2022年は様々な意味で記録的な年でした。まず、2年にもおよぶ厳しいコロナ禍からようやく世界が回復し始め、活動や交流が再開されるようになった年です。一方で、コロナ禍による経済悪化への対策として過剰な金融緩和を実施した結果、世界中でインフレが加速した年でもあります。このインフレに対し、米国では中央銀行にあたるFRB(米連邦準備理事会)が金融引き締め姿勢を強め、その大幅な利上げにより資産バブルに唐突な終止符が打たれました。日本も後に続かなかったのは、意図的なのか、できない理由があったのかはわかりませんが、いずれにしても30年以上ぶりの記録的なドル高・円安が進む事態となりました。
金利が上がり、グロースアセット(テック株やクリプトなど)の価格が暴落する一方で、OpenAIの「DALL·E 2」や「ChatGPT」が想像を超えたAI技術で世界を驚かせ、逆境に差し込む希望の光となって現れた年でもありました。AI技術が今後具体的にどのように発展していくかは、もちろん現時点ではまだ誰にもわかりません。しかし、スマホやクラウド技術の誕生がかつて世界を一変させたように、AIという巨大な追い風が次のテクノロジー革命を起こす目前まで来ていると予想する意見が多く見られます。
VCとしての今後の予想について記者や投資家からよく尋ねられますが、先のことは断言できないので基本的には回答を遠慮しています。それよりも、私たちが普段から支援させていただいている起業家たちのほうが、よほど未来を的確に予想できているでしょう(なんと言っても、起業家は未来の作り手ですから)。ただし、今後に向けて個人的に注目している点についてはいくつか紹介できます。
まず、スタートアップ界の今後を考える上で個人的に特に注目しているのが、資金調達環境です。もちろん、資金プールが完全に枯渇したわけでありません。しかし、スタートアップに対して以前より明らかに低いバリュエーションがつけられる傾向が今後強まることは言うまでもないでしょう。また、投資家が資金の使い道になおいっそう慎重になることが予想されるため、起業家としてもバーンレートの管理や投資家との関係構築にここ数年よりも注意深く取り組む必要があります。実際、2022年には多くのスタートアップが資金調達を延期していますが、いつまでも先延ばしにできるものではありません。2023年には彼らの多くが資金調達活動を再開する可能性が高いでしょう。その時にバリュエーションを上げて調達できるかどうかは、今後の状況次第としか言えないのが現状です。
また、IPO市場がいつ回復するかという点にも注目しています。今年の後半にはインフレが落ち着き、FRBも金融引き締めを弱めると見込まれることから、その時期を予想する意見が多いようです。ただし、インフレには他にも様々な要因が関わってきます。特に、中国の突然の開放路線への変更は無視できません。数年にわたるゼロコロナ政策で抑圧され、蓄積してきた需要が解放されることで、あらゆるものの価格が高騰する可能性があるのです。ウクライナ戦争の影響で既に高騰しているエネルギー価格も、中国需要の急回復によりさらに押し上げられるかもしれないということです。そして中国の活動再開による物価上昇圧力が強いほど、他国では金融引き締め策を継続せざるを得なくなるでしょう。
もう1つ注目しているのが、地政学的な変化がいくつかのスタートアップ分野にとって追い風になる可能性についてです。まずは最近発表された「防衛費をGDPの1%から2%へ増額する」という政府の決断が挙げられます。スタートアップに一見全く関係がないように見えるかもしれませんが、これは象徴的な意味でも、今後の波及効果という意味でも重要な政策になり得ます。金額で言えば5.4兆円から11兆円への増額になり、それには科学技術研究やサイバー領域、公共インフラなどの予算も含まれているからです。これと同時に、中国や台湾への依存度を引き下げる方向へ政府も企業も積極的に動いているため、製造業や自動化、日用品、半導体などの業界が何かしらの影響を受ける可能性が高いでしょう。これらの要因が組み合わさる複雑な状況というのが、先日の記事で紹介した「ジャパニーズ・ダイナミズム」への投資にCoral Capitalが注力している理由の1つでもあります。変化の激しいこの令和の時代こそが、トヨタやソニーに匹敵する偉大な企業が生まれる土壌になるはずだと私たちは考えているのです。
2023年に向けた展望をまとめると、「非常に不透明な状況ではあるが、このような環境だからこそのユニークで優れた機会も期待できる」というところでしょうか。ポジティブかつ慎重に、それらのユニークな機会を発掘し、長期的な視点でシーズを育てていくことに注力するのが今後の鍵となるでしょう。
最後になりましたが、2023年もCoral Capitalをよろしくお願いします。今年も日本を支える次世代の企業づくりに励みましょう!
P.S. 参考までに、2022年にCoral Capitalで最も読まれた記事を以下にまとめました。もしよければ是非読んでみてください。個人的に好きだった記事もおまけでリストアップしました。
2022年に最も読まれた記事
- 「惰性でやっている」「ビジョンはない」 30年続くソフトウェア稼業「秀丸」がいまも最前線に立ち続ける理由
- スマホだけで3Dモデルが作れる、「WIDAR」は3D制作を民主化する無料アプリ
- なぜUber配車サービスは日本で失敗したのか?
- 何でも「そこそこ」できる優秀なジェネラリストに創業者はどう向き合うべきか?
- 【調査】平均SO率は9.3%―、最近の上場32社のストック・オプションを調べてみた
2022年の個人的ベスト記事
- 日本の「隠れユニコーン」41社を調べてみた
- J-KISS 2.0(Post Cap J-KISS)を公開しました
- ジャパニーズ・ダイナミズム:「令和のトヨタやソニー」に投資する
- トップクラスの人たちにワークライフバランスはあるか?
- なぜ日本のスタートアップからY Combinatorへの応募はほとんどないのか?―CEOのMichael Seibelに聞いてみた
Founding Partner & CEO @ Coral Capital