時給換算13万ドル(約1,800万円)の宇宙飛行士の作業コストを、汎用型ロボットで100分の1にするーー。そんな壮大な構想を掲げ、宇宙向けの自律制御ロボットを開発しているスタートアップが「GITAI」です。
GITAIの創業は2016年7月。当時は創業者の中ノ瀬翔さんが薄暗いワンルームでプロトタイプづくりにいそしんでいました。しかし今では、世界トップクラスの技術者が続々と加入し、SpaceXのロケットでロボットを宇宙に届けるまでの成長を遂げました。今年6月にはロザンゼルスに新オフィスを開設し、米国での採用も本格化しています。
今回Coral Capitalでは中ノ瀬さんをゲストに迎え、ポッドキャストのインタビューを行いました。宇宙ロボットに注目したきっかけや宇宙ビジネスの可能性、さらには、GITAIにトップクラスのロボット技術者が集まる秘訣について深堀りしました。
※情報開示:GITAIはCoral Capitalの出資先企業です
なお、インタビューのノーカット版を英語によるポッドキャストでお届けしています。ポッドキャストは、Apple Podcastsか、Google Podcasts、またはSpotifyからお聞きいただけます。
- ゲスト:GITAI創業者兼CEO 中ノ瀬翔氏
- 聞き手:Coral Capital創業パートナーCEO James Riney、同パートナー兼編集長 西村賢
The Coral Capital Podcastでは海外の投資家・起業家へのインタビューを今後も予定しています。Apple Podcastsのリンクか、Google Podcasts、またはSpotifyのリンクから、ぜひフォローしてください。
時給1,800万円の宇宙飛行士の作業、ロボットでより安全・低価格に
James:中ノ瀬さん、Coral Capitalのポッドキャストにようこそ。
中ノ瀬:お招きいただきありがとうございます。
James:GITAIでは宇宙で使うロボットを作っているということですが、御社の事業について詳しく教えてください。
中ノ瀬:もちろんです。GITAIには3つの事業領域があります。1つは民間宇宙ステーション向けに自律型ロボットアームの設計・製造をしています。2つ目は、軌道上サービス事業です。衛星に取り付けることで顧客の衛星の保守や点検、定期的に発生する作業をこなせるロボットアームを提供しています。3つ目は、月面探査・基地開発事業です。月面で科学的な実験やソーラーパネルなどの組み立て作業ができる月面ロボットローバーを開発しています。いずれは月面の都市建設にも使用できるようになります。GITAIでは米国や日本の顧客から注文を受け、こうした製品を内製しています。
とはいえ、ロボットのサプライヤーになることがGITAIの目標ではありません。私たちはロボット技術を使ったサービスプロバイダー、つまり「ロボットとしてのサービス」を提供したいと考えています。そして10年後には何万台ものロボットを使って月や火星で、例えば太陽光発電パネルや通信アンテナ、さらには居住用モジュールを建設するための労働力を提供したいと考えています。それがGITAIのビジョンです。
James:なるほど。これはある意味自明かもしれませんが、なぜロボットなのでしょうか。人が宇宙に行くための製品ではなく、ロボット開発に注力した理由を教えてください。
中ノ瀬:SFのロボットが好きなのが大きな理由ですね(笑)子供の頃からリモコンで操作できるロボットやお掃除ロボットを作ったりしていました。ロボットの可能性に期待していて、それが今の活動をしている理由のひとつです。
また宇宙で作業する方法は2つしかありません。宇宙飛行士が現地に行って活動する方法と、ロボットアームを使う方法です。しかし、宇宙飛行士の作業は1時間あたり13万ドルもかかります。高いですよね。また、今ある宇宙用のロボットアームは1台14億ドルもします。非常に高価な上、使えるようになるまでのリードタイムも非常に長いのです。だからGITAIでは宇宙でより安全で低価格な労働力を提供できる汎用型ロボットの実現を目指しています。これがロボットに注力している理由です。
西村:宇宙飛行士とロボットのコストの差について、もう少し詳しく教えてください。 13万ドルという金額には宇宙飛行士の訓練や宇宙空間に送り出す費用などが含まれていると思います。これと比較するとロボットのコストはどの程度なのでしょうか。
中ノ瀬:宇宙飛行士の費用のほとんどは宇宙への移動にかかるコストです。今ではSpaceXのような企業が宇宙に行くコストを削減していますが、それでもまだ高額です。有人と無人とでもコストは大きく異なります。宇宙飛行士には物資を供給する必要がありますし、平均して6カ月程しか滞在できません。宇宙放射線などの影響があるので、地球に戻らなければならないからです。
一方で、ロボットには水や食料を供給する必要がなく、電気さえあれば動きます。電力を供給する方がずっと簡単です。また宇宙船の外の環境は非常に過酷です。例えば、温度の変化は200℃以上にもなります。もちろん空気もありません。ですから、ロボットを使うのが最適なソリューションなのです。
「億万長者が趣味でやってるだけじゃない」宇宙ビジネスが有望な理由
James:なるほど。SpaceXなどの企業が宇宙へ行くコストを数百分の1にしたことは素晴らしいことです。しかし、その先に何があるのでしょうか。宇宙へ行くコストが下がると、どのような産業にとって有利なのでしょうか。
中ノ瀬:現在の宇宙産業が成長している理由はいくつかあると思います。億万長者たちが趣味でやっているだけのことではないのです。国にとっては防衛に加え、長期的に見れば宇宙資源やエネルギー関連事業が重要になります。また月面基地は月・火星探査やロケットに燃料を供給するための中継地点となるでしょう。長い目で見ると宇宙の資源開発は重要な領域になります。
また生物はこれまで地球上で、ある意味水平方向に繁栄してきました。しかし、地上ではすでに繁栄し尽くしたので、これからは垂直方向、つまり宇宙を目指すことになると思います。これから何千年もかかることになりますが、今はそうした開拓の始まりの時期であると考えています。
James:なるほど。探検家フェルディナンド・マゼランやジェームズ・クックの宇宙版が登場するということですね。未開の地を開拓するような探検から、どのような産業が生まれると考えていますか。
中ノ瀬:短期的には、宇宙旅行が非常に有望な分野です。 富裕層の人たちが宇宙へ行きたいと思っていても、簡単に行ける方法はありません。ですから、この分野は急速に拡大しています。
また衛星産業も急成長しています。現在使われている衛星は使い捨てで、Appleの保証サービス「AppleCare」のようなものはありません。しかし今、私たちを含め多くの企業が既存の衛星向けのサービスを提供することで、衛星の寿命を延ばそうとしています。具体的には燃料の補給や点検、メンテナンスなどを提供するということです。また衛星は宇宙産業に分類されますが、地上に向けたサービスを提供しています。このことから衛星はより身近で、参入しやすい市場であると言えます。
このような理由から、短期的には地球に関連する宇宙分野が発展するでしょう。長期的には、宇宙での鉱業やほかの惑星への移住などといった事業が発展するのではないでしょうか。
アジャイル型開発で製造コストとリードタイムを大幅削減
James:GITAIでは2022年に「GITAI IN1 (Inchworm One)」や「GITAI S10」などの製品を発表していますが、これがどのようなものか教えてください。
中ノ瀬:はい。皆さん国際宇宙ステーションはご存知かと思いますが、これは2030年に運用が終わる予定です。そこで米航空宇宙局(NASA)は民間の宇宙企業に資金を提供し、民間の宇宙ステーションの開発を促進しようとしています。その結果現在、米国では多くの宇宙企業が宇宙ステーションの開発に着手しています。こうした背景の中、10mのロボットアームも求められているのです。
参考動画:アームの両端に様々なツールと接続できる「グラップル・エンドエフェクタ」を搭載した「シャクトリ虫型」のロボットアーム「GITAI IN1」
現在の国際宇宙ステーションに取り付けられる10mのロボットアームの性能は非常に限定的な上、開発に14億ドルもの費用がかかります。そこで、私たちはより安全で低価格な労働力を提供するために、10mのロボットアーム「GITAI S10」を開発しています。
もう1つはGITAI IN1と名付けたもので、ちょうどシャクトリ虫のように動きます。このロボットアームには2つの特徴があります。1つは広範囲に動ける移動性能です。当社独自のインターフェースを経由することで宇宙機から他の宇宙機に移動することもできます。もうひとつはツールの交換機能です。GITAIのロボットアームの先端はロボットハンドや電動ドリル、シャベルなど複数のツール(エンドエフェクタ)と交換できます。私たちが開発しているのはこのような次世代の自律型ロボットアームなのです。
これがロボットアームGITAI S10とGITAI IN1の特徴です。GITAI IN1は宇宙ステーションだけでなく、月面探査での使用も想定しています。
実は日本ではこうした技術は求められていないのですが、米国の宇宙企業がこのような性能を持つロボットアームを求めています。米国企業は広範囲に動けて、ツールを交換できるロボットで太陽電池パネルや通信アンテナ、ゆくゆくは居住モジュールを組み立てようとしています。私たちはそのようなニーズのために製品を届けているのです。
西村:デモ動画を見てロボットアームの機能性と動きに驚きました。このような新しいアプローチには目を見張るものがあります。
中ノ瀬:ありがとうございます。実は、宇宙ロボット関連企業の数はそう多くありません。先進的で手頃な価格の製品のニーズはあるのですが、ロボット企業間の競争はあまりないのです。 他社の多くはSpaceXやブルーオリジンのように、宇宙への移動に関連する製品を提供しています。ですが、宇宙産業にはもっと多くのものが必要なのです。そこで私たちは安全かつ手ごろな労働力を提供し、そのコストを100分の1に削減することを目指しています。
James:従来のロボットアームのコストは14億ドルとおっしゃっていました。GITAIの製品を導入すると、どの程度のコスト削減が見込めるのでしょうか。
中ノ瀬:もちろん事業領域や用途によって異なります。ただ、例えば今だと10mのロボットアームのコストは14億ドルかかりますが、当社はその価格を少なくとも1億ドルにまで下げられます。当社としてはそれでも十分な利益が出ますし、顧客にとっては既存のソリューションの20分の1の価格になるでしょう。
従来の宇宙ロボットメーカーとGITAIの違いは開発手法にあります。従来のロボットメーカーはウォーターフォール型の開発をしていますが、私たちはアジャイル開発のアプローチで製品を内製しているのです。つまりメカの設計から電気回路、モーター、モータードライバー、ソフトウェアまですべての要素技術を自社で設計・製造した上で、ロボットを作っては実験して壊しを高速で繰り返しているということです。これはSpaceXとよく似た手法です。ウォーターフォール型開発は宇宙分野では非常に歴史があり、信頼性の高い手法ですが、開発にコストと時間が多くかかります。私たちはアジャイル型の開発手法を採用し、全ての要素技術を内製して高速で試行錯誤することでコストとリードタイムを削減しようとしているのです。
SCHAFT創業者もジョイン、世界トップクラスの技術者が続々と集まるワケ
James:他国に競合企業はいるのでしょうか。例えば、ロボット開発に力を入れているロシアや中国の会社などです。どんな競争相手がいて、GITAIの優位性はどこにあるのでしょうか。
中ノ瀬:広義に言えば、中国企業が最大のライバルになると思います。しかし、中国とロシアの市場は国防上の理由から米国、日本、欧州連合(EU)の市場とは完全に分かれています。ですから、私たちもこの枠組みを超えて取引することはできません。これにはよい面もあります。中国のロボット企業を過度に恐れる必要がありませんから。
もちろん米国にも何社かロボット企業がありますが、その多くはNASAの下請けに近い存在です。つまり、こうした企業はメカや電気回路といったハードウェアしか作っていないということです。ソフトウェアのプログラミングはNASAの担当なので、こうしたロボット企業は自律型ロボット用のソフトウェアを作っていません。
また米国では人材獲得競争が激しく、優秀なソフトウェアエンジニアを雇うことは非常に難しい状況にあります。自動運転車を開発するWaymoや、大手テック企業のGoogle、FacebookなどとソフトウェアエンジニアやAIエンジニアの採用を巡って競争しなければならないのですから。
その点、当社はうまくいっています。日本の優秀なソフトウェアエンジニアを採用できていますから。米国の競合は、現地の優秀なソフトウェアエンジニアの確保が難しい状況にあり、これは私たちの優位性につながっています。
James:日本には世界でもトップクラスのロボット技術者がいますが、GoogleやAmazonなどの大手テック企業には行っていません。このような状況があるからこそ、日本に強力なロボット企業が生まれているのだと思うのですが、この点についてどう考えていますか。
中ノ瀬:おっしゃる通り、当社には日本の才能ある開発者が多く集まっています。例えば、2013年にGoogleが買収したSCHAFTの元ファウンダー兼CEOである中西雄飛氏が参画しています(編集注:2019年3月にGITAIのCROに就任)。他にも中西氏と同じ東京大学情報システム工学研究室に在籍していた上月豊隆氏と植田亮平氏も当社に加わっています。植田氏はソフトウェア開発を担っています。この研究室はハイレベルなことでよく知られています。言わば、汎用型ロボットの研究の中心地なのです。そして幸運なことに、私たちはここの出身である優秀な開発者を採用でき、彼らのおかげで米国でも競争力のある存在になれています。
James:なるほど。GITAIの従業員の70%は博士号を持っていると聞きました。
中ノ瀬:はい、その通りです。
James:日本で優秀なロボット工学の研究者を雇うことができたわけですね。 創業者なら誰しもそうした優秀な人材を採用したいと望みますが、秘訣はあるのでしょうか。
中ノ瀬:いくつかあると思います。ひとつは、私たちが人類の大きな問題を解決するというビジョンを持っていることです。優秀な人たちは利益の出る小さい事業には興味がありません。人類や世界にとっての非常に大きな問題を解決することに関心があるのです。だから、挑戦的なビジョンを持つことがとても重要だと考えています。
また環境も非常に重要です。 才能のある人を雇うことはとても重要だと多くの人が言いますが、才能のある人たちに適した環境を用意することが重要と考えている創業者や経営陣は多くありません。数百人の優秀な人に適した環境を用意するのではなく、一握りの超優秀な人に適した環境を用意するということです。この2つは実は別物なのです。
GITAIでは超優秀な人、最高の開発者に適した環境を用意しています。給料もストックオプションも、オフィスも、資金調達も、すべて超優秀な人たちに焦点を当てて設計しているということです。こうしたことが最高の人材を維持するために非常に重要だと考えています。
経歴の良さやプレゼンのうまさでは、優秀な開発者に振り向いてもらえない
James:中ノ瀬さんに初めてお会いしたのは2017年のことでした。当時、ロボット業界での専門的な経験はないのにロボット会社を立ち上げているという話を聞いて、正直なところ半信半疑でした(笑)それからどのようにして、日本でトップクラスのロボット会社のCEOになったのでしょう?
中ノ瀬:ご存知のように、私はひとりで創業しています。インドで立ち上げた会社を売却して得た資金で、次の事業に注力しようと汎用型ロボットの開発を始めたのです。最初は個人の開発者として夢を追っているだけで、ただひたすら開発に没頭していました。もちろん最初のプロトタイプは現在のロボットと比べると非常に未熟なもので、おもちゃみたいなものでした。
しかし、これがあったことで私がどれだけこの事業に情熱を傾け、真剣に取り組んでいるかを、優秀な開発者に伝えることができたのです。どれだけ経歴が良くても、プレゼンが魅力的でも、Excelの数字が良くても、優秀な開発者たちが知りたいのは、私がどれだけこの事業に真剣に向き合っているかということです。ビジネスパーソンとして優秀かに加えて、技術的なことがどれくらいわかった上で事業を作れるかを重視しています。
その点、私は技術的に重要な部分を理解した上で、どれだけ熱意を持ってこの事業に取り組んでいるかを示せたのです。これは技術的な知識を持たない営業マンがロボットを売るのとは違います。優秀な開発者には伝わるのです。これは優秀な開発者を採用する上でも効率的な方法でした。
James:なるほど。とても面白い話を聞かせていただきました。中ノ瀬さんは5年後には、日本のイーロン・マスクのような存在になっていると思っています。
中ノ瀬:もちろんイーロン・マスクのことは尊敬していますし、他の起業家、特に開発者を尊敬しています。でも、私には私の目標や経験、強みがあって、彼の後を追っているわけではありません。私は自分の情熱、自分のチームの理念に基づいて行動しているだけです。
西村:若いテック系起業家に何かアドバイスはありますか。
中ノ瀬:そうですね。Twitterに没頭しないことですね。
James:でもイーロン・マスクはいつもTwitterをやっていますよね。いつもつぶやいています。
中ノ瀬:彼ほどの実績があればTwitterをやっても構いません(笑)
James:そうですね。それまではTwitterを控えた方がいいということですね。
中ノ瀬:はい。ツイートに熱中するよりも、自分たちの情熱とビジョン、事業に注力すべきです。
James:その通りですね。GITAIがこれからどのように宇宙産業に革命を起こしていくのか、とても楽しみにしています。