2021年6月に日本で配信の始まったドキュメンタリー映画『GENERAL MAGIC』を観ました(AmazonやYouTube、dTVなどで日本語字幕版が有料配信されています)。シリコンバレーで「最も重要な失敗をした企業」と言われる伝説の米General Magic社と、そこに集まったスター人材たちがたどった道のりを取り扱った90分ほどの映像作品です。このドキュメンタリーは「時代を画するようなイノベーションによって産業を生み出すのはエコシステムであって、個社だけを見ては分からない歴史がある」という重要な教訓が読み取れる作品だと思います。以下、個人的な感想を交えて概要をご紹介します。
AppleがiPhoneを発表したのは2007年のことですが、この作品を見ると「シリコンバレーはiPhoneを生み出すのに17年かかった」という見方が一定の説得力を持っていることが良くわかります。ステージに立ってスマートフォンをお披露目したのは故スティーブ・ジョブズですが、そのスマートフォンに繋がるコンセプトを示し、本気で実装して世に送り出そうとした試みのうち、最大規模の試み、かつ最も重要な失敗とみなされているのが1990年設立のGeneral Magic社だからです。実際、後にiPhoneとAndroidの生みの親といえる2人が、General Magic社で働いていたのでした(モバイルやタブレット端末を作る試み自体はたくさんあって、その例をまとめた「30年前の暗号通貨とタブレット―、早すぎて普及しなかったプロダクトとその教訓 | Coral Capital」という記事を以前書きました)。
General Magic社は累計8億3400万ドル(米国のインフレを考慮に入れると2021年の価値で約1,900億円)の資金と、元Appleのスターエンジニアなど多くの才能を集めました。共同創業者の1人でGeneral Magic社のCEOを勤めたマーク・ポラットが「1989年にこれを考えました」と言いながら本ドキュメンタリー撮影のために引っ張り出してきたスケッチブックにあったのは以下のようなコンセプト。どこからどう見ても現代のスマホです。
当時スターエンジニアでAppleを辞めてGeneral Magic創業に携わった「大人たち」に混じって仕事をしていた若者の中にはトニー・ファデルとアンディー・ルービンがいました。それぞれ後にiPod・iPhone共同発明者として知られる人物、そしてAndroidの生みの親です。
本ドキュメンタリーには、2014年のスキャンダルで表舞台に出てこなくなったアンディー・ルービンこそ登場しませんが、当時を知る人々が次々にGeneral Magic時代の熱気を思い出しながら語る姿が収められています。いちばんの歴史の証人ともいえる、General Magic元CEOのマーク・ポラットと2人の共同創業者、そしてiPod/iPhoneの発明に携わったトニー・ファデルのほか主要人物が当時を振り返ります。1990年の創業から1995年に製品未発表のまま上場する「コンセプトIPO」、それに続く売上不振(というよりもほぼ売れなかった)、そして株価暴落、世間からの批判的な視線にさらされる中での苦しい経営陣の弁明、社員の離脱・解雇という同社の波乱の歴史を、当時の映像を織り交ぜて追体験できる構成になっています。ピーク時には時代の寵児として大手メディアに何度も取り上げられ、モトローラやAT&T、ソニーなど16社を巻き込んだコンソーシアムも立ち上げるなど、ここからパソコンを超える何かが生まれるのだという期待感に包まれていたのでした。
現代から当時を振り返ったとき、General Magicが描いたビジョンはどのくらい現実味があり、どのくらい夢物語だったでしょうか?
米テックメディアRecodeの共同創業者でジャーナリストのカーラ・スウィッシャーは本ドキュメンタリーの中で「コンセプトはよかったが、ユーザー像もテクノロジーもなく、1880年にテレビを発明しようとするもの」と話しています。現在のスマホが多くのソフトウェア・ハードウェアのコンポーネントや技術、規格の上に成り立っているのに対して、General Magicは何もかも自分たちで生み出そうとしていたのでした。後にiPhone共同発明者となる若き日のトニー・ファデルが楽しそうにむき出しの基盤にケーブルを接続してデモを披露する映像が収められています。当時はタッチデバイスもUSB規格もないわけですから、自分たちで何もかもを設計・実装する必要がありました。例えば2008年発表のAndroidは、OSとしては1991年に開発がスタートして後にインターネットを席巻したLinuxを使っていますし、2007年発表のiPhoneの中身はMac OS X(macOS)由来で、これは1989年に開発がスタートしたNEXTSTEPが基盤となっています。
ハードウェア的にもソフトウェア的にも無謀だった開発は安定しない動作とバグに悩まされる日々が続いたと言います。会社設立から4年をかけて作ったプロダクトのMagic Capについても現場の多くがリリースを先延ばしにするべき、と考えていたと証言しています。3,000台の初期出荷は全く売れず、販売店でも奥の方に陳列されるだけの存在となりました。
そこで仕事していた人たちは失敗したと言えるんだろうか?
このドキュメンタリーで最も重要なメッセージは「アイデアも会社も失敗する。でも、そこで仕事していた人たちは失敗したと言えるんだろうか?」というものです。
General Magicで死ぬほど働いて学んだというトニー・ファデルはトレーニングの場だったと回想しています。やがてMP3ブームが到来してAppleのスティーブ・ジョブズに呼ばれてiPodを作ることになったときには「General Magicに戻ったようだった。これこそ当時話していたものだった」と感じたといいます。シリコンバレーは17年かけて夢を実現したのだ、と。
同様に、General Magicで働いた経験なしにアンディー・ルービンがAndroidを作ろうと考えたかどうかも分かりません。
General Magicのコアと思われる社員20人ほどが集まって喋っている当時の映像には、後に業界で活躍する人物が高密度に映っていました。後のTwitterのCTO、LinkedIn共同創業者のCTO、Google Circlesの生みの親、Google音声認識部門ヘッド、eBay・ブラックベリーのバイス・プレジデント、女性初の米政府CTO、Dreamweaver創業者で後のAdobeのCTO、Safariブラウザ開発のヘッド、AppleのAI部門トップ、Nest Lab共同創業者、WebTVの創業者、Pinterestのデザインリードなどです。
General Magicは超新星爆発のようなものだったという形容が映像の中で登場しますが、本当にその通りだなと思います。自分の重力に耐えきれずに重力崩壊を起こして爆発する超新星は、恒星の中で起こる核融合反応では生み出されないような重たい元素を大量に宇宙空間に撒き散らします。生命現象を可能にする分子の多くは超新星爆発がなければ宇宙には存在しません。ある程度の密度がなければ生まれなかった才能を業界全体に撒き散らしたのですから、やはりGeneral Magicは超新星爆発のような現象だったという例えは正しいと思います。
会社も結婚生活も終わって傷ついた起業家が語る
「最も重要な失敗をした企業」というのは時代を経た再評価のニュアンスも帯びています。しかし、このドキュメンタリーで初めて当時を振り返る証言をしたGeneral Magic共同創業者CEOのマーク・ポラットの表情を見ていると、「エコシステムの中では、こうした超新星的な失敗こそがときには必要なのだ」などと軽々しく言えない面もあるのだと改めて思いました。失敗は失敗で、人々を傷つけるからです。
現在のスマホの98%を占めるiPhoneとAndroidの生みの親といえる2人がGeneral Magicで並んで座っていたことをポラットは「とても驚くべきことで満足感をもたらす」として、「波が岸にぶつかったとき、岩の音がしても波が壊れたとは思わない。また次の波がくる。それがGeneral Magicについて、いま思うこと」と回想しています。一方で、当時の失敗を個人的に受け止めたポラットは「屈辱を覚えた。皆を率いてきたのに成功できなかったことを辛く思ってる」「結婚生活も12カ月で終わった」とも言っています。
超新星爆発のような注目ベンチャーの崩壊と、家庭崩壊という個人的体験。当時のことを、すでに成人している子どもに話したことはありますかとインタビュアーに聞かれたポラットの表情と言葉が私の目に焼き付きました。「今まで子どもに話したことはなかった。それを話すためにドキュメンタリー映画への出演にも同意したんだ」。ポラットは後にクリーンテックで3社創業するなど活躍してはいますが、General Magicについては長い年月、表立って話せないほどの責任を感じて傷を負ったということなのだろうと思います。当時を知る人物の中には、ポラットにモバイル端末の夢を追う「第二章がなかった」ことを意外に思ったと証言する人もいました。
本作品はドキュメンタリー「映画」と言うにはストーリー性や演出の点で物足りない感じがしました。現代の証言と当時の映像を行き来しすぎて没入感が低いのかもしれません。ただ、当時を振り返る当事者たちの証言と、時系列でまとめられたGeneral Magicと関わった人々の歩みを追体験する歴史的映像コンテンツとしては、きわめて示唆に富むものです。イノベーションのエコシステムを考えたとき、シリコンバレーと差がつく一方の日本が学ぶべき教訓があるのではないかと思います。
そうそう、映像の中には故・大賀典雄元ソニー社長も少し登場します。General Magicとは「秒で提携を決めた」とニコニコと語っています。大賀さんはソニーが米国で大手レコード会社や映画会社を買収した時代に奔走したほか、プレステを世に送り出すなど同社の国際化と経営の多角化に貢献した人物です。General Magicが組成したコンソーシアムにはパナソニックも入っていたからか、映像には日本人らしき姿がちらほら目に付きます。いまシリコンバレーで夢のデバイスを作るスタートアップがあるとして、そこに呼ばれる日本企業には、どこがあるでしょうか。そんなことも考えながら見た作品でした。
Partner @ Coral Capital