家から同じ条件を求められるかもしれず、パンドラの箱を開けてしまうような結果になりかねません。このような理由から、ベンチャーキャピタリストのBrad Feld氏も、複雑な条件にするよりもシンプルにダウンラウンドを受け入れたほうがいいと勧めています。
有料課金ユーザーに前払いで請求する
このような厳しい時代においては、キャッシュが命です。強固なバランスシートが何よりも重要になります。ビジネスモデルにもよりますが、提供するサービスに対して前払いで請求することも1つの手段になるでしょう。例えばSaaS企業であれば、ディスカウントをつけるなどして、1年もしくは数年単位の契約に設定することができるかもしれません。実際、1999年に設立されたSalesforceは、ベンチャーキャピタルから資金調達をしたことがないことで有名です。代わりに個人投資家からの出資や、顧客からの「出資」だけで成長してきました。キャッシュが厳しい局面では、サービス利用料を前払いで請求することでカバーしたそうです。
ここまで説明しましたが、ダウンラウンドを回避する1番の方法はいうまでもなく、シンプルに健全な成長を実現することです。以前も書きましたが、エコシステムの中でトップレベルのスタートアップは、条件こそ過去1~2年とは異なるかもしれませんが、どのような環境であっても資金調達できるでしょう。最終的には「財務的に健全な成長」が、「いかなる代償を払ってでも達成する成長」に勝るのです。また、投資家がスタートアップの評価に使う指標についても、今後は「40%ルール」やバーンマルチプル、マジックナンバーなどの健全性指標がより重視されるようになるでしょう。プロダクト・マーケット・フィットをまだ達成していないスタートアップであれば、コストを削減し、達成できるまでの時間を稼ぐ必要があります。先行きが不透明であるにも関わらず、どうしても資金調達しなければならない場合、上に述べたような方法が役に立つかもしれません。
最後に、ポジティブな視点で締めくくりたいと思います。Facebookを見ればわかるように、ダウンラウンドは必ずしも失敗ではありません。そしてSalesforceを見ればわかるように、VCから調達できなかったからといって、企業として成功しないわけではありません。度胸や集中力、スピード、野心を備えた卓越した経営チームであれば、厳しい経済状況であってもきっと耐え抜き、結果的により強固に成長できるはずです。そんなチームを、私たちは応援しています。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital