J-KISSがエンジェル税制の対象に加わりました
先週、令和6年度税制改正大綱が公開されました。令和6年度税制改正の基本的考え方の2(3)には「スタートアップ・エコシステムの抜本的強化」と題されており、税制適格ストックオプションを使いやすくする改正や、暗号資産の法人期末課税評価問題に関する改正などが話題になっています。実はその中に、Coral Capitalにとっても、日本のスタートアップエコシステムにとっても極めて大きな改正が含まれていました。それは、エンジェル税制の対象に新株予約権すなわちJ-KISSによる投資が加わったことです。
図:令和6年度税制改正大綱の該当部分抜粋
「当該株式会社等により発行された一定の新株予約権」=J-KISSなどのコンバーティブル・エクイティ
何が変わったのか
エンジェル税制における投資時点の優遇措置は、スタートアップなど要件を満たす企業の株式を取得したときの費用を、株式譲渡益や総所得から控除するものです。(詳細は経済産業省のエンジェル税制Webサイトを参照)
一方で、J-KISSは株式ではなく、J-KISS型新株予約権という新株予約権の一種だったため、残念ながらこれまではJ-KISSによる投資はエンジェル税制の要件に該当しませんでした。(厳密には、J-KISSの転換時に投資家が払い込むJ-KISS1個あたり1円の払込金額については控除対象になりますが、極めて少額であり現実的には意味をなしませんでした。)
今回の改正は、J-KISSなどの新株予約権を行使して株式を取得した場合は、「株式の取得に要した金額の範囲」に「新株予約権の取得に要した金額を加える」ものです。つまり、当初のJ-KISSでの出資額もエンジェル税制における控除対象に含められるようになったのです。
例:
- エンジェル投資家がJ-KISSで100万円を出資
- J-KISS1個を100万円で取得
- スタートアップが1年半後にシリーズA調達に成功し、そのタイミングでJ-KISSが株式に転換
- エンジェル投資家は行使金額1円を払い込んでA種優先株式を取得
- この時のエンジェル税制対象:
- 改正前→株式を取得するのに直接かかった金額=1円だけが対象
- 改正後→株式を取得するのに直接かかった金額1円に加えて、行使したJ-KISSの取得に要した金額=100万円も対象
エンジェル投資家にこそJ-KISSを使ってほしい
J-KISSはシードステージのスタートアップのために設計された契約書のひな形です。シードステージだからこそ、速く・安く・安全に投資契約を締結してもらいたいという思いから、Coral Capital(当時は500 Startups Japan)が米国で一般的なSAFEやKISSなどのコンバーティブルエクイティを、日本の会社法・税制に合わせて修正し、日本に導入したものです。
2016年4月に無償公開して以降、多くのVCやCVCに活用いただき、経済産業省からは「コンバーティブル投資手段」活用ガイドラインが公開されるなど普及が進んできました。
エンジェル投資家はスタートアップ投資の専門家ではありません。また、今後もエンジェル投資家の裾野を広げていくためにも、スタートアップの投資契約に関する専門知識を要求すべきでもないはずです。そんなエンジェル投資家にこそ、業界の標準であり、かつシリーズA時には転換されるため変な形で残り続けることもない、J-KISSでの投資が適していると考えています。
今までエンジェル投資家は普通株で投資することも多かったと思います。普通株での投資は、まさにエンジェルの語源の通り天使のような投資家、つまり起業家に最も有利な形での投資であり素晴らしいことです。他方、J-KISSであれば、シリーズAの際には優先株式に転換される可能性が高く、買収時も普通株式より優先されます。日本のエンジェル投資は米国の600分の1でしかなく、もっと増やしていく必要があります。その観点でも、エンジェル投資家がスタートアップにもっと投資しやすくなる仕組みとして、J-KISSを活用してもらうべきではないでしょうか。
しかし、これまではJ-KISSがエンジェル税制の対象外であったため、エンジェル投資家からJ-KISS以外で投資したいという希望が出ることもあったと聞きます。時には複雑な種類株式を用いたスキームの設計を行わざるをえないこともあったようです。今回の改正でそうしたコストが不要になり、もっと簡単により多くのエンジェル投資家からスタートアップが出資を受けられるようになると考えています。
投資時ではなく、転換時にエンジェル税制の対象となる
今回の改正で、J-KISSによる投資もエンジェル税制の控除の対象となりました。一方で、この控除が効くのは投資時ではなく、行使時つまりJ-KISSが転換されて株式になるタイミングであることには注意が必要です。
図:J-KISSでの投資実行と転換およびエンジェル税制適用のタイミング
シードステージでのJ-KISSでの投資から、行使つまりシリーズA到達までは2年近くかかることが一般的です。したがって、例えばエンジェル投資家の中でも、ストックオプションで単年のみ大きな所得を得てエンジェル投資をする方の場合は、所得を得たタイミングと、控除を受けるタイミングが1〜2年ズレてしまうため、完全な形ではエンジェル税制のメリットを享受することができないリスクがあります。
エンジェル税制の目的は、「創業促進による経済活性化の観点から、新しい事業に取り組む創業間もない企業に株式投資をする個人投資家に対して税制優遇措置を講じ、起業家への資金の流れをつくること」とされています。その観点から本質を考えれば、J-KISSはコンバーティブル・エクイティ、すなわち極めて株式投資に近いものですので、個人的には新株予約権でも株式と同じように投資実行時にエンジェル税制の優遇措置を受けられることが望ましいと考えています。2016年4月のJ-KISS公開以降、様々な関係者と粘り強く協議を続けた結果が今回の改正に繋がっており、個人的には非常に感慨深いですが、この点については今後も協議を続けていくつもりです。
とはいえ今回の改正は、シード期における投資手段のグローバルスタンダードであるコンバーティブルエクイティが、正式に日本の税制に組み込まれたということであり、日本のスタートアップエコシステムにとって大いに意義のある進歩だと思います。
本改正に向けてご尽力いただいた全ての方々に感謝いたします。今後もCoral Capitalは、日本のスタートアップエコシステムをより良くしていく様々な取り組みを続けていきます。
Founding Partner @ Coral Capital