新卒一括採用で入社し、数十年にわたって一つの企業に勤め続ける——かつて日本企業では当たり前だった終身雇用制度は崩れつつありますが、まだ人の流れは柔軟とは言えないようです。大企業やメガベンチャー、スタートアップの間で転職を繰り返しながら経験を重ね、新たな価値を生み出し、ひいては日本の社会そのものを元気にしていくには何が必要なのでしょうか。
2月18日に開催したStartup Aquariumの「スタートアップ⇄大企業・メガベンチャーを行き来するキャリア」と題するセッションには、DeNAの創業者で、デライト・ベンチャーズのマネージングパートナーを務める南場智子さんが登場。DeNA出身で南場さんとも知己のあるCoral Capital創業パートナーであるJamesの問いかけに答えながら、これからのスタートアップキャリアについて語りました。
「自分よりもすごい人」を基準に人を集めた草創期のDeNA
まれに見るスピードで大企業へ成長を遂げたDeNA。一番初めの立ち上げ期にどのような方針で人材を集め、どんな人材がフィットしたのかという問いに、南場さんは「とにかく自分より優秀な人、自分よりできる人という、それだけの基準で集めてきた」と振り返りました。
DeNAは南場さんを含め、マッキンゼーから独立した3名からスタートしました。それぞれが「自分よりもすごい人」という基準で知り合いを集め、10名ほどの優れた人材が集結。その10名によって今につながるDeNAの「カルチャー」が形作られ、成功への道が整ったと南場さんは考えています。
「最初の10人でよかったと思うのは、『何が降ってきても絶対に受ける』っていう姿勢です。たとえエンジニアであっても、デザインもすればトイレ掃除も、交渉もするという具合で、それを楽しめる人ばかりでした。スタートアップは『もう乗り越えられないんじゃないか』と思うような壁に次から次へと直面しますが、それを面白がれるキャラが必要だと思います」(南場さん)
DeNAを大きく変えたキーパーソンたち
Jamesによると、ベンチャーキャピタリストとしてさまざまなスタートアップを見てきた経験上、たとえばSmartHRのCOOとなった倉橋隆文氏のように、「この人が入ることで会社が大きく変化した」というキーパーソンが存在することが多いと言います。DeNAの場合はどうだったのでしょうか。
この質問に対して南場さんは「ストレス耐性が高く、私が苦手なことが全部得意」という川田尚吾さん、「ものすごい仕事量をこなし、パニック状態でも客観的に見ていることができる」という渡辺雅之さんといった創業メンバーの名前を挙げました。続いて、自身の後任としてDeNAの代表取締役社長に就任した守安功さんにも、次のように賛辞を送りました。
「自分と自分のチームの力でサービスをヒットさせることができ、経営のジャッジメントもタイムリーで正しいし、実行力もあるんですよね。それがあって今日のDeNAができていると思います」(南場さん)
また、DeNA現社長である岡村信悟さんについては、「社員が強いリーダーにただ従うのではなく、自分たちがそれぞれオーナーとなり、自分たちの事業を育てていくという意識を植え付け、大きな視点で組織を作っている」と高く評価。守安さんと岡村さんを「DeNAの第2チャプター、第3チャプター」と語る南場さんは、「第1チャプターは私ね」と笑いながら付け加えました。
南場さんがVCを立ち上げたワケ
南場さんはデライト・ベンチャーズを立ち上げ、現在はマネージングパートナーを務めています。VCを設立した理由を聞かれると、「ひとつは、もっと大成功を生み出していかなければ、日本はおかしくなってしまうという気持ちがあった」と述べ、「もうひとつは、スタートアップのエコシステムを支える起業家をDeNAから輩出し、『DeNAギャラクシー』を作りたかった」と言います。
「DeNAに入ってくる人は、アントレプレナーシップを持っている人が多く、それがDeNAでしごかれ、どこにいっても通用する人材になって起業家になっていくケースも多い」と南場さん。DeNAを率いる立場にあったことから、DeNAで新規事業を立ち上げたり、既存事業を拡大するために社内にとどまってほしいという思いもあるものの、「起業したいという思いを抱いてDeNAに入り、力を付けて、外に出て行って起業していくのもいい」という考えだと語ります。
これまで、起業家となったDeNA卒業生たちとは個人的につながっていたものの、「もっと有機的に、公式につながっていたい。力になれそうなフェーズのスタートアップに対して、投資家として出資して公式につながって、お互いに助け合っていくギャラクシーを作りたいという気持ちもあってデライト・ベンチャーズを作ったんです」と南場さん。さらには、DeNA出身者に限らず、優秀な人材にもどんどん出資するようになっていると語りました。
大企業は起業に失敗した人を探し出してでも採用すべき
James自身も経験したことですが、起業志向が高い人たちがDeNAに入社したきっかけは、「南場さんと会って『起業したいんです』という話をすると、『まずはDeNAに入ってみませんか』と言われること」が多いそうです。そうして起業マインドを持っている人が入社した結果、DeNAから次々と新規事業が生まれてきたと南場さんは指摘します。
「DeNAは上意下達のピラミッド型の組織よりも、全員が球の表面積を担う球体型の組織を目指していたんです。起業マインドを持つ優秀な人材には、DeNAのリソースを使って大きい視野を持ち、ステージの上で思いっきり自分のダンスを踊ってほしいなと思っているんですよね」(南場さん)
だから、ステージが終わったら去ってもいいし、次のステージで再び踊ってもいい。現に、退職して外部でチャレンジした後、再びDeNAに戻ってくるケースも決して珍しくないそうです。
一方、日本の大手企業には、外に出て起業した人材が失敗して戻って来られる雰囲気がないと指摘する南場さんは、今そこを変えようと試みています。「(自身が副会長を務める)経団連では、『挑戦した結果失敗した人も含め、挑戦した人を探し出してでも採用すべき』という話をずっと言っています」。
南場さんによれば、「経団連の会員企業で経営会議にプロパー以外の社員が何人いるかというと、ゼロか一人のところが多い」。この状況に対して南場さんは、出入りを自由にしてどんどん中途採用者を受け入れ、途中から入った人材も幹部になれることを企業として示していくべきだと考えています。
それにはもちろん理由があります。「トランスフォーメーション」の実現には、外の環境を知る人が不可欠だからです。
「日本人って、DXとかGXといったトランスフォーメーションという言葉が好きですよね。でも、そもそもトランスフォーメーションは自身の形を変えるくらいのジャンプを指すのに、そこの環境しか知らない40年選手だけで意思決定していたら、形なんか変えられるわけないじゃないですか」と南場さん。日本企業の将来という意味でも、ジェンダーダイバーシティだけでなく、外部からの人材を受け入れ幹部にも登用する「バックグラウンドダイバーシティ」が必要だと述べました。
また現状では、メガベンチャーやスタートアップの間では盛んに人が動いている一方で、エスタブリッシュな企業、経団連企業との間には川が流れていて行き来しにくい状態です。南場さんは「そこに橋を架けるという生ぬるい方法ではなく、地続きにしないといけないと思います」とし、それこそが、日本の企業が競争力を強化していくために必要なことだとしていました。
次から次へとスタートアップが生まれる土壌が経済全体の活気につながる
続けてJamesは、スタートアップ業界にこの20年間でどのような変化があったかを尋ねました。
南場さんは満員となった会場を見渡し「少なくとも東京ではこれほどの熱気があり、アクションに移している人、自分のキャリアとしてスタートアップを現実的に考えている人が多い」と述べ、起業を肯定的に捉える時代の空気も含め、スタートアップ業界の裾野が広がってきているとしました。その一方で、世界の動きは倍速で先行していることから、世界経済における日本の相対的な位置付けは低下してしまっていると述べました。
南場さんは、アメリカで50年以内に上場した会社の50%がVC-backedの元スタートアップであり、生み出した企業価値では75%を占めていることを引き合いに出し、「今ある企業を追い越していくような活きのいい新しい企業が次から次へと出てくる土壌がないと経済全体の活気は生まれない」と指摘。その意味で、Startup Aquariumの会場のような熱気があちこちで生まれる状態にしていきたいとしました。
魔法で日本を変えられるなら「教育を変えたい」
ここで、Jamesから「もし魔法の力が手に入って日本を変えられるとしたら、何を変えたい?」という唐突な質問が投げかけられると、南場さんは「教育」と即答。日本の教育は「人が決めた正解を言い当てる」ものになっており、「皆と同じである」ことを目指す、Conformityを重視する考えの刷り込みが初等教育から始まっているのではないかと南場さんは指摘します。
「人とは異なる自分の夢を一つ一つ我慢したり、あきらめたりして大人になっていくのが日本で、そこでいきなり『起業していいんですよ』と言われても、起業に必要な『夢中』って何だったっけ、という人もいると思います」(南場さん)
同様に、採用方式も新卒の一括採用ではなく、回り道してきた人、起業したものの失敗し、一つ二つ会社を失敗したような経験を持つ人の需要が高まるような労働市場にしていきたいと南場さん。
しかし前述の通り、まだまだ日本を代表する大手企業からスタートアップに加わる人材は少ないのが実情です。Startup Aquariumの参加者を見ても、ソニーやトヨタをはじめとする、日本を代表するような会社の人たちは多くないと、Jamesは指摘します。
Jamesは、以前参加したイベントの中で、投資先のファウンダーの一人が「小さいスタートアップが本当に世界を変えられるの?」という質問に対し、「変えられません。今は小さいスタートアップが、大企業になって世界を変えるんです」と答えたエピソードを紹介し、急成長するスタートアップがあっという間に大企業となる可能性に言及しました。
これを受けて南場さんは、「日本のスタートアップの裾野はすごく拡大しているけれども、成功のレベルの頂点を十倍高くしないといけないと思っています。上場時の時価総額の平均は50億、60億くらいだけれど、もうひと踏ん張り、一桁大きい夢を目指していかないといけないと思うんです」としました。
迷ったら、動こう。
DeNAでの業務に加え、デライト・ベンチャーズでの投資、その両方をしっかりやっていきたいという南場さん。「ヒットじゃなく、ホームランでもなく、場外ホームランをどれだけ出せるかに本気で取り組むファンドにしていきたいし、そこを目指す企業がどんどん出てきて、失敗してもどんどん挑戦するようなエコシステムにしていきたいと考えています」。そのために微力を尽くしたいと言います。
起業の苦労も成長痛も経験してきたし、今でも一番事業の立ち上げや推進が好き、と語る南場さん。「だからこそ(起業家と)伴走できる部分もあるのかなと思います」と胸を張ります。
そして最後に「スタートアップへの転職を悩んでいる人へのアドバイスを」という声に対し、「迷ったら動こう。とにかく面白いからやってみて」と呼びかけました。
南場さん自身、過去に下してきた大小さまざまな意思決定の中で最善のものが結婚で、その次が起業というくらい、DeNAを立ち上げて良かったと思っていると言います。しかしそれは、成功を収めたからではないそうです。
「こんな場所に呼んでいただけないような失敗した人だったとしても、絶対起業したことを後悔していないと思います。何を得るか、何を持つか、どういうステータスになるかよりも、どれだけ面白い人生を送れるかというプロセスがすごく重要であり、とにかく起業は面白いからやってみて、と思います」(南場さん)
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