今年5月にシリーズDで約156億円の資金調達をしてユニコーン企業となったSmartHR。その創業者でCEOだった宮田昇始さんが代表取締役を退任し、これまでCTOだった芹澤雅人さんが2022年1月に新CEOに就任することを12月8日に発表しました。宮田さんはSmartHRの取締役ファウンダーとして残りつつ、SaaSとFintechに取り組む子会社を年明けにも立ち上げる予定です。
Coral Capital創業パートナーCEOのJames RineyはSmartHRに出資するベンチャーキャピタリスト、また社外取締役として同社の素晴らしい成長を見てきました。その立場から見えたことを交えつつ、バトンタッチを発表したばかりの宮田さんと芹澤さんのお二人に話を聞きました。
(聞き手:Coral Capital創業パートナーCEO James Riney/同パートナー兼編集長 西村賢)
急展開で芹澤CEO誕生へ、意外でも誰もが納得の人事
西村:芹澤さんが「社長」を意識し始めたのはいつ頃ですか? 宮田さんがバトンタッチを考え始めてからというと、春頃?
James:もっと急な話だったよね。
芹澤:そう、展開が急でしたね。宮田さんから誰かにバトンタッチすること自体は春頃から話していたんですが、あるとき取締役会で私を含む社内取締役の数名に対して「皆さん、自分が社長になったときのことを想像してみてください」という流れになって、そこで初めて意識したんですけど、その1、2週間後ぐらいに決まっちゃいました。それが夏頃です。
西村:それはスピード感がすごいですね。その後、宮田さん退任が伝わったときの社内や社外の反応は?
宮田:それがね、社内からは、あんまり驚かれなくて(笑) マネージャーたちぐらいまでは驚いてなかったですね。実は「どれぐらい驚きましたか」というアンケートを取ったんですけど、9割ぐらいの人が「別にそんなに驚かなかった」と回答してました(笑)
西村:ある意味、自然な人事だったと。
宮田:ただ、新CEOが芹澤さんだというのは、逆にすごく驚いたという人が多かったですね。
芹澤:みんな私じゃなくてCOOの倉橋さんが新CEOになると思ってたんですよね(笑)
宮田:あ、それ、あえて僕は言わなかったのに(笑) でも、ネガティブな驚きでは全然なくて、「驚いたけど、めっちゃくちゃいい人事ですね!」という人が多かったですね。
西村:倉橋さんはスーパーCOOですよね。事業の数字をコミットしてきっちり上げて行くことについて、絶賛しか聞いたことがないです。それはレイターステージのスタートアップに必要なことですよね。ただ、その延長上に10倍成長はないかも、というような話なのでしょうか。
宮田:そんなことはないです。むしろ倉橋さんがいないと今後も急成長を続けるのは難しいです。ただ、社長の役割の話だと思っています。僕に倉橋さんほど事業を伸ばせる能力があるかというと、ないと思うんですね。じゃあ、なぜCEOをやってたかというと、1つは当然創業者だからですよね。求心力の中心にいたと思います。自分で言うのも何ですが、例えばSmartHR社が採用で候補者を引き付けたり、会社で働く人たちが、この会社に長く在籍したいと思ってもらう、その中心だったということですね。そういう役割を担い続けられる人にバトンタッチした方がいいなと思ってたんですよね。その役割を担うのは芹澤さんがベストだな、ということでした。
新CEO候補らがビジョンを語って決定した人事
James:新CEOの選考プロセスについて、ちょっと触れておきましょう。もちろん芹澤さん以外にも、倉橋COOとか玉木CFOなど全員が候補者になっていたんですね。それで各候補のメンバーに「今後、SmartHRをどうしていきたいのか」というビジョンを社外取締役も含めてボードメンバーの前で話してもらったんです。そうしたら芹澤さんが一番モチベーションもビジョンの解像度も高かったんです。今後、何をどう進化させていきたいのかということが具体的でしたね。
SmartHRがここまで成長してきた理由として、カルチャーも大きいと思うんですが、それも芹澤さんが引き継ぐのにぴったりでした。なぜかというと芹澤さんはSmartHRがまだ3人のときにジョインしているので、ほとんど共同創業者に近いから。初期のカルチャーも分かっているし、これからどうカルチャーを進化させるさせるべきなのかについても、すごく深く理解して考えています。だからベストな人選だと思いますね。
芹澤さんを新CEOとすることについて、取締役会で意見に差はほとんどありませんでした。最初のうちは、いろいろと議論したんですけど、最後はみんな「そうだよな、芹澤さんが一番いいよね」と納得していた感じです。
宮田:新CEO人選のプレゼンで芹澤さんがしゃべった後、「あ、これはもう芹澤さんがCEOになるな、なって欲しいな」と感じていました。
芹澤:そうだったんですね。ただ、私は玉木さんが話をしているときに遠回しにやりたくないという感じのことを言ったので、「あ、この人はうまくかわしたな」と思ったのを覚えていますが(笑)
宮田:そんな感じはしましたよね(笑)あと倉橋さんもあんまりやりたくなさそうだった(笑)
芹澤:社内の取締役がヨーイドンで新CEOになる意気込みの話をする、ということだと思っていたので、ちょっと僕は驚きました。僕は全員が「CEOになりたい」と言って来るだろうなと思っていたので、すごくテンパってたんですよね。
James:ここも実は重要な話です。全員がどうしても社長になりたいっていう状況だったら、その後に一緒にうまくやれる感じがしないじゃないですか。実は社長になりたかったのにとか、自分がやるべきだった、という思いが残る人がいるとね。今回、経営陣も社外取締役・株主も含めて人選に納得していたのは、すごく健全だなと思いましたね。
実は僕も最初は倉橋さんが新CEOになるべきじゃないかと思っていたんです。いつも取締役会でいちばん意見を出していたし、オペレーションの具体的な施策でも、いちばん話をしていた、ということもあって。
でも、各メンバーがこれからSmartHRをどうしていきたいのかを聞いたら、明らかに芹澤さんだなっていうふうに意見を変えたんです。
芹澤:なるほど、そういう背景があったんですね。
宮田:芹澤さん本人は謙遜しているかもしれませんが、僕は芹澤さんのプレゼンに熱量というか、覚悟やパッションみたいなものを感じました。新CEO候補の3人がしゃべり終わった後に社内役員だけのミーティングがあったんですが、開始してすぐに僕は「芹澤さんにCEOをやってほしい」と言っていました。社内ではそれですぐにコンセンサスが取れて、次の取締役会でも僕からその話をしました。
TechCrunch Tokyoで出会ってスタートアップの世界へ
西村:芹澤さんは、SmartHRにジョインする前にも、もともとウェブ開発系の世界にいたんですよね? どういう経緯で入社を?
芹澤:NAVITIMEという会社で働きつつも、スタートアップの世界には興味があったんですよね。ずっとTechCrunchなどのスタートアップ系メディアを見ていて、こういう世界っていいな、という憧れをもっていました。
西村:2013年とか2014年の当時は日本のスタートアップって見渡して分かるくらいしか数がなくて、むしろみんなシリコンバレーのスタートアップ情報を見ていた感じもありますよね。
芹澤:ええ、それで毎年やってるTechCrunch Tokyoも何回も見に行ったりしている中で、TechCrunch Tokyo 2015でハッカソンに参加したんですよ。
西村:えっ、そうでしたっけ? もっとエンジニアの皆さんをスタートアップの世界に引き込みたいと思ってハッカソンを企画したのは僕ですが、芹澤さんも参加してくれてたのですね。
芹澤:ええ、そのハッカソンに出て3つぐらい賞をいただいて。それですごく手応えを感じたんです。当時自分の市場価値に自信がなかったんですけど、これはもしかしたらいけるんじゃないか、と。実は、その会場で西村さんともお話したんですよ(笑)
西村:僕はロクでもないことを言ったのかも(笑)
芹澤:スタートアップに対する熱を、すごい勢いで語られたんですよ(笑) 創業10年以上も経ってる会社にいるより、世の中にはいろんなテクノロジーやスタートアップが出てきているから、そういう場に身をおいたほうがいいよということを、すごい熱量で言われて。すごいなと思ったんですよね、スタートアップに対するパッションが。
自分の中で悶々としていた中で、そのままハッカソン参加の副賞で、本体イベントのピッチ大会を見たんです。当時TechCrunch Tokyoのスタートアップバトルは、ほぼ毎年見ていたので、今年も見るかというくらいの感じで行ったんですけど、2015年はレベルが高かったんです。僕自身もずっとウェブをやっていたし、当時まだSaaSと言われてなかったですけど、自分がNAVITIMEでやっていたのはB向けSaaSだったので、そういう自分から見ても特にSmartHRは、めちゃくちゃいいなと思ったんです。
それで、その会場にいた宮田さんと話をして、その1カ月後には転職していました。TechCrunch Tokyoは人生の契機になってますね。
西村:そうだったんですね。日本を代表するユニコーン企業の1社がピッチ大会優勝企業から出て、そのときのハッカソン参加者がその企業をリードして行くことになった、という話は企画・運営をしていた僕には、めちゃくちゃうれしい話です。
宮田:面白いですよね。もし西村さんがいなかったら、芹澤さんはSmartHRに入ってなくて、こんなに会社もうまく行ってなかったかもしれない。当然、芹澤さんは社長にもなってないでしょうし。
最適なタイミングで良い人が入り、SmartHRは成長した
西村:でも実際には時代の流れなので、芹澤さんはSmartHRに入るべくして入ったんだと思います。芹澤さんだけじゃなくて、COOの倉橋さんのジョインもそうですよね。いいタイミングでSmartHRに入って、会社が圧倒的な成長軌道に乗った。
芹澤:そうやって良いタイミングで最適な人が入ってくれたから成長できたというのは絶対あるなと思います。例えば、労務にめっちゃくちゃ詳しい副島さん(現SmartHR人事労務研究所所長、執行役員)がサービスローンチから4、5カ月後ぐらいに入ってきたんですが、あのタイミングで入ってなかったらSmartHRというプロダクトは変な方向に行ってたと思うんです。
宮田:そうそう。SmartHRは元々小さな会社向けに作ってたんですよね。ちっちゃい会社の悩みって僕らも当事者であるので想像ができたし、ヒアリングベースで仕様も作れたんです。だけど、すぐに顧客企業の規模が想定より全然大きくなっちゃって、労務のプロが使うサービスになっていったんです。
自分たちで作るのが難しくなってきて、変なプロダクトを作ってしまいそうになっていたところに、人事労務畑で15年やってきた労務のプロとして副島さんが入ってPM的なことを引き受けてくれたのは、本当にタイミングが良かったな、と。
芹澤:宮田さんは、そうやって人を惹きつける能力がありますよね。
宮田:労務のプロの副島さんが、なぜ連絡をしてきてくれたかっていうと、僕がSNSに総務省に行った写真を上げたのがきっかけなんだよね。副島さんは、それがすごいうらやましいと思ったらしくて。
西村:うらやましいとは?
宮田:「私もSmartHRみたいな事業をやりたかったのに、先にやってる奴がいたし、すごく大きな仕事をしようとしている!ずるい!」みたいな感じで連絡してきてくれたんです(笑)
西村:なるほど(笑) 宮田さんはSNS発信力が強いので、採用にもすごくプラスだったんですね。
プラットフォーム化してARR 1,000億円も
西村:今後の方針についてもお聞きしたいです。
芹澤:まだ具体的に決まっていることはなくて大まかな方針を立て始めたところなのですが、向こう10年間成長し続けるというのを前提に考えていくと、今の事業のままだと絶対に無理だということが分かっています。だから多角化していきたいですね。
多角化するんですが、とっ散らかりたくもない。なぜ僕らがそれをやるんだっけ、という事業に手を出す予定はなくて、芯を作りたいと思ってます。
芯が何かと考えると、日本で働く人にもっと効率的に働いてほしいというところです。非効率な作業から多くの人を解放したいんです。
非効率をなくすことに加えて、もっと一人ひとりのエンゲージメントを高めて、高いアウトプットを楽しく出していく環境を実現したいと考えています。それが僕たちの会社のミッションだと思っています。それを実現するためには、何よりもまず「人のデータ」と「業務のデータ」を握る必要があると考えています。
西村:現CTOとしてデータの重要さとか使い方をいちばん理解しているからでしょうけど、宮田さん自身も、いちばん最初からSmartHRは人事のマスターデータを取るんだ、そこを押さえれば強くなれると言ってましたよね。
宮田:すごく良く覚えてるのは、芹澤さんが初期の頃に「SmartHRはプラットフォームになれると思うので、それがやりたくて入った」と言ってたことですね。
芹澤:うん、そう言いました。TechCrunchのスタートアップバトルのピッチを見たときに、そう思いました。
James:芹澤さんのビジョンに僕は共感しますね。僕はSmartHRは1,000億円以上のARRを作れると本気で思っているんですね。例えばセールスフォースの日本法人は日本市場だけで1,200億円くらいのARRを作っています。それは営業という仕事は、どの会社でも必要だからですよね。
HRも同じです。営業の領域で1,000億円規模のカテゴリーになっているなら、間違いなくHR分野もそうなる。データの事業領域をしっかりと伸ばせれば、すごく未来があるし、上場後の成長は、そこにあると僕は思っています。そのビジョンを芹澤さんは示せる。
西村:アメリカの人事・経理企業のWorkdayは時価総額で約7兆円ですもんね。
James:アメリカでは人事労務SaaSのRipplingも約7,000億円のバリュエーションになってたりしますね。今は業務フローとかデータの領域にも入り始めているし、やるべきことはまだまだあります。
西村:SmartHR登場後の数年で、優れたHR系スタートアップがたくさん出てきています。そうしたサービスとのAPI連携とか、場合によっては買収もあるかもしれませんよね。
芹澤:人事系サービスならSmartHRのプラットフォーム上で展開した方がいいよね、という感じになる未来はあると思いますね。
インターネット世代のオープンなカルチャーの大切さ
西村:プラットフォーム化の文脈で言うと、SmartHRはAPIも早くから出していますよね。数年前だと大手ネット企業ですらAPIの利用が申請制で、書類を提出して面接をして初めて使わせてもらえるというのが多かったじゃないですか。それってAPIなの? というような。そこも新世代SaaSは違うなと思って見ています。クラウド会計のfreeeあたりから変わった印象です。APIのドキュメントが全部公開されていて、トークンベースで誰でもAPIを叩ける。
芹澤:SmartHRに入ってすぐに宮田さんに「APIを作らせてください」と言って、入社半年もしないで作って公開したんですよね。
宮田:いや、あれは、めちゃくちゃ早かった。
芹澤:ドキュメントも全部公開してトークンも利用者側で発行できるようにしたんですね。そうしたらすぐにいくつかのサービスが連携機能を実装してくれたんですね。それも確かな手応えを感じましたね。2016年頃です。当時いろいろなサービスを研究していたんですけど、そこまでちゃんとAPIを整備して出してるところは少なかったと思います。今でもこうしたAPI公開が主流かというと、そうではないですけどね。
西村:そこは米国のSaaSと違うと良く思うところです。API接続のオープンソースのライブラリを自社、あるいは第三者が作って、自由にインテグレーションするという世界の方がイノベーションが起こると思うんですよね。
芹澤:API公開もそうなんですけど、最近はデザインシステムとかUIコンポーネントも全部公開しています。「SmartHRってUXがいいですよね」と評価していただくことが多いんですが、そのUXを実現するためのパーツやルールを実は全部公開していて、GitHubでソースコードも公開しています。
西村:会社の方針としてやってるんですか?
芹澤:この辺りはエンジニア組織を見ている僕から現場にお願いして公開に至ったということでは全然ないんです。プロダクトを作ってる人たちが「業界貢献をして、界隈を盛り上げていきたい」という気持ちで公開しているんですね。
そうやって社内での取り組みをクローズにやらず、オープンにしていくカルチャーがありますね。
宮田:SmartHRは初期の頃からオープンソースを公開しています。行政の申請、マイナンバー関連の申請などのプログラムを公開したりしています。競合ではないですが、近い領域のSaaS事業をやっている会社さんが我々のオープンソースのソフトウェアを使っていたりするんです。たとえ競合に塩を送ることになっても、車輪の再発明を防ぐことは世の中的にいいと思うので、そっちの方がいいんじゃない? という思想は、初期から持ってますね。
西村:シリコンバレー企業っぽいオープンさですね。ちょっと古いですけど、Twitter BootstrapというオープンソースのUIフレームワークとかもあります。手っ取り早くかっこいいサイトが作れるというので、一時期ちょっとした開発にはみんな使っていました。実はこうしたオープンソース活動って、プロダクトを作る人のマインドシェアやリスペクトを取れる効果ってありますよね。
宮田:いやー、めっちゃお世話になってました。SmartHRは最初は、ほぼTwitter Bootstrapを使ってプロダクトを作っていました。
芹澤:SmartHRに入ったときにすごいなと思ったことが、もう1つあります。
オープンソースの開発スタイルや思想と、その有効性を論じた有名な論考に「伽藍とバザール」というのがあります。これからのソフトウェア作りは、広場に人々が集まって市場が立つ「バザール形式」として、みんなでワイワイ作っていかないと駄目で、事前に計画して荘厳な伽藍(寺院や大聖堂)を作るような作り方じゃ駄目だと言ってるんですね。
みんなで情報をオープンにして作っていくんだ、ということを言っていて、実際アメリカをはじめソフトウェアビジネスは、そういう流れになってきたと思うんです。
日本だと閉鎖的なところがあってバザール的な新しい作り方が全然できてないなと思っていたんです。でも、KUFU(SmartHRの創業時の社名)という会社に入ってみたら、インターネットカルチャーやオープンソースカルチャーがありました。自分たちがやっていることをオープンにして、すぐにフィードバックをもらい、隠さずに作っていくというようなカルチャーですね。こういう世界で働きたかったと思ったのを良く覚えています。これはSmartHRのカルチャーですね。
宮田:そう、そこは必ずしもロジックじゃないんだよね。こっちの方がなんかカッコイイよねとか、このやり方はダサくない? みたいなね。そういう感覚を重視している感じがありますね。
芹澤:ロジックで考えると「出さない」という選択になると思うんです。でも、それなんかダサいよねっていうことですよね。インターネットで育ってきた人たちだから、そういうインターネット文化を再現しようとしている会社なんです。
互いを尊重するフラットなディスカッション
James:そういうオープンさに加えて、SmartHRはフラットに議論ができるカルチャーがあるなと思います。
VCとしてSmartHRのボードメンバーと一緒に仕事をしてきて、すごくラッキーだったなと思うのは、僕のVCキャリアの早いタイミングでSmartHRに投資できたこと。それはリターンの面だけじゃないんです。リターンも、すごいんですけど、それ以上に学びが多かったなと思います。超順調な会社というのが、どんな感じで成長するのかというのは実体験として自分の目で見ないと分からないので。
例えば、そういう企業の特徴として、メンバーが単に優秀なだけじゃないということがあります。みんなが謙虚に尊重し合いながら健全にディスカッションができる雰囲気があるなと、これまで取締役会を見てきて思っています。
優秀だけど自分の意見へのこだわりが強すぎて他人の意見を聞かない傲慢さが出てくる人っていると思うんですけど、SmartHRの経営陣には、それがないんですね。経営陣もそうだし、投資家もそう。毎回、議論が深くて、効率の良いディスカッションができるというのは、とても印象に残っています。
例えばCOOの倉橋さんって経歴を見ると、ハーバードMBA卒でマッキンゼーじゃないですか。それだけを見ると、「あ、嫌なやつかな」と身構えたりするじゃないですか(笑)
西村:偏見、偏見(笑)
宮田:倉橋さん本人も、そこはすごく意識しているみたいで、肩書きだけ見るとエリートで偉そうな奴だと思われるだろうからインタビューには出ないと言ってますね(笑)
西村:めちゃくちゃ謙虚。
権限移譲の「成功確率が高い」のはカルチャーを重視したから
James:もう1つ、宮田さんがCEOとして凄かったと思うのは、採用が強くて、しかも、うまく権限移譲ができたところです。過去2年は、ほぼほぼ宮田さんがいなくても事業が伸びる状況になっていたと思うんですよね。採用してきた人がみんな適任で、権限移譲してちゃんとうまく回る状況になっていたのは、すごいなと思います。
西村:理想の社長ですね。お金集め、人集め、権限委譲。
宮田:そういえばALL STAR SAASの前田ヒロさんがブログで「権限移譲を進めていくスピードと、その成功確率が異常に高い」と書いてくれていました。僕自身は「成功確率」という指標は考えたことがなかったんですけど、確かにそうかもなと思いました。
西村:そこは宮田さんは意識してやってきたのですか?
宮田:いや、全然天然でやってましたね(笑) ただ、こだわってきたことが1つだけあるとすると、カルチャーをすごく重視してきたんですよね。
特に倉橋さんを採用するときがそうでした。幸いなことにCOO候補の求人を出したらめちゃくちゃたくさん応募が来たんですね。でも、すごく優秀そうなんですけど、ちょっと偉そうというか、エンジニアたちへのリスペクトがなさそうな人が多くて……。こういう人が入ったら会社のカルチャーが変わりそうで嫌だなと思って、かなりの人の採用を見送ったんです。
そうした中で、倉橋さんとか玉木さんは、いい意味でCOOやCFOぽくない。この人たちならエンジニアたちと仲良くやりそうだなと思えたので、一緒に働いてくださいとお願いしたんです。そういう風にカルチャーを重視して採用したっていうのが、権限移譲の成功確率に繋がってるのかなという気がしていますね。
西村:スタートアップの世界だと、たった1人のCxOの採用によって組織やカルチャーがグラっと来たという話も珍しくないですもんね。
James:そうだよね、CxO採用って会社に対するインパクトを考えるとめちゃくちゃ大事じゃないですか。ここで失敗するとやり直しがすごく難しい。別の候補者を探して、オンボードしないといけないので半年とか1年でもリカバーが難しいことがある。
西村:CTOがCEOになるのは日本では珍しい事例だと思うんですが、やはり会社自体にエンジニアとかプロダクトづくりを尊重するカルチャーがコアにあるのでしょうか。
宮田:ええ、そうだと思いますね。そもそも創業メンバーである僕も内藤さんもプロダクトを作る側の人間でしたし、会社の空気とかベースとしている価値観はエンジニアマインドに近いものがあるな、と思っているんです。だからCTOだった芹澤さんが新CEOというのも全然不自然じゃないんです。むしろ会社のカルチャーが変わらなさそうだなと、みんなが安心感を感じるのは、そういうところがあるからかなと思ってます。
芹澤:僕はこの会社でしか役員をやったことがないので、気を使わずにフラットに議論できるのが当たり前だと思ってたのですが、実はこれは当たり前じゃないと外の世界を見ると分かってきました。なぜこれができるのかというと、やっぱり宮田さんが「この人と一緒に働きたいか」という基準で人を選んで来たからかなと思うんですよね。宮田さんは創業者なので、その採用基準がカルチャーになったということだと思うんですけど、そこを重視していたのが今になっても効いていると思いますし、本当にすごいことだと思います。
西村:芹澤CEOの選任に誰も違和感を感じなかったとか、他の取締役メンバーや株主も納得したというのは、宮田さんが作ったカルチャーがベースにあって、そこをいちばん分かっているのが芹澤さんだったから、ということですね。
James:素晴らしいバトンタッチですね。今後もSmartHRの成長を心から応援しています。本日はお忙しいなか、お時間ありがとうございました!