Web黎明期を支えた日本発の革新、その立役者が再び挑む
2000年代に大変な人気を誇ったWebブラウザ「Lunascape」の開発者がいま、SolanaやRippleのようなインフラ型ブロックチェーンの開発に取り組んでいることをご存じでしょうか。2000年代に巻き起こったタブブラウザブームの一角を担ったLunascape創業者の近藤秀和さんは現在、金融機関を含む多くの日本企業を巻き込む形で日本発のコンソーシアム型ブロックチェーン「Japan Open Chain」(JOC)の開発とローンチを推進しています。2024年12月23日にはJOCトークンのIEOを実施し、順調な滑り出しを見せています。
※本記事では、Coral Capitalが出資するG.U. Technologies社が開発したJapan Open Chain(JOC)およびJOCトークンについて解説しています。なお、Coral CapitalはJOCトークンを保有しています。
タブブラウザ戦国時代、日本発イノベーションの立役者
今ではGoogleのChromeによる寡占状態となっているWebブラウザですが、かつて国内では日本産のブラウザが元気だった時代があることをご存じでしょうか?
2000年ごろからマイクロソフトのInternet Explorerと対抗するブラウザとしてOpera、Firefoxなどが、次々と複数のWebサイトを同時に扱える「タブ」機能を導入した時期があります。それまでは1度に1つのページしか表示できず、複数ページを閲覧するためには複数のブラウザを立ち上げるしか方法がありませんでした。
このタブブラウザ揺籃期、まだメジャーなブラウザがタブに対応するよりも前に、日本では多数のタブブラウザが登場して互いに切磋琢磨していたことがあります。その多くは、フリーウェア(無償)やシェアウェア(有償版なら機能制限なし)という形で流通し、実験的な機能開発競争を繰り広げていました。
その当時の国産タブブラウザとしてはLunascape(2001年〜)、Donut(2001年〜)、Sleipnir(2004年〜)などが人気でした。そのLunascapeを個人で開発し、後に法人として事業化したのが近藤さんです。未踏ソフトウェア創造事業に採択された経験もある凄腕のプログラマですが、同時にエンジニア組織として約50人を抱えるまでに事業を成功に導いた経験があります。
企業が本当に欲しいブロックチェーンを作る―、投資判断の決め手
Coral Capitalが初めて近藤さんとお会いしたのは2021年秋のことでした。Japan Open Chainを生み出したG.U. Technologiesというスタートアップ企業の共同創業CTOとしての近藤さんでした。
ダイレクトにユーザーニーズを掴み取って使いやすいソフトウェアを作った実績のある近藤さんは、JOCを構想していた当初から次のような考えを示していました。
「ビットコインはブロックチェーンの可能性を証明しました。しかし、決済だけで、凝ったプログラムは動きません。一方、イーサリアムはプログラミング可能なブロックチェーンです。人類初の『誰も信用する必要がないコンピューター』が登場したわけです。その本命のはずでした」
「しかし、イーサリアムはガバナンス的にも市場ニーズ的にも課題があります。創始者のVitalik Buttelinが何年もかけていてもスケーラビリティの問題は解決していません。多くのレイヤー2の試みもうまく行っていません。ガバナンス面で言えば、方針変更について予測もできない状況です」
近藤氏は続けます。「でも、企業などが本当にほしいものは何か? と考えると、そもそもパーミッションレス型パブリックチェーンである必要はないんです。みんながほしいのは検証可能でセキュア、高速なトランザクションができる安価なインフラなんです」
「イーサリアムのGo実装には、すでにコンソーシアム型パブリックチェーンに適したPoSA(authority)の実装があります。信頼に足る日本企業がコンソーシアムとしてバリデーター(ノード)運用者となれば、安心して日本企業が利用できるブロックチェーンが創出できるはず」
こうして近藤氏が主導して開発したJapan Open Chainは、イーサリアム派生の高速トランザクションに適した独自ブロックチェーンとして本格稼働を開始。ついに、先日のIEOに繋がったのでした。
私がJOC構想に可能性を感じたのは次の2点でした。
ブロックチェーンには3つのうち同時に2つしか満たせない「トリレンマ」があります。「スケーラビリティー」「分散」「セキュリティー」は、3つすべてを同時に満たせません。ビットコインはスケーラビリティーを諦めた実装です。イーサリアムはすべて同時に満たすという約束をしてきましたが、実現しているようには見えませんし、実現可能とも思えません。JOCは分散性と実用性のバランスを重視して、「国内の日本企業だけで分散する」ということにしています。
もし日本という国家や、JOCを運用する日本企業の半分が同時に不正を働くシナリオがあると考えるなら別ですが、何もインフラが世界全体に分散していなくても十分な応用は多くあるでしょう。クレジットカードや決済システムも私企業が運営していますが、それを消費者が安心して使っているのと同じことです。
運営企業が明確なのはメリットでもあります。
独自トークン発行やプログラミングが可能なブロックチェーンでは、技術的には誰でも詐欺的プロジェクトを開始できます。というよりも、それが長らくWeb3が詐欺的な事案に溢れていた理由でもあります。一方、運用者が明確なJOCでは、もし法的根拠に基づく強制執行が必要であれば特定プロジェクトを停止するようなことも可能です。政府や特定企業集団の中央集権による恣意的運営を拒否するリバタリアン的なブロックチェーン信者にとっては、これは妥協に見えるかもしれません。でも、チェーン利用企業や消費者が、完全な権力の分散性を求めているとは、私にはとても思えません
金融×テクノロジー、異なる視点から生まれた革新
コンソーシアム立ち上げに近藤さんと奔走したのは金融業界に長年身をおいていたG.U. Tehnologies共同代表の稲葉大明CEOという金融のプロでした。稲葉氏は都市銀行勤務を経て、メガバンク向け信用情報サービスを提供する日本リスク・データ・バンクに在籍していた金融のプロで、金融業界に人脈を持ち、銀行向けソリューションにも明るい起業家です。
稲葉さん、近藤さんという金融・ITの2つの異なるバックグラウンドを持つ2人が語る「法人が安心して使える高速なブロックチェーン」というビジョンに共感して、Coral Capitalは2021年にG.U. Technologies社に出資を決定しました。
IEOで300億円の時価総額、国内最大級IEOの成功
2025年1月現在、JOCのインフラを運営する「バリデーター」としては、電通、NTTコミュニケーションズ、みんなの銀行、TISをはじめとする15法人を数えるほどに成長しています。
業界団体のJVCEA(日本暗号資産取引業協会)や金融庁の審査を経たIEOは、これまで国内でもエンタメ系を中心に8件ほどあります。しかし、ブロックチェーンそのもの(いわゆるレイヤー1)のトークンを上場させるIEOはJapan Open Chainが初めてです。
Japan Open Chainのネイティブトークン「JOC」は海外を含む6つの取引所で2024年12月23日にリスティングされ、取引が開始しました。上場初日に日本の取引所のシステムクラッシュという不幸な問題があったことから極端な値動きがあったものの、現在は極端な動きはなく取引されています。JOCがRippleやSolana同様のレイヤー1のネイティブトークンであることを考えると、チェーン利用が広がれば広がるほど、どんどん成長していくのではないかと考えています。
JOCは当初IEOによって12億円の資金調達をターゲットとしていましたが、終わってみれば募集ベースで90億円、入金ベースで17億円の調達額と、成功裏に終わっています。
ステーブルコインが切り拓く、新時代の決済インフラ
Web3/クリプト業界を遠巻きに見てきた人であれば、結局ブロックチェーンを何に使うのと思う人もいるかもしれませんが、すでに有望な応用があります。JOCで初期に大きなアプリケーションとなりそうなのは日本円を裏付け資産としたステーブルコインです。
ステーブルコインというのは、ブロックチェーン上で米ドルや日本円などと1対1に連動するように設計されたトークンです。価格が乱高下しがちなトークンと違って安定しているのが特徴です。
例えば、2015年にスタートした米ドルを裏付け資産(準備金)とするステーブルコインのUSDTは現在、約21.6兆円相当のトークンが流通する規模になっています。これは暗号通貨として、ビットコイン、イーサリアム、リップルに次ぐ第4位の規模です。USDTは暗号通貨市場において基軸通貨として機能しているほか、自国通貨が安定しない新興国では、送金が速くて安いこともあって給与支払いに使われている事例もあります。
ちなみに、過去には巧妙な「仕組み」で価格を安定させることを標榜した「アルゴリズム型ステーブルコイン」というものもありました。ただ、経済価値のないところから経済価値を生むのは原理的に無理があり、例えば2022年5月には、数兆円にまで膨らんだ時価総額が一夜にして吹き飛んだLUNA/USTのような事件もありました。
いま日本でステーブルコイン関連法整備が終わって出てこようとしているステーブルコインは、日本円の裏付け資産のある「信託銀行型」と呼ばれるタイプのステーブルコインです。匿名の受け取り手に送れることや、送金額に上限がないことも特徴です。
米国に遅れて本格的ステーブルコインが登場する日本ですが、逆に法整備が進んだおかげで、社会的要請への対応という面では、むしろUSDTより進んでいる部分もあります。例えば、マネーロンダリングやテロ資金供与の防止を目的として適用される取引経路追跡ルールにも対応ができます。
近藤氏はステーブルコインについて「2025年の中頃には皆さまのお手元にお届けできると思います」と準備を進める意気込みを語っています。
根本から変わる、決済の未来
JOC上での決済は、ブロックチェーン登場時から言われてきた特徴を備えています。仲介者がおらず、少額でも手数料が安く、高速な決済です。すでにトークンを入れるウォレットや、トークン移動のために組織内で承認フローを提供するSaaSが存在していますが、こうしたサービスを使えば、給与の支払いもステーブルトークンで可能な時代が始まる、ということです。
「これはチャンスです。オープンなプラットフォームで金融サービスの開発が可能になるので、エンジニアや起業家が輝く時代がやってくるのです」と近藤氏は熱を込めて語ります。「例えば1円の保険商品を売るとか、給与払いの手数料が安くなる話なので、根本的にお金の流れが変わります」
広がる応用可能性、日本発ブロックチェーンの挑戦
JOC上ではステーブルコインのほか、例えばチケット発行・確認やメンバーシップ向けのNFTの発行がノーコードでできるなど、テクノロジーを専業としない事業会社を前提とした機能が用意されています。チケットの転売は良く社会問題と指摘されますが、NFT型チケットであればNFTマーケットプレイスを利用することで、よりオープンでフェアな価格形成と流通が可能になるかもしれません。
JOCはイーサリアム互換なので、SolidityやVyperといったプログラミング言語を使ったDApps(スマートコントラクト)が実装できます。日本の法人が安心して使える高速なブロックチェーンとして、例えば法人間の決済を既存業務システムや基幹システムと連携させる応用には、きわめて大きな可能性があるのではないでしょうか。
米国では新たに就任したトランプ大統領が、自国こそが「暗号資産の首都(crypto capital)」になると宣言しています。モバイル、クラウド、AIのようなインフラになる可能性がブロックチェーンにあるのだとしたら、「JOCや日本の銀行が発行するステーブルトークンは、『自分たちのコントロールを自分で持つ』という観点でも重要ではないか」と近藤さんは話しています。
Partner @ Coral Capital