日本人としてシリコンバレーで起業してM&Aによりイグジット―。グローバルで勝負をしてみたい日本人起業家であれば、1つの大きな目標となるようなことでも、「シリコンバレーで起業したのは、ここの天気が良かったからですよ(笑)」と明るく笑う――。
そんな冗談なのか本気なのか分からないノリで、テック系起業家としての半生を振り返ってCoral Insightsのインタビューに応えてくれたのは、米Drivemode共同創業者の古賀洋吉氏です。2013年に創業した米Drivemodeは、2019年にホンダに買収されています。創業70年のホンダにとって、初の買収案件となったスタートアップ買収の意味とは?
本記事は古賀氏へのインタビュー記事のうちの3本目です。
- シリコンバレー起業でイグジット、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(1)
- ホンダをシリコンバレーのスタートアップ化していく、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(2)
- 海外での起業はできない理由を潰すこと、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(3)(※本記事)
(聞き手・Coral Capitalパートナー兼編集長 西村賢)
イグジットしても生活は変えず、取れるリスクが増えた
――たぶん起業家で興味ある人も多いと思うんですけど、イグジットを経験して生活が変わりましたか? 会社員の年収とは比較にならないキャピタルゲインですよね。
古賀:僕的には生活にはあんまり関係ないという感じですね。もうリタイアしたければ全然余裕でできるという感じもあるし、投資家のバックグラウンドもあるので、運用もできちゃうんですね。ただ、僕は生活スタイルを1ミリも変えていないですね。イグジットしてから僕が買ったのは、ユニクロの1万5,000円のジャケットと、ダイソンの掃除機ぐらいですかね(笑) それ以外は欲しいものが正直何もないので、どちらかというと、もうちょっと真剣にアセットマネジメントの作業をしないといけなくなったかな、ぐらいの感じです。奥さんは、僕が出張して帰ってきたら家を買っていたりしたので、良かったのかなと思いますけど(笑)
――えっ、ダンナの出張中に妻が家を買った? 地価高騰の激しい西海岸のベイエリアですよね?
古賀:アメリカで家を買うのってオークション式で難しいから、まず練習したいと言ってたんですね。それで「いま面白そうな家があるから練習してみる」って言われたんですね。それで翌朝になったら「買えたー」って言われたから、「何を買ったの?」って聞いたら「家、買った」って(笑) 「えっ、家、買ったの?」みたいな(笑) 「昨日話練習するって言っていなかったっけ?」って聞いたら、もう買ったって言われてね。「おお、そうなんだ」としか言いようがないですよね。今は、その家に住んでいます(笑)
――かなりの高額だと思うんですが、ギリギリの値段交渉をしなくてもいいぐらいに資金に余裕があるということですね。
古賀:まあそういう側面もありますが、家って奥さんにとっては重要なわけだし、僕の奥さんは「起業家の妻」という、とても大変な仕事をやりぬいたのだから。ただ、家以外については本当に今まで通りです。僕も奥さんも、収入とか資産が増えたから今までと違うことをするとか、環境が変わったら自分の行動を変えるということは、基本的に美しくないと思っているんですね。お金とは関係なく、やりたかったからやっていたし、やりたくなかったらやっていないので。
ゴールドで買える武器は強くない
古賀:それにドラクエ人生論のようなゲーム的に言うと、ゴールドで買える武器って、最後のほうはあまり強くないんですよね。大事なものって全部無料だと思うんです。家族とか、信頼とか、健康とか、そういうほんとに大事なものって全部無料じゃないですか。そういうのは、僕は昔から大事だと思っていたんです。正直、資産が増えたということはいいことだと思いますが、それで自分の生活がどうかというのは子どもの教育上も、何も変更する気はないです。
僕から見ると、取れるリスクが増えたということだけが起こったという感じですね。お金がないから取れないリスクというのは確かにあった、と思います。でも、ある程度のイグジットをして株を買っていただけると、もっとリスクを取っても大丈夫になる。今までもリスク感度は低かったんですけど、さらになくなりましたね。
さらに、人にどう思われるかとか、失敗とか、そうしたことが、さらにどうでも良くなるという効果がありました。起業家的な考え方でいうと、オレはダメージをなかなか受けなくなったよな、だったら、もっとリスクを取って戦っても大丈夫だよという感じですね。
――シリコンバレーには大金持ちがたくさんいますが、今はみんなApple Watchをしていると言いますよね。
古賀:アメリカの起業家層というのはすごく厚くて、例えばエグジットして10億円を手にしましたというと、100億円持っている人が「おまえ、まだまだだな」となるし、100億円を稼いだ人は、1,000億円持っている人から「100億円だったら、何もできないよね」と言われて、1,000億円持っている人がいると「おまえ、何の慈善ファンドも持っていないの? ダサくない?」みたいな感じになって、どこまでいっても赤ちゃんみたいな感じなんですよね。アメリカの起業家コミュニティーの中では、正直、調子に乗るというのが難しい。常にそばにもっとすごい人がいて、しかも、その人のほうが人格者だったりする。よっぽど世の中にいいことをしているんじゃないかと思う人や、尊敬できる人がいっぱいいるんですよね。だから正直、スタートアップを起業してイグジットしたことによって自分があたかも何か成し遂げたみたいな勘違いをするのは、すごく愚かなことだと思っているんです。チャレンジャーとして一段上に上がったけれど、起業家的にはまだまだだよね、というふうに思っているだけという感じですね。
――今は日本でもメルカリの山田進太郎さんが財団を作ったりしていますね。
古賀:そういう層が日本にももっと出てきたら良くなると思いますよね。強いやつが私腹を肥やすのも、ある程度はいいと思いますけど、僕はあまり美しくないと思っているんですね。
――日本も渋沢栄一の時代から私腹より世のためという文化もあるので、スタートアップでも層が厚くなれば、もっと目に見えるようなってくるのでしょうね。
海外での起業はできない理由を1つずつつぶすこと
――海外で挑戦したいという日本人起業家にアドバイスはありますか?
古賀:僕、30歳まで日本にいたんですね。それでアメリカに来て起業して、無理かなと思ったけど何とかなったので、何とかなるんじゃないですか、というのがメッセージでしょうか(笑)
トレジャーデータの芳川さんも日本人としてアメリカで会社を始めて、それで何とかなってますよね。だから、できるということですよね。絶対不可能じゃないということです。
――トレジャーデータはArmが約6億ドル(約660億円)で買収してますから、何とかなったというレベルじゃない大成功ですよね。
古賀:当然うまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない。運もあるかもしれないし、方法論の話もあるかもしれない。アメリカで起業するって、ビザとか、言葉、ネットワークとか、いろんな壁を越える必要があるので、少なくとも全然簡単じゃないと思うんです。簡単じゃないことに挑戦する覚悟があってやるんだったらいいと思うんです。
覚悟がなくてやっていると、うまくいかないですよね。アメリカ人の起業家でもね、アメリカでうまく行ったから日本でもうまくいくみたいなスタンスを取っている人は、日本に行って失敗しているわけですよ。
なので、自分の常識が当てはまらない前提で謙虚に学びながら、1つひとつできない理由をつぶしていくという起業家精神を海外でも発揮するということですよね。できない理由を分析していく力も、つぶしていく力も、全く違うものが求められてくるので、そのやり方をどれだけ科学的にやっていくか、ということですよね。
それでもうまくいかないかもしれないから、当然リスクをマネジメントしながら、取れないリスクを取らない形で戦うことです。僕も完全にダメ元で起業していましたからね。ダメならダメだけど、手は抜かない。
無理そうなことほど挑戦する価値があるわけです。日本でグローバルなビジネスを作っていくというのは、ほとんど無理なわけじゃないですか。無理だからこそやる価値があるわけですよね。それを分かっていてやっているんだったら、簡単にできるなどと思わずに、ちゃんと、やり方を学んでやっていかなきゃいけない。
ただね、日本人に限らず海外展開って、ほとんどの国の人ができないんですよ。中国とか韓国の人がグローバルのビジネスを作って成功したケースって、どれぐらいありますか、というと、ほとんど思いつかないですよね? モノじゃなくてサービスで成功した事例。
クラウドのSaaSで、日本で中国のサービスを使っていますというのも、僕が知る限りでは聞いたことがないです。それぐらい、どの国でも海外展開というのは難しいわけです。
ただね、ニューヨークやボストン、サンフランシスコあたりは、異常に海外展開ができる人の層が厚いんです。幅も広いし、層も厚い。アメリカの会社が日本展開するといったら、僕みたいなやつがいっぱいいるわけじゃないですか。起業して日本の会社も作ってみたいなと思ってる人間がゴロゴロいるわけですよ、このエリアには。そういう人をうまく捕まえて任せるという度量も要るのかなと思います。
日本の起業家がシリコンバレーに来てうまくいかないのを見て思うのは、やっぱり任せないということですよね。自分は日本のことを分かっているし、自分のビジネスをよく分かっている。だからアメリカでもうまくいくはずだという前提があって、現地の人に任せる度量がないことが多いんですね。
少なくともシリコンバレーやボストン、ニューヨークには、そういうことをやった人がいっぱいいるのに、そういう人を使わずに自分でやって勝てると思うのは分析力が低いと思うんですよ。それは自己分析が足りないことが多い。
海外展開って簡単じゃないから、できない理由をつぶしていくわけですよね。海外人材は給料が高い? その給料が出せないんだったらやめれば? という話だったりするわけです。それを自分の戦略で、自分の思い描いているコストで、こういうふうにやりたいという思い込みで失敗していることが多いと思うので、できるだけ頭を柔らかくするのが大事です。自分の常識は間違っているし、自分の無知と無力を認めた上で、どういう体制で攻めるかということを考えればいいだけのことだと僕は思いますね。そこのところで、自分の能力を過大評価しちゃう起業家は、やっぱりうまくいかないですよね。
――北米進出に苦戦して「全然ダメだ」と嘆息する起業家の声を何度も聞きました。今はメルカリやスマニューが地歩を固めていますけど、あの山田進太郎さんですら、当初は「なぜこんなに難しいのか」とサンフランシスコの空港でため息をついていたとも聞いています。
古賀:その全くダメという分析が重要ですよね。やっぱり全然無理なんだって言えることが経営者としての大事な資質だと思います。僕が見てきた多くの日本の経営者は「オレはできるよ」という感じでした。その自信をとっとと捨てるっていうことですよね。例えば、メルカリの場合はジョン・ラーゲリンさん(※)に任せましたよね。
――ジョン・ラーゲリンさんですよね、現Mercari U.S.のCEOですけど、FacebookのVPを引き抜いた形でした。2017年にメルカリに参画したときは話題になりましたね。スウェーデン出身ですけど、NTTドコモや日本のGoogleにもいたことがあって日本語もめちゃくちゃうまいです。
古賀:あの人事も結構ニュースになっていたと思いますけど、そういうネットワークを作って信頼できる経営者としてアメリカの人材を持ってくるというのは当たり前のことだと思うんですね。アメリカのほうが給与テーブルが高いんだったら、社長の自分より3倍出せばいいじゃないですか。それはできないけど成功したいっていうのは、僕には良く分からないです。そのプライドとか、自分の常識感が会社のボトルネックになっちゃうので、そこは謙虚に、したたかであったほうが会社としてはいいんだろうなと思います。
――できるだけ柔軟に、ですね。本日はインタビューのお時間ありがとうございました。起業家・投資家の両方を経験したからこそのお話、海外MBA論、日本のエンジェル投資の話、情報革命で変わるモビリティーの未来、海外起業とイグジット後のお話と盛りだくさんで、とても刺激的でした。引き続きホンダでのご活躍を応援しています!
本記事は古賀氏へのインタビュー記事のうちの3本目です。
- シリコンバレー起業でイグジット、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(1)
- ホンダをシリコンバレーのスタートアップ化していく、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(2)
- 海外での起業はできない理由を潰すこと、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く(3)(※本記事)
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