ベンチャーキャピタリストは、自ら投資したスタートアップについて語ることはありますが、投資できずに、その後大成功を収めた会社を語る機会は多くありません。米国の大手VCであるBessemer Venture Partnersは、これらの会社を「anti-portfolio(アンチポートフォリオ)」として公開しています。
Coral Capitalでも2019年5月に日本のVCに声をかけ、私たちを含む各社のベンチャーキャピタリストの「苦い経験」を紹介させていただきました。それから3年が経ちましたが、その間も数え切れないほどのスタートアップが成功を収めています。そこで今回は第2弾として、改めてベンチャーキャピタリストたちのアンチポートフォリオをご紹介します。
ALL STAR SAAS FUND:前田ヒロ(マネージングパートナー)
アンチポートフォリオ:10X
小売チェーン向けECプラットフォームを提供する10Xとの出会いのきっかけは、2017年の夏。「プロダクトセンスが良く、面白い起業家がいる」とママリを創業した大湯(俊介)さんから紹介を受けたことでした。
当時の10Xは、コンシューマー向けのサービスを展開していて、まだ現在のB向けのサービス「Stailer」ではありませんでした。その後、B向けにピボットをした後の2019年にも改めてお話しをさせていただいたのですが、当時は投資を実行する決断ができませんでした。
10X創業者の矢本さんは、成長力も巻き込み力もあり、本質的な価値を創造することに強い信念を持つ、魅力あふれる方だと思いました。でも、当時の僕は大手スーパーのEC化を実現させるためのハードルの高さ、そしてスケールさせることに対する難しさを感じ、それらの不安や疑問を自分の中で払拭しきることができませんでした。
こうした経緯で投資を実施しなかった僕ですが、ただ単に「難しさ」を理由に思考を止めてしまい、それ以上の深掘りができなかったことを反省しています。いま10Xは、とても尊敬できるスタートアップに成長し、ニュースなどで彼らを見るたび「あの時投資すればよかった」と思います。
この経験で学んだことが2つあります。1つ目は、「難しいから」を理由に思考を止めないこと。難しさを感じた時は、それをどう突破できるのか、経営者がどのようなシナリオプランを持って推進できるのかなど、あらゆる「可能性」を深ぼるべきでした。
2つ目は、起業家のエグゼキューション力を過小評価してはいけないということ。難しい課題でもエグゼキューション力によって乗り越えられる可能性は十分にある。そして課題を乗り越えることによって、それを参入障壁という自社の強力な武器にできる。成長力と高いポテンシャルを持つ起業家のエグゼキューション力をきちんと見極めることが大切であることを改めて実感しました。
ANOBAKA:長野泰和(代表パートナー)
アンチーポートフォリオ:ネクストミーツ
ANOBAKAは創業期フェーズでの投資をメインとしていて、そのフェーズのスタートアップはまだ海の物とも山の物ともつかぬ状況のことがほとんどです。ものすごい数のシードスタートアップと面談しているので多少のアンチーポートフォリオはもう慣れっこという感じではあるのですが、この1、2年で最も印象的なのは、代替肉(植物肉)を提供するネクストミーツです。
当時ちょうどフードテック関連の投資を加速したいなと思っていたところでネクストミーツ創業メンバーの白井さん、佐々木さんにお会いして、素晴らしい情熱と冷静な事業分析に感動しました。まさに今投資したいと思っているフードテックのスタートアップだな、と思いました。
すぐに投資に動きたいものの、さすがに一度も実際のモノを食べないまま投資するのはあり得ないなということで「いったん試食させてほしい」とサンプルを頂きました。そして、会社の冷蔵庫に入れて、帰宅時に持って帰って家で食べようと思っていました。思えばこれが失敗でした。
仕事が終わってオフィスから退社する際に冷蔵庫に立ち寄って帰宅するという習慣がまったくなく、「あ、ネクストミーツ持って帰るの忘れた」となってしまうのです。
明日は持って帰ろうと毎日思うのですが、どうしても帰宅時には忘れるというのを何度か繰り返し、自分の健忘症を恨みました。そうこうするうちにネクストミーツとしてはエクイティでの調達はいったん延期するというご連絡を頂き、うちの投資もいったん延期になってしまいました。
そのたった半年後にネクストミーツがSPACでナスダックに上場という衝撃のニュースが流れました。その後あっという間に上場企業となり一時期は40億ドルの時価総額までタッチした神速スタートアップとなったのは皆さんもご存じの通りだと思います。ネクストミーツの皆さんおめでとうございます。
会社の冷蔵庫を開けるたび、未だにあのトラウマが蘇ります。
Skyland Ventures:木下慶彦(CEO・パートナー)
どちらの会社もシード期に出資していたのですが、VTuberのプロジェクト「にじさんじ」を運営するANYCOLORは1回のみの投資、M&Aマッチングプラットフォームを運営するM&Aクラウドはラウンドを2回スキップしてから追加投資を行いました。
投資を見送った理由は、事業成長可能性やマーケットポテンシャル、競合比較での事業数値を甘く見ていたためです。最も反省しているのは、幹部メンバーがそろってチームが強くなっていたにもかかわらず、当時は幹部メンバーへのインタビューを定点観測的に行っていなかったことです。現在は投資前後や幹部入社時などのタイミングで、定期的に幹部インタビューを依頼しています。
創業者や事業モデルが良いスタートアップは、幹部メンバーが次の数年の成長を大きく作りますが、自分を含めて、その成長の可能性について過小評価しがちなVCは少なくないと思っています。
今回学んだのは、常に目の前の投資先も、今後の投資先も、追加投資機会がないかを真剣に向き合うことを意識しなければならないということです。
STRIVE:髙田洋輔(インベストメント・マネージャー)
アンチポートフォリオ:UPSIDER
法人向けクレジットカードを提供するUPSIDER社への出資を検討させていただいたのは、2020年春の資金調達でした。まだベータ版のプロダクトをステルスで提供している段階で、それほど世に知られていなかった頃、幸運にも既存投資先のCEOから紹介を受け、出資検討の機会をいただきました。
共同創業者である宮城さんと水野さんは、最初にミーティングをさせていただいたときから、この法人カード・B2B決済の領域に大きな期待を抱かせてくれました。共に頭の回転が非常に速く、こちらの質問に対する回答はロジカルかつ丁寧。業界に詳しくない我々でも十分に理解できるよう、気配りの効いた説明をしていただいたことを良く覚えています。
交渉ではかなり時間をかけて議論を重ねましたが、合意間近までいったところで最後、条件が折り合わずに合意に至ることができませんでした。合意できなかった理由は端的に私の調整力不足にあったわけですが、そのときは妥協したくないと思っていた条件について、本当はそこまで拘るべきではなかったのかもしれないと、今では思ったりします。
この法人カード・B2B決済の領域は、当時はそれほど国内で注目される市場ではなかったように思います。それが、今では最も期待される領域の1つになりました。UPSIDER社の評判を目にするたびに、わずか1、2年で、ずいぶんと環境が変わるものだなと、自分が身を置く業界の変化のスピードを感じつつ、宮城さんと水野さんがあのとき語っていたストーリーを実現させつつあることを、心から嬉しく思っています。
Coral Capital:James Riney(創業パートナーCEO)
アンチポートフォリオ:Timee
私の今回のアンチポートフォリオはスキマバイトサービスのTimeeです。創業者でCEOの小川さんと出会ったのは、2018年7月。彼は21歳になったばかりだったと思います。非常に若い方でしたが(今もそうですが)、独特のオーラを放っていたのを覚えています。若さゆえの野心と、根拠のない自信のようなものを兼ね備えていました。何も成し遂げていないのに、成功は必然であるかのような風格を漂わせていました。
私は、大きな可能性を感じ、彼らの最初のオフィスを訪ねました。ラカーサ恵比寿というアパートでした。そこで、彼は仲間の大学生たちと住み込みの24時間体制でTimeeを作っていたことが明らかに思えました。床には毛布が敷かれ、いたるところにお菓子が置かれている。まさに「寮の中のスタートアップ 」でした。
チームと話をした後、私は「Timeeは、まるでカルトか宗教のようだ」と思ったのを覚えています。みんな熱心に取り組んでいて、小川さんのことをまるで預言者のように話していました。
すべてが素晴らしいサインに思えました。
それなのに……、パスしてしまったのです! 人材業界の法律的な問題や、法人営業の必要性を考えると、このチームにはエグゼキューションに必要な成熟度に欠けるのではないかと思えたのです。この市場は売り手市場であり、供給側がすべての力を持っていることを見落としていたのです。だから、学生などのアルバイトの人材さえ取り込めば、企業は向こうからやってくるのです。
また、人は成長するもので、特に20代の人はそうだということを考慮に入れなかったのです。人の20代という10年は間違いなく最も重要な成長の期間で、成功しようとする意欲のある人は劇的に進化するものです。私自身、23歳で起業して以来、大きく変わったと実感しています。それなのに、小川さんについては、こうしたことを考えなかったのです。
若さを甘く見てはいけないということを学びましたし、Coralのチームメンバーなら同意してくれると思いますが、今では経験不足から来る若手起業家の欠点は擁護するようにしています。もう同じ間違いは2度としません。
小川さん、すばらしい快進撃ですね。応援しています!